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客人とアフタヌーンティー。



「ご、ご馳走様、でした……。ほ、本当に、とても、美味しかった、です……」


「あ、ありがとうございますっ。その、光栄です……」


 食後のお茶を飲み終わり、一心地着いたお嬢様のかたわらで、俺は体こそ動かしていないものの、ソワソワと落ち着かない心持ちだった。


「………」


「………っ」


 き、気恥ずかしい……っ!


 まさか、この俺が主人の前で涙を流すなんて……一生の不覚だ。マオさんの前でも泣いてしまったし、どうも最近情緒がおかしい。俺はこんなに感情豊かな生き物だっただろうか?


「……あ、あのぅ〜。すっごく気が引けると言うか、お邪魔したくないんですけどぉ〜、セビア王子と使徒様方が来るまで、あんまり時間が無さそうなんですが……」


「「っっ!!」」


 酷く億劫そうな様子で調理場からひょこっと顔を出したクリスにそう告げられ、俺とお嬢様は思わず顔を見合わせる。


「ち、因みにあとどのくらいですか?」


「……大体、三十分?」


 おずおずとそう言うクリスの瞳には、何故か僅かに期待の色が浮かんでいた。……なるほど、こいつ、逃げられると思っているな?


「お嬢様。申し訳ありません。すぐにお支度致しますので、応接間で少しお待ち頂いてもよろしいですか?」


「い、いえっ……! わ、私の、方こそ、食べるのが、お、遅くて……!」


「ゆっくり楽しんで頂けたのなら何よりです。お嬢様が謝られることなど何一つありません」


「で、でも……」


「ご心配なく。三十分もあれば、お迎えの準備には十分過ぎる程です。さあ、行きますよクリスさん」


「えっ!? 私も手伝うんですか!?」


「元々は貴女の仕事でしょう。……大丈夫です。もう不味いお茶なんて淹れられない身体にしてあげますから」


「ひぃぃっ!? あ、ちょ、お、お嬢様!? 助けて〜っ!?」


「ぁっ……」


 俺はクリスの首根っこを掴み、容赦無く引き摺って調理場に戻る。


 ……問題無い。“教育”が“調教”に変わるだけだ。




===x===




「……何があった?」



 応接間に通されたセビア王子の第一声は、驚愕と訝しんでいることを窺わせる、そんな一言だった。


 彼の視線は、ソファーに所在無さげに座るお嬢様と、そのかたわらで燕尾服を着て立っている俺を行ったり来たりしている。


「特に何も」


「「いやいやいやいや」」


 俺が端的に答えると、今度はその後ろに居た天音と朱鷺が、ブンブンと首を横に振る。今日も愉快な連中だな……。


「そんな事より、どうぞお掛け下さい。お茶をすぐお持ちします」


「口調も昨日と丸切り別人なんだが……?」


「お嬢様の前ですので」


「「「お嬢様???」」」


 セビア王子の疑問に再び端的に答えると、今度は天音と朱鷺にフランネル侯爵令嬢も加わり、揃ってキョトンと首を傾げていた。……ふむ。面倒だが、多少は説明が必要か。


「従者となるに当たり、色々と気を引き締めたまでの事。自分の事は、お嬢様……アン様の“執事”だと思って貰えば結構です」


「全く結構では無いんだが……。何がどうなったら黒き神の使徒が執事になるんだ……」


 頭痛を堪えるように米神を押さえて頬を引き攣らせるセビア王子に、俺は予め用意していた建前を口にする。


「なら、こうお考え下さい。『黒き神の使徒は、アン・ダールベルグ侯爵令嬢の管理下にある』、と」


「っっ!! ………なるほど。そう来たか。つくづく貴殿は、彼女にご執心らしいな」


 皮肉げにそう苦笑するセビア王子に、俺は澄ました顔のまま肩を竦める。


「仕えると決めた主人に尽くすのは、当然の事です。言うまでもありませんが、護衛も兼ねていることは、皆様にお分かり頂けるかと」


「彼女に護衛など必要無い事は、身を持って知ったはずでは?」


 セビア王子の皮肉が効きすぎたその言葉に、お嬢様がビクりと僅かに身を震わせた。……随分と軽率だな。


「お嬢様を“心身共にお護りする”のが、自分の役目だと心得ております。……何なら、今この場で実行して見せましょうか?」


「「ひぃっ!?」」


「あらあら……」


 言外に、“お嬢様の憂いになるなら容赦無く排除するぞ”、と殺気を出して仄めかせば、天音と朱鷺は竦み上がり、フランネル侯爵令嬢は眉を八の字にして苦笑を溢した。


「……失言だった。ダールベルグ侯爵令嬢、気を悪くさせた。申し訳無い」


「ぇっ!? ……い、いえ」


 流石にセビア王子も自身の非を認め、謝罪する相手を間違えることも無く、素直に頭を下げる。


 不穏な流れにオロオロと不安そうだったお嬢様は、セビア王子の殊勝な態度に戸惑いつつ、その謝罪を受け入れた。……って、主人を不安にさせてどうするんだ。俺。


「申し訳ありません、お嬢様。どうも自分は、頭に血が昇り易いようで……」

 

「い、いえ……っ! ……シ、シオンは、いつも、わ、私の為に、怒って、下さる、ので……」


「お嬢様……」


「………っ」


 その言葉に感激し、思わずジーンとして見つめてしまう俺を、お嬢様は躊躇いつつも、恥じらいながら見つめ返してくれる。


「………え? 進展早くない?」


「シオンの野郎……ま、まさかっ!?」


「あらあらまあまあ!!」


「…………」


 天音と朱鷺は相変わらずよく分からないことを言いながら謎の驚愕をしており、フランネル侯爵令嬢は何故かやたらと嬉しげに赤く染まった頬を押さえていた。……そして、セビア王子は目を細めて無言の圧を放っている。意味が分からん。


「え〜……それでは、お茶の用意をして参りますので、少々お待ち下さい。クリスさん。行きますよ」


「うっ!? は、はいぃぃ……」


「「「「???」」」」


 俺は気を取り直し、クリスに声を掛けて給湯室に向かう。彼女が無駄にビクビクとしているせいで、客人達には不審がられているが、まあ気にしても仕方が無い。


「ぁ……」


 心配そうに見つめるお嬢様に、無言で頷いて見せる。大丈夫。短い時間でも基礎は叩き込んだし、最後まできちんと責任持って見守るつもりだ。……と言うか、そもそもお嬢様の分は俺が淹れるから、何の問題も無い。




===x===




「お待たせしました」


「「「うわぁ……!!」」」


「まあっ…!」


「ず、随分と手が込んでいるな……」


 複数の茶菓子と軽食を三段に分けて乗せたアフタヌーンティーセットをテーブルに運ぶと、客人たちから感嘆の声が漏れた。セビア王子に至っては何故か頬がヒクついている。


 一段目には、色とりどりのフルーツとクリームを挟んだ物、ほぐした燻製肉を自家製マヨネーズで和え、レタス(っぽい野菜)と一緒に挟んだ、二種のサンドウィッチを。


 二段目には、イチゴ(っぽいフルーツ)を乗せたショートケーキ、リンゴ(っぽいフルーツ)を薄切りにして敷き詰め焼いたタルト、とろりと断面から濃厚なチーズ(多分)クリームが溢れるバスク風チーズケーキなどなど、数種類のケーキを。


 三段目には、ピンクやレモンイエローの可愛らしい色味で焼いたマカロンと、一口大のフィナンシェや、紅茶の葉を混ぜて香りづけしたクッキーなどの焼き菓子を。


「ふぁ……」


 お嬢様はまるで夢を見ているように胸の前で手を組み、無意識に体を揺らして色々な角度からアフタヌーンティーセットを眺めている。……うっ!? また動悸が……。いかんいかん。まだ茶菓子しか出していないのだ。ここで倒れるわけには(?)いかない。


「では、クリスさん。お茶をお願いします」


「は、はい!」


 クリスはまるで死地に向かう兵士のような顔付きで、機械の如く均等にカップへ茶を注いで行く。……もう少し優雅な所作を心がけて欲しいんだが、まあ良いか。()()()()()()()()教えたお陰で、気合いは十分の様だし。


「失礼致します!」


「あ、ああ……」


 あまりに意気込んで紅茶を配膳するクリスに、セビア王子は引き気味だった。しかし、その声の勢いとは裏腹に、ソーサーに乗ったカップをそっとテーブルに置く手付きは柔らかく、不要な音も一切しない。まずまず今の段階では及第点だな。


「んん?? なんか昨日より凄い良い香りじゃな〜い?」


「ええ。とても華やかに感じますね」


 自身の前に置かれたカップから漂う湯気を嗅いで、天音とフランネル侯爵令嬢が心地良さげに目を閉じる。……因みに朱鷺はキョトンとして首を傾げていたが、茶の違いなど分かる繊細な感性は持ち合わせていなそうなので、採点には加えない。


「お嬢様。失礼致します」


「ぁ……は、はい」


 俺は客人達の反応を一通り確認してから、一応離宮に招いているホスト側という事で、最後にお嬢様に自分で淹れた紅茶を配膳する。お嬢様は僅かに驚いたようだが、まさか自分の分もクリスに用意させると思っていたのだろうか……? だとしたら申し訳ないが、それはちょっと有り得ない。


「……っ! これは……」


「昨日と全然違〜う!!」


 紅茶を一口含んだセビア王子の言葉を引き継ぐ様に、天音が歓声を上げる。あまりに率直な感想に、クリスは、「くっ、良かったけど、良かったんだけど……っ!?」とか呟きながら、喜んだら良いのか悔しがったら良いのか安心したら良いのか分からないような複雑極まりない顔をしている。お客様の前ですよ。


「まあ! 本当にとても美味しい……」


「そ、そうですね!」


 一口飲んでから、口に手を当てて驚いているフランネル侯爵令嬢。それにどうせ何も分かっていない朱鷺が同調するが、まあそっちは放っといて……舌の肥えていそうな彼女やセビア王子の反応も好感触なら、問題無いだろう。偏見かもしてないが、イギリス人とのハーフと言うだけあって、天音も所作を見るに紅茶は飲み慣れていそうだし、彼女の感想も信憑性は高い。


 俺はソワソワとこちらの様子を伺うクリスに、肩を竦めてコクりと頷くジェスチャーを見せ、一先ず最初のテストはクリアした事を伝える。


「よっしゃあ!!」


「お客様の前だって言ってるだろ」


いったぁっ!? 言われてない!?」


 俺に頭をシバかれたクリスは、その場に涙目でうずくまる。……しまった。思わず声と手が……。だがそれも仕方が無い。せっかくジェスチャーでそれとなく伝えたと言うのに、思いっ切りはしたない声を上げながらガッツボーズなんてしやがったこの馬鹿が悪いのだ。


「メイドとも随分距離が縮まった様だな……。シオン殿はどちらかと言えば内向的な性格かと思っていたのだが、私の勘違いだったようだ」


「いえ、その認識で合っています。これは距離が縮まっているのでは無く、彼女があまりにも無能なので、つい口や手が出てしまうだけで」


「む、無能は言い過ぎですよ! あ痛ぁっ!?」


 苦笑しながら皮肉とも冗談ともつかない様な事を言うセビア王子に、俺は淡々と返す。途中でクリスが茶々を入れて来たが、速攻で背中をシバいて黙らせた。


「あ、あのっ! ……シオンが淹れた、紅茶も、とても、美味しい、です!」


「お嬢様……? あ、ありがとうございます。でも、急にどうされたのですか?」


「ぇ……? ぁ、えっ、と……ど、どうしたの、でしょう……??」


 お嬢様に褒められた事はとても嬉しかったのだが、あまりに急だったので思わず俺は問いかけてしまう。けれど、お嬢様自身も自分がどうして急に声を上げたのか分からない様子で、口を小さな手で隠しながら俺以上に戸惑っていた。……んっ!? 気のせい、か? また胸がギュッと締め付けられたような……。


「「あらあらぁ〜♪」」


「うおっ!? 息ぴったりっすね……」


 そんな俺とお嬢様の様子を見ながら、天音とフランネル侯爵令嬢が二人揃って謎の歓声を上げる。ビクついている朱鷺の言を借りるわけでは無いが、この二人、正反対に見えて意外と息が合ってるな……。


「……どうするフランちゃん? なんか思ったより二人ともまだ無自覚っぽいけど」


「そうですね……。リリー様、私達はもう少し様子を見守りましょう。その方が面白、失礼。お二人のペースを乱さないかと」


「本音漏れててウケる。フランちゃんも意外とイイ性格してるね〜。でもアタシも賛成。もうちょっと放っとこう」


「な、何か分からんけど怖い……」


「トキ殿。これは悪魔で私の経験則だが、女性同士の内緒話に聞き耳を立てても、良いことは何もないぞ」


「こ、これがモテる男の余裕……っ!?」


 何やらすっかり意気投合して謎の密談をしている異世界女子会に戦慄する朱鷺に、大人しく紅茶を飲んでいたセビア王子は香りを楽しむ様に瞑目しながら、含蓄のありそうな事を言う。相手に伝わっているかは怪しいが。


「てかさ〜、アンちゃみの分だけしれっとシオちぃがお茶淹れてたでしょ!? メイドさんの淹れてくれたのも美味しくなってたけどぉ、アタシそっちも飲んでみた〜い!」


「そうですね。どうやらクリスさんにご教示されたのはシオン様のようですし、差し支え無ければ私も頂きたいです」


 何やら胡乱な呼び方でお嬢様を呼んだ天音がビシィッ!と名探偵よろしく俺を指差し、要求したのを聞けば、相方の如くフランネル侯爵令嬢も微笑みかけながら同調する。仲がよろしくなったようで結構だが、この場には俺より先に確認するべき相手が他に居るということを忘れてやしないだろうか……。


「自分は別に構いませんが……」


 俺はそう言って、まず主人であるお嬢様に視線を向ける。


「ぁ……え、えっと、シオンが淹れて下さるお茶は、美味しい、ので、ぜ、是非」


 やや戸惑いつつも、お嬢様はコクコクと小さく頷いて許可を出してくれる。


 主人の許しも得たので、俺は本来この場の主催であるセビア王子にも視線で問いかけた。


「……真面目な話をする空気でも無くなったな。一旦、美味いお茶をご馳走になろう」


 諦観を滲ませる声でそう口にしたセビア王子は、珍しく気の抜けた苦笑を見せて、ソファーの背もたれに身を預けた。


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