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第十話【巡検使ヒーラの父ラルバ・シモンズの旅立ち:後編】〜傾国の鉄宰〜

 少し疲れたようなブリッズを前にラルバが声を上げる。


「すまんな、接岸までには話終わる。

一括りに精霊の加護と言っても色々でな、地水火風の四大属性以外にも僅かだが他の属性の精霊も存在して加護を与える場合が有るそうだ。

 闇属性や光属性などは教会が出張ってきて厄介だと聞いた事がある。

幸いウチの子供達は普通に四大属性の加護だから問題は無いんだが」


「精霊の加護を得ている時点で大いに問題なんだよ。まったく」


 ブツブツ呟くブリッズ。

無視して話を進めるラルバ。

2人の間ではよく有る事だが信頼を寄せた間柄だからこそ成立する光景でもある。


「ブリッズ、精霊に位階が有るのは知っているか?」


「精霊王と大精霊は聞いた事がある程度だよ」


「概ね合っているな。古来から精霊は精霊王様と大精霊様、そして()()()()に分けられていた。

 精霊研究者達が()()()()をわかり易くする為に上級精霊、中級精霊、下級精霊に分け始めたのは近年になってからだ」


肩を解しながらラルバは話を続ける。


「精霊達は存在する場所や年月によって成長して力をつけていく。

学者達が下級精霊と呼ぶモノと上級精霊と呼ぶモノでは大人と子供以上の霊力の差がある。

 中級精霊以上になれば加護を与えた人間の言葉を明確に理解すると言われている。

上級精霊ともなれば人間の言葉を話す事も可能だそうだ」


 ブリッズの様子を観て話を理解していると判断したラルバは更に話を進めた。


 「しかし、そんなことは()()()()だ。精霊王様と大精霊様の霊力は圧倒的で他の追随を許さない。

昔精霊の森に手を出して滅んだ都市の話を知っているか?」


「勿論、100年以上昔の工業都市旧デオロートの話だろ。

 風の大精霊の怒りを買って巨大な竜巻が街を飲み込み、一ヶ月に渡り大風が吹き荒れて街の全てがなぎ倒された。

助かった者達は街の破棄を決断し精霊の森から数十キロ離れた平原に新たな街を作るしか無かったって…幼い頃何度も聞かされたよ」


「ほぼ正解だが1つだけ大きな間違いがある。街を滅ぼしたのは()()()()()()()()

学者達の分類する上級精霊だ」


「上級精霊で…街を滅ぼせるのかい…それじゃあ大精霊や精霊王ってどれ位凄いんだよ。正直僕には想像がつかないな」


「俺も精霊王様の御力は想像できんな…。大精霊様の御業であれば…赤竜砂漠の東に【不要の地】と呼ばれる地域があるのを知っているか?」


赤竜大陸(この大陸)の東南端にある不毛の大地だろ。勿論知っているさ。

 四大陸で最大の赤竜砂漠にさえオアシスは存在するし鬼サボテンや一部の植物は生えるている。動物や魔物だって生息している。

 だが【不要の地】は馬車で5日旅を続けて黒龍の大海に面する海岸線まで辿り着くまでの間に広大な平野と急峻な山岳地帯が有りながら植物どころか虫や魔物さえも生息していない」


「あぁそうだ。地理に明るいブリッズなら疑問に思った事はないか?

リンカ渓谷を挟んで北にあるゼレス共和国南部は豊かな穀倉地帯が広がっている。

【不要の地】の西側のワライ海王国の北部にしても赤竜砂漠に突き当たる丘陵地帯は牧草地が広がっている。

気候を隔てる様な山も海も存在しない。にも関わらず何故【不要の地】だけが()()()()()()()雨が降らないのか」


「…大精霊の仕業だと言うのかい。まさか一国を滅ぼす力があるなんて…」


「あぁ大精霊様の御業だと聞いている。凡そ300年前、海洋国家リンカ王国が存在した場所だけが300年間1度として雨が降っていない。1度もだ。自然現象とは到底思えない」


「天変地異や神話レベルだね。真実だとしたら大精霊はなんでそんな事をしたんだろう」


「リンカ王国の人間が海を汚したからという資料が残っている。

 当時は魔法白銀(ミスリル)の鉱脈がリンカ国内で発見されてかなりの産出量だったらしい。

拙かったのが魔術師と技術者が足りず魔法白銀(ミスリル)精製後に残鉱を中和せずに海に捨てていた事だ」


「それは酷いな」


 魔法白銀(ミスリル)は魔力との親和性が高く、軽量で硬質。

剣や槍に使用することはもちろん、魔法用の杖や魔法具など色々なものに使える希少金属である。

 ただ現在でも精製後の残鉱物処理が大変でミスリ金属の価格の半分近くが廃棄物の処理代と言われる程である。


 ミスリル精製後の残鉱物は吸血鉱と呼ばれ放置すると周り人々が体長を崩したり農作物が異常が起こすなど深刻な被害が出る事はこの世界に住まう者達にとって常識である。


 多く人命を奪い、災害をもたらした魔法白銀(ミスリル)精製だが350年前2人の天才の登場によって状況が一変する。

 エルフの錬金術師レーエルが魔法白銀(ミスリル)中毒の原因が吸血鉱が近くに有る物全てから魔力を吸収する事だと解明したのだ。

 

 魔力不足に陥った人間や農作物は外部から魔力を集めることも出来ず不足した魔力を自力で賄おうとするが追い付かず日に日に衰弱していき終には死に至る。

 

 中毒の原因を突き止めたレーエルはその後ドワーフの精錬師アイゼンと共に10年の歳月を掛けトレントから取れる魔石と吸血鉱を合成する事により無属性の魔石に変質させる中和方法を確立した。

 天才2人が生み出した中和方法はレーエルアイゼン中和法と呼ばれるようになる。


 その後レーエルアイゼン中和法の研究は更に進み火属性と風属性の合成魔法、地属性の魔石と精製炉を使用する事で安定した中和が可能となった。

中和で生み出される無属性の魔石は魔力を注ぐ事が出来ない特異なものだった。半透明で硬質な為、転用する用途も無いので偽水晶と呼ばれている。

 

 レーエルとアイゼンの2人がそのまま研究を続けていれば新たな中和方法を確立出来たかも知れないがその機会は突然に失われる。

レーエルとアイゼンの才能の独占を目論む国家間の争いに嫌気がさした2人が忽然と姿を消したのだ。

その後、偽水晶の処理方法は300年間埋め立てとされている。新たな中和法を見つけ出すような天才はまだ現れていない。


 レーエルアイゼン中和法が確立して間もない300年前では吸血鉱の中和効率はまだまだ低く費用は高額であった。

何よりも中和するための技術者と精製炉が極端に不足していた。

この打開策としてリンカ王国が打ち出したのが吸血鉱の外洋への廃棄だった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

レーエルとアイゼンは対立関係になりやすいエルフ族とドワーフ族でありながら中和方法の確立後に夫婦となった。

その為女性には恋愛の神様的な人気があり2人の工房の紋章は今では恋愛の御守に刻まれている程である。本人達の了承もなく。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 吸血鉱の外洋への廃棄という暴挙に呆れ果てたブリッズにラルバがリンカ王国滅亡の概略を語り始めた。


「300年以上前に赤竜大陸の東南端にリンカ王国と言う農耕国家が存在した。

 ある年、リンカ王国で大規模なミスリルの鉱脈が見つかり王国は魔法白銀増産(ミスリルラッシュ)に沸いた。

 ミスリルが増産される中、王国は深刻な問題に直面する。ミスリルの精製を開始したはいいが吸血鉱を中和する為の人も設備も数が足りなかったのだ。

 当初は国を上げて中和施設の拡充を目指したが元々がのんびりとした農耕国家リンカ王国だ結局は設備も人も足りないまま中和処理が追い付かなくなった。

 事ここに至ってリンカ王国は悪魔の手段に出る。

ミスリルの精製量を落とさず利益拡大が見込めるとして吸血鉱の海へと投棄を決めたのだ。

 当然諸外国からは強い反発があったが魔法白銀増産(ミスリルラッシュ)で得た資金力を背景に他国の反発は黙殺され吸血鉱の投棄が開始された」


 ラルバの吟遊詩人の如き朗々とした語りは尚も続く。

 

 「月日は流れミスリル鉱脈発見から数年が経ち国力増大が続くリンカ王国は諸外国や聖火教からの警告を無視して吸血鉱の投棄をつづけていた。

 そんな状況下でリンカ王国内で精霊が関わる事故や悪天候が頻繁に起こるようになる。

中には上級精霊が関わったと推測される大規模災害までもが散見され始めた。

それでもリンカ王国はミスリルの増産と投棄継続による利益で精霊の起こす問題をのり切り続けた。

 

 更に月日は流れて吸血鉱による海の汚染が看過でない程に深刻になりつつある、そんな折に大精霊からの霊託が下された。

霊託を受けた聖火教は最高幹部である主教を派遣して吸血鉱の投棄停止の最後通告を行ったがリンカ王国は霊託(これ)を拒否した」


「聖火教の霊託が拒否されたことがあるなんて 初めて知ったな」


ブリッツの感想を横にラルバの話は佳境を迎える。


 「王国が聖火教からの最後通告を拒否した翌日、突然【水竜の海】から【黒龍の大海】向う海流が蛇行を始める。吸血鉱の投棄をしていた海域が陸に向う海流に変化した為にミスリルの投棄が難しくなった。

 周辺国は精霊の怒りだと改めてリンカ王国を非難したがミスリルの熱狂に取り憑かれたリンカ王国は全てを無視。

新たな投棄海域を選定して吸血鉱の投棄を再開した。 


 そして悲劇が始まる。

吸血鉱の投棄を再開した当にその夜に晴天無風の穏やかな天候にも関わらず海だけが一晩中荒れ狂った。

後に【静寂の嵐】と呼ばれるそれによりリンカ国民は精霊の力を目の当たりにした。

 嵐の翌朝、王国王都マウリ・ピ・シュルの港湾には今まで海に投棄し続けた吸血鉱が山となって打ち上げられていたのだ。

魔力が少ない人間であれば即死してもおかしくない魔力の枯渇禍が王都一体を包みこんだ。

 リンカ国王は王都の一時閉鎖を決断、王国北部の直轄地に臨時王都を設ける。ここに来てようやくリンカ国王は吸血鉱投棄の中止とミスリルの減産を決定する。

王都の吸血鉱の山と新たに精製されるミスリルの吸血鉱の同時中和策が推し進める事になった。


【静寂の嵐】以降、今までの精霊騒ぎが嘘の様に天候は静かになり、リンカの国民は一時の平安を手に入れた。

しかしそれも長くは続かなかった。

晴天が10日も続くと急激にリンカ国内で不安が広がった。

農耕国家リンカにおいて今まで国中に風が吹かず、雨が降らない日が10日も続いた事が有っただろうか?

リンカ国中に不安が広がり街中で囁きが溢れる。


『リンカ王国内から精霊は去ってしまった』


『リンカは精霊の加護を失った』


 リンカ国王の判断は遅過ぎたのだ。

既に大精霊は決断を下していたのだ。

 程無くして国王の元に精霊の加護を失った精製炉でミスリルの精製が出来なくなったとの連絡が届いた。

 国王は買い叩かれるのを覚悟でミスリルを原鉱物のまま輸出する計画を立てる。

 海流が変わってしまった海路での輸送は困難な為、陸路での輸送が計画された。

しかし精霊の加護を失った土魔法は弱体化しており、大陸随一の規模に迫りつつあった貿易路は荷馬車の重みに耐えることが出来ない砂岩の道になってしまった。

 変わり果てたリンカ王国の交易路を見た商人達は大精霊の霊罰を恐れリンカ王国から離れて行った。

 その後もリンカ王国は国を挙げてあらゆる対策を講じたが神雷に傘をさすが如く全てが徒労に終わった。

 精霊の加護とミスリルを失ったリンカ王国。

食料も水も金もないリンカ王国は衰退の一途を辿った。民心は離れ皆、新天地を目指し故国を捨て去っていった。

 わずかに残った家臣と国民をまとめた国王も失意のうちに病没する。

要を失った家臣達もいつの間にか姿を消した。その後リンカ国王に即位する者は現れずひっそりとリンカ王国は滅んだ」


 ラルバが語るリンカ王国の滅亡の内容は大陸中を渡り歩いてきたブリッズをして聞いた事も無い程に詳しい内容であった。

「想像してた。滅び方と違うんだけど…緩やかに滅ぼすというのも凄いね」

 

「リンカ王国を滅ぼしたは水の大精霊様だからな。

水の大精霊様は穏やかで思慮深いとされているから国を滅ぼすというよりは海を汚す海底に沈んだ吸血鉱を纏めてリンカ王国に返すのが第一の目的だったのだろう。

 吸血鉱の魔力の吸引が酷過ぎてリンカの地の魔力減少が続き精霊達にも影響が出るから全ての精霊を退避させたと言うのが実情らしい。

海を汚し過ぎたリンカ王国の自業自得だな。

 これが火の大精霊様なら聖火教の経典にある【裁きの白炎】の再現が起きたかもな」


「【裁きの白炎】人の死の始まり、消えない炎かぁ。嫌だなぁ想像しただけで震えがくるよ。

 今もリンカの地が砂漠のままなのは何でだろう。

リンカ王国は滅んだ。住む者さえ存在しない。霊罰は充分下されたと思うんだけど…水の大精霊は穏やかだけど執念深いとか?」


沈んだ気持ちを盛り上げるように少し巫山戯て話をするブリッズだったが。


「水の大精霊様は吸血鉱が無力化したらリンカの地に精霊を戻すお積もりらしい。100年先か200年先かは判らんがな」


 世間話のように最適解を話すラルバを見やり恐る恐る口を開くブリッズ。


「ラルバ、リンカ王国の事についてやけに詳しくないかな?

そして間もなく着岸する時(このタイミング)に詳しく話す必要があるのかな?嫌だなぁ。嫌な予感しかしないなぁ〜。航海に出てからずっと嫌な予感しか当たらない気がするよ。

僕はつくづく陸路の行商人が合ってるんだね。これからの旅は全て陸路で行くことにするよ」


 ブリッズの嘆きなどお構いなくにラルバの話は進んでいく。


「リンカから避難した者達が作った町が俺と(ローラ)の故郷だからな昔話や吟遊譚なら五万とあるぞ。

 初代の町長(まちおさ)ソブレ様は王都マウリ・ピ・シュルの大司教だったお方だからな詳細な内容の本も幾つかはある。1冊私室に置いてあるから航海中なら貸してやるぞ。

 ()()()()()()()()()()読んでくれ」


「こんな話をしていて覚悟も何も有ったもんじゃないよ…後でしっかり読ませて貰うよ。

それよりもラルバとローラが同郷なのは知っていたけどリンカ王国の事は聞いたことが無いよ」


「声高に言う話じゃないからな」


「それにしたって長い付き合いなんだし話してくれても良かったんじゃないかな」


「俺の故郷については中々難しい問題があってな。

ブリッズはユリスという街を知っているか?」


「都市国家ユリス…白竜大陸の大国ロゼーヌ王国に対抗としている亜人勢力の要衝の街だよね。 【エルフの大森林】の南東の端にある街で人間の街でありながらエルフと同盟を結び閉鎖的なエルフ族に代わり他の亜人との折衝の窓口になっている不思議な街だよね…」


「あぁ大正解だ。

一部の住人しか知らないが正式な街の名前をユリス・ピ・デュシェル=リンカの言葉で()()()()という意味だ。俺やローラの故郷であり、リンカ王国を逃れた者達が築いた街だ」


「それは随分と遠くまで旅をしたもんだね。大陸一つどころか大陸二つを横断したのかい」


 余りに途方も無い話にブリッズは驚く。

今日は驚く事ばかりだがまだまだ続きそうだなと嘆息をつく。


「あぁそれには色々理由が有って海路を進んだからだ。船を使って赤竜大陸の東岸沿いを北上。その後赤竜大陸の北岸沿いを西進。水竜の大海を渡り白竜大陸の北岸沿いを西に進んで【エルフの大森林】近くの半島に上陸したらしい」


「リンカ王国が滅んで300年以上が経つ()()()()()()でさえ大陸北側の西廻り航路は軍艦か、四大豪商が持つ大型の貿易船位しか安全な航海は出来ないのはラルバなら当然知っているよね。

普通に考えるなら海路で白竜大海の最西端に近い【エルフの大森林】に辿り着くなんて想像もつかないよ?

当時のリンカ王国には今は失われてしまった航海技術でも有ったのかい?」


「それは無いな。ここ100年程は極端な技術革新は無いものの航海技術も船の性能も今の方が遥かに優秀だ。普通に航海していたらご先祖達は赤竜大海の北岸を渡り切る事さえ出来なかっただろうな」


「…普通じゃない航海をしたんだね…」


嘆息混じりにブリッズが問う。


「そういう事だ。初代町長(しょだいさま)は風の大精霊様の加護と水の上級精霊の加護を持っていてな…」


慌てたブリッズが声を上げる。


「ちょっと待った。大精霊の加護は聖火教の総主教様(トップ)のみに与えられるんじゃ…しかも大精霊と上級精霊の重複加護(デュア・ベネデューク)なんて伝説でしか聞いたことが無いよ。

 初代町長のソブレ様はマウリ・ピ・シュルの大司教だったんだよね?

総主教でも主教でも無くて何で大司教なんだよ。聖火教の序列を揺るがす大問題じゃないか」


 若干早口になったブリッズの発言を聞いてその知識の幅広さと見識の深さに改めて感心するラルバ。


「聖火教の序列基準なんてよく知っているな。やはりブリッズは行商人の枠に収まらんな。ソブレ様が()()()()()()だったのは本人が大精霊の加護持ちであることを秘匿していたからだ。

水の上級精霊の加護と魔法の技術、卓越した知識や司教としての指導力で主教に推す声も有ったらしいが本人が辞退したらしい」


「なんでだよ。300年前なら聖火教の地盤は既に盤石だったはずだろ?大国の元首をも上回る権力の最高幹部になれるのに、それを辞退って。何かあったのかい?ドロドロの権力闘争とか?」


「ブリッズは宗教史にも明るいのか。この旅を決めてから驚かされてばかりだな」


「褒めても何も出ないよ。驚かされてるのはこちらの方だよ。驚かすのが楽しみだったのにまったく」


「少しはブリッズに意趣返しが出来たというところか。

ソブレ様の件はドロドロの権力闘争を避ける為と言うのが近いだろうな。ソブレ様の異母兄が当時の総主教猊下だからな。総主教猊下も火の大精霊様と大地の上級精霊との重複加護(デュア・ベネデューク)だったそうだ。」


「火の大精霊の加護を持った総主教様って…色々伝説の残るあの()()()()()だよね。もういいこれ以上はお腹いっぱいだよ。ラルバ家や僕に関係する話だけを教えてよ」


「そうしよう。 

 周りが騒ぎ立てて兄弟での権力闘争にならないようにソブレ様は大精霊の加護と総主教猊下との血縁関係を秘匿して地方都市に司教として赴任した。

 その後大精霊様までもが関わる吸血鉱の投棄問題解決の使命を帯びて大司教としてリンカ王国に赴任する。

リンカ国王に吸血鉱投棄の中止とミスリル増産一極の政策の翻意を促す為だ。

先程も話した通りリンカ王国への政策転換の働き掛けは失敗に終る。

 外交政策の失敗の責任を取ってソブレ様は大司教の任を解かれる()()()()

  ミスリル精製の利益は莫大で赤竜大陸末端の小国に過ぎなかったリンカ王国は強国の末席に手が届く寸前だった。

 リンカ国民にとっても日に日に豊かになる国内、今まで見向きもされなかった自分達の国に貿易商や他国の特使がやって来る。

果ては聖火教が司教どころか大司教を赴任させた。

 吸血鉱の投棄という問題を直視せず自国の歪な現状に自信や誇りを持ち皆が満足してしまっていた。

そんな中では大精霊様の言葉さえも届かぬ事を総主教猊下もソブレ様も見抜いておいでだった。

つまりは【霊罰】の勧告も含めた聖火教の外交政策は自らの立場を内外に示す為の形式だけに過ぎなかった。

 真の目的は少しでも多くの民を逸早くリンカ国外へ避難させる事だった。 

ただ空前のミスリル増産(リンカラッシュ)に沸くリンカ国内では聖火教の大司教の話でさえ聴く耳を持つ者は少なかった。

下手に【霊罰】の話をしていることが王国側に知られれば聖火教関係者が処断される事も考えられる。そうなれば避難計画自体が頓挫してしまう。

事は慎重に細やかに静やかに準備を進めなくてはならなかった。


 その結果、精霊の声が聴こえる者や精霊の気配を感じられる者、その家族や友人といった限られた者しか避難させる事が出来なかった。数年単位で避難計画を実施したがユリスの地に送り届けられたのリンカ国民は3000人を僅かに超える程度だった」


「3000人って凄い人数だと思うけどね。話しを聴く限り水の大精霊の霊罰はかなり穏やかに思えるけどそれでも死者は出たのかい?」


「確かに直接の被害者は少なかった。

だが日々深刻さを増す状況の中で老人や幼子、魔力の少ない者から順に命を落としていった。

陸路での移住を目指す者達の為に聖火教は交易路に水や食料などを備え配給していたが追い付かず、極めつけが魔力不足だ。空腹の中魔力の少ない者から体調を崩す者が頻発。当時リンカ王国の人口は100万人以上だったらしいがその内の2割から3割が国外に逃れる事叶わず命を落とした。

ソブレ様の回顧録には『多くの民を助ける事叶わず。己の無力を只々悔やむばかりなり。聖職者の資格など無い小職はユリスの発展に寄与するだけ』と記されている」


「今日の話だけ聴くと僕にはソブレ様は立派な聖職者だったように思うんだけどね」


「いい加減で嘘つきで似非(えせ)学者や為政者向きな性格だったけど稀有な聖職者だったそうだ」


「何だよその悪口。最後に褒めておけば丸く収まる感が凄いんだけど」


「ソブレ様と避難航路を共にしてユリスの街に住み着いたエルフの婆さんの人物評をそのまま話しただけだ『主教に成らなかったのは面倒事はを真面目な総主教(あにき)に丸投げしただけさ』とか言っていたな」


「言っていたな?」


「あぁエルフ(本人)に聴いたからな」


「本人って…300年前から生きているエルフかい?」


「リンカ王国にいた時点で白竜大陸と赤竜大陸は渡り歩いたらしいからな400歳なのか500歳なのか尋ねる訳にもいかんしな」


「なるほどな『男のエルフに歳を訊くなら100から先は覚えていない。女のエルフに歳を訊くなら覚悟の100個もしてからにしろ』だね。

しかし500歳を超えるとなれば恐らくはハイエルフだよね。さすがの僕もハイエルフは会ったことが無いよ。確認したいね年齢…」


「先人の忠告は聞くものだ。年齢を訊くなら俺が遠く離れた時にしてくれ。

長話に付き合わせて悪かったな。これで最後の話だ」


ブリッズが背筋を正したのを見てラルバが今日一番の真剣さを滲ませながら語り始める。


「ウチの末娘ヒーラだが恐らく水の大精霊様と風の上級精霊との重複加護(デュア・ベネデューク)を受けたようだ」


「……そうなんだ」


やっと声を絞りだしたブリッズだが余りの衝撃に記憶が曖昧になる。


ブリッツのあまりの憔悴に、ムロト港【片角の牡鹿亭】でのローラとの晩餐会(おせっきょう)が穏やかに進んだのがせめてもの救いだろうか。


鮮やかな夕日を背に浴びて茜色に染まったムロトの港にヒューベリーが入って行く。


 

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