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  作者: ぬん
3/7

土曜日

金曜の放課後。空は夕焼けに染まりかけていて、吹く風も湿気を孕んでいた。


俺は無言で帰路を歩いていた。そのすぐ後ろを、例の転入生がついてくる。


数歩後ろ、けれどぴったり。無言で、視線は下。歩幅もぴたりと合わせてくる。時折、靴が石に当たる音がする以外、音はない。


曲がり角を三つ過ぎても、彼女はついてきていた。


俺は立ち止まった。


主人公「……ついてくんな。もう家だ」


振り返ると、彼女は小さく頷いた。声は発さず、ただその場でぺこりと頭を下げる。そして、ゆっくりと道を戻っていった。


その背中をしばらく見送ったあと、俺はようやく玄関の扉を開けた。


──そして、翌朝。


珍しく早く目が覚めてしまった。時計の針はまだ6時台を指している。目覚ましも鳴っていない。


二度寝する気にもなれず、俺はジャージに着替えて外に出た。少し歩けば、頭も体もすっきりするだろうと思った。


まだ朝靄の残る坂道を下りたところで、彼は違和感を覚える。


──視界の端に、いる。


黒い服。フリル。大きなリボン。足元まであるスカートと、レースの傘。


……ゴスロリだった。


主人公「おい」


俺が声をかけると、転入生はぱち、とこちらを向いた。


化粧はしていない。髪も相変わらずぼさついている。それでも、衣装だけは完璧だった。胸元には意味深なクロスのチャーム、手には黒いハンドバッグ。何かのイベント帰りかと思ったが、時間が時間だ。


主人公「……なんでお前、こんな朝っぱらから……それで……」


転入生「……ふ、ふふふ……あの、似合ってますか……?」


声は震えていた。いつものように小さい。笑っているが、目は明らかに不安そうだった。


主人公「知らねぇよ。勝手にしろ。……てか、ついてくんな」


転入生「はい……」


返事だけは素直だったが、やはりついてくる。


坂道を登っても、川沿いの道を歩いても、転入生は二歩後ろでついてくる。いつもの制服姿ではない分、視線の痛さが倍増していた。


主人公「……もう、いい。帰る」


主人公がそう告げると、彼女は口を開きかけ──けれど何も言えず、うつむいた。


帰路につこうとしたとき、視界の端で彼女がぴたりと立ち止まった。


つられて視線をやると、カフェの前。ガラス越しに見えるのは、色とりどりのパンケーキ。ホイップ、ベリー、バナナ、チョコレート。


彼女の目が、それに吸い寄せられるように光った。


主人公「……食いたいのか?」


転入生「……あ、……いえ、その……」


言いながら、視線を逸らし、くるくると指先を捻る仕草。どう見ても食べたいくせに、入る勇気がないのは明らかだった。


俺はため息をついた。


仕方なく、ドアを押して中に入る。


主人公「すいません、パンケーキ……これ。テイクアウトで」


店員「はい、お待たせいたします。店内でもお召し上がりになれますが……?」


主人公「いや、外で」


彼女の分も注文し、代金を払い、包装されたパンケーキを受け取って外へ出る。


転入生は、道端の電柱の陰で縮こまっていた。人に見られるのが怖いのか、衣装のフリルを握りしめていた。


主人公「ほら」


俺がパンケーキを差し出すと、彼女は目を丸くした。


転入生「……え、あ、あの、これ……」


主人公「食えよ。どうせ我慢してたんだろ。……俺は食わねぇから」


転入生「……ありがとう……ございます……」


声が小さい。だが、目が潤んでいるように見えた。


包みを開け、フォークを手に取る手が震えている。そのまま一口。


転入生「……」


言葉もなく、彼女は目を細めた。ささやかな幸福が、顔の奥に滲む。表情に出すのが下手なのかもしれないが、それでも伝わるものがあった。


頬を染め、口元にクリームをつけながら、ゆっくり、ゆっくりとパンケーキを食べている。


……なぜだろう。


その姿を見ていると、胸の奥がざわついた。


可愛い、とは少し違う。守ってやりたい、とも違う。


ただ、こうしているのが悪くない、と。気づけばそんな感情がじわじわと浮かんできていた。


自分がどれだけ無口で、無関心を装っていたか。どれだけ他人を寄せつけずに生きてきたか。それが、少しずつ崩れていくのを感じていた。


目の前で、緊張と喜びを噛みしめる少女を見ながら、主人公はそっと目を逸らした。


主人公「……次は、自分で頼めよ」


転入生「……はい」


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