王子と三人の使徒。ー(下)
「まあともかく、少なくともシオン殿が現時点で我々の敵でないことは再確認出来た。その上で、先ほどの問いに答えよう。……私は、もし魔王が融和を望んだ場合、受け入れるつもりだ」
「「えっ!?」」
「………それは、国の総意か?」
天音と朱鷺の驚愕を置き去りに、俺は明確にしておかなければならない部分を問うた。
「目敏いな……。残念ながら、この点については議会でも意見が割れている。正確に言い直せば、私を筆頭とした穏健派は、国の管理下に入る制約を呑んで貰うという条件付きで、融和を受け入れる方針だ。だが、強硬派は魔王がいかなる人格を持っていようと、発見次第即刻討伐の方針を唱えている」
セビア王子から返ってきた答えは予想通り、苦笑と共に口にされる否だった。
「こちらから聞いておいてなんだが、派閥が出来るほどその考えに賛同する者が多いことには、正直驚いた」
「別に我々も、ただ善意で魔王を生かしたい訳では無いさ。敢えて包み隠さず言ってしまえば、“融和を受け入れる”、と言うのは外聞の良い建前で、“魔王という戦力を囲いたい”、と言うのが本音だ」
ここで戦力という言葉が出て来たか……。なるほど。きな臭い部分が大分明るくなって来た。
「囲うってことは、他に渡したくないってこと?」
「魔界の門なんて危なっかしい物、持ってても使えないだろ?」
「俺たちの世界で言う“核”と同じだ。戦力として所有していることそのものに意味がある。そうだな?」
二人の疑問に答える形で、セビア王子に確認の意思を込めて問う。“核”が何のことかは分からないだろうが、セビア王子ならニュアンスである程度理解出来るだろう。
「ああ。そしてある意味で、ここからが本題だ。……今この世界では、最も大きな三つの大陸が、極度の緊張状態にある。簡潔に言ってしまえば、いつ世界規模で戦争が起きてもおかしく無い状況だ」
「何してんの!? 世界を滅ぼす魔王が復活するかもって時に!」
「おいおいおい!? こういう時こそ一致団結しなきゃ駄目だろ!?」
「いちいち五月蝿い……」
普通の学生とは、常にこんなにテンションが高い物だったろうか? リアクションが良いにも程がある気がするんだが……。
「二人の言う通りだ。その三大陸の内の一つ、『ゼオライト大陸』を治める我が国の王族としても、耳が痛い。だが、今の状況は大陸同士が手を取り合えば解決すると言うほど、単純でも無くてな。本題とは少々外れるが、詳細の説明は今すぐ必要か? 政治の話故、少々複雑になってしまうが……」
「「う〜ん……」」
「その辺は後で資料で貰うか、別の機会を設けてくれれば構わない」
「「そう、それ!」」
仲良く唸っていた天音と朱鷺に代わって答えれば、これまた仲良くうんうんと二人は頷く。ただでさえ情報の洪水を受けている今、より難しい話をされても、こいつらは頭に入らなそうだからな……。正直、俺も今は要点だけ飲み込みたい。
「分かった。そのように手配しよう。話を戻すが、そのような緊張状態の中、もしこの大陸以外で魔王が発見され、我々と同じように戦力として確保する国が出てきたら、どうなると思う?」
「それは……ヤバいんじゃない?」
「おう。多分激ヤバだよな」
ヤバいのはお前らの頭だ……と言う言葉を飲み込んで、二人が抽象的にしか捉えられていない状況を仕方なく言語化する。
「手に入れた大陸は魔王の力を背景に、他の二大陸を脅迫するか、最悪、自ら戦争を仕掛けて占領しに掛かるんじゃないか?」
「極端な例だが、それに近い事態になることは避けられないだろう。だが、我が国としては当然そんな状況は望まない。そして仮に我が国が魔王を確保したとしても、他の二大陸を脅かすような真似をするつもりは無い。悪魔で自衛の為、示威行為として魔王を手中に収めるだけだ」
それはどうだろうな……。仮に、セビア王子が本気でその方針だとしても、他の穏健派の連中が皆そこまで野心が無いとは限らない。最悪、王子を暗殺してでも魔王の力で他の大陸を制圧したいと考える者もいるかもしれない。そう考えれば、強硬派の連中も、単なる臆病者という訳では無さそうだ。……まあ、恐らくその筆頭だろう人物があのグロランス卿だと思うと、何ともまた複雑だが。
何れにせよ、この緊張状態は間が悪いとしか言いようが無い。
「じゃあ、今頃他の大陸の人たちも、必死で魔王を探してるんじゃないの?」
「そうだ。魔王の争奪戦とも言うべき影の戦争は、既に始まっている。……だが幸いなことに、現状で我が国は、他より一歩抜きん出る情報を持っているのだ」
秘密めかしてそう告げるセビア王子に、朱鷺が興奮して続きを急かす。
「マジかよ!? もしかして、もう魔王を見つけんてんのか!?」
「残念ながら、特定には至っていない。非常に重要な手掛かりを得ていると言うだけだ。それを貴殿らとも共有したい。……ただ、これから話す事は言うまでも無く国の最重要機密だ。万が一外部に漏らすような事があった場合、勝手を承知で言うが、使徒殿達とて罰せざるを得ない。その事だけは心得ておいてくれ」
「任せて! アタシ、口は硬い方だから!」
「おう! 俺も大事な秘密を他人に言いふらすようなクソ野郎じゃないぜ!」
「……無用に口外する気は無い」
天音と朱鷺の威勢が良すぎる返事を疑いながら、俺も一応軽い保険をかけて約束しておく。
「よろしく頼む。では、その情報だが……『魔王の器』は、既に生まれている」
「「えっっ!?」」
「………」
驚愕する二人とは対照的に、俺はあまりにも“予想通りだった”情報を改めて噛み締め、天井を見上げてスゥーっと、ゆっくり息を吐き出す。あの真っ白な少女の、虚な瞳を思い浮かべながら。
……ただ、セビア王子は先ほど、『特定には至っていない』と、はっきり口にした。それならまだ、希望はある。
「先ほど、“今代の魔王”という言い回しにしたのは、魔王が一定の周期で復活する為だ。そして我々は他国よりも正確に、その周期を把握している。更に、魔王が“どのような形”で復活するのかも」
「形……?」
俺は思わず疑問に覚えたことを声に出して問うた。
「ああ。魔王の器は言うまでも無く、高い潜在能力を秘めている。ここで言う潜在能力とは、大まかに魔法の才だと考えてくれ」
「魔法っ!? ファンタジーっぽい世界だと思ってたけど、やっぱり魔法使えるの!?」
「ちょっと黙れ。今話を逸らすな」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
俺の言い方が冷た過ぎたのか、天音はビクりと身を震わせる。悪いとは思うが、今は重要な話の最中だ。腰を折られては困る。
「おいシオン。その言い方はねぇだろ。魔法なんて聞いたら誰だってテンション上がっちまうのは仕方ねぇじゃん」
「必要なら後で謝罪でも何でもするが、お前も今は黙っていろ。重要な話の途中だ。これ以上つまらない事で邪魔をするな」
「なっ!? お前っ!」
何がそんなに腹立たしいのか、朱鷺は立ち上がって俺の胸ぐらを掴んだ。
「……離せ。警告は一度しかしない」
この大事な話の最中に、鬱陶しい……。後々面倒そうだが、荊で縛り上げてその辺りに転がしておくか?
「トキ殿。どうか抑えてくれ。私の話術が至らないのが悪いのだ。シオン殿も、この場は使徒殿達の疑問を解消する席でもある。要領の悪い話の進め方で申し訳ないが、どうかゆるりと構えて聞いて欲しい。個人的に聞き足りない話があれば、後で必ず時間を設けると約束よう」
慌てるでも無理に割って入るでもなく、自身が悪いと謙遜を口にしながら冷静に宥めるセビア王子が、俺たちの肩にそれぞれ手を添える。
「くそっ……悪かったよ」
「………いや、こちらこそ大人気ない真似をした。天音も、すまない」
「へ……? あ、うんう! アタシは全然平気だから!」
癇癪を起こした子供を宥めるような対応、……と言うか事実そうだった訳だが。同年代の少年にそんな大人の対応をされては、頭に登っていた血も冷めると言う物。
情けない……。天音にも朱鷺にも悪意など無いと言うのに、俺は何を苛立っているのだろうか? ……身勝手な同情を押し付けているだけのくせに、何故かあの少女の事となると、自制が効かなくなっているように思う。
「落ち着いたようで何よりだ。さて、『魔王の器』が魔法の才に秀でている事までは話したな。だが当然、それだけで特定に至る訳ではない。ここで重要なのが、周期と形だ。……結論を言ってしまえば、『魔王の器』は今年数えで、“十六になる世代の子供達”。その中に居る。そして、魔王の復活は暦の終わりに突如として訪れる、“器の覚醒”によって成される」
「「「っっ!?」」」
これには俺も天音と朱鷺の二人と同様に驚愕する。特に“器の覚醒”と言う現象は、余りに予想外だったのだ。
「覚醒……そうか。後天的に魔王の記憶、或いは思念と呼べる物が目を醒ますのは、十分に器が成長してから。恐らく『魔界の門』を開ける能力も、覚醒するまでは自覚が無い……」
俺が考えを整理するため無意識に思考を口に出すと、セビア王子は同意の頷きを見せた。
「そうだ。故に我が国は、この情報を基に今から約五十年前より、とある政策を進めて来た」
そう言って、セビア王子が背後の側近……否、ルード・べキア近衛騎士団長に目配せすると、彼は足早に応接間を出て行く。
「アマネ殿、トキ殿、そしてシオン殿。貴殿等には、その政策に協力し、魔王覚醒のその時に私と共に交渉に立ち会って欲しい」
「そりゃ、ここまで聞いたら乗り掛かった船だし、最後まで付き合うけどよ。そんな都合良く覚醒の時に居合わせるか?」
「その為の政策なのだ。……と、ルードが戻って来たようだな」
コンコンとノックされた扉の音を聞いて、セビア王子がどこか悪戯っぽく微笑んだ。