第十一話
硝煙が晴れた王宮内部、所々からする焼け焦げた臭いと、嗅いだ事のないような強い血の異臭が鼻を劈いた。不健康な空気がその場を取り巻く中、ウィザード、国王、その部下の兵士たち諸々が露になった。
「ウィザード。いくら貴様とて、許しがたいことぞ。なぜ、我が命に背いた」
国王がウィザードの方に歩み寄ってくる。その声は、静かで落ち着いてもいるが、どこか物々しい。
なんとなく耳に入った言葉にウィザードは視線を国王に流す。ずんずんと我が物顔で近寄ってくる。ウィザードは彼に気付かれないように、小さく溜め息をついた。そして彼一人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「理由は先程、私自身が言いました。もうお忘れになったのですか?」
ウィザードは言葉と目使いで軽く我が王を罵った。普段の彼なら、絶対忠誠だ、こんなことは言わなかったはずだ。
「ウィザード、貴様。処分は覚悟のうえであろうな?」
王はぴたりとその場に立ち止まる。ウィザードとの距離は多少開いていた。
「私は今まであなたに忠誠を尽くしてきました。ですが、先程見せたあれは、あのようなことが王の本当の姿だとしたら、私は今すぐにそれを断たなければなりません」
非常に落ち着いた声色だ。だがその中には怒りとも、不信感ともつかないものが含まれていた。
「質問に答えろ、ウィザード」
「ならば私共の質問にも答えていただきます。王、なぜあなたはそんなに簡単に生き物を殺めることができるのですか!なぜ、戦う意思のないものを無理に押さえつけようとするのですか!」
「我々も好んでやっているのではない!あの状況では仕方のないことではないか。奴を殺さんと、次はこちらがやられるではないか。」
二人は次第にヒートアップしていった。ようやく声が聞こえるようになった周りに兵士たちは、急におどおどし始めた。
国王は一つ間を置いた。徐々に冷静さを取り戻しているようにも見える。
「ウィザード、お前にはその点も置いて我が道を共に歩んでいるとばかり思っておった」
ウィザードは俯いた。
「確かにそれも考えようと努力はしました。だけど考えているうちに、その思いは淀み、先程の現実を自身の身を持って体感した時、それは王への不信へと変貌しました」
「…………」
王は次の言葉に詰まってしまった。ウィザードはその隙を逃さず、僅かずつ気付かれないよう後ずさる。
「ウィザード、私はお前を手放したくはないのだ」
悲しみの声をあげたのは王だった。情でも誘っているのであろうか。その眼に悪意が含んでいないかをウィザードはまじまじと見詰めた。だが結局それは今、どうでもいいことであった。彼への忠誠心を無くしたウィザード自信にとっては。
王への返答をせず、それでも少しずつ後ずさる足は止めなかった。向かっている方向には、ぽっかりと開いた風穴がある。大砲の流れ弾で開いた、人一人ぐらい裕に通れる穴だ。
ウィザードは傍らに転がっていた兜をなんなく拾い、そこで立ち止まり、自身の腿辺りに手を伸ばした。無論その行動の気配は消し去っていた。
その時だった。
「王!例の竜が隣丘に墜落したとの通報が入りました」
門辺りにいた兵からの王にとっての朗報が飛び込んできた。
「すぐに迎え撃て!無理はするなよ、出来るだけ追い込んで止めを刺せ!」
「はっ!全軍出撃ぃ!誤って砲弾を落とすなよ!」
指揮官らしい兵の返事と、指示が飛んできた。その兵の顔にも見覚えがあった、ウィザードの部下で後輩であった。ウィザードは眉を一層深く顰めた。
「ウィザード。お主もこれに参加して見事奴を打ち倒すことが出来た暁には、先の事柄は水に流してやってもよいぞ」
何を馬鹿な、ウィザードは出掛かった言葉を口を紡いで止めた。
「私には結構なお話です。あなたにはほとほと愛想が尽きました」
ぎらっと殺意を込めて少し離れた王を睨んだ。それに少し怯んだのか、王は後ずさる。
「ええい、ならば貴様も生かしておくわけにはいかん。大砲、用意!」
少数残っていた兵たちが一基の大砲に火をともしはじめた。だがウィザードは少しもそれに怯える様子はない。それどころか、王を睨んだ眼を放さずに殺気を飛ばし続けていた。
「……先程の質問の答えを今ここにお出しいたしましょう」
「……何?」
腿に仕込んだダガーを中指と薬指で掴み取り出した。そしてそれを勢いよく入口方面に向かい、何の躊躇いなく投げた。
それは猛スピードで、地と平行に直線を描き、真っ直ぐに飛んでいく。途中、国王の頬を掠めそれは、一瞬の内に目的地まで到着した。その小さな短刀は、大きな深い闇が広がる穴に吸い込まれたように入り込んだ。大砲の発射穴だ。その途端、大きな爆発が起こりその周りにいた兵士たちを巻き込んだ。
その行為に驚いた王は、ウィザードの名を大声で叫びながらこちらに速足して近寄ってきた。
ウィザードはそれから逃げるようにそそくさと、向かっていた風穴に走り去ろうとしていた。その前に一つ忘れていたことを付け加えた。
「――答えはノー。処分や制裁を受けるとしたら、私からしたらあなたですよ」
そう言い残して彼は素早く穴の向こう闇に消えた。
未だに吹き荒ぶ風は王の心の炎を消沈させることはなかった。