秘密
あれ以来、師匠は修行中、見ていることが増えた気がする。
実践形式の修行が減った気がするのだ。
体調が悪いのだろうか。
「師匠、大丈夫ですか?」
剣術の修行中、近くで座りながら見ている師匠に尋ねる。
「何がだ?」
「最近、体調が良くない気がするんですよ。前よりも実戦形式が減った気もしますし」
するとおでこをぴしっとはたかれる。
「何を贅沢言っているんだ。元騎士団長との直接指導なんて、たまに受けられれば十分だろうが」
「いや、それは勿論そうなんですけど……」
「仕方ない奴だな。久しぶりに稽古をつけて――」
そう言って立ち上がろうとした師匠が、バランスを崩して膝をついた。
「師匠⁉」
「大丈夫だ」
師匠は顔を上げるが、明らかに顔色が悪い。
俺は師匠に肩を貸し、住処に戻った。
毛皮で作った布団に師匠を寝かせる。
普段から肌は白かったが、今の顔は真っ白だ。
何か病気にかかったのだろうか?
おそらくただの風邪じゃない。
だが、その場合どうやって治したらいいんだ。
医者なんてこの島には居ない。
病気にかかった場合はどうしようもできないことに気付く。
心配になった俺は、師匠の手を握る。
「なにか欲しい物、ありますか? 今日は温かいスープを作ります」
こんな島じゃろくな物も用意できないけど。
「そんな心配そうな顔をするな。リオル。これは病気じゃない」
「そんなの分からないじゃないですか」
「いや、分かるんだよ。お前にはこの一年間、しっかりと基礎を叩きこんだ。十二歳とは思えないくらい強くなった」
師匠は俺にゆっくりと語りかけるように話し始めた。
「後数年、私の全てを叩きこめば厄災級にも届くだろう。だが、その時間は残されていない」
師匠は諦めるように、悲しそうに言った。
「何を……言っているんですか?」
「私の体調が悪化し、弱体化した理由はこれだ」
師匠はそう言って、右腕の服を上げる。
そこには禍々しい渦のような刺青が入っていた。
「これは呪いだ。私が呪霊師にかけられたな。これは少しずつ体を蝕む。近い将来、私の体は動かなくなるだろう」
「そんな、嘘ですよね……」
そう言いながらも俺は、心当たりがあった。
師匠の強さであれば、将級の霊獣をうち漏らすことなんて今まで一度もなかった。
最近は戦うことも少なくなっていたから、鈍っただけだと思っていたけど……。
「とは言え、後一年は最悪でも持つだろう。それまでに、私の技術は全てお前に伝えるつもりだ。だから、安心しろ」
「技術なんかどうでもいい! 師匠、知っていたんですか? ご自身の体が数年で動けなくなるって」
「ああ」
俺は初めて師匠と会った時を思い出した。
確かにあの時、師匠は時間がないと繰り返し言っていた。
ただ、速くこの島を出たいだけだと思っていた。
だけど、違ったんだ。
呪いのせいで、タイムリミットがあったんだ。
ゆっくりしていたら、この島で動けなくなるって。
それは死を意味する。
「な……なんで、俺の修行なんかに時間を……」
俺は師匠の貴重な時間を消費させてしまった。
何よりも貴重な時間を。
「師匠一人だけなら、出られたんじゃないんですか? なんで俺なんかに時間を……」
「それは分からん。私も最初は弟子なんて断るつもりだったよ。数年以内にここを出ないといけなかったからな。初めは小さな恩返しのつもりだった。けど、お前と一緒に過ごしていくうちに、すっかり情が湧いてしまった。リオル、お前は私の最高にして最後の弟子だ。私の代わりに、必ず島を出ろ」
師匠はそう言って、俺の頭を優しく撫でた。
「やだ……よ」
一人じゃ意味なんて、ないんだ。
師匠と、ネロと一緒に出るから意味があるんだ。
俺は気付けば涙ぐんでいた。
「泣くな。私が生きているうちに、お前に話さないといけないことがある。お前の出自についてだ」
師匠は確かにそう言った。
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