余計なお世話。
「……やってしまっった」
セビア王子たちとの話し合いから、一夜明け。
俺は離宮に用意されたベッドで、寝起き早々に項垂れていた。
『化物に生まれて良かった。こうして、貴女の手を取れるのだから。……はっ! 甘っったるぃセリフでありんしたねぇ〜』
「っっ〜〜〜!? やめろっ!? 羞恥心で殺す気か!?」
そう言えばコイツ、待機状態にしたままだった……! いや、お陰で昨日は助かったんだけども!
……ダールベルグ侯爵令嬢、否、アン様の従者に志願したこと自体は後悔していない。いないが……正直、あまりにも周りが見えていなかった、とは思っている。
あの後、状況が落ち着いてからは天音とフランネル侯爵令嬢からやたらと質問攻めに遭うし、朱鷺は何故かしたり顔で俺の肩を何度も叩いて来た。鬱陶しくて払い除けたが。
……そして、セビア王子は残りの組み合わせやそれぞれの滞在先、入学時期など諸所の話を、まるでAIのように淡々と無機質な表情で説明して、早々に去って行った。懇切丁寧に話を進めていたのに、いきなり自分勝手にパートナーを決めた俺に腹を立てていたのかもしれないが、それにしても妙に不気味に感じたのは何故なのか……。
『また面倒そうな女を引っ掛けて……どうするつもりでありんすか?』
「引っ掛けてとか言うな……。まるで俺が女たらしのようじゃないか」
『………』
「何だその目は……」
何も言わずに、じとぉ〜っとした流し目で見て来る荊姫の視線に何故だか耐え切れず、俺は目を逸らしながら微妙に話題をズラす。
「そ、それに、面倒なのは彼女自身ではない! 彼女を取り巻く状況の方だ」
『同じことのような気がしんすけどねぇ』
「違う。ともかく従者として仕える以上、その状況も含めて改善出来るよう勤める」
『やる気満々でありんすねぇ。つい先日までの無気力だったお姿が嘘のよう』
「うぐっ……自分でも、現金なものだとは思ってるよ」
あれだけ絶望し、打ちひしがれ、少しでも早い終わりを願っていたと言うのに……。気が付けば俺は、彼女に手を差し出していた。
『………はぁ。まあ、“業”という物でありんすね』
「ん? どういう意味だ?」
『何でも。……それにしても、初日から随分と早起きでありんすねぇ?』
荊姫の言う通り、今はまだ日が昇る前。元の世界で言えば、午前五時頃だろうか。まあ、心構え以前に、習慣として目を覚ましてしまったと言うのもある。
「形式的には客人扱いとは言え、従者がだらけている訳にはいかないだろ」
『そうは言いましても、肝心の仕事が無いのでは?』
「そうだな。先ずは諸々の把握からするべきだ。一先ずは、使用人の方々が起き出して来るまで、この離宮を散策してみよう。主人が住まう城だ。何がどこにあるかくらいは、すぐに覚えないとな」
そう。この離宮は、アン・ダールベルグ侯爵令嬢の住まいでもあるのだ。
本来、王家の分家とも言える侯爵家の人間は、王宮の敷地内に居住地を与えられているらしい。………だが、アン様は王宮で暮らすことを許されていない。その理由は言わずもがなだ。
恐らくセビア王子が交渉を離宮で行おうと考えたのも、単に俺を王宮に入れないう為と言うだけでは無く、アン様を紹介するのにこちらの方が都合が良いと考えたからだろう。……それがアン様の為を思ってかは、分からないが。
『お散歩でしたら、ウチは暫く休ませて貰いんしょうかね。健気に主人の寝床を不寝番していたもんですから、眠くって。ふぁ〜ぁ』
「不寝番も何も、お前に寝るとかって概念あるのか……? ……いや、だが確かに今回は、大した戦闘こそ無かったとは言え、長時間働かせ過ぎたな。ゆっくり休んでくれ。もし緊急事態になってもアイツを……」
『それはダメでありんす』
「うおっ!? ちょ、近っ!?」
俺が言い終える前に、荊姫がずいっと鼻先同士が付くほど顔を近づけて来る。
至近距離で屈んでいるせいで、はだけた着物の襟口から控えめだが女性らしい膨らみが顕となっており、目を逸らさなければ丸見えになる所だった。……式神な上に仮の姿とは言え、流石に女性的な部分を見るのは気まずい事この上ない。
『何かあればウチを呼ぶ。良いでありんすね?』
「だ、だが……」
『良いでありんすね?』
「わ、分かった! 分かったから離れてくれ!」
有無を言わさず念押しして来る荊姫の勢いに負け、コクコクと俺が頷けば、ようやく身を引いてくれる。
『まったく。主人様はご自分の価値を安く見積もり過ぎで……ん? まぁ! まぁまぁまぁ♪』
「な、何だよ突然。と言うかどこ見て……っっっ!?」
小言モードに入りそうだった荊姫が、突然頬を薄桃色に染めて上機嫌な声を上げる。俺は不審に思い、彼女が身を引いてから凝視している視線の先……自分の下半身を見て、絶句した。
『もぉ〜♪ 主人様ったら、ウチの慎ましい胸を見てそんなにも雄々しく……。丁度そこに床もありんす。主人様? お仕事の前に、よろしければウチが……お・世・話、させて頂くでありんす♪』
砂糖を煮詰めたような甘ったるい声を出し、わざとらしく着物の襟口に指を掛けてずらしながら、無駄に妖艶な流し目でベッドを指し示す荊姫。“世話”と言うのが何を指すのか、流石にその手のことに疎い俺でも理解し、慌てて首を横に振る。
「ふ、不要だ!! これは朝だからで、け、決してそんなっ、不埒なことをお前相手に想像した訳では!?」
ズボンの正面を必死に押さえ、体ごと荊姫の反対を向く。……が、それが悪手だった。
『……主人様ぁ』
「ひっ!? ちょ、何を!?」
音も無く背後から擦り寄って来た荊姫が、俺の背中に覆い被さるようにしなだれかかり、耳元で熱い吐息と共に甘い声音で囁く。
『我慢は良くないでありんす……。ウチも、もう熱ぅなってしまいんした……ふぅ』
「っっっっ!!??」
首筋にかかる吐息の熱と、俺の身体を這うように滑る荊姫の手の感触に、思わず背筋が泡立つ。
『主人様、大きくなられたでありんすねぇ……。まだまだ青い果実。されど、男らしいところもこぉんなに……(ぺろっ)』
「こ、こらっ!? 良い加減にっ!? あっ!?」
服の中を弄り、俺の腹筋を指先で撫で回しながら、じんわりとかいた汗を舐め取るように首筋に舌を這わす荊姫。
どうにか離れようともがくが、いつの間にか彼女の背後から伸びていた荊の蔦が、俺の手足を絡めとる。
『本当に、お世話しなくてよろしいので……? (ぺろっ……、ぺろっ)』
「ひうっ!? んんっ!? ふ、不要だと言ってるだろ!? と言うかもう戻れ!」
首筋の次は耳の裏、耳朶と、敏感な部分を狙ったように舐めて来る荊姫から必死に顔を離し、俺は命令する。
『イケずな主人様……。はぁっ、んっ。っはぁ……でも、もうウチは我慢の限界でありんす』
「え? 何を……んんっ!? んぁっ……待っ……」
興奮したように息を荒げ、僅かに身を震わせた荊姫の様子を不審に思い、振り返ろうと首を巡らせたが……その時には、もう遅かった。
俺の身体から、熱いそれが、彼女の中に流れ込んでいく。
『ぺろっ、ペろっ、あむっ……んんっ……っ!』
荊姫は何度も舌を這わせ、舐め取り終えればまた、その鋭く小さな“牙”を突き立て、熱いそれを飲み下す度に恍惚と身を震わせる。
「くあっ……!? も、もうっ……良い、だろ……っ」
そんな荊姫の昂りに当てられたように、俺も淫雛な彼女の舌の感触と甘い痛みがもたらす快楽で、気が狂いそうになる。………って、いつまでやってんだ!!
「くっ、この悪食がっ! “咒”ッッ!!」
『あんっ!?』
俺は自身の身に稲妻を纏わせる『陰陽術』を行使し、無理やり荊姫を引き剥がす。
「はぁっ、はぁっ……ったく、クソ燃費の悪い『陰陽術』なんて使わせやがって……」
俺は先ほどまで荊姫に舐られていた首筋を拭いながら、恨みがましく彼女を睨む。
『ううっ……。もう少し、久方ぶりの主人様の“血”を味わいたかったでいんすのに……。それはそうと、主人様。口調が“前”に戻っているでありんすよ』
「っ!? う、うるさい! もう満足したろ! 良い加減戻れ!」
俺は予想外のことを指摘され思わずたじろぐも、毅然として荊姫に再度命令する。
『あいあい。お陰様で“補給”もしっかり出来たでありんすから、何かあればウチを呼んでくれなんし。良いでありんすね?』
「っ! ……分かったから」
『なら結構。それでは、失礼致します。主人様。ご馳走様でありんした♪』
満足そうに頷いた荊姫は、最後に上機嫌な声を上げ、紫紺に輝く妖気の粒子となってその姿を霧散させた。
はぁ……。仕事始めだと言うのに、初日の朝からどっと疲れたな………。
===x===
荊姫に散々弄ばれたせいで、結局部屋を出る頃には朝日が登り始めていた。
最初は仕事の邪魔になっては申し訳無いと思い、気配を消して城の中を見て回っていたのだが……驚くべきことに、誰一人として使用人を見ない。
それどころか、人の気配を全く感じなかった。
他にも気になる点は多く、食堂や応接間は清潔に保たれているものの、それ以外の場所、例えば日陰側である北側の廊下や使われていない部屋は埃や窓の汚れが目立った。廊下に下げられたシャンデリアなども、よく見れば蜘蛛の巣が張っていたりと、酷い有様だ。
……そう言えば、昨日俺の部屋を用意してくれたのも、応接間にいたあのメイド一人だった。それ以外に執事や料理人、庭師など、これだけの立派な城であれば本来常駐しているであろう使用人達を、全く目にしていない。
「………スゥー……」
俺は深く息を吐き出し、思考を落ち着かせる。そして、この城の現状と、アン様の置かれた立場を照らし合わせ、これから自身が何をすべきか、その内容と順序を頭の中で組み上げて行った。
「……まったく。どこまでもやる気にさせてくれる」
外はまだだが、一通り城の中は把握した。先ずは水場に行って、支度する所からだ。
袖を捲り、鍛えても鍛えても筋張るばかりで立派にならない二の腕を露出させて、足早に目的の場所へと向かう。
「ん? あれは………よし」
その途中、俺は窓辺から庭の一角を占めるとある建造物と、その中に居た人物を見て、よりやる気を漲らせた。