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  作者: ぬん
4/7

月曜日

主人公「……で、その服って、趣味か?」


いつもの帰り道。ふとした流れで、俺がそう尋ねた。


横を歩く転入生は、制服の上にカーディガンを羽織っていたが、首元にはさりげなくレースが覗いていた。どう見ても、前に着ていたゴスロリの名残。


転入生「え……あ、はい……その、あれは……」


彼女は頬を染め、スカートの裾をぎゅっと握った。


転入生「た、たまに……ですけど。気が向いたときだけ。あの日は……うれしくて、えへ……」


主人公「なにがだよ」


転入生「……あの、はじめて……一緒に出かけたから……」


主人公「……あれを“出かけた”って言うのか」


転入生「わたしにとっては、十分……です」


言い切った彼女の目には、わずかだが芯のようなものがあった。いつもよりはっきりとした声。だが、それは続かなかった。


主人公「……で、親とかには……怒られねぇの?あんな服」


そう聞いた途端、転入生の表情が微かに歪んだ。


転入生「ああ……」


声が低くなる。


転入生「うちの親、わたしの服なんて見てません。そもそも……あんまり会話ないですし」


言いながら、靴のつま先でアスファルトを擦る。まるで、そこにある何かを消したいかのように。


転入生「なんか……必要だから育ててるって感じで。義務?みたいな。……ご飯はあるけど、それだけっていうか」


言葉はどれも淡々としていた。感情が乗っていない。慣れてしまったように。


転入生「だから……あの時、殴られたとき……」


彼女の声が一瞬だけ途切れた。少し間を空けて、続く。


転入生「……変な話ですけど、ちょっとだけ……うれしかったんです」


俺は歩く足を止めた。


彼女はそのまま、ぽつりぽつりと語る。


転入生「叩かれたの、もちろん痛かったけど……でも、“あ、わたしに向けてくれた”って、思ったんです」


主人公「向けたって……何を?」


転入生「興味……関心……? わたしに何かを感じたってことが、あの時、証明されたみたいで」


主人公「……おい」


さすがに、主人公は眉をひそめた。


主人公「それ、絶対おかしいだろ」


転入生「おかしいのは……わかってます。ずっとおかしいの、わかってるんです」


彼女は笑った。自嘲と諦めが混ざったような、透明な笑みだった。


転入生「でも、他人に何か言われたの、あの日が初めてで。だから、わたし、うれしくなって……変に張り切っちゃって、あんな服で出てきちゃって……ごめんなさい」


主人公「……謝んなよ。別に悪いとは言ってねぇだろ」


自分の声が思わず強くなる。怒っているわけではない。ただ、何かが自分の中でうごめいていた。


彼女の無表情な笑顔が、どうにも胸に引っかかる。


痛いほどの無関心のなかで育った人間が、「殴られることで愛を感じた」と言う。それが正しいはずがない。


けれど、そう信じてしまうほどに、彼女の世界は寒かったのだ。


主人公「……それで、俺のこと……気にしてんのか?」


俺の問いに、彼女はうつむいて、小さく頷いた。


転入生「……はい。だって、話しかけてくれたから。怒ったのも、突き放したのも、黙って歩いてくれたのも、わたしには……特別だったから」


主人公「……バカだな、お前」


転入生「はい。よく言われます」


少しだけ、声に笑いが混じっていた。


俺はしばらく黙って歩き続けた。横を歩く転入生は、いつも通り少し後ろ。だが、その距離が、以前よりも少しだけ近く感じた。


怒りとは違う。嫌悪でも、苛立ちでもない。


それは、ただの「哀れみ」なんかでは片づけられない、もっと複雑な感情。


名前をつけるには早すぎる、けれど確かに自分の内側で広がっていく感情が、そこにあった。


主人公「……次に出かけるときは、もう少しだけマシな服にしとけよ。見られるの、俺の方が気まずいんだよ」


転入生「……は、はいっ……!」


頬を紅く染めた転入生は、けれどどこか嬉しそうだった。


その顔を見て、また何かが、じわりと心に滲んだ。

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