第九話【巡検使ヒーラの父ラルバ・シモンズの旅立ち:中編】〜傾国の鉄宰〜
ラルバが客室を訪れたのは甲板でブリッズと別れてから2時間以上後の事だった。
「遅くなってすまんな」
「大丈夫だよ。事情はロレン君から聞いているから」
妻の前で極り悪そうに座るラルバを想像して、ブリッズは思わず頬を緩めた。
その様子に気付かないのか、ラルバは話を続ける。
「待たせた詫びに晩飯を奢らせて貰おう。
ムロトの港に旨い飯を出す宿があるらしい。【片角の牡鹿亭】と言うんだが聞いた事はあるか?
ブリッズさえ良ければ、着岸後すぐに人を向かわせるが」
「あぁ確か鹿肉の自家製ハムと魚貝のスープが有名なはずだよ。
今晩は予定がないから思い切り堪能させてもらうよ」
ラルバの問いにニヤついた顔を笑顔に変えてブリッズは答えた。
「それは旨そうだ。晩飯を食べながらゆっくりお前と話がしたいとローラが言っていたぞ。
俺は商業ギルドと冒険者ギルドにキラーシャークとサハギンの連携の件を報告に行くから少し遅れる。先に始めていて大丈夫だぞ」
「…ラルバ謀ったね」
ブリッズは、さっきまでの余裕の表情はどこへやら、顔色がすぐれない。
「何のことだ?
ローラとは何度も共に旅をしただろう。気心も知れた仲だ、積もる話もあるだろうからゆっくりと話をしていてくれ。俺も可能な限りはやく顔を出すよ」
ニヤつきながらラルバが言う。
「長い付き合いだから怒ったローラには近付きたくないんだよ。
はぁ~分ったよ。ローラ先生のお叱りは謹んで拝聴させてもらうよ」
「ハッハッハッ、悪ふざけここまでだ」
真剣な表情に切り替わったラルバがブリッズを見やる。
「あぁヒーラの話だね」
さっきまでとはまるで別人の真剣な表情したブリッツが頷く。
「あぁ、少し長くなるが聞いてくれ」
ラルバの話は物語の様に進む。
ヒーラ・シモンズは貿易商の両親兄姉の元、何不自由無く幸せに育った。
裕福では有るが普通の金銭感覚に平凡な生活を心掛けて子育てをする両親。
平凡を教育方針としなければならない特殊な環境にシモンズ家はあった。
吟遊詩人の英雄譚好きなだけあってラルバには語り部の才能があった。
シモンズ家で日々起きるささやかな出来事がまるで御伽話の様に語られる。
序盤は穏やかに話を聴いていたブリッズだったが物語が進むにつれ顔が引き攣りはじめた。
ローラを含めた子供達が魔法の訓練を始める前から何かしらの魔法らしきモノが使えたこと。
子供達の周りで起こる些細だが不思議な出来事にブリッズは言葉を失う。
物語は終盤に差し掛かり衝撃的な展開をみせた。
「全員が【精霊の加護】持ち…」
ブリッズは呟いたまま思考を停止させた。
この世界では精霊は森羅万象に関わるとされており、その存在を疑う者は皆無であった。
だが皆が精霊の姿を見たり声を聞いたり出来るかと言えば話は別である。
生活に身近な補助魔法程度なら皆が何かしらは使える。
Bランクの魔物を一撃で倒す事が出来る中級魔法を単独で操れる魔術師は環境などにもよるが1000人に1人だと言われている。
魔力との親和性の高いこのレベルの人間であっても精霊の存在を感じることが出来るのは稀である。
ましてや精霊の加護持ちなど皆無に等しく正に物語や英雄譚の登場人物レベルの希少さである。
ブリッズは砂漠で飛蠍に襲われ命を落としそうになった時に旋風が巻き起こり命を繋いだ事がある。
重症を負いながらも何とか辿り着いたオアシスの長老にこの話をすると周辺の砂漠には風の精霊が漂っており時折住人や旅人、冒険者を助ける事があるらしく住人達は【精霊の気まぐれ】と呼んでいた。
その体験の直後、不思議な事に今まで中々取得できなかった風の中級魔法をブリッズは使えるようになった。
おかげで 危険地帯を越えた行商が出来る様になり、商売は軌道に乗った。
その後何十年と旅を続けているが精霊の気配を感じたことは一度としてない。
精霊の加護を得た一部の人間は魔導師と呼ばれる程の実力者になる事がある。
遥か高みに辿り着きし者。強力な上級魔法や殲滅魔法などを修めた者が魔導師と呼ばれる。
30万人に1人とも50万人に1人とも言われ希少職としてあらゆる国々で優遇されている。
優遇と言えば聞こえが良いが他国への亡命や反乱、犯罪を防ぐ為に護衛という名目で常時監視がつき行動の自由は大きく制限される。
自由を奪われる事を嫌う一部の魔導師が能力を隠して在野に潜んだとしても無理からぬのことである。
ようやく思考力が復活したブリッツが質問を繰り出した。
「精霊の加護があると言う事は皆が魔導師の実力に成り得ると言う事かい?」
精霊の加護が有っても個人によって大きな実力差があることは世間一般に知られているが要因は知られていない。
ブリッズも漠然と才能や努力によるものだと考えていた。
それでも加護持ちは強力で名のある上位冒険者の中には精霊の加護を持つと噂される者も数多い。
「ブリッズも魔導師になる者全員が精霊の加護をもっている訳では無い事は知っているだろう。
個人の才能や生来の資質、努力と研鑽様々な要因が作用して、やっと魔導師への道は開けるんだ。故に稀有な存在だし、俺は敬意を払う。
少なくとも俺やローラの才能と努力では中級魔法使い。Bランクの冒険者がやっとだった。子供達姉も兄もまだ若いから努力と研鑽次第では魔導師に至る事が無いとは言い切れないが遥か先の話だろう」
「そうか…良かった…」
商人としては魔導師という稀有な存在と友誼を結べる事は僥倖と言えるだろう。
だが友人として考えれば判断は大きく変わる。魔導師はその稀有な存在と実力で国家からの干渉を大きく受ける。
ブリッズは商人としての算盤勘定よりも友人家族が国家に自由を奪われる心配を優先したのだ。その内心を感じ取ったラルバは穏やかに微笑む。
「ありがとうブリッズ。お前と友誼を結べて本当に良かった」
「商人としてはどうかと思うけどね」
照れ隠しにぶっきらぼうに返すブリッズだった。
これで真面目な話は終わりかとラルバを見遣ると表情を真剣なものに戻してブリッズを見ている。
「ヒーラを含めてシモンズ家の皆は【精霊の加護持ち】で話は終わりだよね?まだ何か有るのかな?まさかだよね?火炎竜の子供の件の意趣返しなら反省してるからね」
「………ブリッズ」
「はぁ、分ったよ、分ったから。覚悟を決めて聴かせて頂きます」
一路ムロトの港に向うヒューベリー号、航海は順調である。
ブリッズの憂鬱に関係なく晴天の夕日が船体を茜色に染め上げている。




