月曜日
週の始まり、月曜日の放課後。
俺は教室で荷物をまとめていた。今日は珍しく誰にも絡まれていないし、担任の機嫌も良さげだった。静かな一日。何も起きずに終わるだろうと思っていた。
──だが、その予想は甘かった。
転入生「……あのっ」
振り返ると、そこにいたのは転入生だった。いつものように少し距離を置いて、手にはコンビニ袋を提げている。
主人公「……なにそれ」
俺が怪訝そうに問うと、転入生はモジモジとしながら、袋を両手で差し出してきた。
転入生「……これ、あの……どうぞ……」
受け取らないわけにもいかず、とりあえず手に取る。透明な袋の中には、黒ずんだ鉄の塊。
重い。硬い。冷たい。
──……メリケンサック。
思わず目を見開いた。
主人公「……は?、おま……え?…」
転入生「え、えっと……あの……この前……」
言いかけて、彼女は視線を伏せた。スカートの端をぎゅっと握りしめ、口元を震わせる。
転入生「……その、殴られたとき……あの、すごく痛かったから……」
主人公「……は?」
転入生「ま、また殴るときは……こ、これ……つけた方が……い、痛くないですよ……?」
俺は固まった。
理解できなかった。
いや、言ってる意味はわかる。言葉としては成立している。だがその内容と、目の前の転入生の挙動と、渡された物体の暴力的な存在感とが、どうにも結びつかない。
──いや、おかしいだろ。
頭の中で突っ込みが何度も繰り返されるが、言葉にならない。脳が情報の処理を拒否している。明らかに何かを誤解している。どこかで道を間違えている。だが、今はその修正ルートが見つからない。
彼女は、制服の胸元を小さく抑えながら、申し訳なさそうに、でもほんの少しだけ期待を込めたような目で、こちらを見ていた。
主人公「……え、あ、あぁ……そうだな。貰っておくわ…」
──そう返していた。反射的に。
言葉が口をすべり落ちると同時に、後悔の念がこみ上げてくる。が、もう遅い。
転入生は、ぱっと顔を明るくした。
転入生「ほ、ほんとですか……?」
頬が紅潮し、口元に小さな笑み。まるで何かを褒められた子供のように、嬉しさを必死に抑えているような顔。恥ずかしさと喜びが入り混じった、妙にリアルな表情。
主人公「……」
もう何も考えたくなかった。
黙って立ち上がり、教室を出る。転入生は慌ててバッグを拾い、後ろから小走りでついてくる。
廊下を歩く。階段を下りる。靴箱で靴を履き替えるあいだも、彼女は横に立っていた。
にんまり、と笑っていた。
不気味ではない。だが安心もできない。むしろ、どう対応すればいいかわからない感情が、胸の内をかき乱していく。
外に出ると、空は薄い橙色に染まっていた。夕方。放課後の空気。なのに、妙に心が落ち着かない。
主人公「……お前、普通に生きろよ」
ぽつりと呟いた言葉に、彼女は首をかしげた。
転入生「……わたし、いま普通にしてるつもり……なんですけど……?」
主人公「いや、…普通じゃない」
転入生「……そ、そうですか……」
少しだけ残念そうな声。そして、次の瞬間にはまた、にんまりと笑っていた。
彼女の足音が、いつも通りに後ろからついてくる。だけど、今日はほんの少しだけ距離が近い気がした。寄り添うような、その半歩の差が、妙に気になった。
手には、未だにメリケンサックが入った袋。
それがやたらと重たく感じられて、主人公は小さく舌打ちをした。
主人公「……次から、プレゼントはもっと……まともなもんにしろよ」
主人公「え……あっ……が、がんばりますっ……」
声が弾んだ。跳ねるような返事。妙に張り切ったようなトーン。
不安は尽きない。だが、それでも。
ほんの少しだけ、悪くなかった気がした。