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邂逅。ー(下)


………何故だかは分からない。ただ、後ろに居るこの真っ白な少女が““化物””と、そう呼ばれた瞬間、どうしようもなく怒りが湧き上がって来た。


 その感情が、自然と口調や撒き散らす殺気に乗って、彼等を威圧する。


「「「ヒッッ!!??」」」


「や、やはり、魔王の眷属っ!? な、何をしているお前達!! 早くあの化物を討ち滅ぼせぇぇぇ!!」


 余程威圧が効いたのか、グロランス卿は錯乱したようになりふり構わず周囲の者達に命令を吠え散らかす。


 すると、止まっていた時が動き出したかの如く、それまで呆然としていた騎士服らしき装いの者達が、剣や杖を掲げて口々に呪文を唱え、魔法陣を展開させた。



………だが、


 

「何度も同じことを言わせるな。魔王など知らん。だが、俺の目的を邪魔するのなら、貴様等も、その魔王とやらも………皆殺しだ」



 無数の魔法陣が臨界点に達した様に輝きを増し、魔法が発動するその直前。


 俺の背後から放たれた無数の荊が、その全てを貫き破砕した。



「「「っっっっっっっっ!!??」」」



 同じ驚愕でも反応は様々だが、文官らしき者達はグロランス卿と同じように腰を抜かしたり、戦いの心得がありそうな者はより警戒心を強めて構えたりと、概ね俺の想定通りの反応を示してくれる。


 ……皮肉な物だ。自分が“化物”であると認めてしまった方が、人の心が良く分かる。


「っっ……!? ま、魔王を、殺っ!?」


 腰を抜かしたまま俺を指差し、顔を引き攣らせるグロランス卿に向かって、俺は更に高圧的な態度で言葉を重ねる。


「俺は貴様等この世界の人間にも、貴様等が崇める神にも、貴様等が恐れる魔王にも、一切興味が無い。ただ、敵になるなら殺す。それだけだ。単純明快だろう?」


 そして魔王のイメージすら凌駕出来るよう、努めて傲慢に、悪意的に、凶悪に振る舞う。


「なっ………!?」


 俺の発言が余程理解不能なのか、グロランス卿は在らん限りに目を見開いたまま絶句する。


 その代わり、と言う訳でも無いのだろうが、恐らくこの場の最高責任者であろうセビア王子が、わざわざ階段を下って下段まで降りて来た。


「「王子っ!!」」


「余計な真似はするな。控えていろ」


 彼の身を案じる幾人かの側近らしき者達を言葉と身振りで制して、セビア王子は俺の前まで進み出た。


「まず、数々の非礼を詫びさせて欲しい。言い訳だが、この国は今、迫り来る戦禍を前に緊張状態にある。グロランス卿は極端な例だが、神経質になっている者も多く、貴殿のような脅威となり得る力を持つ存在には過敏に反応してしまうのだ。だからと言って受け入れて貰えるとは思わないが、国王たる父が病床に臥している今、我が国、『アルメリア王国』の代表として、ここに謝罪させて欲しい」


「「「っっっ!?」」」


 セビア王子が頭を下げた事に驚愕、或いは困惑して、息を殺すように事態を見守って周囲の人々が再び騒めき出す。………なるほど、謝罪の言葉が嘘とまでは思わないが、俺と言うよりも他の人間にトップである自分が謝罪する様を見せ付けることで、これ以上の敵対行動をさせないよう精神的な防波堤を作ったのか。有能だな。


「………良いだろう。謝罪を受け入れる。俺のようなハズレを引く可能性もある中で『使徒召喚の儀』とやらを強行したのなら、余程追い詰められていたのだろう。同情はしないが、事情は理解した」


 俺はこの世界の事をまだ何も知らない。マオさんに恩を返すまでこの世界で生きる為には、知識や知恵が必要だ。今回は仕方が無かったが、マオさんにも『気軽に人を殺すな』と言われたばかりだし、出来ればこの異能に頼らず、なるべく穏便な手段を取りたい。セビア王子は会話の通じる相手のようだし、拒絶してしまうよりは権力者とのコネクションを築いておいた方が建設的だろう。


「っ! ……そうか。貴殿の寛大さに感謝する。その上で、幾つか問いを許して貰えるだろうか?」


「構わない。が、少し待ってくれ」


 俺はそう答え、心中で『荊姫、鎧を解いて待機だ』と命じる。威圧はもう十二分に済ませた。話しやすい人の姿の方がお互い楽だろうと考えてのことだ。


『残念。異界の住人がどんな“血”の味か、興味ありんすのに』


 俺にだけ見える心象風景の中で、荊姫はチロりと舌を出してそんな事をのたまう。


『後で俺の血をくれてやるから、命令するまで大人しくしててくれ』


『あいあい』


 分かっているのかいないのか、荊姫は良い加減な返事をして、俺に巻き付けていた蔦を“妖気”の粒子に変える。


 紫紺の光が虚空に溶けるように消えると、俺は元の黒衣を纏った平凡な少年の姿に戻った。


「今の力は……いや、すまない。このような状況で既に手遅れかもしれないが、最初に、これだけは確認させて貰いたい。貴殿は先ほど、『目的の邪魔をするなら』、そして『敵になるなら』殺すと、そう言った。ならば逆に、我々がその“目的”を果たす援助を行えば、協力関係は築けるのだろうか?」


「!」


 ……この男、やはり優秀だ。そして、油断ならない。


 俺が謝罪を受け入れた理由、加えて言うなら、反撃まではしなかった理由を、少ない情報だけで的確に理解している。そうでなければ、ここまでこちらに都合の良い提案を瞬時には口に出来ないはずだ。話が早いと喜ぶべきかもしれないが、口車に乗らぬよう警戒もしなければならない。


「その援助と、協力の内容次第では検討する。だが、それが貴様等の……いや、貴方たちの望んだ、“使徒”とやらの役目を果たして欲しいという事なら、難しいと思った方が良い。察するに、戦争に駆り出そうと言うのでは?」


 俺は威圧的な口調を改めて、対等な交渉に適した口調で問い返す。別に真っ当な人間ぶりたい訳では無いのだが、状況としては既に暴力を背景に脅迫しているような物だ。これ以上自分が彼らにとって脅威であることをアピールしても、あまり意味は無い。……と言うか、万が一討伐隊でも組まれて対集団戦をするような事態になったら、流石に面倒過ぎる。


「っ! ……そうか。戦禍などと言う言葉を使えば、そう考えるのは当然だな。確かに我々は、戦力を欲している。その点について誤魔化すつもりは無い。ただ、自国の利益を求めての事では無い。それだけは断言出来る。……事情が複雑故に、この場で全てを語るのは出来れば控えたいのだが」


 そう言って、ほんの一瞬だが周囲に視線を向けたセビア王子の挙動で、言いたいことは概ね理解出来た。要するに、詳細、或いは“真実”を口にするには都合の悪い者が、この場には居るという事だろう。


「構わない。都合の良い兵器の様な扱いは期待出来ないと、理解して貰えれば今はそれで良い」


「承知した。……それと、これは交渉とは関係無く悪魔で純粋な疑問から尋ねたいのだが、貴殿は何故、彼女を……『氷縛の魔女』を、身を挺してまで守ったのだろうか?」


 セビア王子は感情の読めない無機質な表情で、俺の背後に居る少女へ視線を向けながらそう問う。……いや、何故と聞かれても。


「逆に問いたいのだが、この国では無実の少女が理不尽に危害を加えられていても、黙って見過ごすのが文化なのか?」


「「「っっっ!?」」」


「なっ!? ……いや、失礼した。事情を知らない貴殿がそう考えるのは、至極真っ当だ。だが、誤解しないで貰いたい。我が国は決して、そのような野蛮な国では無い」


 言葉では自制しているが、セビア王子や周囲の人間からは、驚きと共に怒りや困惑の気配を感じた。……が、


「……?」


 背後の少女からは、本当に純粋な驚きだけが伝わってくる。助けられた理由と言うより、助けられたことそのものに驚いている。……随分と理不尽な扱いを受けているのは、考えるまでも無さそうだ。


「野蛮とまでは考えていない。ただ、何度も言うが俺は魔王とやらに面識は無いし、仮に黒き神とやらが俺を選んだのだとしても、彼女とは無関係だろう。なのに、俺が召喚されてしまったことの責任を取らせるのは道理が通らない。だから理不尽な粛清行為を妨害した。それだけだ」


「なっ、何を勝手な!? その女が何者かも知らぬから、そんなふざけた道理が説けるのだ!! 厄災をもたらす前に魔女を排除することの、どこが理不尽だと言うか!?」


 そこでまた、腰を抜かしたままのグロランス卿が喚き出す。何があったのか知らないが、余程彼女が憎いと見える。けれど………。


「………」


 後ろに居る真っ白な少女の様子をチラリと伺うも、やはり反論を口にするどころか、暴言に反感を覚えている気配すら僅かにも漏らしていない。ただただ、虚な瞳のまま俯いているだけだ。


 ………嗚呼、良く分かる。そして理解してしまった。俺は無礼にも、無作法にも、彼女に同情してしまっているのだ。それこそ事情も知らない癖に、何と傲慢で、身勝手なんだろうか。


「おい! 聞いているのか!? そうだ! 魔王を殺すなどと大言壮語を吐くなら、まずはその魔女を討って見せろ!!」


 まだ吠えていたか……。良い加減煩わしいな。


「黙れ下郎。貴様とは会話していない」


「っ!? げ、下郎だと!? ヒギィッ!?」


 俺は視線すら向けず、グロランス卿のすぐ顔の横を突き抜ける様に荊の蔦を放つ。棘の先端が頬を掠め、小男はその場でひっくり返った。……おっと。仕えるべき主人を失ったせいか、どうも自制が効かなくなっているみたいだ。短い間とは言えこの世界で社会生活をするのなら、せめて行動する前に責任者への確認を取る癖を付けなきゃな。


「えっと、セビア王子。アレは処分しても?」


「っ!? い、いや、待ってくれ! グロランス卿は財務を担う重臣だ。不快な思いをさせているのは最早申し開きのしようも無いが、どうか矛を納めて欲しい……」


 再び頭を下げる王子に、俺は目を見張る。


 なるほど。アレに国庫を握られているのか……。通りで好き放題させている訳だ。すぐに始末しなかったのは正解みたいだな。今後の交渉が有利に運べそうだ。


「貴方が頭を下げる必要は無い。……ただ、これ以上ここで話を続ける気にはなれないな」


「「「っっっ!!??」」」


 大人しくはしていても、グロランス卿に負けず劣らず、俺と背後の少女に悪感情を向けている連中が殆どのようだ。その証拠に、ゆっくりと見渡すようにして軽い殺気と共に視線を返してやれば、一部を除いてどいつもこいつも、露骨に視線を逸らしたり後ずさったり、冷や汗を流しながら憎々しげに見返してきたりと、心当たりのありそうな反応を示している。……ただ、逆に動じていない一部の連中には、厄介そうなのも何人か居るな。


 まあ、その辺りのことは今は良いとして……。


「……それに、あんな格好で寝かせたままでは、彼らが風邪をひいてしまう」


「っ!」


 俺が軽く肩を竦めて視線を向けたのは、未だ台座の上で寝かされたままの、スポーツ少年(仮)とギャル(仮)。


 わざわざ召喚されたのだから、もしかしたら俺のような異能を持っている可能性もあるが、少なくとも今は無防備に気絶しているようにしか見えない。流石に放置しては酷だろう。


 セビア王子もハッとしたように二人を見て、微妙に気まずそうな顔をしている。


「……そうだな。貴殿の言う通りだ。一先ず王…いや、離宮に案内させて貰う。すまないが、用意が出来るまで暫し待って欲しい」


「分かった」


 俺が望み通りのまともな使徒だったら、王宮に案内したのだろう。賢明な判断だ。いきなり王宮なんかに連れて行けば、今よりも面倒な事態になるのは目に見えているからな……。


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