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第15章 反撃

 エイミは、伝説の武器を持つ魔族の女へ向かおうとしたイザウを遮った。

 イザウは斧を握りしめたまま動けずにいた。ここで攻撃すれば、エイミまで傷つけてしまうかもしれない。そもそも今回の任務は、エイミを連れ戻すことなのだから。


「どうするの、サヤミ……。攻撃できない……エイミが邪魔をしてる」


「もしあなたたちがリカを敵だと言うなら、あなたたち全員も私の敵。もう攻撃を躊躇しないで。だって私も、もう手加減なんてしないから」


「そこまで言うなら、もう遠慮する必要はないわ、イザウ。気絶させてでも連れ戻しなさい。あの魔族と関係がある以上、人さらいの件にも関わってる可能性が高い。奴隷として連れ去っていたのかもしれない」

 サヤミが鋭い声で言った。


「分かった、サヤミ。それがお前の判断なら、俺ももう容赦しない。まとめて相手してやる!」


 イザウは勢いよく斧を振り上げた。


「来い、魔族の女!」


「その呼び方やめろ、このクソ野郎! 彼女の名前はリカだ!」

 エイミが怒鳴る。


 イザウの狙いはあくまでリカだった。だがエイミはそのたびに前へ出て、風のヴァークで斧撃を受け流していく。


 さらにエイミは距離を取ったまま拳を突き出した。

 すると空気が唸り、巨大な風の拳が形成され、そのまま一直線にイザウへ叩き込まれる。


「ぐっ……! ちくしょう……! 風のヴァーク使いと戦うのは初めてだが、こんなに厄介なのかよ……! とんでもない距離から攻撃してきやがる……!」


 その直後、今度はリカが前へ出た。


「エイロ……ここは私が戦う。私はあなたを守る存在。絶対に傷つけさせない」


 リカが踏み込んだ瞬間、イノリア、ソラ、サヤミ、そしてユスユフが一斉に立ちはだかる。


 しかし――。


 たった一発。


 それだけで四人の身体は吹き飛ばされた。


「エイミはお前たちに任せる! あの魔族は俺がやる! 伝説の武器には、伝説の武器をぶつけるしかねぇ!」


 イザウは再びリカへ斬りかかった。


 だが、リカの防御は異常なほど堅い。

 イザウの猛攻はすべて受け止められ、そのたびに火花が散る。


 しかもリカは守るだけでは終わらなかった。


 一瞬前へ踏み込み、超高速で拳を叩き込み、すぐに元の位置へ戻る。

 その動きはあまりにも速く、残像すら見えるほどだった。


 イザウの斧は豪快な攻撃には向いている。

 だが突然の近距離戦への防御には不向きだった。


 結果、イザウは何度も拳を受ける。


 頭部。腹部。肋骨。


 鈍い衝撃が次々と叩き込まれ、血が飛び散る。


「くそっ……このままじゃ一方的にやられる……! 互角どころか、ついていくことすらできねぇ……!」


 一方その頃――。


 エイミは四人を相手にしていた。


 サヤミとユスユフはヴァークを使えない。

 その代わり、二人はソラとイノリアの後方から銃撃を行っていた。


 狙うのはエイミの脚。

 動きを封じるためだ。


 ソラとイノリアも絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。


 氷。

 雷。

 連続攻撃。


 しかしエイミは圧倒的だった。


 イノリアの氷を風で弾き、ソラの高速雷撃すら紙一重で避けていく。


 ソラの雷は常人なら反応すらできない速度だ。

 それなのに、エイミはまるで未来を読んでいるかのように回避していた。


 しかも、彼女の風のヴァークがどこまでの力を秘めているのか、誰も把握できていない。


「今だ!」


 四人が同時に攻撃を仕掛ける。


 だが、その判断は完全な誤算だった。


 エイミは腕を振り払った。


 次の瞬間――巨大な暴風が爆発する。


 轟音と共に暴風が周囲を呑み込み、四人全員を遥か後方まで吹き飛ばした。


 サヤミとユスユフは木の枝にしがみつかなければ、そのまま森の奥まで飛ばされていたほどだった。


「ソラ……あいつ、第二段階の風ヴァークを完全に使いこなしてる……! 接近戦なんて無理よ。近づけば暴風で吹き飛ばされるだけ!」

 イノリアが苦しそうに叫ぶ。


「はははっ……何を言ってるの? 第二段階ですって?」

 エイミは不気味に笑った。


「私はもう、自分の力を完全に支配してるのよ」


 その瞬間。


 エイミの身体が崩れた。


 いや――風へと変貌した。


 全身が暴風となり、そこには人型をした巨大な風の渦だけが存在していた。

 その顔は鬼のように歪み、見る者を恐怖させる。


 エイミは腕を振る。


 それだけで、巨大な風の嵐がソラとイノリアへ襲いかかった。


 だがその暴風は、ただの風ではない。


 触れた瞬間、身体が何千本もの刃で切り裂かれるような斬撃の嵐だった。


 ソラはイノリアを抱えて回避する。


 しかし完全には避け切れない。


「ぐあっ……!」


「きゃああっ……!」


 二人の身体から鮮血が舞った。


 ソラの左腕はだらりと垂れ下がり、完全に動かなくなっている。

 イノリアも左脚を深く切り裂かれ、立つことすらできなかった。


「少しかすっただけで……こんな……! あの嵐、鋭すぎる……。私たちじゃ勝てないわ、ソラ……」


 サヤミはすぐに二人の元へ駆け寄った。


「大丈夫!? 二人とも!」


 エイミは再び攻撃しようと腕を上げる。


 だがその前に、サヤミが立ち塞がった。


「エイミお姉ちゃん……もうやめて! どうしてこんな風になったのか分からない。でもお願い……私たちを傷つけないで。私たちはただ、あなたを連れ戻したいだけなの!」


「エイミ?」

 風の中から低い声が響く。


「私の名前はエイロ。もう、あなたたちの知っているエイミじゃない」


 風の渦の中で、エイロの声はどこか悲しげだった。


「私がどれだけ苦しい人生を歩いてきたか、サヤミ……あなたなら知ってるでしょう?」


「私はあなたを信じてた。

 唯一信じてた人間が、あなただった。


 あなたが私を探してくれるって。

 もし無理でも、せめて待っていてくれるって。


 でも違った」


 風がざわめく。


「長い旅を経て、やっと地上人の集落へ辿り着いた時……私はあなたを探した」


 そして。


「見たのよ。あなたが男と抱き合ってるところを」


 サヤミの瞳が大きく揺れる。


「あの瞬間、理解した。

 私だけだったんだって。あなたを特別だと思っていたのは。


 でもあなたは違った。

 私がいなくても、誰とでも幸せになれるんだって」


「ま、待って! それ絶対誤解だから! 私とユスユフはそういう関係じゃない!」


 するとユスユフも前へ出た。


「本当です。俺とサヤミは任務上のパートナーに過ぎません。それに――」


 彼は少し気まずそうに頭を掻く。


「地球では、俺はもう結婚してます。子供も一人います」


「……は?」


「え?」


「なっ……!?」


 全員が同時に固まった。


「こんな若いのに結婚してるの!?」

 驚愕の声が重なる。


「ていうか、いつも一緒に任務してた私ですら初耳なんだけど……」

 サヤミが呆れたように言った。


「つまり……今までの戦い、全部勘違いだったってこと?」

 ソラは深くため息を吐いた。


「待って、ちゃんと説明するから!」

 サヤミは慌ててエイロへ向き直る。


「さっきも聞いたでしょ!? 私とユスユフは本当に何でもないの! もしあなたが見たのが、訓練場でユスユフが私に覆いかぶさってた場面なら……あれは訓練中の事故! 私が転びそうになって、ユスユフが咄嗟に支えようとしただけなの!」


 「……そっか。あはは……なんか、自分でも混乱してきた」

 エイミは気まずそうに笑いながら、風の姿を解いて人間の姿へ戻った。


 一方その頃も、イザウとリカの戦いはまだ激しく続いていた。


 サヤミたちは慌てて二人の元へ駆け寄り、必死に止めへ入る。


「待って! 二人ともやめて! 全部誤解だったの!」


 事情を聞き終えたイザウは、心底呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ!? つまりこんなしょうもない勘違いでここまで戦ったってことかよ……。なんかガッカリだな」


 その直後。


 ゴンッ!


 イノリアが無言でイザウの頭を殴った。


「何がガッカリよ。あなたの頭の中、戦いしか入ってないの?」


「いてぇっ!」


 エイミは申し訳なさそうに頭を下げる。


「みんな……本当にごめんなさい。全部、私のせい」


「別にいいじゃない」

 ソラが苦笑しながら肩をすくめた。


「でも今回の件で、エイミはサヤミへの気持ちを思いっきり告白したことになるわね」


「――っ!?」


 サヤミとエイミの顔が一気に真っ赤になる。


 二人は同時に顔を背け、視線を合わせようとしなかった。


 その空気を変えるように、イザウが口を開く。


「それよりエイミ。リカのことと、その伝説の武器について詳しく聞かせろ」


 エイミは小さく頷き、リカを皆へ紹介した。


 リカは元々、魔族側で奴隷として扱われていた存在であり、そこから逃げ出したこと。

 そしてあの伝説の武器は、地上人の集落へ向かう旅の途中、偶然発見した迷宮で手に入れたこと。


 エイミは隠すことなく全てを語った。


 自身が風のヴァークを得た経緯についても。


「なるほどな……事情は分かった」

 イザウは腕を組みながら頷く。


「なら任務完了だ。これで戻れるな」


「でも、リカはどうするの?」

 サヤミが不安そうに尋ねた。


「集落へ連れて行ったら、偵察隊に殺されるかもしれない」


「その時は村長に説明すればいい。きっと分かってくれるさ。それに、工場での誘拐事件についての情報もある」

 イザウはリカへ視線を向ける。


「なあリカ、お前も協力してくれるよな?」


「もちろん」

 リカは即答した。


「エイロが行くなら、私はどこへでもついて行く」


「よし、決まりだな」


 サヤミは少し寂しそうに笑った。


「今回の任務、手伝ってくれてありがとう。これで任務も終わったし、あなたたちはまた旅を続けるんでしょ?」


「何言ってんだよ、サヤミ」

 イザウが笑う。


「その工場、魔族とも関係してるんだろ? だったら最後まで付き合うに決まってるじゃねぇか」


「そうそう」

 ソラも頷いた。


「これでお別れとか思わないでよ。私たちの仕事はまだ終わってないんだから」


「それに、サリヴの街にあるって言われてた伝説の武器の情報も、もう必要なくなったしな」

 イノリアがリカの武器を見ながら言った。


 こうして全員は、再び地上人の集落へ戻ることを決めた。


 だがその夜は、森のツリーハウスで休むことになった。


 ソラとイノリアは風の刃による裂傷を負っており、治療が必要だったからだ。

 イザウもまた、リカとの戦闘で全身に深い打撲と裂傷を負っていた。


「ごめんなさい……二人とも。私のせいで怪我までさせちゃって」

 エイミが落ち込んだように呟く。


「気にしなくていいわよ、エイミ」

 ソラは笑いながら言った。


「戦いなんだから怪我人が出るのは当然。勝つ側もいれば負ける側もいる。それより今度、一緒に訓練しましょうよ。あなたの風ヴァーク、本当に強かったわ」


「ねえリカ、私とも訓練してくれない?」

 イザウが興味津々に身を乗り出す。


「もっと武器を使いこなしたいんだ。お前、かなり上手く扱ってただろ」


「別に構わない。でも……エイロが許してくれるなら」


「お前さぁ、何でもかんでもエイロ、エイロって……自分で決められないのか?」


「当然」

 リカは真顔で答えた。


「私はエイロの護衛。つまり、私はエイロのものだから」


 その言葉を聞き、サヤミの表情がわずかに曇る。


「へぇ~……なんか修羅場の匂いがするわねぇ」

 ソラがニヤニヤしながら茶化した。


「ソラ、からかわないの」

 イノリアが呆れながら止める。


 その夜、ツリーハウスの中では笑い声が絶えなかった。


 皆で食事を囲み、冗談を言い合い、久しぶりの穏やかな時間を過ごす。


 そして翌朝――。


 朝食を終えた一行は、地上人の集落へ向けて出発した。


 だがリカだけは最後まで同行を嫌がっていた。


「やっぱり私は行かない方が……。絶対騒ぎになる。魔族だって知られたら、きっと襲われる」


 しかしエイミは優しく彼女の肩に触れた。


「大丈夫。私たちが一緒にいる」


 その言葉に背中を押され、リカもようやく頷いた。


 数時間後。


 森を抜けた先に、地上人たちの集落が見えてくる。


 それでもなお不安そうにしていたリカへ、サヤミは自分のローブを貸した。


「これ着て。特に角を隠しておけば、すぐにはバレないはず」


「……ありがとう」


 一行はそのままザミル(Zamir)村長の家へ向かう。


 しかし市場を通りかかった時だった。


 二人の子供が追いかけっこをしながら走ってきて、誤ってリカへぶつかってしまう。


「きゃっ――!」


 リカは体勢を崩して転倒した。


 その拍子に、ローブのフードが外れる。


 露わになる黒い角。


 一瞬で市場の空気が凍りついた。


「ま、魔族だ……!」


「魔族がいるぞ!!」


 悲鳴と共に、人々は一斉に逃げ惑う。


 商人たちは慌てて銃を取り出し、リカを包囲した。


 イザウたちは即座にリカの前へ立ち塞がる。


 サヤミとユスユフも必死に事情を説明するが、人々は聞く耳を持たなかった。


「騙されるな!」


「魔族なんて皆同じだ!」


「捕まえろ!!」


 怒号と憎悪が飛び交う。


 偵察隊の言葉ですら、もはや誰にも届いていなかった。


 そして――。


 ついにエイミの怒りが限界を超える。


 彼女の身体から凄まじい風圧が噴き出した。


 第三段階。


 風ヴァークの頂点。


 “肉体を分解する風”。


 エイミの姿が暴風へ変貌した瞬間、人々は恐怖に顔を歪め、一斉に逃げ出した。


 地上人は普通の人間。

 ヴァークを使うことはできない。


 そんな彼らにとって、エイミの存在はまさに災厄そのものだった。


 その後、一行は急いで村長の家へ向かい、状況説明を行った。


 ザミル村長も最初は驚愕していた。


 イザウたちが魔族を連れて戻ってきたのだから当然だ。


 最初は「捕虜として捕まえた」と思っていたが、全ての事情を聞き終えると、やがて静かに頷いた。


「……なるほど。そういうことか」


 その時だった。


 家の外から大勢の怒鳴り声が聞こえてくる。


「魔族を引き渡せ!!」


「出て来い!!」


 外へ出ると、そこには市場の時より遥かに多くの住民が集まっていた。


 しかも全員、武器を持っている。


 ザミル村長は彼らの前へ立った。


 そして事情を一つ一つ説明していく。


 リカが逃亡してきた奴隷であること。

 工場で人々が攫われていること。

 そして彼女たちが敵ではないこと。


 長い説明の末、人々もようやく真実を理解した。


 やがて一人、また一人と武器を下ろしていく。


「……悪かった」


「早とちりだったな……」


 こうして騒動は、どうにか収束した。


 それから数日後――。


 住民たちも徐々にリカを受け入れ始めていた。


 そしてイザウたちは、次なる戦いへ向けて準備を進める。


 目的はただ一つ。


 工場で奴隷にされている人々を救い出すこと。


 イザウはリカと共に、伝説の武器をさらに使いこなすため訓練を続けていた。


 二人は集落から少し離れた渓谷で修行を行い、昼夜を問わず戦い続ける。


 気づけば二日以上、村長の家へ戻っていなかった。


 そのせいで――。


 イノリアは次第に不安を募らせていくのだった。


 イノリア、ソラ、そしてエイミは、イザウとリカの様子を見るため渓谷へ向かった。


 目的地へ到着すると、二人はちょうど昼食を取っているところだった。

 焚き火の上では、狩ってきた獣の肉が豪快に焼かれている。


「エイロ、来たんだ」


「お、お前たちか」

 イザウは肉を片手に笑った。


「ちょうど昼飯中なんだ。せっかくだし一緒に食えよ。肉が多すぎて、二人じゃ食い切れねぇ」


 だが――。


 イノリアだけは、恐ろしいほど冷たい目をしていた。


「……あなたたち、二日も帰って来なかったわよね?」


 空気が一気に凍る。


「この二日間、何してたの?」


 その笑顔は穏やかだったが、目だけが全く笑っていない。


「うわ、終わったわねイザウ」

 ソラがニヤニヤ笑う。


「イノリア、完全に嫉妬してるじゃない」


「ち、違うわよ!」


「まあまあ落ち着けって!」

 イザウは慌てて手を振った。


「俺たちはただ訓練してただけだ! 変なことなんてしてねぇ!」


「……じゃあ、どこで寝てたの?」


「そこの木の下だよ。焚き火の横で寝てた」


「……一緒に?」


「そりゃ一緒だけど! 本当に何もしてねぇって! なあリカ!」


 イノリアの視線がリカへ向く。


 するとリカは、焼いた肉をもぐもぐ食べながら平然と答えた。


「安心して。私はあなたの恋人を奪ったりしない。私はエイロだけのものだから」


「――っ!?」


 イノリアの顔が一気に赤くなる。


「な、何言ってるのよ! そもそも私はこいつの恋人じゃないし!」


「へぇ~?」

 ソラが面白そうに笑った。


「でも否定するところ、そこなんだ?」


「ソラ、あなた後で覚えてなさい……!」


 昼食を終えた後、一行は再び集落へ戻ることにした。


 イザウはこの二日間の訓練によって、以前よりも遥かに伝説の武器を扱えるようになっていた。


 だが帰り道、ソラは周囲の光景を見て顔を引きつらせる。


 地面は抉れ、巨大な岩は砕け散り、森の木々も何本も倒れていた。


 まるで小規模な戦争でも起きた後のような有様だ。


「……ねえ。あなたたち、本当にどんな訓練してたの?」


「普通の模擬戦だぞ?」

 イザウは当然のように言う。


「リカが全然手加減しねぇから、俺もかなり熱くなってな!」


「当然」

 リカは平然としていた。


「私はあれを訓練だと思ってないもの。もし間違ってエイロを殺してても、それは仕方ない」


「怖ぇよお前!!」

 イザウは本気で青ざめた。


「よく俺、生きてたな……」


 その夜――。


 一行はザミル村長の家へ集まり、今後の作戦会議を行っていた。


 目的はもちろん、攫われ奴隷にされている人々の救出。


 まずは誘拐任務を担当している魔族たちを潰すことになった。


 元々その任務に関わっていたリカは、魔族たちの隠れ家を把握している。

 彼女は危険度と位置を考慮し、襲撃順を説明していった。


 さらに最終目標として挙げられたのは――。


 巨大工場都市、メルタミア(Merutamia)。


 “資源都市”とも呼ばれる、煌びやかな巨大都市だった。


 ザミル村長は、偵察隊の一部をイザウたちへ貸し出す許可を出した。


 だが全員を送ることはできない。


 集落にも防衛戦力が必要だからだ。


「昔は、我々も外の世界と盛んに交流していた」

 ザミル村長は静かに語る。


「交易も行っていたし、他地域との繋がりもあった。魔族に襲われることもあったが、そのたびにヴァークを扱える外の者たちが助けてくれた」


 しかし――。


「工場を支配する地上人が魔族と結託し、人攫いをしているという噂が広まってから、我々は完全に孤立した」


 村長は苦笑する。


「今では外界から切り離され、自力で生きていくしかない。だから常に偵察隊を配置している。ヴァークは使えなくとも、工場から流れてきた違法武器で最低限の抵抗はできるからな」


「人数はそんなにいらねぇよ、村長」

 イザウが言った。


「サヤミ、ユスユフ、エイミ、リカ。このメンバーで十分だ」


「本当にそれだけでいいのか?」

 ザミル村長は不安そうに眉を寄せる。


「少人数で大規模な襲撃を行うのは危険では……」


「逆だよ」

 イザウは笑った。


「人数が多いと、その分守らなきゃならねぇ奴も増える。俺たちは少人数の方が動きやすいんだ」


「……そうか」


 ザミル村長は深く頭を下げた。


「お前たちには借りが増える一方だな」


「そんなこと言わないでください」

 サヤミが微笑む。


「私たちはただ、同じ目的のために動いてるだけです。魔族を止めたいっていう」


 翌朝――。


 出発の準備を終えた一行の前には、多くの住民たちが集まっていた。


 彼らは食料や水、装備などを抱えている。


「持って行ってくれ!」


「頼んだぞ!」


 イザウは感謝したが、全てを受け取ることはできなかった。


 さすがに荷物が多すぎるのだ。


 そして――。


 反撃作戦が始まった。


 リカは魔族たちの隠れ家を順番に案内していく。


 二日間の移動の末、一行は最初の拠点へ到着した。


 そこでは二体の魔族が待機していた。


 獲物――つまり攫う人間を探していたのだ。


 だが次の瞬間。


 イザウたちが襲い掛かる。


 戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的だった。


 いや――。


 それは完全な虐殺だった。


 魔族を倒した後も、イザウは止まらない。


 何度も何度も斧を振り下ろし、死体が原形を留めなくなるまで叩き潰した。


 肉片が飛び散り、地面が血で染まる。


 イザウの脳裏には、ミユの死が焼き付いていた。


 ソラの大切な人を守れなかったこと。


 もっと強ければ救えたかもしれないという後悔。


 その怒りが、彼を突き動かしていた。


「次へ行くぞ」

 イザウは血塗れの斧を担ぐ。


「これは……俺たちの反撃だ」


 一行は進み続けた。


 リカが知る隠れ家を次々と襲撃し、潜伏していた魔族たちを容赦なく殲滅していく。


 数日が過ぎても、その勢いは止まらなかった。


「残る拠点はあと一つ」

 イザウが地図を見ながら言う。


「そこを潰したら、次はいよいよメルタミアへの攻撃だ」


「待って」

 リカが真剣な顔になる。


「最後の拠点には、かなり強い魔族がいる。そこは私たちが報告を行う基地でもあるから。攫った人間を引き渡す場所でもある」


「つまり幹部がいるってことか」


「ええ。指揮官クラス」


「大丈夫だろ」

 イザウはニヤリと笑う。


「どうせ黒星の魔族より下なんだろ? なら大したことねぇよ。俺、サイリン(Sairin)をあと少しで倒せるところまで行ったしな。仲間に逃がされなきゃ終わってた」


「へぇ……」

 リカが少し感心したように目を細める。


「あなた、サイリンを追い詰めたの? なかなかやるわね、炎の騎士」


「だからイザウだって言ってんだろ!」

 イザウが即座に怒鳴る。


「その魔族女って呼び方もやめろ! お前にも名前あるんだからな!」


「最初にそう呼んでたのはあなたの方でしょう?」

 リカは涼しい顔だった。


「私の名前はリカよ」


「……お前ら、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」

 ソラが呆れたように笑う。


「またイノリアが嫉妬しちゃうわよ?」


「だから違うって言ってるでしょ、ソラ……!」

 イノリアが顔を赤くする。


 そんな中、イザウはふとエイミへ視線を向けた。


「なあエイミ。お前って結構静かだよな」


「うるさい」

 エイミは即答した。


「無駄に喋ると疲れる」


「エイロは特別だから。どこかの騒がしい炎の騎士とは違うもの」

 リカはそう言いながら、自然にエイミの腕へ抱きついた。


 その様子を見たサヤミは、分かりやすく落ち込んだ表情を浮かべる。


 するとソラが横から肩を組み、ニヤニヤしながら囁いた。


「そんな暗い顔しないの、サヤミ。恋は戦いよ? 頑張りなさいって」


「もう、からかわないでよ……」


 最後の拠点までは、あと一日ほどの距離だった。


 そのため一行は、この夜は野営を行い、翌朝出発して夜に襲撃を仕掛ける計画を立てる。


「イザウ、食料がもうほとんどないわ」

 ソラが荷物を確認しながら言った。


「残ってるのは今夜の分くらいね」


「明日、途中で街とか通るのか?」


「ええ。交易都市サンサナペル(Sansanapel)を通るわ」

 サヤミが答える。


「そこにはあなたたちと同じ、第十次元出身の商人もいるのよ」


「マジか?」

 イザウは目を輝かせた。


「急いでなかったら会いに行きたかったな」


「任務が終わったら寄ってみましょうよ」

 サヤミが微笑む。


「もしかしたら、まだ私たちを覚えてるかもしれないし。最初に次元の穴へ吸い込まれたのって、アマリとマノリの人たちだったから」


「……そうだな」


 イザウは静かに頷いた。


「じゃあ明日、補給だけでも済ませよう」


 翌朝。


 一行は荷物をまとめ、再び進み始めた。


 そして正午頃――。


 彼らは交易都市サンサナペルへ到着する。


 その光景に、イザウは思わず目を見開いた。


 巨大な都市の半分近くが市場と商業区画で埋め尽くされている。


 露店。

 高級店。

 異国の品々。

 人々の喧騒。


 ありとあらゆる商品が並び、まるで世界中の物が集まっているかのようだった。


 さらに都市の中央には、巨大なドーム状の建築物がそびえ立っている。


「すげぇ……」

 イザウは感嘆の声を漏らした。


「これが交易都市かよ……市場広すぎだろ。何買えばいいのか分かんなくなるな」


「ほら、ぼーっとしてないで」

 ソラが呆れたように腕を引く。


「長居してる暇はないんだから。補給済ませてすぐ出発よ」


 一行は必要な物資だけを購入し、そのまま街を後にした。


 そして日が沈み始めた頃――。


 最後の襲撃地点へ到着する。


 そこは今までの隠れ家とは違っていた。


 警備している魔族の数が圧倒的に多い。


 ここが中心拠点なのだと、一目で分かる。


 サヤミとユスユフは荷物の護衛と周囲の警戒を担当し、残るメンバーが突入することになった。


 戦闘は突然始まった。


 イザウたちは見つけた魔族を片っ端から斬り伏せていく。


 そして短時間で、基地内部は静まり返った。


「よし」

 イザウは斧を肩に担ぐ。


「基地破壊は完了だな。あとは工場襲撃の作戦を――」


「待って」

 リカが周囲を見回す。


「炎の騎士、ヴァタナクス(Vatanax)がいない」


「ヴァタナクス? 誰だそれ」


「……ここの指揮官よ、馬鹿」


 その瞬間だった。


 背後から巨大な剣が凄まじい速度で回転しながら飛来する。


「っ!?」


 一行は咄嗟に飛び退いた。


 巨大剣は地面を抉り、そのまま旋回して持ち主の元へ戻っていく。


「みんな無事か!?」

 イザウは振り返りながら叫んだ。


 隣を見る。


 エイミ。

 リカ。

 無事。


 だが――。


 イノリアとソラの顔色が凍り付いていた。


 二人は後方を見つめたまま、言葉を失っている。


 そこでイザウは思い出す。


 サヤミとユスユフは後ろにいた。


 ちょうど、今の攻撃が飛んできた方向に。


 ゆっくりと視線を向けたイザウは――。


 絶句した。


「……うそ、だろ」


 ユスユフの左腕が斬り飛ばされていた。


 そして。


 サヤミの身体は、胴体から半分に裂けていた。


「サヤミィィィッ!!」


 エイミは絶叫し、即座に攻撃が飛んできた方向へ突っ込む。


 イザウも歯を食いしばり、その後を追った。


 一方――。


 イノリア、ソラ、リカは急いでサヤミたちの元へ駆け寄る。


 ユスユフはまだ辛うじて意識があり、苦痛に呻いていた。


 だがサヤミは動かない。


 リカは震える手で彼女の頭を抱え、自分の膝へ乗せる。


「サヤミ……サヤミ、起きて……」


 しばらくして。


 サヤミの瞼がゆっくり開いた。


「……リカ」


 か細い声だった。


「初めて……名前で呼んでくれたね……」


 彼女は微かに笑う。


 そして最後に、小さな声で呟いた。


「……お願い。エイミを……守ってあげて」


 それが、最期の言葉だった。


 サヤミの身体から、静かに力が抜ける。


 呼吸は、もう戻らない。


 リカの頬を、温かい雫が伝った。


「……なに、これ」


 彼女は自分の涙に戸惑う。


「目から……水が……」


 生まれて初めて。


 リカは涙を流していた。


 その頃――。


 エイミとイザウは、襲撃者の元へ辿り着いていた。


 そこには大量の魔族たちが並んでいる。


 そして中央には、一際異様な存在が立っていた。


 巨大な肉体。


 人間ほどの長さを持つ大剣。


 まるで怪物そのものだった。


 イザウは、その魔族と目が合った瞬間に理解する。


 ――強い。


 ただ立っているだけで、全身が押し潰されそうな威圧感。


 だがエイミは一切躊躇しなかった。


 瞬時に“肉体を分解する風”の姿へ変貌し、敵陣へ突撃する。


「迎え撃てぇ!!」


 一体の魔族が叫ぶ。


 次の瞬間、大量の魔族が一斉に襲い掛かった。


 動かないのは、巨大な魔族と指揮を執る魔族だけ。


 エイミは暴風を解き放ち、次々と魔族を切り刻んでいく。


 だが。


 敵は減らない。


 倒しても倒しても、新たな魔族が押し寄せてくる。


 イザウも斧を振るい続けるが、状況は同じだった。


「ひひひっ……馬鹿だなぁ、お前ら」

 指揮官らしき魔族が笑う。


「各拠点が襲撃されてるって報告を受けてなぁ。だからここで待ち伏せしてたんだよ」


「黙れ……クソ魔族が……!!」


 エイミとイザウは完全に数で押され始めていた。


 さらに――。


 先ほどの指揮官魔族まで前へ出る。


 イザウへ向かって攻撃を仕掛けたその瞬間。


 ガギィンッ!!


 リカが割って入り、その攻撃を受け止めた。


「ほぉ?」

 魔族が笑う。


「裏切り者の混血魔族までいたとはな」


「黙れ、ヴァタナクス……!」

 リカの瞳に怒りが宿る。


「お前、私の友達を殺した……!」


 戦いながら、イザウは叫ぶ。


「リカ! サヤミとユスユフは無事なんだろ!? なぁ!!」


 リカは一瞬だけ視線を伏せた。


「ユスユフはイノリアたちが治療してる……」


 そして。


「サヤミは……死んだ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エイミの怒りが爆発した。


 獣のような唸り声が響く。


 次の瞬間――。


 超巨大な嵐が発生する。


 風の一つ一つが刃となり、周囲の魔族を肉片へ変えていく。


 大量の魔族たちが、一瞬で切り刻まれた。


 だが。


 巨大な魔族だけは違った。


 その暴風を受けても、一切動じない。


「――ッ!!」


 エイミはさらに巨大な風球を作り出し、その怪物へ突撃する。


 だが、それを見たリカの顔色が変わった。


「やめて、エイロ!!」


 リカは叫ぶ。


「あいつは黒星の魔族よ!! あなたじゃ勝てない!!」


 リカの予感は、最悪の形で的中した。


 エイミが放った巨大な風球は、黒星の魔族へ直撃する。


 凄まじい暴風が炸裂し、周囲の地面が抉れ、岩石が吹き飛ぶ。


 だが――。


 煙が晴れた先に立っていたその魔族は、無傷だった。


 かすり傷一つない。


 それどころか、攻撃を受けたにも関わらず、一歩たりとも動いていない。


「なっ……」


 エイミの表情が凍りつく。


 そして。


 今まで黙っていた巨大な魔族が、ゆっくりと口を開いた。


 その声は低く重く、聞いただけで身体の奥が震えるほどの威圧感を放っていた。


「……俺はただ、通りがかっただけだ」


 その一言だけで、空気が重く沈む。


「だが部下から、“襲撃が来る”と報告を受けてな」


 巨大な魔族は大剣を肩へ担ぐ。


「だから少し滞在して、鬱陶しい羽虫を潰してやることにした」


 次の瞬間。


 魔族は大剣を振り抜いた。


 ただ、それだけ。


 なのに――。


 周囲一帯の木々が斬り裂かれる。


 巨大な岩石までもが綺麗に両断され、遅れて轟音が響き渡った。


「っ!?」


 イザウ、エイミ、リカは咄嗟に飛び退く。


 もし回避が少しでも遅れていれば、身体ごと真っ二つにされていただろう。


「なんだよ……この攻撃……!」

 イザウの額から冷や汗が流れる。


「めちゃくちゃすぎるだろ……!」


 だが黒星の魔族は止まらない。


 再び剣を持ち上げ、二撃目を放とうとした――その時。


 轟ッ!!


 巨大な緑色の火球が飛来し、黒星の魔族へ直撃した。


 爆炎が巻き起こる。


「今のうちに逃げろ!!」


 誰かの叫び声。


 そこへ、一人の人物が駆け寄ってきた。


 顔までは見えない。


 だが、その人物は迷いなくイザウたちへ撤退を促した。


 この怪物に勝てない。


 その判断は、全員一致だった。


「撤退するぞ!!」


 一行は即座に方向を変え、全力で逃走を開始する。


 その背後から、黒星の魔族の低い声が響いた。


「……逃げるのか、羽虫ども」


 そして。


「ヴァタナクス。追え」


「はっ、承知しました」


 ヴァタナクスは不気味に笑い、そのまま高速で追跡を開始した。


 一行が最初の地点へ戻ると、そこにはイノリア、ソラ、そして見知らぬ数人の姿があった。


 ユスユフは誰かに背負われている。


 左腕を失った影響で、顔色は最悪だった。


 そして。


 サヤミの亡骸は、彼女自身のローブに包まれ、静かに横たえられていた。


 それを見た瞬間。


 エイミは何も言わず、すぐにサヤミの遺体を抱き上げる。


 その顔には怒りも涙もなかった。


 ただ、壊れそうなほど静かな表情だけがあった。


「行くぞ!!」


 一行は再び走り出す。


 だが――。


「逃がすかよぉ!!」


 ヴァタナクスが追いついた。


 巨大な身体にも関わらず、その速度は異常だった。


 すると。


 先ほど助けてくれた人物が前へ出る。


 その者は両手から緑色の炎を噴き出し、ヴァタナクスへ放った。


 爆炎によって一瞬だけ動きが止まる。


「今だ!!」


 リカが地面を蹴った。


 全力の拳撃。


 轟音と共にヴァタナクスの身体が上空へ吹き飛ばされる。


 さらに。


「おおおおおおッ!!」


 イザウが跳躍した。


 空中で斧を構え、そのまま全力で振り下ろす。


 斧撃はヴァタナクスへ直撃し、その巨体を真っ二つに叩き割った。


 鮮血が夜空へ散る。


 だが誰一人、立ち止まらない。


 確認すらしなかった。


 今は戦う時ではない。


 全員が本能で理解していた。


 あの黒星の魔族は、あまりにも危険すぎる。


 イザウですら、目を合わせただけで身体が震えた。


 だから彼らは、ただ必死に走り続けた。


 生き延びるために。

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