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第十六話【リンカ王国の隆盛と滅亡:解国】〜傾国の鉄宰〜

 リンカ王国宰相は、臨時王都アウラ・ピ・シュル郊外の小高い丘の上に立っていた。その出で立ちは、凡そ貴族のものとはかけ離れている。

薄手のくたびれた革鎧の上に色落ちした深緑の外套を羽織っている。


 異装の宰相は、晴れ渡り視界を遮る物のない丘から遠く大海を眺めていた。マウリの丘の初夏の風物詩だった朝靄も今は現れない。精霊の気配も失われつつ有る。

大海手前の平地には封鎖された王都マウリ・ピ・シュルが広がるが、あまりに遠く、城壁らしきものが朧げに見える程度だった。

 しばらく王都を眺めた後、宰相が静かに振り返る。丘の頂きには白い岩が幾つも規則的に組み置かれていた。大理石と石灰岩を使ったそれは初代リンカ国王が天上より王錫を得たと伝わる石舞台を模していた。

 吸血鉱の影響で魔力欠乏が猛威を振るう王都マウリ・ピ・シュル近くの高台には、この数十倍の規模の石舞台があり、歴代のリンカ国王が埋葬されていた。

 封鎖された王都に戻る事は叶わず、急遽建造された()()は自らが仕えた王が眠りるには余りにも小さい。

 これが諸外国の()()()()に対する評価とされるかと思うと掻き毟る様な苛立ちを覚えていた。


「そろそろ…」


 宰相の後ろに佇む人物が声を掛けた。

薄い革鎧に色褪せた赤い外套を羽織り砂漠の民が纏う巻布で頭部を覆ったその風体は宰相によく似ている。


「…わかりました」


 応えた宰相が右手を挙げると丘を少し下った所で待機していた黒色や茶色の外套を纏う者達が墓所へと向かった。

20名程の異装の集団は各々が鉄杭や金槌を振るい墓所を破壊し始める。辺りに岩を砕く音が響きわたる。

 墓所が砕かれ荒れ果てる様を深緑の外套と赤い外套を羽織る2人はただただ眺め続けた。

 小さくも静謐な空気を漂わせていた王墓は日が中天に掛かる頃には見るも無残な廃墟と化した。


「万事滞り無く。全て暴き終えました。遺装等も全て積み終えました」


 墓所を破壊して回った集団の中で一際体格の良い黒の外套を羽織った男が丘を下り2人に声を掛ける。


「…石室は?」


「二室共に棺諸々…入念に荒らしてあります…」


 問うた宰相と答えた男、2人の空気は重く、互いに辛そうに見えた。


「それでは参りますか。日が長くなったとはいえ距離もあります。今日中には川を越えねばなりません。天気が良いのがせめてもの慰めですな。まぁこの辺りも今では一月待とうが雨は振らず、晴天続きですが」


暗く張り詰めた雰囲気を断ち切るような軽い調子で赤い外套の人物が声を掛け先んじて丘を下って行く。それを眺めながら2人も気分を切り替える。


「閣下、そろそろ参りますか?」


黒い外套の男が声を掛ける。


「そうですね」


 宰相は今一度振り返り彼方の王都を数瞬眺めやった。その後は静かに荷馬車に幌を立てただけの粗末な馬車に乗り込む。

赤い外套の人物も先に乗り込んでいたようだ。二人を確認した黒い外套の男が声を上げる。


「全員出立」


「「はっ」」


 馬に乗る者、馬車を操る者、荷馬車の中に座る者、総勢21名が臨時王都アウラ・ピ・シュル郊外の丘を下り北東へと向かう。リンカ最後の国民である彼等の逐電により王国の歴史は静かに幕を閉じた。


 宰相達が逐電してから2ヶ月程経った頃、リンカ王崩御の報せを受けた周辺諸国の反応は様々であったが、最終的な対応は総じて黙殺もしくは静観となった。

 理由は多様だったが大きな要因の一つは国王崩御の報が間者や商人などからの報告に留まり、正式な書簡や使者が訪れなかった事だ。


 リンカ王は老練な為政者であった。斜陽の国となったリンカが大乱なく治まっているのは王の手腕が大きいことは誰もが認めていた。その老王を亡くした今、正式な国王の崩御の報も王太子即位の情報も上がって来ない。

リンカ王国の外交能力の低下か、王太子が即位出来ない程に混乱しているのか、あるいはその両方か。

 王国は既に死に体であり、一地方程の影響しか無いと軽んじる風潮が周辺諸国には蔓延していた。

 魔力欠乏が治まらず精霊の加護をも失ったリンカ領に危険を冒してまで侵攻する意味はない。有能な間者を危険に晒す益もない。その風潮は烈国が魔法白銀増産ミスリルラッシュ渦中にリンカ国内は勿論自国や周辺諸国に作為的に流し続けた征伐論や融和論情報と複雑に結びついた。

 当事者の手を離れた世情誘導、人心の操作は20年以上に渡って政争渦巻く外交の荒波を乗り切って来た1人の老人の手によって新たな潮流に変化していった。

そして烈国の謀略を利用して()()()()()()()()()リンカ国王最後の一手が水面に湧き出る泡の様に静かに波紋を広げ始める。


 魔力欠乏禍の後のち、リンカ商人のほぼ全てが拠点を他国へと移し、農民たちも多くが移民となった。官吏や軍人達でさえ国を離れる者は少なからずいた。一部の上級軍人や高位官吏の中には忘恩の徒と成り果てて国家機密を手土産に周辺諸国に身売りする者まで出る始末だった。それでも国王はよく国を纏めていた。その老王の死がどう影響するかはまだ分からない。



〜リンカ王国西部〜


魔力欠乏禍の直接の影響を逃れたそこには複数の街が変わらず存在しており十数万人の民が暮らしていた。


 リンカ国王崩御の報が齎された数カ月後、烈国や周辺諸国がリンカ西部に潜伏させていた間者から同様の報告が上がり始める。それはリンカ中央から西部に向けて難民が流入しているというものだった。現状を考えれば当然予想される事であったが問題は人数と異質な編成にあった。

 難民は凡そ1000人から3000人程度の集団に分かれており。全ての集団が高位官吏や上級軍人よって率いられた王国軍によって警護されていた。更に驚くべきことに多くの部隊が兵站をも随伴させており整然と移動する様は複数の間者が『町をそのまま移動させているようだ』と報告していた。


 各国の間者の報告に烈国や周辺諸国が混乱するなか新たな情報が齎される。


『リンカ北部の民2万人以上を率いて辺境伯がリンカ西部最大の都市オズイ・ミヤルに現れた』


その情報は諸国の首脳部を愕然とさせた。

 過去に聞いた事の無いような難民の数は勿論だが注目すべきはそれを率いた人物であった。辺境伯は崩御した老王の長子であり王太子と王太子の嫡男に次ぐ王位継承権第3位のリンカの重鎮だ。そんな彼が何故王都では無く西部に現れたのか。多くの憶測呼んだが皆が納得出来るような答えは見出せなかった。

その疑問に答えるかの様な布告がされたのは2万を超える民を率いて辺境伯が現れた4ヶ月後、移民の受け入れが一段落したある風の強い日だった。



〜布告〜


一.リンカ王国は王国暦437年を以て解国するものとする。


二.旧リンカ王国西部はフラシリカ王国へと併合されるものとする。


三.聖火暦1261年より旧リンカ王国西部は名称を『フラシリカ東部辺境領』と改め、領都をオズイ・ミヤルとする。


4.フラシリカ王国は旧リンカ王国中央部、東部、及び北部の両有権を放棄する。


〜以上〜



旧リンカ西部の領内全てで同様の布告がなされる中、烈国や周辺諸国にも同様の親書がフラシリカ王国より齎された。


「どういう事だ」


言語や言い回しは違えど親書を受け取った各国首脳部の感想は戸惑いと表現されるものだろう。

 敗戦国が無条件降伏する事や軍事力により占領される事ならば今の世では珍しくも無い。

しかしリンカ王国は占領されていない。それどころか侵略さえもされていない。

領土を手放すなど、ましてや国権を放棄するなど有り得ない。

 老若男女問わず土地に縛られる者は多い。それは烈国も周辺諸国も変わらない。いや権力に近い者ほど土地に、領土に縛られている。そんな者達の理解の外にリンカは立っている。強大な力を持つ烈国の首長でさえも亡国の老王の影に言い知れぬ不安を覚えた。


 その後、烈国や周辺諸国の警戒を嘲笑うかの様にリンカ西部の併合は成され穏やかな時が流れる。

 破壊活動も反抗活動もない、ただリンカ王国だけが無くなり風化していく日々が丸三年を迎え、季節は真夏へと差し掛かりつつあった。










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