第15章 反撃
エイミは、伝説の武器を持つ魔族の女へ向かおうとしたイザウを遮った。
イザウは斧を握りしめたまま動けずにいた。ここで攻撃すれば、エイミまで傷つけてしまうかもしれない。そもそも今回の任務は、エイミを連れ戻すことなのだから。
「どうするの、サヤミ……。攻撃できない……エイミが邪魔をしてる」
「もしあなたたちがリカを敵だと言うなら、あなたたち全員も私の敵。もう攻撃を躊躇しないで。だって私も、もう手加減なんてしないから」
「そこまで言うなら、もう遠慮する必要はないわ、イザウ。気絶させてでも連れ戻しなさい。あの魔族と関係がある以上、人さらいの件にも関わってる可能性が高い。奴隷として連れ去っていたのかもしれない」
サヤミが鋭い声で言った。
「分かった、サヤミ。それがお前の判断なら、俺ももう容赦しない。まとめて相手してやる!」
イザウは勢いよく斧を振り上げた。
「来い、魔族の女!」
「その呼び方やめろ、このクソ野郎! 彼女の名前はリカだ!」
エイミが怒鳴る。
イザウの狙いはあくまでリカだった。だがエイミはそのたびに前へ出て、風のヴァークで斧撃を受け流していく。
さらにエイミは距離を取ったまま拳を突き出した。
すると空気が唸り、巨大な風の拳が形成され、そのまま一直線にイザウへ叩き込まれる。
「ぐっ……! ちくしょう……! 風のヴァーク使いと戦うのは初めてだが、こんなに厄介なのかよ……! とんでもない距離から攻撃してきやがる……!」
その直後、今度はリカが前へ出た。
「エイロ……ここは私が戦う。私はあなたを守る存在。絶対に傷つけさせない」
リカが踏み込んだ瞬間、イノリア、ソラ、サヤミ、そしてユスユフが一斉に立ちはだかる。
しかし――。
たった一発。
それだけで四人の身体は吹き飛ばされた。
「エイミはお前たちに任せる! あの魔族は俺がやる! 伝説の武器には、伝説の武器をぶつけるしかねぇ!」
イザウは再びリカへ斬りかかった。
だが、リカの防御は異常なほど堅い。
イザウの猛攻はすべて受け止められ、そのたびに火花が散る。
しかもリカは守るだけでは終わらなかった。
一瞬前へ踏み込み、超高速で拳を叩き込み、すぐに元の位置へ戻る。
その動きはあまりにも速く、残像すら見えるほどだった。
イザウの斧は豪快な攻撃には向いている。
だが突然の近距離戦への防御には不向きだった。
結果、イザウは何度も拳を受ける。
頭部。腹部。肋骨。
鈍い衝撃が次々と叩き込まれ、血が飛び散る。
「くそっ……このままじゃ一方的にやられる……! 互角どころか、ついていくことすらできねぇ……!」
一方その頃――。
エイミは四人を相手にしていた。
サヤミとユスユフはヴァークを使えない。
その代わり、二人はソラとイノリアの後方から銃撃を行っていた。
狙うのはエイミの脚。
動きを封じるためだ。
ソラとイノリアも絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。
氷。
雷。
連続攻撃。
しかしエイミは圧倒的だった。
イノリアの氷を風で弾き、ソラの高速雷撃すら紙一重で避けていく。
ソラの雷は常人なら反応すらできない速度だ。
それなのに、エイミはまるで未来を読んでいるかのように回避していた。
しかも、彼女の風のヴァークがどこまでの力を秘めているのか、誰も把握できていない。
「今だ!」
四人が同時に攻撃を仕掛ける。
だが、その判断は完全な誤算だった。
エイミは腕を振り払った。
次の瞬間――巨大な暴風が爆発する。
轟音と共に暴風が周囲を呑み込み、四人全員を遥か後方まで吹き飛ばした。
サヤミとユスユフは木の枝にしがみつかなければ、そのまま森の奥まで飛ばされていたほどだった。
「ソラ……あいつ、第二段階の風ヴァークを完全に使いこなしてる……! 接近戦なんて無理よ。近づけば暴風で吹き飛ばされるだけ!」
イノリアが苦しそうに叫ぶ。
「はははっ……何を言ってるの? 第二段階ですって?」
エイミは不気味に笑った。
「私はもう、自分の力を完全に支配してるのよ」
その瞬間。
エイミの身体が崩れた。
いや――風へと変貌した。
全身が暴風となり、そこには人型をした巨大な風の渦だけが存在していた。
その顔は鬼のように歪み、見る者を恐怖させる。
エイミは腕を振る。
それだけで、巨大な風の嵐がソラとイノリアへ襲いかかった。
だがその暴風は、ただの風ではない。
触れた瞬間、身体が何千本もの刃で切り裂かれるような斬撃の嵐だった。
ソラはイノリアを抱えて回避する。
しかし完全には避け切れない。
「ぐあっ……!」
「きゃああっ……!」
二人の身体から鮮血が舞った。
ソラの左腕はだらりと垂れ下がり、完全に動かなくなっている。
イノリアも左脚を深く切り裂かれ、立つことすらできなかった。
「少しかすっただけで……こんな……! あの嵐、鋭すぎる……。私たちじゃ勝てないわ、ソラ……」
サヤミはすぐに二人の元へ駆け寄った。
「大丈夫!? 二人とも!」
エイミは再び攻撃しようと腕を上げる。
だがその前に、サヤミが立ち塞がった。
「エイミお姉ちゃん……もうやめて! どうしてこんな風になったのか分からない。でもお願い……私たちを傷つけないで。私たちはただ、あなたを連れ戻したいだけなの!」
「エイミ?」
風の中から低い声が響く。
「私の名前はエイロ。もう、あなたたちの知っているエイミじゃない」
風の渦の中で、エイロの声はどこか悲しげだった。
「私がどれだけ苦しい人生を歩いてきたか、サヤミ……あなたなら知ってるでしょう?」
「私はあなたを信じてた。
唯一信じてた人間が、あなただった。
あなたが私を探してくれるって。
もし無理でも、せめて待っていてくれるって。
でも違った」
風がざわめく。
「長い旅を経て、やっと地上人の集落へ辿り着いた時……私はあなたを探した」
そして。
「見たのよ。あなたが男と抱き合ってるところを」
サヤミの瞳が大きく揺れる。
「あの瞬間、理解した。
私だけだったんだって。あなたを特別だと思っていたのは。
でもあなたは違った。
私がいなくても、誰とでも幸せになれるんだって」
「ま、待って! それ絶対誤解だから! 私とユスユフはそういう関係じゃない!」
するとユスユフも前へ出た。
「本当です。俺とサヤミは任務上のパートナーに過ぎません。それに――」
彼は少し気まずそうに頭を掻く。
「地球では、俺はもう結婚してます。子供も一人います」
「……は?」
「え?」
「なっ……!?」
全員が同時に固まった。
「こんな若いのに結婚してるの!?」
驚愕の声が重なる。
「ていうか、いつも一緒に任務してた私ですら初耳なんだけど……」
サヤミが呆れたように言った。
「つまり……今までの戦い、全部勘違いだったってこと?」
ソラは深くため息を吐いた。
「待って、ちゃんと説明するから!」
サヤミは慌ててエイロへ向き直る。
「さっきも聞いたでしょ!? 私とユスユフは本当に何でもないの! もしあなたが見たのが、訓練場でユスユフが私に覆いかぶさってた場面なら……あれは訓練中の事故! 私が転びそうになって、ユスユフが咄嗟に支えようとしただけなの!」
「……そっか。あはは……なんか、自分でも混乱してきた」
エイミは気まずそうに笑いながら、風の姿を解いて人間の姿へ戻った。
一方その頃も、イザウとリカの戦いはまだ激しく続いていた。
サヤミたちは慌てて二人の元へ駆け寄り、必死に止めへ入る。
「待って! 二人ともやめて! 全部誤解だったの!」
事情を聞き終えたイザウは、心底呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ!? つまりこんなしょうもない勘違いでここまで戦ったってことかよ……。なんかガッカリだな」
その直後。
ゴンッ!
イノリアが無言でイザウの頭を殴った。
「何がガッカリよ。あなたの頭の中、戦いしか入ってないの?」
「いてぇっ!」
エイミは申し訳なさそうに頭を下げる。
「みんな……本当にごめんなさい。全部、私のせい」
「別にいいじゃない」
ソラが苦笑しながら肩をすくめた。
「でも今回の件で、エイミはサヤミへの気持ちを思いっきり告白したことになるわね」
「――っ!?」
サヤミとエイミの顔が一気に真っ赤になる。
二人は同時に顔を背け、視線を合わせようとしなかった。
その空気を変えるように、イザウが口を開く。
「それよりエイミ。リカのことと、その伝説の武器について詳しく聞かせろ」
エイミは小さく頷き、リカを皆へ紹介した。
リカは元々、魔族側で奴隷として扱われていた存在であり、そこから逃げ出したこと。
そしてあの伝説の武器は、地上人の集落へ向かう旅の途中、偶然発見した迷宮で手に入れたこと。
エイミは隠すことなく全てを語った。
自身が風のヴァークを得た経緯についても。
「なるほどな……事情は分かった」
イザウは腕を組みながら頷く。
「なら任務完了だ。これで戻れるな」
「でも、リカはどうするの?」
サヤミが不安そうに尋ねた。
「集落へ連れて行ったら、偵察隊に殺されるかもしれない」
「その時は村長に説明すればいい。きっと分かってくれるさ。それに、工場での誘拐事件についての情報もある」
イザウはリカへ視線を向ける。
「なあリカ、お前も協力してくれるよな?」
「もちろん」
リカは即答した。
「エイロが行くなら、私はどこへでもついて行く」
「よし、決まりだな」
サヤミは少し寂しそうに笑った。
「今回の任務、手伝ってくれてありがとう。これで任務も終わったし、あなたたちはまた旅を続けるんでしょ?」
「何言ってんだよ、サヤミ」
イザウが笑う。
「その工場、魔族とも関係してるんだろ? だったら最後まで付き合うに決まってるじゃねぇか」
「そうそう」
ソラも頷いた。
「これでお別れとか思わないでよ。私たちの仕事はまだ終わってないんだから」
「それに、サリヴの街にあるって言われてた伝説の武器の情報も、もう必要なくなったしな」
イノリアがリカの武器を見ながら言った。
こうして全員は、再び地上人の集落へ戻ることを決めた。
だがその夜は、森のツリーハウスで休むことになった。
ソラとイノリアは風の刃による裂傷を負っており、治療が必要だったからだ。
イザウもまた、リカとの戦闘で全身に深い打撲と裂傷を負っていた。
「ごめんなさい……二人とも。私のせいで怪我までさせちゃって」
エイミが落ち込んだように呟く。
「気にしなくていいわよ、エイミ」
ソラは笑いながら言った。
「戦いなんだから怪我人が出るのは当然。勝つ側もいれば負ける側もいる。それより今度、一緒に訓練しましょうよ。あなたの風ヴァーク、本当に強かったわ」
「ねえリカ、私とも訓練してくれない?」
イザウが興味津々に身を乗り出す。
「もっと武器を使いこなしたいんだ。お前、かなり上手く扱ってただろ」
「別に構わない。でも……エイロが許してくれるなら」
「お前さぁ、何でもかんでもエイロ、エイロって……自分で決められないのか?」
「当然」
リカは真顔で答えた。
「私はエイロの護衛。つまり、私はエイロのものだから」
その言葉を聞き、サヤミの表情がわずかに曇る。
「へぇ~……なんか修羅場の匂いがするわねぇ」
ソラがニヤニヤしながら茶化した。
「ソラ、からかわないの」
イノリアが呆れながら止める。
その夜、ツリーハウスの中では笑い声が絶えなかった。
皆で食事を囲み、冗談を言い合い、久しぶりの穏やかな時間を過ごす。
そして翌朝――。
朝食を終えた一行は、地上人の集落へ向けて出発した。
だがリカだけは最後まで同行を嫌がっていた。
「やっぱり私は行かない方が……。絶対騒ぎになる。魔族だって知られたら、きっと襲われる」
しかしエイミは優しく彼女の肩に触れた。
「大丈夫。私たちが一緒にいる」
その言葉に背中を押され、リカもようやく頷いた。
数時間後。
森を抜けた先に、地上人たちの集落が見えてくる。
それでもなお不安そうにしていたリカへ、サヤミは自分のローブを貸した。
「これ着て。特に角を隠しておけば、すぐにはバレないはず」
「……ありがとう」
一行はそのままザミル(Zamir)村長の家へ向かう。
しかし市場を通りかかった時だった。
二人の子供が追いかけっこをしながら走ってきて、誤ってリカへぶつかってしまう。
「きゃっ――!」
リカは体勢を崩して転倒した。
その拍子に、ローブのフードが外れる。
露わになる黒い角。
一瞬で市場の空気が凍りついた。
「ま、魔族だ……!」
「魔族がいるぞ!!」
悲鳴と共に、人々は一斉に逃げ惑う。
商人たちは慌てて銃を取り出し、リカを包囲した。
イザウたちは即座にリカの前へ立ち塞がる。
サヤミとユスユフも必死に事情を説明するが、人々は聞く耳を持たなかった。
「騙されるな!」
「魔族なんて皆同じだ!」
「捕まえろ!!」
怒号と憎悪が飛び交う。
偵察隊の言葉ですら、もはや誰にも届いていなかった。
そして――。
ついにエイミの怒りが限界を超える。
彼女の身体から凄まじい風圧が噴き出した。
第三段階。
風ヴァークの頂点。
“肉体を分解する風”。
エイミの姿が暴風へ変貌した瞬間、人々は恐怖に顔を歪め、一斉に逃げ出した。
地上人は普通の人間。
ヴァークを使うことはできない。
そんな彼らにとって、エイミの存在はまさに災厄そのものだった。
その後、一行は急いで村長の家へ向かい、状況説明を行った。
ザミル村長も最初は驚愕していた。
イザウたちが魔族を連れて戻ってきたのだから当然だ。
最初は「捕虜として捕まえた」と思っていたが、全ての事情を聞き終えると、やがて静かに頷いた。
「……なるほど。そういうことか」
その時だった。
家の外から大勢の怒鳴り声が聞こえてくる。
「魔族を引き渡せ!!」
「出て来い!!」
外へ出ると、そこには市場の時より遥かに多くの住民が集まっていた。
しかも全員、武器を持っている。
ザミル村長は彼らの前へ立った。
そして事情を一つ一つ説明していく。
リカが逃亡してきた奴隷であること。
工場で人々が攫われていること。
そして彼女たちが敵ではないこと。
長い説明の末、人々もようやく真実を理解した。
やがて一人、また一人と武器を下ろしていく。
「……悪かった」
「早とちりだったな……」
こうして騒動は、どうにか収束した。
それから数日後――。
住民たちも徐々にリカを受け入れ始めていた。
そしてイザウたちは、次なる戦いへ向けて準備を進める。
目的はただ一つ。
工場で奴隷にされている人々を救い出すこと。
イザウはリカと共に、伝説の武器をさらに使いこなすため訓練を続けていた。
二人は集落から少し離れた渓谷で修行を行い、昼夜を問わず戦い続ける。
気づけば二日以上、村長の家へ戻っていなかった。
そのせいで――。
イノリアは次第に不安を募らせていくのだった。
イノリア、ソラ、そしてエイミは、イザウとリカの様子を見るため渓谷へ向かった。
目的地へ到着すると、二人はちょうど昼食を取っているところだった。
焚き火の上では、狩ってきた獣の肉が豪快に焼かれている。
「エイロ、来たんだ」
「お、お前たちか」
イザウは肉を片手に笑った。
「ちょうど昼飯中なんだ。せっかくだし一緒に食えよ。肉が多すぎて、二人じゃ食い切れねぇ」
だが――。
イノリアだけは、恐ろしいほど冷たい目をしていた。
「……あなたたち、二日も帰って来なかったわよね?」
空気が一気に凍る。
「この二日間、何してたの?」
その笑顔は穏やかだったが、目だけが全く笑っていない。
「うわ、終わったわねイザウ」
ソラがニヤニヤ笑う。
「イノリア、完全に嫉妬してるじゃない」
「ち、違うわよ!」
「まあまあ落ち着けって!」
イザウは慌てて手を振った。
「俺たちはただ訓練してただけだ! 変なことなんてしてねぇ!」
「……じゃあ、どこで寝てたの?」
「そこの木の下だよ。焚き火の横で寝てた」
「……一緒に?」
「そりゃ一緒だけど! 本当に何もしてねぇって! なあリカ!」
イノリアの視線がリカへ向く。
するとリカは、焼いた肉をもぐもぐ食べながら平然と答えた。
「安心して。私はあなたの恋人を奪ったりしない。私はエイロだけのものだから」
「――っ!?」
イノリアの顔が一気に赤くなる。
「な、何言ってるのよ! そもそも私はこいつの恋人じゃないし!」
「へぇ~?」
ソラが面白そうに笑った。
「でも否定するところ、そこなんだ?」
「ソラ、あなた後で覚えてなさい……!」
昼食を終えた後、一行は再び集落へ戻ることにした。
イザウはこの二日間の訓練によって、以前よりも遥かに伝説の武器を扱えるようになっていた。
だが帰り道、ソラは周囲の光景を見て顔を引きつらせる。
地面は抉れ、巨大な岩は砕け散り、森の木々も何本も倒れていた。
まるで小規模な戦争でも起きた後のような有様だ。
「……ねえ。あなたたち、本当にどんな訓練してたの?」
「普通の模擬戦だぞ?」
イザウは当然のように言う。
「リカが全然手加減しねぇから、俺もかなり熱くなってな!」
「当然」
リカは平然としていた。
「私はあれを訓練だと思ってないもの。もし間違ってエイロを殺してても、それは仕方ない」
「怖ぇよお前!!」
イザウは本気で青ざめた。
「よく俺、生きてたな……」
その夜――。
一行はザミル村長の家へ集まり、今後の作戦会議を行っていた。
目的はもちろん、攫われ奴隷にされている人々の救出。
まずは誘拐任務を担当している魔族たちを潰すことになった。
元々その任務に関わっていたリカは、魔族たちの隠れ家を把握している。
彼女は危険度と位置を考慮し、襲撃順を説明していった。
さらに最終目標として挙げられたのは――。
巨大工場都市、メルタミア(Merutamia)。
“資源都市”とも呼ばれる、煌びやかな巨大都市だった。
ザミル村長は、偵察隊の一部をイザウたちへ貸し出す許可を出した。
だが全員を送ることはできない。
集落にも防衛戦力が必要だからだ。
「昔は、我々も外の世界と盛んに交流していた」
ザミル村長は静かに語る。
「交易も行っていたし、他地域との繋がりもあった。魔族に襲われることもあったが、そのたびにヴァークを扱える外の者たちが助けてくれた」
しかし――。
「工場を支配する地上人が魔族と結託し、人攫いをしているという噂が広まってから、我々は完全に孤立した」
村長は苦笑する。
「今では外界から切り離され、自力で生きていくしかない。だから常に偵察隊を配置している。ヴァークは使えなくとも、工場から流れてきた違法武器で最低限の抵抗はできるからな」
「人数はそんなにいらねぇよ、村長」
イザウが言った。
「サヤミ、ユスユフ、エイミ、リカ。このメンバーで十分だ」
「本当にそれだけでいいのか?」
ザミル村長は不安そうに眉を寄せる。
「少人数で大規模な襲撃を行うのは危険では……」
「逆だよ」
イザウは笑った。
「人数が多いと、その分守らなきゃならねぇ奴も増える。俺たちは少人数の方が動きやすいんだ」
「……そうか」
ザミル村長は深く頭を下げた。
「お前たちには借りが増える一方だな」
「そんなこと言わないでください」
サヤミが微笑む。
「私たちはただ、同じ目的のために動いてるだけです。魔族を止めたいっていう」
翌朝――。
出発の準備を終えた一行の前には、多くの住民たちが集まっていた。
彼らは食料や水、装備などを抱えている。
「持って行ってくれ!」
「頼んだぞ!」
イザウは感謝したが、全てを受け取ることはできなかった。
さすがに荷物が多すぎるのだ。
そして――。
反撃作戦が始まった。
リカは魔族たちの隠れ家を順番に案内していく。
二日間の移動の末、一行は最初の拠点へ到着した。
そこでは二体の魔族が待機していた。
獲物――つまり攫う人間を探していたのだ。
だが次の瞬間。
イザウたちが襲い掛かる。
戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
いや――。
それは完全な虐殺だった。
魔族を倒した後も、イザウは止まらない。
何度も何度も斧を振り下ろし、死体が原形を留めなくなるまで叩き潰した。
肉片が飛び散り、地面が血で染まる。
イザウの脳裏には、ミユの死が焼き付いていた。
ソラの大切な人を守れなかったこと。
もっと強ければ救えたかもしれないという後悔。
その怒りが、彼を突き動かしていた。
「次へ行くぞ」
イザウは血塗れの斧を担ぐ。
「これは……俺たちの反撃だ」
一行は進み続けた。
リカが知る隠れ家を次々と襲撃し、潜伏していた魔族たちを容赦なく殲滅していく。
数日が過ぎても、その勢いは止まらなかった。
「残る拠点はあと一つ」
イザウが地図を見ながら言う。
「そこを潰したら、次はいよいよメルタミアへの攻撃だ」
「待って」
リカが真剣な顔になる。
「最後の拠点には、かなり強い魔族がいる。そこは私たちが報告を行う基地でもあるから。攫った人間を引き渡す場所でもある」
「つまり幹部がいるってことか」
「ええ。指揮官クラス」
「大丈夫だろ」
イザウはニヤリと笑う。
「どうせ黒星の魔族より下なんだろ? なら大したことねぇよ。俺、サイリン(Sairin)をあと少しで倒せるところまで行ったしな。仲間に逃がされなきゃ終わってた」
「へぇ……」
リカが少し感心したように目を細める。
「あなた、サイリンを追い詰めたの? なかなかやるわね、炎の騎士」
「だからイザウだって言ってんだろ!」
イザウが即座に怒鳴る。
「その魔族女って呼び方もやめろ! お前にも名前あるんだからな!」
「最初にそう呼んでたのはあなたの方でしょう?」
リカは涼しい顔だった。
「私の名前はリカよ」
「……お前ら、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
ソラが呆れたように笑う。
「またイノリアが嫉妬しちゃうわよ?」
「だから違うって言ってるでしょ、ソラ……!」
イノリアが顔を赤くする。
そんな中、イザウはふとエイミへ視線を向けた。
「なあエイミ。お前って結構静かだよな」
「うるさい」
エイミは即答した。
「無駄に喋ると疲れる」
「エイロは特別だから。どこかの騒がしい炎の騎士とは違うもの」
リカはそう言いながら、自然にエイミの腕へ抱きついた。
その様子を見たサヤミは、分かりやすく落ち込んだ表情を浮かべる。
するとソラが横から肩を組み、ニヤニヤしながら囁いた。
「そんな暗い顔しないの、サヤミ。恋は戦いよ? 頑張りなさいって」
「もう、からかわないでよ……」
最後の拠点までは、あと一日ほどの距離だった。
そのため一行は、この夜は野営を行い、翌朝出発して夜に襲撃を仕掛ける計画を立てる。
「イザウ、食料がもうほとんどないわ」
ソラが荷物を確認しながら言った。
「残ってるのは今夜の分くらいね」
「明日、途中で街とか通るのか?」
「ええ。交易都市サンサナペル(Sansanapel)を通るわ」
サヤミが答える。
「そこにはあなたたちと同じ、第十次元出身の商人もいるのよ」
「マジか?」
イザウは目を輝かせた。
「急いでなかったら会いに行きたかったな」
「任務が終わったら寄ってみましょうよ」
サヤミが微笑む。
「もしかしたら、まだ私たちを覚えてるかもしれないし。最初に次元の穴へ吸い込まれたのって、アマリとマノリの人たちだったから」
「……そうだな」
イザウは静かに頷いた。
「じゃあ明日、補給だけでも済ませよう」
翌朝。
一行は荷物をまとめ、再び進み始めた。
そして正午頃――。
彼らは交易都市サンサナペルへ到着する。
その光景に、イザウは思わず目を見開いた。
巨大な都市の半分近くが市場と商業区画で埋め尽くされている。
露店。
高級店。
異国の品々。
人々の喧騒。
ありとあらゆる商品が並び、まるで世界中の物が集まっているかのようだった。
さらに都市の中央には、巨大なドーム状の建築物がそびえ立っている。
「すげぇ……」
イザウは感嘆の声を漏らした。
「これが交易都市かよ……市場広すぎだろ。何買えばいいのか分かんなくなるな」
「ほら、ぼーっとしてないで」
ソラが呆れたように腕を引く。
「長居してる暇はないんだから。補給済ませてすぐ出発よ」
一行は必要な物資だけを購入し、そのまま街を後にした。
そして日が沈み始めた頃――。
最後の襲撃地点へ到着する。
そこは今までの隠れ家とは違っていた。
警備している魔族の数が圧倒的に多い。
ここが中心拠点なのだと、一目で分かる。
サヤミとユスユフは荷物の護衛と周囲の警戒を担当し、残るメンバーが突入することになった。
戦闘は突然始まった。
イザウたちは見つけた魔族を片っ端から斬り伏せていく。
そして短時間で、基地内部は静まり返った。
「よし」
イザウは斧を肩に担ぐ。
「基地破壊は完了だな。あとは工場襲撃の作戦を――」
「待って」
リカが周囲を見回す。
「炎の騎士、ヴァタナクス(Vatanax)がいない」
「ヴァタナクス? 誰だそれ」
「……ここの指揮官よ、馬鹿」
その瞬間だった。
背後から巨大な剣が凄まじい速度で回転しながら飛来する。
「っ!?」
一行は咄嗟に飛び退いた。
巨大剣は地面を抉り、そのまま旋回して持ち主の元へ戻っていく。
「みんな無事か!?」
イザウは振り返りながら叫んだ。
隣を見る。
エイミ。
リカ。
無事。
だが――。
イノリアとソラの顔色が凍り付いていた。
二人は後方を見つめたまま、言葉を失っている。
そこでイザウは思い出す。
サヤミとユスユフは後ろにいた。
ちょうど、今の攻撃が飛んできた方向に。
ゆっくりと視線を向けたイザウは――。
絶句した。
「……うそ、だろ」
ユスユフの左腕が斬り飛ばされていた。
そして。
サヤミの身体は、胴体から半分に裂けていた。
「サヤミィィィッ!!」
エイミは絶叫し、即座に攻撃が飛んできた方向へ突っ込む。
イザウも歯を食いしばり、その後を追った。
一方――。
イノリア、ソラ、リカは急いでサヤミたちの元へ駆け寄る。
ユスユフはまだ辛うじて意識があり、苦痛に呻いていた。
だがサヤミは動かない。
リカは震える手で彼女の頭を抱え、自分の膝へ乗せる。
「サヤミ……サヤミ、起きて……」
しばらくして。
サヤミの瞼がゆっくり開いた。
「……リカ」
か細い声だった。
「初めて……名前で呼んでくれたね……」
彼女は微かに笑う。
そして最後に、小さな声で呟いた。
「……お願い。エイミを……守ってあげて」
それが、最期の言葉だった。
サヤミの身体から、静かに力が抜ける。
呼吸は、もう戻らない。
リカの頬を、温かい雫が伝った。
「……なに、これ」
彼女は自分の涙に戸惑う。
「目から……水が……」
生まれて初めて。
リカは涙を流していた。
その頃――。
エイミとイザウは、襲撃者の元へ辿り着いていた。
そこには大量の魔族たちが並んでいる。
そして中央には、一際異様な存在が立っていた。
巨大な肉体。
人間ほどの長さを持つ大剣。
まるで怪物そのものだった。
イザウは、その魔族と目が合った瞬間に理解する。
――強い。
ただ立っているだけで、全身が押し潰されそうな威圧感。
だがエイミは一切躊躇しなかった。
瞬時に“肉体を分解する風”の姿へ変貌し、敵陣へ突撃する。
「迎え撃てぇ!!」
一体の魔族が叫ぶ。
次の瞬間、大量の魔族が一斉に襲い掛かった。
動かないのは、巨大な魔族と指揮を執る魔族だけ。
エイミは暴風を解き放ち、次々と魔族を切り刻んでいく。
だが。
敵は減らない。
倒しても倒しても、新たな魔族が押し寄せてくる。
イザウも斧を振るい続けるが、状況は同じだった。
「ひひひっ……馬鹿だなぁ、お前ら」
指揮官らしき魔族が笑う。
「各拠点が襲撃されてるって報告を受けてなぁ。だからここで待ち伏せしてたんだよ」
「黙れ……クソ魔族が……!!」
エイミとイザウは完全に数で押され始めていた。
さらに――。
先ほどの指揮官魔族まで前へ出る。
イザウへ向かって攻撃を仕掛けたその瞬間。
ガギィンッ!!
リカが割って入り、その攻撃を受け止めた。
「ほぉ?」
魔族が笑う。
「裏切り者の混血魔族までいたとはな」
「黙れ、ヴァタナクス……!」
リカの瞳に怒りが宿る。
「お前、私の友達を殺した……!」
戦いながら、イザウは叫ぶ。
「リカ! サヤミとユスユフは無事なんだろ!? なぁ!!」
リカは一瞬だけ視線を伏せた。
「ユスユフはイノリアたちが治療してる……」
そして。
「サヤミは……死んだ」
その言葉を聞いた瞬間。
エイミの怒りが爆発した。
獣のような唸り声が響く。
次の瞬間――。
超巨大な嵐が発生する。
風の一つ一つが刃となり、周囲の魔族を肉片へ変えていく。
大量の魔族たちが、一瞬で切り刻まれた。
だが。
巨大な魔族だけは違った。
その暴風を受けても、一切動じない。
「――ッ!!」
エイミはさらに巨大な風球を作り出し、その怪物へ突撃する。
だが、それを見たリカの顔色が変わった。
「やめて、エイロ!!」
リカは叫ぶ。
「あいつは黒星の魔族よ!! あなたじゃ勝てない!!」
リカの予感は、最悪の形で的中した。
エイミが放った巨大な風球は、黒星の魔族へ直撃する。
凄まじい暴風が炸裂し、周囲の地面が抉れ、岩石が吹き飛ぶ。
だが――。
煙が晴れた先に立っていたその魔族は、無傷だった。
かすり傷一つない。
それどころか、攻撃を受けたにも関わらず、一歩たりとも動いていない。
「なっ……」
エイミの表情が凍りつく。
そして。
今まで黙っていた巨大な魔族が、ゆっくりと口を開いた。
その声は低く重く、聞いただけで身体の奥が震えるほどの威圧感を放っていた。
「……俺はただ、通りがかっただけだ」
その一言だけで、空気が重く沈む。
「だが部下から、“襲撃が来る”と報告を受けてな」
巨大な魔族は大剣を肩へ担ぐ。
「だから少し滞在して、鬱陶しい羽虫を潰してやることにした」
次の瞬間。
魔族は大剣を振り抜いた。
ただ、それだけ。
なのに――。
周囲一帯の木々が斬り裂かれる。
巨大な岩石までもが綺麗に両断され、遅れて轟音が響き渡った。
「っ!?」
イザウ、エイミ、リカは咄嗟に飛び退く。
もし回避が少しでも遅れていれば、身体ごと真っ二つにされていただろう。
「なんだよ……この攻撃……!」
イザウの額から冷や汗が流れる。
「めちゃくちゃすぎるだろ……!」
だが黒星の魔族は止まらない。
再び剣を持ち上げ、二撃目を放とうとした――その時。
轟ッ!!
巨大な緑色の火球が飛来し、黒星の魔族へ直撃した。
爆炎が巻き起こる。
「今のうちに逃げろ!!」
誰かの叫び声。
そこへ、一人の人物が駆け寄ってきた。
顔までは見えない。
だが、その人物は迷いなくイザウたちへ撤退を促した。
この怪物に勝てない。
その判断は、全員一致だった。
「撤退するぞ!!」
一行は即座に方向を変え、全力で逃走を開始する。
その背後から、黒星の魔族の低い声が響いた。
「……逃げるのか、羽虫ども」
そして。
「ヴァタナクス。追え」
「はっ、承知しました」
ヴァタナクスは不気味に笑い、そのまま高速で追跡を開始した。
一行が最初の地点へ戻ると、そこにはイノリア、ソラ、そして見知らぬ数人の姿があった。
ユスユフは誰かに背負われている。
左腕を失った影響で、顔色は最悪だった。
そして。
サヤミの亡骸は、彼女自身のローブに包まれ、静かに横たえられていた。
それを見た瞬間。
エイミは何も言わず、すぐにサヤミの遺体を抱き上げる。
その顔には怒りも涙もなかった。
ただ、壊れそうなほど静かな表情だけがあった。
「行くぞ!!」
一行は再び走り出す。
だが――。
「逃がすかよぉ!!」
ヴァタナクスが追いついた。
巨大な身体にも関わらず、その速度は異常だった。
すると。
先ほど助けてくれた人物が前へ出る。
その者は両手から緑色の炎を噴き出し、ヴァタナクスへ放った。
爆炎によって一瞬だけ動きが止まる。
「今だ!!」
リカが地面を蹴った。
全力の拳撃。
轟音と共にヴァタナクスの身体が上空へ吹き飛ばされる。
さらに。
「おおおおおおッ!!」
イザウが跳躍した。
空中で斧を構え、そのまま全力で振り下ろす。
斧撃はヴァタナクスへ直撃し、その巨体を真っ二つに叩き割った。
鮮血が夜空へ散る。
だが誰一人、立ち止まらない。
確認すらしなかった。
今は戦う時ではない。
全員が本能で理解していた。
あの黒星の魔族は、あまりにも危険すぎる。
イザウですら、目を合わせただけで身体が震えた。
だから彼らは、ただ必死に走り続けた。
生き延びるために。




