第十九話【リンカ王国の隆盛と滅亡:王都占拠】〜傾国の鉄宰〜
〜伍長視点〜
旧リンカ領の西端、現フラシリカ東部辺境領にいる時からこの探査遠征は変だとは思っていた。その考えはある意味正解ではあったが、旧リンカ領を進むにつれて俺の想像をはるかに超えて深刻になっていった。周りの兵士達にも言葉にならない不安が大きく広がっていく。
「伍長、報告します。住民の姿も、その生活痕も見つかりません………」
兵士長が周りの目がある為、軍規に則って詳細な報告を上げてくる。報告を終えた兵士長は困惑を深めた表情で、小声で一言添えた。
「ここももぬけの殻です」
「ご苦労。上に報告をしてくる」
込み上げる溜め息をどうにか堪えて答える。まぁ他の部隊も似たようなものだろうがな。
上への報告が終わり部隊に戻ると、兵士長がやって来た。毎度報告を終えるのを待ってはいたが、表情は日に日に深刻なものへと変わっている。特に旧リンカ領内に入ってからは鬼気迫るものに変わり、待っているというよりは、待ち構えていると言う方が正しいかもしれない。
「伍長、どうでした?」
ここ最近聞き飽きた言葉に、こちらも言い飽きた言葉を返す。
「予定ルートを通り、逐次探査の一点張りだ」
溜め息を吐き出す兵士長には悪いが、今後の予定変更を告げる。
「ただ…。この後は予定通り中央部の旧臨時王都アウラ・ピ・シュルに向かう」
俺の言葉に驚きの表情を一瞬浮かべた兵士長だが、直ぐに苦虫を潰したような顔になった。
「…予定通りですか。俺は初めて聞きましたが」
「ああ、予定通りだ。たとえ下っ端の俺達が知らなかったとしてもな・・・。軍議の感じだと最初から想定されていたようだ」
探査部隊が国元を発つ時に、下っ端の俺達に下知された内容は、旧リンカ領を東進して可能であれば王都マウリ・ピ・シュルに向かうというものだった。
行軍の目的は残存民との接触して現状確認を行うことだ。場合によって救助も行うという人道的な建前だった。
今のところ残存民どころか、リンカ領内で生き物にさえも出会ってないが。
「いよいよ魔力欠乏の影響が強くなってきましたし、このまま東の王都へ向かえば数日のうちに魔力欠乏症の人間が出てくることでしょう。それよりはマシな判断な気はしますが…嫌な感じです」
上層部の批判とも捉えかねない発言だが、二人だけの会話だ、目をつぶろう。それだけ兵士長にも余裕がなく、恐らく俺にも余裕がないということだろう。
「辺境伯領から旧リンカ領内に入って10日が経つというのに、誰にも会うことがない。誰が考えても異常だろう。領土は精霊の加護を失い、草木の1本も生えていない。これではまるで…」
「焦土作戦ですか。ここまでの規模で徹底された焦土作戦なんて聞いたことがありませんよ」
言い淀む俺の言葉を切れ間なく言い継ぐ兵士長も同じようなことを考えていたのだろう。
徴発兵を含む歩兵部隊の行軍速度が日に20キロ。常備軍の歩兵部隊でも日に25キロ行軍が精々だが、魔力特化の精鋭部隊であれば身体能力の強化で日に30キロの行軍が可能だ。集落の探索に掛かる時間を差し引いても10日間で200キロ以上は移動しているはずだ。
その間リンカ領内は至る所がひび割れ、大地が悲鳴を上げ、作物どころ雑草さえ禄に生えては居ない。当然の如く人も居らず、この状況下では現地徴発など不可能だ。
この歪な行軍を支えているのは潤沢に用意された物資と各集落に残る深井戸だ。幸いにも水が有り、飲料も可能な為、行軍が出来ている。これが万が一にも水が無ければ詰んでいる。
「負け戦の様な気配がしますね」
考え込む俺の横で兵士長が呟いた。
その言葉は行軍準備を始めた喧騒に紛れて、二人以外の誰に届くこともなかった。
翌々日、部隊は旧リンカ中央の臨時王都アウラ・ピ・シュルの街壁を視認した。
「あれが……」
兵士長が息を呑んだ。
遠目には臨時とはいえ王都の名に恥じない巨大な城塞都市に見えた。周囲の荒廃した大地とは異なり、特別な建材で造られているのか街壁は白く輝いている。
だが街に近づくにつれ、その光景は期待から戦慄へと変わる。城壁は確かに立派だった。しかし、あまりにも静か過ぎた。
旗が揺れる音もない。衛兵の姿もない。物見の塔に人の気配もない。
「伍長、ここも静かすぎますね。これだけの都市で音一つしないなんて…」
それは異様な光景だった。
城壁には苔の一つも生えていない。
来訪者の入管に使用していたであろう外門脇の番小屋の中も綺麗に片付けられており椅子、机もそのまま置かれていた。
人だけが存在しない世界。
「…」
言葉も無く上官の指示を待ち続ける。
すると突然、辺り一体に轟音が響いた。
「なんだ?」
すわ敵襲かと兵士長は鋭い目つきで音がした方向を睨む。そこで目にしたのは街を守る大門が破壊された景色だった。
「慌てるな兵士長。おそらく馬車群に積まれていた特殊資材を使ったんだろう」
探査部隊が街に到着して直ぐに他国の部隊の馬車から降ろされた資材は、掘削用ではなく破壊工作様の魔導具だったのだろう。
大門とは自陣を挟んだ逆側には特殊な障壁や見張り兼弓兵が登る簡易的な台座が組まれている。
アウラ・ピ・シュルは解国したリンカ王国の臨時とはいえ王都だ、残存者の確認もそこそこに門を破壊するなど暴挙以外の何ものでもない。
「伍長、これは探査行動なんかじゃない。侵略行為だ」
兵士長の非難の言葉を肯定するかのように隣国の大盾を持った歩兵部隊と瓦礫を片付ける工兵が前進を開始した。
兵士長が呆然と見つめる中、歩兵隊は速やかに街壁を潜ってすぐの場所で扇形に展開した。
その後方には烈国の騎馬隊が集結を終えつつある。
「歩兵隊!騎馬隊の縦列陣形後方を補強するぞ。二縦列にて準備!」
聞き覚えのある千騎長の声が辺りに響き渡る。皆戸惑いながらも最精鋭の部隊だけあり瞬く間に陣形が組み上がる。烈国の騎馬隊が進む後を部隊は続く。
破壊された街門を潜り、直ぐの防衛用の広場に辿り着くが、此方の暴挙を嘲笑うかのように何処にもリンカの兵はいない。それどころか人っ子一人姿はない。
反撃も無くようやく落ち着いて周りを見渡す。まず目に飛び込んでくるのは、都市を取り囲む巨大な街壁の内側の威容だ。外側とは違う高く分厚く積み上げられた石と煉瓦で造られた壁は、古くからの戦役を耐え抜いて来た時の流れを感じさせ、重厚な影を地面に落としている。
数カ所に設けられた街門は、防衛のために多重構造になっており、その威圧感は外部からの侵入を拒む明確な意思表示を感じる。もしも防衛戦が行われていれば多数の犠牲者を出していただろう。
城壁の上には、塔が等間隔に配置されている。見張り台として外側に視線を向ければ探査部隊の存在をかなり前から察知出来たはずだ。監視台として視線を街なかに向ければ此方の陣容など裸も同然で機先を制した反撃も望めそうだ。
城郭内の景色は、壁の外の世界とは一線を画している。主要な大通りは碁盤の目状に整然としているが、防衛上の理由からかその他の街路は迷路のように張り巡らされ広がり、わざと曲がりくねり、敵の侵入速度を鈍らせるように複雑に構成されている。
街路沿いには密集して建ち並ぶ家々、大通り沿いには商店や職人の工房がひしめき合い、元々の活気を感じさせる。木造や土壁の伝統的な建築物が多いが、行政を司る建物とおぼしき建造物は石造りや豪華な装飾でひときわ大きくそびえ立ち、都市のシンボルとなっている。
所詮辺境の国の臨時王都と侮っていたが烈国の主要都市にも並ぼう発展ぶりだ。
さらに視線を上げれば、都市の中心には王宮が目に入る。他国の王宮に比べればかなり小さな建物だが石垣の上にそびえるその姿は、リンカ王国の歴史の象徴であり、圧倒的な存在感を放っている。
防御のための構造と人々の生活の場が見事に融合し、歴史の重みと、そこに暮らす人々の営みが共存する、独特で力強い景観は臨時とはいえ王都相応しく思えた。
だが王都なればこそ放棄されたとしても廃墟の喧騒があるはずだ。風に運ばれてくる埃や腐臭、あるいは暴動の残骸、野盗の影があるはずだ。しかし―――何もかもがなかった。
突然そこに暮らすすべての人間が一斉に引っ越しでもしたかのように、不自然なまでに生活の痕跡は無く街だけが綺麗に残されていた。
「伍長は今回の件、ご存知だったんですか?」
不気味な街を探査する未だ武器を構えたままの部隊の中で兵士長が小声で問う。
「末端とはいえ貴族籍に名を連ねてはいるからな。綺麗事では無い事態も想定はしていたがここまでとはな」
伍長は吐き捨てるように呟いた。
「…」
それきり二人は会話を交わすこともなく。
王都占拠は静かに完了した。
秋を迎えつつある空は只々青く澄み渡っていた。




