月曜日
主人公「……で、その服って、趣味か?」
いつもの帰り道。ふとした流れで、俺がそう尋ねた。
横を歩く転入生は、制服の上にカーディガンを羽織っていたが、首元にはさりげなくレースが覗いていた。どう見ても、前に着ていたゴスロリの名残。
転入生「え……あ、はい……その、あれは……」
彼女は頬を染め、スカートの裾をぎゅっと握った。
転入生「た、たまに……ですけど。気が向いたときだけ。あの日は……うれしくて、えへ……」
主人公「なにがだよ」
転入生「……あの、はじめて……一緒に出かけたから……」
主人公「……あれを“出かけた”って言うのか」
転入生「わたしにとっては、十分……です」
言い切った彼女の目には、わずかだが芯のようなものがあった。いつもよりはっきりとした声。だが、それは続かなかった。
主人公「……で、親とかには……怒られねぇの?あんな服」
そう聞いた途端、転入生の表情が微かに歪んだ。
転入生「ああ……」
声が低くなる。
転入生「うちの親、わたしの服なんて見てません。そもそも……あんまり会話ないですし」
言いながら、靴のつま先でアスファルトを擦る。まるで、そこにある何かを消したいかのように。
転入生「なんか……必要だから育ててるって感じで。義務?みたいな。……ご飯はあるけど、それだけっていうか」
言葉はどれも淡々としていた。感情が乗っていない。慣れてしまったように。
転入生「だから……あの時、殴られたとき……」
彼女の声が一瞬だけ途切れた。少し間を空けて、続く。
転入生「……変な話ですけど、ちょっとだけ……うれしかったんです」
俺は歩く足を止めた。
彼女はそのまま、ぽつりぽつりと語る。
転入生「叩かれたの、もちろん痛かったけど……でも、“あ、わたしに向けてくれた”って、思ったんです」
主人公「向けたって……何を?」
転入生「興味……関心……? わたしに何かを感じたってことが、あの時、証明されたみたいで」
主人公「……おい」
さすがに、主人公は眉をひそめた。
主人公「それ、絶対おかしいだろ」
転入生「おかしいのは……わかってます。ずっとおかしいの、わかってるんです」
彼女は笑った。自嘲と諦めが混ざったような、透明な笑みだった。
転入生「でも、他人に何か言われたの、あの日が初めてで。だから、わたし、うれしくなって……変に張り切っちゃって、あんな服で出てきちゃって……ごめんなさい」
主人公「……謝んなよ。別に悪いとは言ってねぇだろ」
自分の声が思わず強くなる。怒っているわけではない。ただ、何かが自分の中でうごめいていた。
彼女の無表情な笑顔が、どうにも胸に引っかかる。
痛いほどの無関心のなかで育った人間が、「殴られることで愛を感じた」と言う。それが正しいはずがない。
けれど、そう信じてしまうほどに、彼女の世界は寒かったのだ。
主人公「……それで、俺のこと……気にしてんのか?」
俺の問いに、彼女はうつむいて、小さく頷いた。
転入生「……はい。だって、話しかけてくれたから。怒ったのも、突き放したのも、黙って歩いてくれたのも、わたしには……特別だったから」
主人公「……バカだな、お前」
転入生「はい。よく言われます」
少しだけ、声に笑いが混じっていた。
俺はしばらく黙って歩き続けた。横を歩く転入生は、いつも通り少し後ろ。だが、その距離が、以前よりも少しだけ近く感じた。
怒りとは違う。嫌悪でも、苛立ちでもない。
それは、ただの「哀れみ」なんかでは片づけられない、もっと複雑な感情。
名前をつけるには早すぎる、けれど確かに自分の内側で広がっていく感情が、そこにあった。
主人公「……次に出かけるときは、もう少しだけマシな服にしとけよ。見られるの、俺の方が気まずいんだよ」
転入生「……は、はいっ……!」
頬を紅く染めた転入生は、けれどどこか嬉しそうだった。
その顔を見て、また何かが、じわりと心に滲んだ。