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像、と言われて、直ぐに何のことか思い至らぬ人は、そういないであろう、と言うのは私も重々承知しているのです。
日本にはそれはそれは大昔に造られた像が山ほどありまして、人はさまざまにそれらに願いを込めたり、想像に浸ったりするのであります。
その中でも、たとえば奈良の大仏さまであったり、とりわけ大きなものが、わたしには恐ろしく見えるのです。
畏怖を覚えることをそう形容しているのではなしに、わたしはそれが本当に恐ろしいものであるようにしか見えないのです。
箸につままれた豆になった気分とでも言いましょうか、なにやら大きくて人語の通じぬものが、じいと見つめているような気分がしてくるのです。
そういった意味でわたしには、世間の人たちが、真の意味での像というものを理解しているようには思えないのです。
さて、わたしは二日ほど前、陽気な友人に連れられて、その大きな像を見に行ったのです。
特にそれを見るために訪れたのではなく、その地方の歴史を調べるのに訪れただけではありますが、この像のこと以外は、今のわたしはほとんど覚えていないのです。
その像があるらしい場所に着いたのは、昼飯も済んで、ちょうど眠くなってくる頃でした。
わたしも彼も、大してその方面の学がないものですから、それがただ、何かの金属で出来た大きな像であるなあといった事くらいしか分かりませんでした。
友人は恐れ知らずというか、豪胆な男であったものですから、彼が車を降りて、ずいずいと像の方に進んでゆくのを、わたしは追わねばなりませんでした。
この像を見にきたであろう人たちは、わたしと彼の他に、七、八くらいであろうかという男の子を連れた家族らしき人たちと、大きなカメラを構える老人が一人おりました。
ここで像の外見について述べておくべきなのかも分かりませんが、残念なことに今のわたしにはそれができないのです。
したくないという訳ではなく、しようとしてもできないのです。
わたしは、あの像が、何かの金属で出来ている大きなものであるという事しか記憶していないのですから。
像の足元には、小綺麗な花瓶に挿された赤色の花と、小さな賽銭箱のようなものが置かれておりました。
それらを載せる大理石の台は、そこまで掃除が行き届いていないのか、白い鳥の糞がこびりついている有様でした。
そうしてひとしきりまわりを観察して、わたしの視線はまた一周して、像へと戻ってくるのです。
大きな、大きな像でありました。
像の背後を流れる滝が、そこそこ美しいことに、その音を聞いたわたしは、やっと気付いたのです。
そこそこ、というのは、わたしはその像に関するあらゆるものに対して、美しいなどの感想を抱いてはいけない、と思ったからなのです。
そこで私はようやく、どうやらカメラを構える老人も、像ではなくその滝を見ていたのである、というのに気付きました。
友人は、なんだかこうも巨大な像だと、喰われそうで恐くなるなあと独り言のように云って、冗談めかして笑っておりました。
わたしは、まったく笑えませんでした。
何せ、わたしには本当にその像が恐ろしく見えて、ちっとも面白くなかったのですから。
わたしは、ふんともはあともつかぬ、吐息のような返事を捻り出すだけで精一杯でありました。
彼は、その返事が聞こえたのか聞こえなかったのか、わたしには知る由もありませんが、とにかくそのまま、黙って像の方を数分ばかり眺めておりました。
一方、同行者の沈黙という牢獄に囚われたわたしには、像の方を見て、あまつさえそれを観察するなどということが、大変な苦行に思われましたので、どうにかして彼にここを発つことを切り出さねば、と、ずっとそわそわしているのでありました。
足を動かすことすら億劫に感じられたわたしは、しばらく家族連れの方を見ていたり、目を閉じて滝の流れをじっと聞いていたりもしましたが、やはりどうにも落ち着かず、意を決して、先程からずっと同じ体勢でカメラを構えている老人の方へと歩み寄りました。
老人の背丈はわたしより少し低いか、ほとんど変わらない程で、彼の頭に乗っている麦藁帽子からは、いくらかの白髪がこちらを覗いておりました。
齢六十ほどであろう、と、なんとも失礼なあたりをつけて、わたしは足早に彼に向かっていき、ふと足を止めました。
老人に何と声をかけるべきか、何のことを話すべきか、全く決まっていなかったのです。
老人は、よほど写真に集中しているのか、わたしが彼の数歩後ろに立っていることを気にも留めていない様子でありました。
逡巡の後、わたしが彼に向かって発したのは、わたし自身も予想しなかったような突拍子もないことだったのです。
「恐くないのですか?」
老人は、数秒ほどカメラを構えたまま微動だにしませんでしたが、他にわたしに応える声がないことを確認し、ゆっくりとカメラを下ろし、少し考える素振りを見せて、言葉を選んでいるようでありました。
あるいは、厄介な若者に絡まれたと思い、なるべく少ない会話でやり過ごそうとしたのかも分かりませんが。
「あの像かね?」
簡素を通り越して、ほとんど伝わらないであろうわたしの問いに対して、老人の返答もまた簡素でありました。
「ええ、まあ。」
先に話しかけたのはそちらだろうと、私のいい加減な返答に、老人が僅かに顰蹙するのが分かりました。
しかしわたしは、彼の返答にたいして、しまったと思ったのです。
無論、その話題を提起したのはわたし自身でありますが、その時のわたしには、主語の欠落した言葉足らずの問いから、像のことに辿り着いた、老人の方からこの話題を始めたように思われたのです。
「そりゃ一体なぜだい?さほど物騒な像でも無かろうに。」
老人は静かに、独りごちるように言の葉を紡ぎます。
それがまた、わたし独りだけが恐怖を感じているということへの恐怖を煽るようでした。
じりじりと照りつける日輪に熱せられて、わたしの顎を伝った汗が、一雫、滴り落ちてゆきました。
「その像の形そのものが恐いのではなく、像が在ることそれ自体が冒涜的に思われて、それが恐いのです。」
老人はまた少し黙りこみ、わたしが何を言わんとしているかを掴みかねたようでした。
その沈黙をわたしは、まあ理解できないだろうなという心持ちで、半ば諦めながら受け入れておりました。
「それは、あの像の形そのものが怖いのと、何が違うんだね?」
そう云った老人の言葉の端には、嘲笑にも似た何かが付着しているのが感じられました。
頬を伝う汗が、また一雫、顎を伝って地面に滴り落ちてゆきます。
「もし像があれほど大きくなくても、わたしはあの像が恐く見えたと思うのです。」
やはりどうにも、自分ですらよく分かっていない恐怖を言語化するというのは、難しいものであります。
わたしには段々、目の前の老人が敵に見えてくるようでありました。
「あの像というのは、姿形のほかに、そこらの石ころと全く違うところがないものだ。君は、あの像の形を怖がっているのだよ。」
今度は、わたしが顰蹙する番でありました。
わたしの説明が曖昧であったことは、到底否定できることではありませんが、それでも、わたしの結論と全く違うものに辿り着き、それを諭されるというのは、耐え難い苦痛でありました。
それでも、何様だ、と激昂するには、わたしの方も些か無礼を働き過ぎたように思われましたので、やはり不快を露わにすることも出来ずにおりました。
「そうですか」
胸中に湧き出た怒りを落ち着けて、恐怖を紛らすのには役に立ったという感謝を込めて、わたしが捻り出したのは、その五文字でした。
「ああ、そうだとも」
老人は小さく頷いて、そう返すと、それで会話に満足したのか、また首から下げたカメラを構えておりました。
わたしも、きっとこの老人は像のことを理解していないのだ、と結論づけて、会話を終えたことにしようと試みました。
老人は、わたしの質問に答えないままでしたが、それでもなんとか納得したのは、この会話が、恐怖を紛らすためのその場凌ぎの会話だったことを自分に言い聞かせたからでありました。
そうして少し、滝の方を無心で眺めておりましたが、やはりどうしても像を観察する気にはなれず、老人の背中を憎々しげに見遣ったりしておりました。
しばらくすると、わたしが退屈そうにしているのを遠目から見ていたのか、像を観察していたであろう友人が戻って来ました。
彼は彼で、何か気に入ったことや新しい情報があったようで、そっちはどうだったか、と、上機嫌な様子でわたしに呼びかけるのでありました。
わたしは彼の呼びかけに振り向き、振り向いて、それで、あの像があったのです。
彼の言葉に何か返事をしようと試みましたが、それも叶いませんでした。
彼の方を見た刹那に、その像の頭部が目に入ってしまったのです。
ええ、その像は確かに、一眼見て頭部と分かるようなそれを持っていました。
こんな事を説明しようにも、気狂いの戯言のように思われるかも分かりませんが、確かにあの像はわたしを見つめたのです。
もちろん、頭部が動いた、という意味ではありません。
ただ、ずっとわたしを観察していたであろうその目が、わたしの何の意図もなかったその視線の動線上に立ち塞がったのです。
それを知覚したわたしは、少なからず動揺しておりましたが、外面を取り繕い、言葉が出ないながらも、彼に頷きを返す程度のことは、辛うじてやり抜いたのです。
わたしはもう、これ以上ここに居たくありませんでした。
わたしがどこに目を向けようが、あの像はずっとわたしを観察している、というのが分かってしまったからです。
友人に頷きを返す、という世紀の大仕事をやってのけたわたしは、もう二度と視界にその像を収める事はありませんでした。
老人の姿も、家族連れの姿も、わたしには何だか憎らしく思えて、それらもまた、わたしの視界に二度と入ることはありませんでした。
友人の車に乗り込むのにドアを開けると、地面ばかり見ていたわたしは、わたしと同じように、日輪に熱せられていそいそと動き回る蟻を見つけたのです。
蟻は、わたしの額から流れ落ちた汗に直撃され、黒いアスファルトの上で、我を忘れたように慌てふためいておりました。
その晩、わたしは絶望しました。
わたしはあれだけ像を避けるように心がけておりましたのに、書斎の影に、あの像の目を見たのです。
どういった道理か、あの像は、暗闇の中からわたしを観察しているようでした。
わたしは、像のある場所から離れることで、その恐怖を感じずにいられましたのに、いくつもの暗闇にその像が存在し、またそれがわたしを追い詰めているということに、わたしの正気は悲鳴を上げるばかりでありました。
暗闇の中に目玉が浮かんでいるわけではありません。
暗闇から視線が伸びてきて、わたしがその暗闇を見つめるたびに、その視線がわたしを攻撃し、射通すのです。
わたしはすっかり気が動転して、どうにか暗闇の存在しないところへ行かなくては、と、はじめに寝室に篭り、電気を付け、布団に潜り込み、布団の中の影に気付いて布団を放り投げ、やがて放り投げた布団の中の影もわたしを見ているのに気付き、布団を部屋の外に放り投げ、それでも今度は、壁や戸の向こうから、暗闇がこちらを見ているのような気がしてくるものですから、家中の電気をつけて回り、また寝室に戻って、震えておりました。
さて、もうここまで来てしまうと、人間というのはどうにもならないものです。
どこに行っても、壁や戸を挟んだ向かいから、わたし自身の服の中の暗闇から、像がわたしを観察している上に、外は夜という名前の暗闇が広がっているのでありますから、わたしは居ても立っても居られなくなり、わたしはその考えに至ってしまったのです。
火に包まれて崩れ落ちる我が家の中で、わたしはしばし放心しておりました。
柱が、屋根が、崩れ落ちる中で、わたしの手によって放たれた火が、暗闇にわたしという生贄を差し出すように、わたしの姿を夜空の下に露わにしてゆきます。
その暗闇に、また像の視線を見たわたしは、眼前から広がる火の前で、失神してしまったのであります。
目が覚めたわたしが最初にしたことは、自分の身体の上に乗っている毛布を放り投げる事でした。
右足にいくつか水脹れのような跡があり、それがまた、わたしの心を痛みという形で蝕んだのであります。
どうやら、幸か不幸か、わたしは正気を失うこともなく、あの火事を生き延びたようでした。
それから色々な人がわたしを訪ね、同じような説明を繰り返しておりますと、数時間した頃にやっと、わたしは一人きりでこの恐怖に向かい合う時間を得たのでありました。
とはいえ、いざ一人きりにされてしまいますと、心細いと言いますか、やはり周囲が気になるもので、わたしはとうとう、聞き耳を立ててしまったのであります。
わたしの耳が拾える範囲で話しているのは、先程わたしの点滴を交換しにきた看護師のようでした。
遠くからですとやはり、所々しか聞こえないものでありまして、わたしが聞いたのは、「精神」「病気」「かわいそう」とか、そういった旨のことでありました。
そして、わたしはこれらの単語を聞いて、何も思い至らないほど愚かではありません。
恐らく、わたしは精神病か何かと診断されたのでしょう。
そして、彼女らはそれを、かわいそうだと形容したのでしょう。
それらのふたつの事実が、実際に事実なのかどうかは知り得ませんが、確かにわたしの心を蝕んだのです。
看護師は、もちろん暇をしてわたしのことを喋っているのではなかったようで、それじゃあねと誰かに云って、またどこかへ行ってしまったようでした。
それからほどなくして、あの時共に像を見た友人が、わたしを見舞いにやってきました。
大丈夫か、とか、一体何があったのか、とか、そういった類いのことをいくらか喋っておりましたが、わたしはついに、あの像のことについて触れることはありませんでした。
いえ、正確には一度、触れようとしたのですが、彼の返答に尻込みしてしまって、結局触れられなかったのです。
わたしは彼に、あの老人にした質問と同じものをしました。
彼は老人と同じようにいくらか逡巡し、同じように静かに口を開きました。
彼の返答は、「気の病か?」であったのです。
わたしは、ああ、そうなんだろうな、と思いながら、彼に今のことは忘れてくれと云うので精一杯でした。
わたしは分かってしまったのです。
彼や老人からすれば、わたしは気の違った狂人なのでありましょうが、わたしからすれば、彼や老人の方が病を患っているのです。
あの像への恐怖を感じないという点において、わたしではなく彼らが病んでいるのです。
わたしは、わたし以外が全て狂人となった病院の中で、黙って座しておりました。
わたしは今、曇った空を見つめながら、この後の方針を立てているのです。
病院に運ばれてからの昨晩、わたしは一睡もできませんでした。
今はかえって、自分の家を燃やしたときより正気を取り戻している有様です。
ですが、この恐怖に身体を蝕まれ続けていることで、わたしはもうじき発狂するでしょう。
その前にわたしは、もう一度、あの像のところへ行って、決着をつけねばなりません。
決着といっても、どうすれば、わたしが何を思えば決着なのかは全く決まっておりませんが、そうするほかにどうしようもないのです。
わたしは、あの像との決着をつけようがつけまいが、いくらもしない内に発狂するのですから。
病院の窓から見える、やせ細った木の上で、黒い雨雲の下、一羽の烏が、かあと鳴いておりました。




