第八話【ラルバ・シモンズの旅立ち:前編】〜傾国の鉄宰〜
ラルバ・シモンズは穏やかな海を眺めていた。
大陸沿岸の穏やかな水面では有るが海を航行しているので時折大きな揺れが有る。
そんな揺れに影響されることもなく一定のリズムで足音が近付いてくる。
何故陸を行く行商人が一端の船乗りみたいな足運びが出来るのか。
長い付き合いだがまだまだ謎多き友人だとぼんやり考えていると声が掛かった。
「順調な船出だね、ラルバ」
「あぁ先がラーセル子爵領じゃなければな」
仏頂面で返すラルバにブリッズは苦笑いを浮かべた。
「まだ怒っているのかい?二十日も前の話じゃないか」
「二十日やそこらで納得のいく話の内容だったと思うのか?
子爵家の勢力が伯爵家並みに有るのは此方に損は無いからいいだろう。
だが火炎竜の子供の話、あれは駄目だ。危険度が高過ぎる。俺が知っていていい話じゃないだろ。出来る事なら今直ぐ忘れたい」
「悪かったよ。けどラーセル子爵家と付き合っていくなら避けては通れない話だよ」
「それでもだ。話を聞くか聞かないかも含めて今回ケイン様に会うつもりでいるんだぞ」
「わかったよ。火炎竜の話は忘れてくれロゼーヌ王国の飛竜乗りをタリム様が切ったまでで話は済んだ事にするよ。
後はブランデーとイングラの茶葉に興味を抱いた。取り敢えずはそんな所かな」
「そこまでの話でアスラに来るつもりになったは事実だが。その後の話を省略して大丈夫なのか?」
「まぁバレたところで気にもしないと思うよ。それよりも思い切ったことをしたね」
「なんの話だ?」
「アスラに出掛けている間の留守居役への指示だよ。
商館と蔵の商品を全て売り払う。備品・資材を纏めておく。船の停泊権の売却額の見積もり、ドックの売却額の見積もりを取っておく。
事情を知らない者が相手なら廃業、夜逃げを疑われるよ」
「ふん。夜逃げなんてする気は更々無いがハカリカで今の身代を保てる程の別の仕事を見つけるのは困難だろう。
別の街や国に出たところで今の身代を保てる程の仕事を捜すのは困難だ。
今までが幸運過ぎたのかもな。規模の縮小、廃業に似たような形も含めて検討していたところだ」
ラルバはさも然も当然の様に口にする。
「おいおい穏やかじゃないね。ラーセル領に行けば何とかなるさ。いや俺とケイン様で何とかするよ」
ブリッズの言葉を聞いて不機嫌だったラルバの表情が僅かに緩む。
「せいぜい期待させて貰うよ。
だがハカリカから拠点をイーチェに移すにしても今までの様には行かないだろう。商館、蔵、ドック色々な物が必要だ。新規で商売をやるようなものだ。資金が要るから規模の縮小は避けられない。
ウチの船員の大半はハカリカ周辺の出身だ。遠く離れたイーチェなんて田舎港に付いて来る物好きが何人居るか。
辞める人間にも纏まった金を渡したいからな」
「辞める人間に金を渡したいか。流石俺が1番と認めた貿易商だね」
「お前だって暇乞いする人間に餞別を渡しているときいたぞ」
「こっちは元々行商だからな今回の件で辞める人間は少ないさ。ハカリカの店も縮小するとはいえ残すからね」
「なるほど。ウチは事と次第によってはハカリカから撤退するからな皆には早めに身の振り方を決めろと言っては有るが船乗りは短気な癖をしてこういう時はのんびりしてやがる」
「のんびりねぇ」
ブリッツは出港してから半日、船中を歩き回ったがどこも活気に溢れていた。
船員と話もしたが皆楽しげで、辞めそうな人間には出会えていない。
「イーチェに誘ったのは拙かったかな?」
ブリッズが珍しく神妙な声で話しかける。
「問題無い。水竜の大海の海賊騒ぎは当分続くだろう。縦しんば海賊騒ぎが収まったところで白竜大陸は当分戦乱が続く。まともな貿易ができる前に此方が干上がっちまう。近日中には廃業もしくは 転業の判断を下さなきゃならなかったさ」
「転業って何かあては有ったのかい?」
「今は海運商と陸運商がバラバラで面倒な事や荷遅れが多いだろ?あれを解消出来れば商売に成るかと考えていた」
「似た様な事をケイン様も仰っていたな。一度その話もしてみたらいいよ」
「相手は伯爵家にも迫る貴族家の子息だぞ。そんな絵空事の相談なぞ出来るか」
「大丈夫、大丈夫。ケイン様は絵空事、無駄話が大好きだからね。
何なら仕事の話を終えたら飲みに行けばいいよ。一晩中無駄話をしてくれるから」
「会う前から不安が膨らみっ放しなんだが…」
「気さくで博識、少し風変わりな若者だよ。普通に接するれば問題無いよ。ただ公共の場所では礼節を弁えてね。 子爵家の御子息に無礼だとか言い出す頭の固い人は一定数は居るからね」
「本当に大丈夫なのか、そんな扱いで」
「大丈夫だって、居酒屋の店主なんて旨いツマミの作り方を教えてもらってたよ。調理場で魚を捌くケイン様を見た漁師たちが中々上手いって褒めちぎったら得意満面で漁師達と宴会をしていたなぁ」
「悩むのが馬鹿馬鹿しくなる程の庶民派ぶりだな……」
ラルバが急に黙り込む。
「風の匂いが変わったな。おしゃべりはここ迄だ」
「どうかしたのかい?」
ブリッズの問いかけにラルバが答える前に
甲板を走る足音が近付いてきた。
「親父さん物見からの報告で2時の方角凡そ3キロ先に白波です。恐らくキラーシャークの群れです」
「数は?」
「8尾〜10尾ってところッス。駆逐出来なくもないですが面倒ッスね」
「確かにな。取り舵で躱すか。浅瀬、岩場に注意して進めよ。速度は任せる。必要なら魔法石の使用も許可する。船長と機関長とお前で対処しろ。あと念の為、ロレンと魔法士を2人甲板へ」
「分かりやした」
エンデヴァーが軽快な足取りで甲板を掛けて行くのを眺めながらラルバは言い様のない違和感を覚えていた。
「気になる事でも有るのかい?」
黙り込むラルバにブリッズが話しかける。
「ああ、少し違和感がある。
キラーシャークは賢い魔物だ、大きな獲物を仕留める為に群を組むことは偶にある。
だが10尾の群となると大所帯過ぎだ、聞いたことが無い。」
「偶々2、3の群がかち合ったとか?」
ブリッズの意見に首をふるラルバ。
「有り得ない話じゃないが狡賢いキラーシャークが今のタイミングでヒューベリー号を襲って来る事自体が変なんだ。
ヒューベリー号は中型船の中では大きく、速度も出ている。群れで襲い掛かったところで勝ち目は薄い。
何らかの原因で獲物が少なく腹を空かせていたとしても深く潜って垂直浮上による奇襲、夜襲だって出来るんだ。
夜になるまで待てる位に奴らは賢い。
遠目でも目を引く群れでの襲撃、そんな悪手をキラーシャークがとるだろうか」
「ラルバそこまで言うからには何か有るのかも知れないね」
※キラーシャーク 魚型の魔物体長は3〜4メートルにもなる。俊敏な動きと水魔法による攻撃が特長で個体での危険度はDランク上位とそこまで高くないが知能が高く群や別種族との連携などで上位の魔物を捕食する事も多々ある。集団ので危険度はBランク下位になる事もある。
2人で押し黙りながら行く先を眺めていると小さな足音が聞こえてきた。
慌てて振り返るラルバに琥珀色の髪を靡かせた少女がしがみついた。
「ヒーラどうしたんだ。魔物が出たから船の中に入るように言われなかったかい?」
「言われたよ」
答えたヒーラはより一層強くラルバにしがみついた。
「どうしたんだヒーラ、何か感じたのか」
聞き分けがよく賢いヒーラが強く行動を起こすのは決まって精霊が関係していた。
ヒーラは小さく頷くと静かだが不思議とはっきり聴こえる声で話し始めた。
「皆が気を付けてって言うの。悪意が集まっているって」
「この先の海にキラーシャークが群れているからね」
隣にいたブリッツが答えるとヒーラは小さく首を振った。
「ロレンのお兄ちゃんから聞いたよ。
でも皆はそっちの海じゃなくて海岸線近くの海だって言うの」
「みんな?」
首を傾げるブリッズを横目にラルバは海岸線を見やる。キラーシャークを避ける為にかなり陸寄りに舵を切ったので海岸の少し前に有る岩礁が目に入る。
「…そう云う事か」
ラルバの頭の中で出航する前の情報収集で聞いた船乗りの話とヒーラの話、そして今見える景色が1つに繋がる。
ラルバはヒーラを抱き上げて甲板前方に設置されている伝声管に駆け寄り声を荒げた。
「ラルバだ。海岸前に有る岩礁から距離を取れ。魔物が隠れている筈だ。
岩礁と距離を保って東進だ。
魔物にビビって岩礁から離れすぎるなよ。キラーシャークとの接触が早まり最悪、挟み撃ちにされるぞ。
帆を畳んで魔石を装填しろ。
魔石は3等石まで使ってかまわん」
「旦那様如何為さいました」
何時の間にかロレンと2人の魔法士が此方にやって来ていた。
「ロレン来たか。お前達3人は左舷前方に3メートル間隔で待機、岩礁群周辺からの魔物の襲来に備えろ」
「船首、右舷ではなくですか?」
「そちらは囮だ、奴ら俺達に追い込み漁を仕掛けていやがる」
「ヒーラは船内に避難しなさい」
「イヤ…」
しがみつく力を一層強めたヒーラを見つめラルバは大きな溜め息をついた。
「ブリッズ。すまんが遊撃手を頼めないか?」
「分ったよ。引き受けよう」
「恩に着る。後2、3人動ける奴がいると楽なんだが…」
「親父さん伝声管での指示を聴きました。前衛が必要でしょう」
エンデヴァーが槍を持った2人を伴い走って来る。
解って来たじゃないか。ラルバの頬が緩む。
「前衛3人はロレン達の右横に、ブリッズは甲板中央にて待機。魔法による初撃の合図は俺が指示をだす」
立ち位置や連携など細やかな打ち合わせを速やかに熟していくラルバ。
冒険者でも少し戦闘になれてくると細かな打ち合わせを疎かにする者がいる。そういう人間は良くて中級止まり最悪命を落とす。
行動に柔軟性を持たせる為に大局の決め事は大まかに。戦闘は皆が迷いなく即行動出来る様に細やかに話を落とし込んでいくのがラルバの流儀である。
戦闘の指示以外にも伝声管を使って航行速度と方向の指示も細やかに決定されていく。最近戦闘を任されていたロレンとエンデヴァーだったが改めて己の未熟さを痛感する。
ヒューベリー号は半帆・半魔術で動く帆魔船である。
補助的に魔術を利用することで凪の時や狭く入り組んだ環礁も航行できる優れた船だ。魔術による巡航速度ならキラーシャークをも上回る速度が出せる。
「いい漁場だったんだろうが今日までだ。恨むんならヒューベリー号をそこらの帆船と同じに考えた自分達を恨むんだな」
皆が配置に付くのを眺めながらラルバは独り呟く。不思議な事にラルバの呟きは甲板に居る全ての人間に届き、心を落ち着かせた。
沿岸線を眺めて暫し。
「手前の岩礁付近に白波が立ったな。恐らくはサハギンだ。ロレン達は俺の合図で手筈通り雷撃の中級魔法を放てよ。重ねて言うが魔法の威力は普通でいい、タイミングと場所、水面までの距離、真下に落とす事に注力しろ」
「了解!」
「雷撃準備、………放て!!」
次の瞬間辺りに轟音が響き渡る。
行商で大陸中を渡り歩き凄腕の冒険者を護衛に雇った事もあるブリッズから見ても中々の威力の雷撃が海面を叩いた。
「魔法士後退、前衛出番だ。甲板に上がったサハギンを確実に討ち取れ。ロレン達は海面から魔法を仕掛けてくる者に警戒、対処しろ」
※サハギンは海水棲の魔物で肩より上が魚や蜥蜴の様な姿をしており身体は人間に近い。海中での高い機動力と陸上での機動力を併せ持つ。体長は1.5〜2m程で個体としての危険度はDランク下位だが比較的知能が高く基本群れで行動する。
周辺環境への適応に優れ極稀に異種魔物と共闘関係を結ぶ事がある。
群の規模や共闘関係によっては危険度はCランク上位になる事もある。
ラルバの指示が終わるのを待ったかの様に海面が所々隆起してサハギン達が飛び出すが甲板に着地する寸前を待ち構えエンデヴァー達に次々と討ち取られて行く。
エンデヴァー達の制圧範囲外の甲板に上がった者達も何匹か居たがブリッズの風刃の魔法で確実に刈り取られて行く。
やがて甲板に上がろうとするサハギンはいなくなり海面は穏やかに戻りつつあった。そろそろ終わりだなと誰もが思った頃、ラルバから檄がとんだ。
「気を抜くな。来るぞ」
海面が一際大きく隆起して3匹のサハギンが勢いよく飛び出した。甲板への着地を目指す今までのサハギンの動きとは一線を画し直線的で高機動。突撃の様な体勢に前衛の3人が皆受けに回る。
同時にブリッズやロレン達が対応する左舷前方から正反対の右舷後方に巨大な魚影が静かに魔力を高めながら近付く。
「なるほど追込み損ねたらサハギンさえも撒き餌にして背後奇襲か、やはりキラーシャークは狡賢いな。だが…悪いな化かし合いは俺達商人も得意でな」
気を抜くなとロレン達に檄を飛ばした後直ぐに甲板上を移動して魔力を練り始めたラルバは魚影目掛けて魔力を解き放つ。狙い違わず雷撃がキラーシャークに直撃する。
その威力は凄まじく4メートルは優に超えいた魚影が跡形もなく四散する。
「…ヒーラお前が近くに居ると魔法の威力が跳ね上がるなぁ」
「!……うん」
褒められたとばかりにラルバに抱き抱えられたまま胸を張るヒーラ。
まぁヒーラが無事で機嫌が良いなら問題無いと済ませてしまうラルバ。
商人として一流であると同時にBランクの冒険者でもあるラルバだがヒーラには滅法弱く、親馬鹿だと言うのがシモンズ商会全員の総意である。
「親父さん沖にいたキラーシャークの群れが姿を消したそうです」
エンデヴァーから報告が上がる。
「岩礁に居たサハギンは半数以上は駆逐出来た筈だ。お目付け役を兼ねていたであろうキラーシャークも倒した。
これ以上の追撃にメリットが無い。仲間の敵討ちなど微塵も考えず只管に損得で相手を測る、実にキラーシャークらしい引き際だ」
先程迄に成した事といい、今の言動といい尊敬すべき船乗りなのだがヒーラを抱き締め過ぎて嫌がれ始めて慌てている親馬鹿男を素直に尊敬出来ないブリッズがいた。
「流石だねラルバ。見事な迎撃だったよ」
「優秀な遊撃手も居たからな。感謝する」
「大したことはしていないよ。混乱したサハギンを各個撃破しただけだからね」
「こんらん?ブリッズおじちゃんサハギンはこんらんしていたの?」
ヒーラが不思議そうに尋ねてきた。
「そうだよ。お父さんの掛け声でロレン達が雷の魔法を使ったのは知っているよね」
「うん。すっごく大きな音がしてヒーラびっくりしちゃった」
「そうだね。凄い音だったよね。サハギンを倒す為の雷撃なら可能な限り海水に近付けて発雷させた方が効果的なんだよ。海水の中では雷撃の魔法の効果範囲は狭いからね。折角の中級魔法も水中では距離が開くと極端に効果が失われるんだよ…って難しかったかな?」
眉根を寄せて考え込むヒーラを見て9歳の少女にする説明では無かったと反省するブリッズだったがヒーラの質問で考えを改める。
「サハギンを倒す為だけなら雷撃の初級魔法をいっぱい撃った方がコウリツテキだったの?」
「…そう云う事だね」
「じゃぁ何で父様はロレン兄ちゃん達に中級魔法を使わせたんだろう。う〜ん。うーん。うぅん」
自らの腕から逃れ甲板にしゃがみ込み唸るヒーラを楽しげに眺めるラルバ。
「変わった親子だな」
様子を眺めていたブリッズがシモンズ商会の人間と同じ評価を下した頃、ヒーラは立ち上がると真剣な表情でラルバを見つめた。
「父様はロレン兄ちゃん達の中級魔法でサハギンを倒すつもりはなかったんだよね。別の目的があったんだね」
「うん、それで?」
ラルバが先を促す。
「だからね。雷撃魔法はサハギンを混乱させる為に使ったんだと思うんだ。ブリッズおじちゃんがサハギンはコンランしていたって言ってたし」
「そうだね。サハギンを混乱させる為に雷撃の中級魔法を放った事に間違い無いよ。何故だと思う?」
ラルバは親馬鹿な笑顔から打って変わって真剣な表情で更に問いかける。
流石に9歳の少女には難し過ぎるだろう、その問いに答えるには中級冒険者並みの知識が必要だと知るブリッズが助け舟を出すか悩む間にヒーラはポツポツと自分の考えを話し始めた。
「うーん。前に父様、海の中に居る魔物は倒すのが大変でコウリツが悪いってお話してくれたでしょ。だからねサハギンが海から出て来る様に魔法を使ったんだと思うの」
「そうだね。良く考えたね」
誇らしげに微笑むラルバ。
「少し難しいお話になるが父様の説明を聴きたいかな?」
「はい!」
元気に答えるヒーラの頭を優しくなでるとラルバは話し始めた。
「同じランクの魔物を比較した時に特定の場所に生息する魔物の方が危険度が増すことがある。海の魔物はその最たるものだ。理由は単純で剣や槍、弓での物理攻撃は勿論、魔法攻撃も海中に潜られると効果が薄いんだ。空気より水の方が重いのはヒーラも知ってるだろ?」
「うん。水牛の革袋に空気をいっぱい容れてもヒーラでも投げて遊べたけど水を容れたら全く持ち上がらなくなったの」
「そうだな。水は空気より重たくて硬いんだ。水面を叩くと跳ね返される感覚があるだろう。剣や槍、弓矢は勿論魔法も跳ね返されてしまうんだ。
火は水に弱いから説明を省くぞ。
風魔法は空気の魔法だから自分より重く硬い水の中には届かない。水魔法は魔力と推進力…一定の方向に進む力だな。これも水中では周りの水の重さに阻まれて直ぐに立ち消えてしまう。ここまではわかるかな?」
「うん」
元気良く返事をするヒーラを眺めながら子供相手に小難しい講義をする父親と小難しい講義を理解する娘を眺めながら、本当に変わった親子だなぁと思うブリッズであった。
「ここからは雷撃の魔法の話だ。ヒーラは嵐などで起こる雷と雷撃魔法には大きな違いが有るのは知っているかい?」
「お空の雷はジグザグに走るけど雷撃魔法は真っ直ぐに落ちるんだよね」
「おぉ〜良くお勉強してるな。そうだ雷は色々な方向に力を散らしながら動くが雷撃魔法は指向性を持たす事が出来る…簡単に言うと魔法を使う者の魔力によって発雷の方向を固定化出来る…さらに簡単に言うと魔法を使う者の思う方向に真っ直ぐに飛ばす事ができる…難しいか?」
「だいじょうぶ。父様お話上手だから」
「そうか。そうか。」
褒められて上機嫌のラルバは話を進める。
「水棲…水の中に住む魔物に雷撃の魔法が有効なのは間違い無い。実際、今日の雷撃魔法でサハギンを12匹倒している」
「…やはりか」
ブリッズは呟いた。
サハギンへの雷撃魔法の発射の合図やキラーシャークの迎撃のタイミング。幾らラルバが歴戦の冒険者でベテランの船乗りだとしても指示や行動がハマり過ぎている。余りに完璧な瞬間を捉えて指示や行動をする。まるで予め分かっているかの如く。
ラルバの強さの秘密は気になるが親友との仲と秤に掛ければ大した事ではない。
「まぁいいか」
ブリッズは自らの口癖である魔法の言葉を口にする。すると本当に大した問題では無い気になるのが不思議である。
「先ずはラルバ先生のお話を拝聴、拝聴っと」
戯けて呟くブリッズだった。
「ブリッズ、ブツブツ煩いぞ!」
波や風の音が渦巻く甲板の上で僅かな呟きを聞きつけるラルバの地獄耳に驚くブリッズを置き去りにしてラルバの講義は続く。
「雷撃の中級魔法の威力は絶大だ。海中であっても水深15メートルから20メートル位は殺傷力…ケガや死ぬ程のダメージを与える電気が奔っていく。だがサハギンは比較的知能が高いから雷撃魔法を警戒して基本散開…狭い範囲には集まらないんだ」
「でもさっきのサハギン達は集まってたよね」
「気が付いていたのか…そうだね。密集…集まらなくては駄目な状況に父様達が追い込んだからね」
「あっ!速度と距離だね!ずっと前の船乗りの人達とのミーティングで父様がお話してたやつだ」
ヒーラの発言に目を丸くして驚いたラルバだが次の瞬間、満面の笑顔でヒーラを抱き締めた。
「ミーティングに顔を出しているのは知っていたが話の内容を覚えていたのかぁ。偉いぞ、すごいぞ」
「分ったから。父様お話のつづき」
ヒーラがラルバの包容から抜け出しながら先を促した。
「どっちが大人なのやら…」
呟くブリッズを一睨みしてからラルバは話を続けた。
「海で魔物と戦うにしても逃げるにしても速度と距離が大切だ。速度を上げれば上げる程逃げやすくはなる。ただ無闇に速度を上げれば座礁であったり他の魔物と会敵する危険性が格段に増える。
相手の速度を見極めて最低限の速度で距離を取ることが大切だ。攻撃をするにしても逃げるにしても相手の攻撃範囲や移動速度、周りの障害物や周辺の魔物の棲息状況などをいかに広域に把握して判断するかが海の冒険者の実力だ。魔法や武器での攻撃はその後だ…すまん難し過ぎたか?」
難しい顔をしているヒーラを見てラルバは慌てた。
「大丈夫。今は周りに魔物は居ないね。キラーシャークも居なくなったし。サハギンは岩場…ガンショウ?に戻ってるよね。20匹位いるね」
「なるほど、父様の話を実践したのか…思ったより少ないな。」
ブリッズは驚いた。
ラルバは実践したと言った。
ヒーラは遥か彼方の岩礁に隠れたサハギンを感知したのか。そしてその事をラルバは受け入れている。
「流石にまぁいいかでは済ませそうにないかな」
「いい機会だ。後で話す」
呟くブリッズに視線を合わせラルバが答えた。
僅かな呟きがラルバには聴き取れているようだ。
「そこまで分かるならヒーラきちんと説明するぞ。キラーシャークを躱す為に今まで被害にあった船はサハギンに気付かずに岩礁に近付き過ぎた。だからサハギン達は包囲殲滅…周りを囲んで皆で攻撃ができた足止めをされて追いついたキラーシャークに船底の舵や揺れ止めの羽攻撃されて推進力を失い、沈められたんだ。」
「ラルバそれって」
たまらずブリッズが問い質す。
「情報収集は商人の基本だからな。出航前にアスラとの交易船の船乗りに話を聞いたんだ。するとここ1年位前から行方不明になる船が増えたそうだ。船の破片などが漂着する場所からハカリカとアスラの間の海域で難波、沈没している事は間違いない。ただ正確な場所と原因が解らなかった」
「なるほど。偶々じゃなくて此処を漁場にしていたんだね。」
「あぁ。岩礁に近付いた船を包囲して魔法攻撃を仕掛ける。
船が動けなくなったところをサハギン達の一部が看板へと乗り込む。
海上から魔法攻撃の援護を受けサハギンは甲板から船内への侵入を試みる意識が船上へと向いた頃にキラーシャークが船底に攻撃を仕掛ける。
中型船位ではひとたまりもないだろうな」
「ヒューベリー号をサハギンがホウイ出来なかったのは父様が船の速度を上げてガンショウから離れたからだよね」
「そうだ。サハギン達は水中を高速で泳ぐ時に魔力を使う。交易船には大抵、魔力感知に長けた航海士が乗っているからサハギンはギリギリまで岩礁に隠れ留まっていたはずた。ところがヒューベリー号が突然方位と速度を変えた。それでもサハギン達は自らの最高速度ならヒューベリー号がキラーシャークとの漁場を離れるに前ギリギリ間に合うと判断したのだろう。その判断は正解だ。ギリギリ間に合う速度と距離で航行したからな。 1秒も時間を無駄に出来なくなったサハギン達はいつもの広範囲の戦列ではなく一直線にヒューベリー号に向かわざるを得なくなった。必然的にサハギン達は密集して左舷前方にしか接近出来なくなった。」
「父様がロレン兄ちゃん達に迎撃の場所の指示を出したのはサハギン達がやって来る場所が解ってたんじゃなくて、そこにしか来られないように仕向けたって事なの?」
「そう云う事だ。機関長には雷撃魔法の発動を確認したらサハギンと同等速度を想定して維持するように指示を出してあった。泳ぐのに手一杯で魔法を打ち込む時間が無い。船首に回わりこんで速度を落とさせる事も出来ない。必然的に甲板に上がるしか選択肢が無い。船長には雷撃魔法を確認したらサハギンに気付かれない程度に海岸線に近付くように指示を出した。キラーシャークとの合流が遅れる様に仕向けた訳だ。サハギンはヒューベリー号の船首を抑えて速度を支配出来なかった時点で襲撃を諦めるべきだった」
「じゃあ何でサハギン達は襲撃してきたの?」
「サハギンはキラーシャークの知能には及ばないが賢い魔物だ。挟み撃ちが失敗と知った時点で襲撃を中止にするぐらいの判断は下せる。
今回はサハギンの襲撃失敗後に単独奇襲して来たキラーシャークが群れが近づいているとサハギンに誤認させたんだろうな。
俺達を逃がせば漁場の事がバレて使えなくなるからサハギンを捨て駒にしてでも俺達を始末したかったんだろう。
襲撃に失敗したからな、今日寄港するムロトの町で商業ギルドと冒険者ギルドにはサハギンとキラーシャークの連携の話は報告するつもりだが討伐されるのはサハギンだけでキラーシャークはもう現れないだろう」
「そんなにキラーシャークは賢いの」
ヒーラが驚きながらラルバに質問するがブリッズも同じ気持ちだった。それじゃあまるで…
「人間を相手にする位の気持ちじゃないとの足元を掬われるぞヒーラそれにブリッズも」
ブリッズに視線を置きながらラルバは話を続ける。
「海の魔物の中で人間を最も殺しているのはキラーシャークだと言われている。
行方不明の船舶の半分位にキラーシャークが関わっていたとしても俺は驚かん。
シーサーペントや海竜、セイレーンなど海には危険な魔物は山ほどいるが人間を付け狙って襲撃してくるのはキラーシャークだけだ。奴らはなぜだか知らないが人間を目の敵にしている」
「父様。雷の魔法はぁ〜」
「すまんすまん。話が長くなったな。話しを戻そう。
電撃魔法でのサハギン最前列への先制攻撃の効果は先程話した通りだ。
それと併せて俺が狙ったのはサハギンの聴覚だ。知っての通りサハギンは陸上でも生活する。その為に聴覚が人間に近い形で発達しているんだ。そこを狙った訳だ」
「聴覚って耳の事だよね。」
「そうだ。大きな音は海中でも遠くまで届くんだ。出来るだけ真っ直ぐ、出来るだけ速く落雷させることで轟音が響く範囲が広がる。音でサハギンの耳を攻撃したわけだ。至近で聞いたサハギンは聴覚を破損し、広範囲のサハギンの聴覚が一時的に麻痺した」
「お耳が壊れたら混乱するのは解るけど、麻痺しても混乱するの?」
「魔物学者の研究書を信じるならサハギンの視覚は陸上向きで水中で速度が出ると役に立たない。
奴らは水中ではどうも聴覚を使って距離を測っている様だ?
周りが見えなくなるから慌てて海面に上がり、眼の前に見える甲板に跳び乗る訳だから隊列、タイミング、連携など皆無…全くない。だからエンデヴァーやロレン、ブリッズに容易く討ち取られた。
|サハギン程度の魔物でも数と連携は脅威だからな」
「やっぱり父様は凄いの!」
ヒーラがラルバに飛びつく。
デレデレの笑顔で受け止める色々残念なラルバだが暫くすると真剣な顔でヒーラを見つめた。
「この作戦は水中だけで生活しているものには通じない。
キラーシャーク達も視力以外で空間…周りの状況を知る術を持っているらしいがサハギンのそれとはちがうそうだ。
ヒーラ。戦いに限らずに物事や他人の事は可能な限り興味を持つ事だ。
お前の将来には困難が待っている。だから知って調べて考えて、できる限りの準備、練習、作戦を練るんだ。父様、母様、兄様、姉様が持つ全てをお前に授ける。大変だが頑張るんだぞ」
「はい!」
何か大変な事情がありそうだと押し黙るブリッズ。
そんなブリッズを見やりラルバが声を掛ける。
「ラーセル領に移るかどうかは別にしてお前には随分世話になっているからな。良い機会だ少し込み入った話をしてもいいか?」
いつにない真剣さを感じここは茶化すべきではないと感じたブリッツも真剣に答える。
「ああ。構わないよ」
「すまんな。ヒーラを送り母親の元に連れて行ったら船室に顔を出す」
「分ったよ。じゃあ僕は先に船室に戻っているよ」
船室に向かって歩き出すブリッズだったがやおら振り返りロレン達と話をするラルバに声を掛ける。
「そういえばラルバ。ケイン様が開発を進める外洋貿易船にはサハギン対策の音波爆弾とキラーシャーク対策の魔波爆弾が搭載されるから1度見せて貰うと良いよ」
大声でラルバに伝えたいことを捲し立てブリッズは悪戯に成功したような満面の笑みを残して船室へと去っていった。
「あの悪ガキがぁ~。子爵家の次男坊は何者なんだ。博識のレベルじゃないだろ。下手したら次代の英雄レベルだぞ」
「ヒーラ、父様はブリッズと話が有るから母様のところに戻るぞ」
「はい父様」
素直に頷くヒーラの頭を撫でながら、ブリッズには早急に色々話さなくてはと思うラルバであったがヒーラを留め置いたまま戦闘を行った事について、この後妻と上の子供達を交えて長く厳しい話し合いが持たれブリッズの元に辿り着くのに2刻を要するのであった。
先程の戦いなど無かったかの如く海は穏やかで空は晴れている。




