第十三話
ここは暗い暗い闇の底。人間のいる世界から遥か離れた地底。空気が淀み、光などは影を潜め暗闇だけがその場を支配していた。所々からおぞましい声が聞こえてくる。人間のものではない。というより他の生物の声とも思えない低く唸るような声は闇の中をも支配していた。
ここでは竜という生物が生活している。人間よりも遥かに雲の上の存在。だが、彼らはそんなことなど気にも留めない、有り余る知識の中には人間という二文字は存在しない。彼らは外の世界を知らない、人間という存在も知らない。彼らはここで生まれ一生をここで過ごし、安らかにここで死んでゆく。それが彼らの摂理だ。偏狭であるため、ここには部外者は姿を現さないし、侵すものもいない。どの竜たちもそう信じていた。疑うものもいなかった。一人の怒れる漆黒の騎士にそれが意図も簡単に破られるなど、誰が思っただろう。
――もう何匹の竜の首を狩っただろう。あまりに闇が深くそれは確認できなかった。
その闇に同化する様な風貌の男を取り囲むように竜は所々から群がり、応戦していた。鬼士は無傷でばったばったと襲い掛かる竜たちを切り刻む。まさに鬼人の如き進撃だった。
だが一方に数は減ることなく、むしろ増加してきているほどだった。援軍がまた現れたかと思うと、空中から炎を放ってくる。そのまま強襲してくる竜さえいた。
先に悲鳴をあげたのは、騎士でもなく竜でもなく、たった一本の大剣だった。不意に空中から突っ込んできた竜を受け止めた瞬間、それは無惨にも粉々に砕け散った。追撃を受けた黒騎士は後方に勢いよく吹っ飛ばされた。
じりじりと何匹もの竜が距離を詰めてくる。男は死刑台に一歩一歩近づいて行くような感覚に陥った。
暗い闇に煌くいくつもの殺気交じりの瞳に、僅かだが彼らの身体が見えたような気がした。真っ赤だった。燃えるように紅い美しい鱗であった。
――……成程、これが竜というもの本当の姿か。
この状況で、なんとなく安堵の溜め息が漏れた。新しい記憶に残る一匹の竜を思い出したのか、兜の奥で少し微笑んだ。
体は動かない。竜の一撃に自慢の鎧は耐えられなかった。騎士は兜を取り、顔を露にした。吐血しているが、顔に焦りや恐れは全く感じられない。
「たとえ運命の内容はどうであれ、事は失う瞬間に輝きが最大限に増すものさ」
騎士は空を仰ぎ、小さく呟いた。
その瞬間、竜たちは一斉に低空から上空から騎士を襲った。彼に反撃する様子は見受けられない。
男は最後に呟いた。
「これで本当の最後だ。さようなら……」
その表情は優美な誇らしさを帯びていた。