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ヴァレット=従者。


「入ってくれ」


 セビア王子がそう告げると、扉を開けたルードが再び姿を見せる。……そして、その後ろから、黄金の刺繍をあしらった純白の正装に身を包む、二人の“令嬢”が姿を現した。


「っ……!?」


 俺はその内の一人………あの真っ白な美少女、ダールベルグ侯爵令嬢に、目を奪われていた。


「うわっ、二人とも綺麗……!! 本物のお姫様みたい!! ……って、ん? 王子様が居るって事は……え!? もしかして本当にお姫様!!?? ヤバーッッ!!」


「…………ぉっふ」


 天音は飛び跳ねんばかりに大はしゃぎしており、朱鷺ときは何故か天に召されたように胸の前で手を組んで意識を失ったが、俺は縫い留められたかの如く硬直したまま、ダールベルグ侯爵令嬢を見つめていた。



===+===



「シオン殿」


「ぇ……? あ、ああ! 申し訳ない……。突然の事で少し驚いた」


 セビア王子に苦笑混じりで名を呼ばれ、俺はようやく自分が放心していたことに気が付いた。


「ふっ……驚いてくれたなら、最後に彼女達を呼んだ甲斐があった。トキ殿は、少し驚かせ過ぎてしまったようだが」


「………んがっ? お、おおおおおおおおっっ!? 夢じゃなくて現実だった!? 現実にこんなとんでも美少女達がぁぁぁっ!?」


「ねーっ!? マジで綺麗過ぎ!!」


 意識を取り戻し改めて驚愕を大声で表す朱鷺ときと、これまた大声で共感を示す天音。


 流石にやかましいとは思うが……こればかりは今し方まで放心していた俺も責められない。


「紹介しよう。フランネル・スターチス侯爵令嬢と、アン・ダールベルグ侯爵令嬢だ」


 セビア王子は立ち上がり、二人の令嬢を手で指しながら紹介する。


「お目に掛かれて光栄です。使徒の皆様。ご紹介に預かりました、フランネル・スターチスです。どうぞお気軽に、フランとお呼び下さい」


 先に前へ歩み出たのは、淡い緋色がかった波打つブロンドヘアと、エメラルドの大きな瞳が特徴的な令嬢の方だった。優美に一礼してから見せた人好きのする笑みは、咲き誇る春の花の如く麗しい。


 ……確かに、ダールベルグ侯爵令嬢の神秘的な美しさとは対照的だが、スターチス侯爵令嬢は目の覚めるような分かり易い美少女だ。天音と朱鷺が興奮するのも頷ける。並んで立っていたら彼女の方が目立ちそうなものだが、どうして俺は、今の今まで目に入らなかったのだろうか?


「……アン・ダ……ぁ、…その………」



 ダールベルグ侯爵令嬢は、スターチス侯爵令嬢に倣って前に歩み出たものの、自身の名を言い切る前に言葉に詰まってしまう。……まさか………。


「……ダールベルグ侯爵令嬢。此処に貴殿の“親類縁者”は居ない。礼儀に則ってスターチス侯爵令嬢と同様に挨拶すれば良い」


 まるで溜息を吐くようにセビア王子がそう告げると、ダールベルグ侯爵令嬢は僅かに身を震わせて、控えめに頷いた。




「……アン……ダール、ベルグです。……その、私をダールベルグの名で、呼ぶと……ご、ご不快に思われる、方々が、いらっしゃる……かも、しれません、ので、……ご用の際は、アン、と…‥お呼び、下さいませ……」




「「???」」


「アン様……」


「………」


「っっ……」



 顔を見合わせて首を傾げる天音と朱鷺、そして痛ましそうに目を細めるスターチス侯爵令嬢と、瞑目して表情を消したセビア王子。


 そんな彼らにこの憤りを悟られぬよう、俺は俯いて口の中に鉄の味が広がるのも構わず、奥歯を噛み締めた。


 ………本当は分かっていた。いたが、他人のそれを目の当たりにすると、ここまで不快だとは。自身の性を名乗ることすら許されない。忌子いみことして産み落とされた俺にも、覚えのある事だ。



「アマネ殿、トキ殿、シオン殿。貴殿らには、私を含めたこの三人と、我が国が誇る最大の教育機関、『聖立アイリス魔法学園』に入学して貰いたい」



 セビア王子は俺たち使徒の目を一人一人真っ直ぐに見て、そう告げた。


 学園……? ………いや、そうか。そういう事か。


「魔法学園、て……マジでゲームみたいな展開なんだけど」


「こ、こんな美少女達と学園生活……マジかぁぁぁ!?」


「………」


 微妙に異なる反応だが何れにしても驚愕する他二人を他所に、俺は思案に耽っていた。


「シオン殿は検討が付いたようだな」


「やりたいことは見えて来た。だが……そう上手く行くか?」


「可能性は高いと、私は見ている。『聖立アイリス魔法学院』は、約百年の歴史の中で他の二大陸からも多くの“留学生”を迎え、優秀な人材に育て上げて来た実績と権威がある。今では他国の王族ですら、魔法の才があれば『アイリス魔法学院』を卒業させるのが通例となるほどに。……故に、万が一この策で取り逃したとても、我が国の諜報員が張り巡らせている網には掛かり易くなる」


「………確かに。一見、荒唐無稽に聞こえるが、他の大陸が魔王の宿る世代を知らない現状なら、確実性は増すか」


「うむ。戦力の流出は当然どの国も警戒しているが、魔法が有用だからこそ、どの国も人材で遅れを取るまいと、『アイリス魔法学院』で戦力となる以前の子供を育成する事を望む。学院自体が中立の立場だと言うのも大きいだろう」


「お、おいおい、二人でなんか納得してるけど、結局どういう事なんだよ??」


 朱鷺ときは今の会話ではまだ概要が掴めなかったらしく、俺の肩を揺すりながら説明を求めてくる。一々ボディーコンタクトが無ければ会話できないのかコイツは……。


「分かった。説明するから離せ……。例えばお前が、今から白い鳩を一羽捕まえて来いと言われたらどうする?」


「は? そりゃ、外に出て網か何かで捕まえるしかねぇだろ?」


「だが外に出たからと言って、すぐに鳩が見つかるとは限らない。仮に運よく群れが見つかったとしても、その中に居る白い鳩を、逃げられず捕まえられると思うか?」


「まあ、気合と根性で何とかするしかねぇな」


「分かった。じゃあお前は気合と根性で魔王を探せ。話は終わりだ」


「はぁ!? ちょっ、急に投げやりになんなよ!?」


 説明する気力が失せた俺の肩を朱鷺がガクガクと更に激しく揺さぶるが、根性論信者にこれ以上尽くす言葉など無い。


「ふふっ。では僭越ながら、続きはわたくしが。トキ様。鳩の群れが同じ場所に何度も訪れるとしたら、どんな理由が考えられますか?」


「へっ!? あ、ああっと……いっつも餌を蒔いてるオッちゃんが居る、とか?」


 楽しげにコロコロと笑いながら俺の後を引き継いでくれたのは、フランネル侯爵令嬢だった。


 気絶するほど圧倒される美貌の令嬢に急に水を向けられた朱鷺ときは、どもりながらも恐らく彼女が求めていたであろう答えを返す。……オッちゃんはどう考えても余計だが。


「仰る通り。餌を撒き続ければ、自然と鳩が集まるようになります。では、餌を撒く場所を大きな鳥籠にしてみてはどうでしょう?」


「な〜るほど! 群れごと捕まえちまえば、白いのだけ無理して追いかけなくても良くなるな!」


「素晴らしい! トキ様はご聡明でいらっしゃいますね!」


「え? えへへ〜、それほどでも……あるかな!」


 ないだろ。


「ふふっ……」


 手を叩いて阿呆を持ち上げながら、フランネル侯爵令嬢はこっそりと俺に視線を向け、片目を瞑る。ウィンクというやつだろうか。


 その意図する所はすぐに察したので、俺は謝意を込めて軽い会釈で返す。結果的に、面倒をご令嬢に押し付けてしまったな……。それにしても、気さくで器の大きな方だ。


「加えて言うなら、白い鳩が集まり易い餌を蒔いて、仮に鳥籠に来ない白い鳩が居たとしても、外で見かければすぐ目に付くようになる。今の話の概要は、この白い鳩を魔王候補に置き換えて貰えれば分かり易い」


「えっと、要するに魔王になりそうな魔法の才能がある子を学院に沢山集めて、もしその中に居なかったとしても、他の場所に居る魔法の才能がある子は目立つようになるから……探し易くなる、ってこと?」


「その通りだ。リリー殿。もっとも、私は学院に魔王候補が入学する可能性が高いと見ている。故に、使徒殿達にも学生として学院の一員となって貰えれば心強い」


「でもアタシらこの世界に来たばっかで、魔法とかまだよく分かんないけど、試験とか大丈夫なの?」


「その点に関しては心配しなくて良い。これは悪魔で一般論で絶対では無いのだが、魔法の才がある者は代々重用され、貴族として召し抱えられて来た。故に、その大半は貴族の血筋である為、学院生の殆どは貴族の子女、子息なのだ。故に学院には、世話係、或いは護衛か、その両方を兼ねた『ヴァレット』と呼ばれるパートナーを連れて入学出来る制度がある。一応任意だが、殆どの生徒が利用している制度で、『ヴァレット』に関しては貴族側で厳しい選考がなされるのが通例の為、試験は免除されるのだ」


「……要するに俺たちは、この中の誰かの従者として、学園に入れと言う事だな」


 主人に捨てられた俺が、異世界に来てまで従者になることを求められるとは……これもある種の罰だろうか。


「勿論、本当に従者の様な扱いをするつもりは無い。悪魔で入学するための建前だし、他の生徒の中にも、対等な関係の親類縁者などを『ヴァレット』として連れて来る者も居る。寮で暮らす生徒も多いが、使徒殿達には学院の近くにそれぞれ専用の屋敷を用意しているので、身の回りのことは使用人に任せてくれれば良い。当然、我々の世話も不要だ」


「メイドさんも一回くらいなってみたいけど……お嬢様扱いされるのも悪くないかなぁ〜」


「メイドさん、だとっ……!?」


「………」



 俺は無意識に、真っ白な彼女を見ていた。虚な瞳で、床を見つめる様に俯いたままの、彼女を。


 ……俺にはもう、誰かに仕える資格なんて無い。誰かを守る資格なんて、あの日にもう失ってしまった。



「遅くなったが、報酬の話もさせて貰いたい。……と言っても、異界の住人である貴殿らに、我々が提供する物で満足して貰えるかは分からないが。何か思い付く物はあるだろうか? 今すぐでなくても構わないが、希望があれば聞いておこう」


「う〜ん、取り敢えず、綺麗なドレスとかは着て見たいかも〜!」


「人助けで金とか物貰うってのは気が引けるしなぁ……はっ!? ……じゃ、じゃあ、フランネルさんとデート、とか? い、いや、変なことするつもりは無いぞ! ただちょっとお茶とかさせて貰えたらな〜とか、そんくらいで!」


「うわっ、トッキー下心丸出しで最低ぇ〜〜」


「違っ!? 変なことしないって言ってるだろう!?」



 ……悪いが、やはり断ろう。最悪、彼らが魔王の懐柔に失敗しても、俺が“全てを捧げて”文字通り命懸けで戦えば、勝算はある、と思う。どうせ死場所を探していたんだ。都合が良い。ただ、何とかそれまでにマオさんと再び接触して、恩返しを果たせれば良いが……。



「まあ嬉しい。お茶くらいでしたら、いつでもお付き合いさせて頂きますわ」


「本当ですかぁっっ!?」


「怖っ、必死すぎじゃん」


「リリー殿。ドレスなら王宮にある物でも、職人のオーダーメイドでも好きな物を用意しよう。何なら、使徒殿たちのお披露目に、舞踏会を開くのも良いだろう」


「マジっ!? やばぁ! イケメンにいっぱい言い寄られたらどうしよぉ〜!?」


「自分だって下心塗れじゃねぇか……」



 …………だが、もし、もし万が一、彼女が魔王として覚醒してしまったら? 



「シオン殿は、何か今言えるものはあるか? 目的があるとは聞いているが、具体的に手伝える事があるのなら、可能な限り協力しよう」


「………」


「シオン様? どうかされたのですか?」


 ダールベルグ侯爵令嬢は、恐らく魔王候補の筆頭として疑われている。そして既に、強硬派の連中には彼女を処分しようとする動きすらある。グロランス卿は実際に手を下そうとまでした。……そんな状況で、本当に魔王として覚醒してしまえば、問答無用で討伐されかねない。



「おーいシオン? 聞こえてるか〜?」


「シオちぃ〜? どったの?」


 

 学園に居なければ、その時に間に合わないかもしれない。……本当に、それで良いのか? 


 俺と同じように彼女が化物扱いされたまま、化物として殺されて終わる。俺はそんな未来を、許容出来るのか?



「………分からない」


「そうか……まあ、何か思いついたら遠慮無く言ってくれ。少なくとも、こちらの勝手で召喚した以上、生活は保証する。もしその目的とやらに遠出が必要なら、旅支度や路銀はこちらで手配しよう」



 ……分からない。俺はどうしたい? 彼女にどうなって欲しい? そもそも、どうして俺はここまで彼女のことを気にかけている? たまたま境遇が似ているだけの、赤の他人じゃないか。薄汚い同情を押し付けて、何の意味があると言うんだ……。



「それでは、使徒殿たちが誰の『ヴァレット』になるかだが……良ければ、使徒殿たち自身に選んで貰いたい。行動を共にすることも多くなる。まだ短い間しか接していない故、難しいかもしれないが、最低でもこれから約一年行動を共にすることになるのだ。少しでも自分と合いそうな相手を選びたいだろう」


「マジかよ!? じゃ、じゃあ……その、俺男だけど、女の子を選んでも良い、のか?」


「そもそも使徒の女性はリリー殿だけだからな。トキ殿かシオン殿、最低でもどちらか一人は、令嬢と組む事になる。行動と言っても、寝食全て共にする訳では無いのだから、そう気負わないでくれ」


「トッキー分かり易すぎぃ〜。どうせフランちゃんが目当てなんでしょ?」



 朱鷺は少し……いや大分阿呆だが、明るく正義感が強い。もしかしたら、俺のように暴力しか能のない化け物より、そういう人間が側にいる方が彼女に良い影響を与えるかもしれない。



「うぐっ!? そ、そうとは言ってねぇだるぉぉっ!?」


「あら、トキ様は私ではご不満ですか?」


「そそそっ、そんな事これっぽっちも無いでございますがっ!?」


「どもり過ぎでしょ……。ガチ過ぎてウケない」


「ふふっ。愉快なお方ですね」



 天音は能天気な部分もあるが、コミュニケーション能力が高く察しも良い。他人と接することに怯えている彼女の心を解きほぐせるのは、そういう人間じゃないだろうか。



「う〜ん、アタシはどうしよっかなぁ〜? 普通に考えたら国宝級ならぬ異世界お宝級イケメンの王子様だけどぉ、一年一緒に居るパートナーなら、同じ女の子の方が気楽っっていうのもあるしなぁ〜。アンちゃんも超綺麗だし、みんな目の保養過ぎぃ〜」


「……………いいや、違う」


「へ? シオちぃ? いやいや、アンちゃんドチャクソ美人じゃん。もしかしてシオちぃ、B専的な? ……はっ!? 寧ろやっぱり、BL的な!? キャーッ!? じゃあアタシが王子選んじゃったらお邪魔じゃ〜ん!!」


「まあ!? だ、大丈夫ですわ! わたくし、そういった愛の形も素晴らしいと思います!」


「マジか、お前やっぱり………ゴクりっ」



 違う。こんなのは全部言い訳だ。俺は……俺は、怖いんだ。また、拒絶され、捨てられる事が。ずっと側にあった温もりが、突然消えてしまうあの喪失感と絶望が。




 ………知らなかった。自分がこんなにも、臆病な生き物だったなんて。






「セビア王子」


「は……? あ、ああいや、本当に私で良いのか? その、勿論構わない、と言うかこちらの都合だけで言えばそれが一番良いのだが、貴殿はてっきり……」




 そして………こんなにも、自分勝手だったなんて。




「俺は、アン・ダールベルグ侯爵令嬢の『従者ヴァレット』に志願する」




「………え?」


「「「ええっ!?」」」


「っ!?」


 俺は先ず、責任者であるセビア王子に自分の意思を伝えると、驚いて目を丸くしているダールベルグ侯爵令嬢の前に歩み出た。


「失礼致します」


「ぇ……っ!?」


 そして、彼女の前に跪き、自らの手を差し出した。


「まだ自分でも、この気持ちが何なのか、はっきりとは分からないのですが……どうやら俺は、どうしてもこの手で、貴女を幸せにしたいようです」


「へ……? ぁ、あの、えっと……!?」


 混乱させてしまったようだ……。それはそうだろう。俺自身がまだ、自分の感情に混乱しているのだから。


「「キャァァァァッーーーー!!」」


「お、おぉ………アイツ、ガキみたいな顔してるくせに、俺より全然男らしい……」


「………」


 外野が何やらうるさいし、セビア王子からは謎の圧を感じるが、ここまで来てしまえば後には引き返せない。


 

 ………正直、必死で抑えなければ、震えるほどに恐ろしい。





『な……に…? いやっ、こっちに来ないで!? ““化物””!!』





 心が、魂が、凍りついてしまうようなあの冷たい絶望をもう一度味わうかもしれないと思うと、今にもここから逃げ出して自害してしまいたい衝動に駆られる。




 …………でも、それでも。




「ご覧になった通り、俺は“化物”です。まだお見せしていない、あの姿以上に醜い正体も隠しています。麗しい貴女の従者に相応しいとは、到底言える存在ではありません……」


「ぁ、そっ、そんなこと……!? わ、私の、方が……」




 忘れられないんだ。




『……それでも、私は貴方が良いの、詩音。だからどうか、この手を取って?』






 あの手の、温もりが。





「……それでも、俺は貴方に仕えたい。だからどうか、この手をお取り下さい。“アン様”」





 だから今度は、俺が彼女を救いたい。支えたい。





「っっ……ぃ、良いの、ですか…? 私は……」


「お願いしているのは俺の方ですよ。レディ?」




 自分を大切に想ってくれる誰かが居るだけで、世界は暖かく美しい物に思える。



 あの感情を、彼女にも知ってほしいから。




「っ……っ………!」




 ぎゅっと目を瞑り、震えながら恐る恐る差し出された手は、酷く華奢で小さい。触れれば砕けてしまいそうな、そんな儚げな手だ。



「……よろしいのですか?」


「っ……は、はいっ」



 怖気ずいて思わず問うてしまった俺に、彼女は必死に、コクりと頷いてくれる。


 だから俺は、そっと、差し出されたその手に触れた。






 ーーーーーーーーーすると、






 俺の世界から、音が消えた。






「「「っっっ!?」」」


「っ、いかんっ! すぐに宮廷魔術師団と医療班を!!」




 何だ……? 身体が、動かない?




「ぁっ!? ぅぁっ、ぁ、ぁあっ……!?」


「アン様! お気を確かに! 早く魔法を解くのです!」




 冷たい……それに、視界もボヤけている………。




「こ、凍ってる……?」


「お、おいおい!? シオンは!? 生きてんのか!?」




 嗚呼、そうか……。『氷縛の魔女』とは、そういう意味だったのか。



 ……・だから彼女は、あんなにも怯えていたんだな。誰かと、接することに。




「ぁっ、、ぁっ、いやっ、いやぁっっ!? “シオン様”っっ!!」






 生まれて初めて思う。俺は…………、






『はぁ……ほんに、仕方の無い御人おひと





 音の無い世界で、荊姫の溜息が聞こえた、その直後ーーー





 俺を閉じ込めていた氷塊が、砕け散った。




「「「「っっっ!!??」」」



「ぇ………? ぁっ……」



 漆黒の蔦が宙を泳ぎ、氷の欠片が透明な花弁のように舞い散る、その中心で。




 俺は、真っ白な彼女の手を取った。







「……化物に生まれて良かった。こうして、貴女の手を取れるのだから」






 ーーー俺は、アン・ダールベルグ侯爵令嬢の、『従者ヴァレット』となった。



一旦説明回は終わりです。

投稿の仕方を30分刻みに変えてみました。


次回は水曜19時、19時半、20時に更新予定です。


作者が週3投稿のペースを守れるかも良ければお楽しみ下さい笑。

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