白黒主従と初登校。
春の麗らかな木漏れ日の中、花吹雪が舞う並木道を、一組の男女が歩いていた。
「おい、あれ……」
最初に彼らを目にした誰かの呟きを皮切りに、騒めきが広がる。
声を顰めて会話を交わす彼らは皆、黄金の刺繍をあしらった純白の正装を纏っていた。男子はパンツスタイル、女子は膝丈のスカートだ。
「………ま、“魔王”?」
その呟きの主だけでなく、その場に居た殆どの者達は、彼らと同じ正装を纏う“少女”の方に視線を釘付けにされていた。
雪原を思わせる白銀の長い髪と、深い水面のように青い瞳。伏目がちに楚々とした佇まいで歩いていても、目を向けずにはいられない異質な存在感がある。
………が、視線を向けていられたのは、ほんの一瞬だった。何故なら、風に攫われるほど小さい声音で呟かれた筈の“魔王”と言う言葉が誰かから漏れ出た瞬間、その場に居た物たちの背筋を、冷たく鋭い悪寒が撫でたからだ。
「「「っっっっっ!?」」」
その悪寒に身を竦ませた直後、彼らは弾かれたように、少女の隣に立つ“漆黒の軍服を纏う少年”に、視線を強引に奪われた。
この場にあって不自然なその服装以外は、至って平凡な少年だ。煤けたような灰髪や、同年代にしては幼い顔付きも、多少珍しいが特筆するほどでは無い。……ただ、幻覚の類だろうか。少年を目にした者達は一様に、その黒い眼の中に、妖しげな紫紺の光を見た。
ここに居る殆どの者達は、貴族の令嬢、令息だ。戦場どころか、危険な魔獣の狩りにすら出たことが無い者達ばかり。
ーーーー故に、その少年から放たれた、“殺気”と言う名の未知の悪寒に、訳も分からず身を竦ませ硬直することしか出来ない。
「やめろバカ!」
「シオちぃキレ易過ぎっ!」
「「「っっ!!??」」」
……と、そんな少年の頭を、後ろから駆けて来た一組の男女がスパーンッ!!と良い音を鳴らして叩いた。
周囲の者たちは途端に消えた悪寒と、その派手な容姿の男女二人の急な登場に、目を白黒させる。
新たに現れた二人の内、少年の方は体格が良く、赤みがかったブラウンの短髪とくっきりした顔立ちは、見る者に活発な印象を与えた。
少女の方は、華奢でありながら凹凸の激しいスタイルが正装の上からでもはっきりと分かり、ポニーテールに纏められた明るいブロンドヘアは一見高貴な印象だが、独特の喋り方とどこか軽い雰囲気が、取っ付きにくさを薄れさせている。
二人とも周囲の者たちと同様に黄金の刺繍があしらわれた正装に身を包んでいるが、布地の色は白では無く、少年の方は淡い緋色、少女の方は新芽の様なライトグリーンだ。
よく見れば、少年の額や少女のうなじには、周囲の者達と同じように冷や汗が流れ、表情も引き攣っている。……だが、彼らは他の者達よりも、あの悪寒に対してどこか“慣れ”の様な物を感じさせた。
そんな二人に叩かれた少年は、対して痛くもなさそうにコキりと首を鳴らし、不機嫌そうに顔を顰める。
「………台本と違うんですが」
そして、近くに居る者にしか聞こえない程度の小声で、恨みがましくそう呟いた。
===x===
俺は舌打ちを漏らすのを我慢しながら、背後を振り返って朱鷺と天音にジトっとした視線を送る。
「出てくるのが早いですよ」
「「おま言う??」」
文句を言う俺に揃って指差しながら、よく分からないことを言う二人。派手なそれぞれの色の制服がよく似合っているが、この状況にあってはコスプレした漫才コンビじみていた。
「そもそも、自分を諌める“役”はお嬢様にお願いしていた筈でしょう。何でいきなりシバきに来てるんですか」
味方でありながら脅威ともなり得る『黒き神の使徒』、つまり俺がお嬢様の管理下にあると周知する事で、グロランス卿や聖堂に居た連中のような小煩い輩を牽制すると言う狙いは、朱鷺や天音にも話してある。
その上で、『黄金の神の使徒』である二人がお嬢様と親しい様子を見せれば、無用に反発する輩もある程度抑え込めると言う寸法、だったのだが……。
「いやブチギレんの早ぇよ! お前の殺気がガチ過ぎて思わず飛び出してたわ!」
「それな〜。まだ入学式も終わって無いのに、こんな所で騒ぎ起こしたら、それどころじゃないっしょ?」
「ふむ……」
ビシッ! と漫才師よろしく手の甲で勢い良く俺の胸を叩く朱鷺と、呆れて肩を竦める天音の言葉を、俺は改めて一考する。……確かに、今日はお嬢様の入学式だ。平穏無事に終わるに越したことは無い、か。早い段階で鬱陶しい虫ケラ共を黙らせたい所だが、なるべく今日は辛抱しよう。
「あ、あの……お、お二人、とも? シオン、は、私の、為に、怒ってくれ、たので…その……」
「アンちゃみ。守ってくれる男の子が居て嬉しい気持ちは超ぉ〜分かるけど、放っといたらシオちぃが“魔王”みたいになっちゃうよ? まだ入学したばっかなのに学園無くなるとか、超悲しくない?」
オロオロと視線を俺と二人の間で彷徨わせていたお嬢様は、俺の弁護をしようと必死に訴えてくれたが、天音が人聞きの悪いことを言いながら反論する。
「幾ら何でも、よっぽどの事が無い限り、いきなりそこまでしませんよ」
「よっぽどの事があればすんのかよ……」
戦慄している朱鷺の方を振り返りもせず、俺は堂々と自身の考えを口にする。
「学園その物がお嬢様の敵に回るような事があれば、迷わず。ですが先ほどの様な小物の浅慮な発言くらいなら、個人に消えて貰うくらいで済ませますよ」
「よし、リリー。俺たち、少しでも早く強くなろうぜ」
「だね、トッキー。アタシたちで学園の……うんう、世界の平和を守らないと」
何故かまだ降臨してもいない“魔王”を目の前にした勇者のように、俺の方を見ながら険しい顔で決意を固める二人。解せない……。
と、俺が二人に怪訝な目を向けていると、周囲に居た他の新入生達が、学園の門の方を向いて再び騒めき出した。
「お二人とも、そう身構えてはシオン様がお気の毒ですよ。少なくとも、シオン様はアン様の不利益になるような事はなさらないでしょうから、そこまで心配する必要は無いのでは? ……ね?」
俺たちとは逆に学園の方から歩んで来たフラン様が、失礼な二人を嗜めながら俺にウィンクをして念を押すように問いかけて来た。彼女は他の生徒と同じ白地に金の刺繍があしらわれた制服を纏っているが、持ち前の華やかさと滲み出る高貴な品性が、他を圧倒する存在感を醸し出している。
「フラン様。入学式のご準備お疲れ様です。勿論、おっしゃる通り、自分はお嬢様の利益を第一に考えて行動致します」
俺は深々と腰を折って労いの言葉を口にすると、念を押されるまでも無いと言わんばかりに、彼女の言葉を肯定した。
「お疲れっす! フランさん!」
「フランちゃん、おつおつ〜」
朱鷺と天音も気安い挨拶を返し、三人の使徒と二人の侯爵令嬢が、学園の門前に会した。
セビア王子は入学の代表挨拶の為、先に登校して準備している。フランネル侯爵令嬢も自国の高位の貴族という事で、事前に来賓などの対応を任されていたようだ。………礼の如く、同じ侯爵令嬢でもお嬢様にその手の話は来なかったが、面倒ごとを押し付けられずに済んだと思えば、今回に限っては良かったと言えなくも無いだろう。……まあ、かなり業腹ではあるが。
「皆さん、おはようございます。早速シオン様にエスコートして頂いて、アン様も安心して登校出来たのでは無いですか?」
「お、おはよう、ござい、ます。……はい。外を歩く、のは、久しぶり、でしたが……シオンが、ずっと、側に居てくれ、たので……」
「お嬢様……」
俺の方を少しだけ上目遣いに見たお嬢様は、恥じらうようにすぐ目を伏せる。くっっ………大丈夫。問題ない。今にも心臓がはち切れそうだが、俺の表情筋はまだ耐えられる。
「入学初日から登校デートとか、アンちゃみ良いなぁ〜。アタシなんかずっとトッキーのお喋りに付き合ってただけなんだけどぉ〜」
「酷いなオイ!? フランさんとセビア王子は仕事があったんだからしょうがねぇだろ! てか、リリーが気になるもん見つけたらあっちこっち寄り道しようとするから、危うく遅刻するとこだったんだぞ!?」
「えぇ〜? そうだっけぇ?」
朝っぱらから漫才している天音と朱鷺に、フラン様は楽しげに笑いかける。
「ふふっ、もう少しお喋りしていたい所ですが、それは後ほど。そろそろ講堂に向かいましょう。せっかくですから、セビア王子のご挨拶は皆さん特等席で拝聴させて頂きたいですよね?」
そんな風に茶目っ気たっぷりに言って、彼女は自ら先頭に立ち、俺たちを引き連れて学園の門をくぐる。その堂々とした振る舞いに、周囲の者達は混乱しつつも、大人しく道を開けた。
「流石フランさん……。良い所全部持ってかれちまったなぁ〜」
「アタシらの世界に居たら、バリバリのシゴ出来キャリアウーマンとかになってそうだよねぇ」
朱鷺と天音は肩を竦めてそんな風に言いながら、大人しくその後に続く。
「では、自分達も参りましょうか。お嬢様」
「……はい」
俺もお嬢様と連れ添って、学園の門をくぐった。
今日から此処、『聖立アイリス魔法学園』で、俺達三人の使徒と、お嬢様達魔王候補の、学園生活が始まる。
やっとこさ入学の日を迎えました。そしてぬるっと新章に突入しました。変な更新タイミングで章を切ってすいません……。
次回は土曜19時より順次更新予定です。