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第一話

よく晴れた快晴の空、気温、湿度共に高くも無く低くも無い。今日ほど気持ちいい日はないだろう。昨日の豪雨は記録的だったらしい。そのせいか、今日は自然と気持ち良さも増していった。

 漆黒の鎧兜を纏った人物が空を見上げる。新鮮な太陽の光りが重たそうな黒い鎧袖を白色に染める。暑くはないが寒くもない気温に、一目見ると暑いだろうと問われそうな風貌にも関わらず、その人物は軽々と歩き出した。

 穏やかな風に揺れる草原。平和なイメージがぴったりなこの場所をゆっくりと歩いていると思うと、丘の中央辺りに差し掛かるとピタリと立ち止まった。そして背負っていた自分の身長より少し長太い剣を、ずしんと地面に置いた。こちらも相当重そうだ。さすがに音を鳴らせて肩を回す。そして一息ついた。

 二mはあろうかというその大剣は鎧と同じような漆黒に包まれていた。素材も、製造方法もまた似ていそうで、おそらくおなじ職人が作り上げたシリーズなのであろう。とても美しく光りと同調していた。

「さて、始めるか」

 兜の奥から、低いそれでいて芯の通った声が聞こえてきた。声は男のものだった。声色は落ち着いていて、ややしっとり感も醸し出していた。この声を聞く限りでは20代前半くらいだと推測できる。若さも多少残りつつ、渋さ加減も出てなんとも言えない声だ。

 男は一言呟くと、おもむろに地面の大剣の柄をしっかり両手で握りしめ体重を後ろにかけながらそれを腰の辺りまで持ち上げた。この様子を見るだけでは、この剣を握り始めたのはつい最近だとわかる。両手が微弱に震えていた。割と大きなその男の体格を見ても、この大剣がどれほど重いのかが見て取れた。

 数秒して男は剣を元あった場所にゆっくりと戻した。そして息を切らしながら、膝に手をついた。両手に乳酸がたっぷり溜まっているのがわかる。今は苦しいがあと少ししたら快楽に変わる。それが――今丁度行っている。――筋力トレーニングの楽しみ方である。

 そしてそろそろ快楽気分を味わえる頃だ。それは予定通り自身の体を支配した。この後も続く苦しい気分を少しでも忘れさせてくれる。一瞬ではあるが十分な時間だ。苦しみの後には快楽。そしてまた苦しみ。そんな一定のサイクルを繰り返していくうちに筋力は着実とついていくわけだ。

 少々この男のやり方は荒っぽかった。快楽を味わえる時間を裂き、すぐにこの循環を繰り返そうとしている。先程と同じように持ち上げるが、満足がいくほど刀身が浮くことはなく短い時間で地面に落とした。やはり無理がたたるようだ。だが、これが彼流のやり方らしい。いつもこの方法で初対面の武器たちに慣れてきたのだ。

 だが今回は彼も自身に鞭を入れることなく、その場に座り込んだ。多少息を切らしながら、空を仰いだ。そして気付いた。先程まで雲ひとつなかったその空に、東の空から暗雲が流れてきているのに。時間が経てば、ここも通り雨が襲いそうだ。

 彼は厄介だと思いすぐさま立ち上がり、トレーニングの続きに取り組もうとした。

 それは大剣の柄を掴もうとした瞬間だった。彼は寸分の狂いもなく静止し地面に張り付いた。そしてゆっくりと頭を上げて遥か彼方を凝視した。まだ青い空が包んでいるものの、風は止み、冷たい空気が鎧を貫通して生身の身体を襲った。あまりにも静かな雰囲気がそのばを支配した。

 彼は体に悪寒を感じていた。何者かの気配が彼の動きを完全にシャットアウトした。気配がするほうだけに全感覚を集中させた。眼を見据える。何かが見えた…様な気がした。

 そのときだった。かすかに見えた快晴に浮かぶ極小の点は次第に大きくなり、段々とその姿があらわになろうとしていた。ここからでも物凄いスピードでこちらに向かっているのが解った。鳥など比ではない大きさだ。彼は韋駄天の如くこちらに向かって空を飛んでくる物体を解釈しようと、今までの知識や知恵を織り交ぜながら頭を悩ませた。その物体が何かという確証はすぐに持てた。一つだけ頭に隅に新しく残っていた。

 それは、猛スピードでこちらに向かってきている。最早目でそれを確認できるほどになっていたが、その物体はそれをする間もないようなほどの急降下で彼を襲った。何かが頬をかすめたが、何とかそれをしゃがんでかわす。それが間近にいることを確認しているまにそれは信じられないスピードで彼を強襲した。だがそれをかわしたこの男は、相当戦闘に長けていることがわかる。勿論慣れていることも見て取れるだろう。

 奇襲を浴びせた物体は、荒々しく近くの岩壁に激突した。そして岩壁は粉々にそれの上に崩れ落ちた。

 漆黒の若武者は、腰を落とし自らの大剣の柄を握って、そしてその方向を洞察した。それとともに蒼白色に輝く物体は自身の体に乗った岩をものともせず弾き飛ばした。そしてこちらに向き直り、先程とは相対的にゆっくりと睨んできた。

 男は頭の中を知識の一欠けらで一杯にした。

 それは自然に喉を通過する前に口から飛び出た。

――竜だ…!



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