来訪者
ミラが自宅に帰ってから三ヶ月経った。
父親がペラペラと書類を確認する隣で、緊張しながら次の言葉を待つ。
古びた執務室には花が飾られ、母が元気だった頃の雰囲気を思いだしていた。
「凄いなぁ。王都に送った大量の尾羽や核が、本当にアネスくんの言ってた通りの、いやそれ以上の値段で買い取ってもらえたよぉ」
二人でワッと喜びに立ち上がり、手を合わせて飛び跳ねた。
「本当に凄いわ、本当に。厄介者だった魔獣はもう、この領地の資産だわ。これなら冬に領民たちに薪をたくさん支給できるわね」
「ああ、それどころか農地をもっと肥沃にできるよう、質の良い堆肥を買ってみるのもいいかもしれないねぇ。ああ、夢は広がる。ミラの頬も前よりふっくらしてきて可愛さに磨きがかかってるし」
父の指摘にミラは頬を染め顔を背ける。大量にまとめて王都へ送った分とは別に、核や尾羽を含む魔獣の希少部位を少しずつ近くの大都市で換金した。そのお金はミラの食卓を随分豊かにしたし、領民たちへ渡す種へと変わった。
「そ、それよりも。三ヶ月も経つけどアネス、あなたいつまでこの領地にいるの?」
優雅に脚を組み、お茶を飲みながらソファに座る男は随分この家に馴染んでいた。ミラが摘んだ薬草で作っている自家製のお茶は、かなり癖が強い。だが慣れると味わい深いのだ。アネスも今では美味しいといってくれるし、薬草の効果か身体が軽くなると自ら進んでそれを飲んでいる。
だがアネスは有名な騎士であり、王子の護衛役をしていたはずだ。
「実家には既に伝えてあるし、月に一度手紙も送っている。学園も卒業しているし、その先の進路は自由にしていいと言われているから問題ない」
淡々と告げられては返す言葉がない。
腕利きの騎士の仕事先が、卒業時に決まっていなかったなんてことがあるんだろうか。無理をさせているのではないだろうかとミラは思うが、それを正直に言ってくる男ではないと、この三ヶ月の付き合いで分かっている。
ミラも頑固なところがあるが、この男も負けずに頑固だ。
「そ、そういうものかしら? うちは助かるけど……あっ、少ないけれど給金を出そうかしら」
「いらん。そんなものよりほしいものがあるんだ。知っているだろ」
「あ、あぅ……」
アネスの手が、ミラの手を握る。手の甲にキスをするくらいは、紳士淑女だれでもやっている。だが最近のアネスは、こうやって隙を見れば口説いてくるのだ。
「そろそろ諦めろ。俺は一生諦めないから根比べになるぞ」
「ううう……」
視界の端に、面白そうに笑っている父の姿があった。
もう三ヶ月も同じ事をしていれば、父の方が慣れているのだ。むしろアネスと父は二人だけで話をすることが増えたし、肩を組んではしゃいでいる姿も見られた。
ミラを置いて魔物を狩りに行ったりと、なんだか外堀を埋められている気分だった。
「本気で嫌ならお前は断るだろう? 断らないってことは悪くないって思ってる」
「う~~」
図星だ。ミラは最初からアネスを好ましいと思っていた。そもそもこの家の恩人である上に、ぶっきらぼうな部分はあるが誠実な人だ。真っ直ぐ人の目を見つめる癖も、困った時に手を差し伸べてくれるところも、揶揄う時に片方の眉だけ上げて笑うところも、もう全部ミラは好きになってしまっていた。
だけど今更、どう気持ちを返して良いのか、いつ自分も好きだから結婚してほしいと伝えたらいいのか分からない。
「ミラ。好きだ。俺と結婚してくれ」
そう言って見つめられて、ミラは「私も」と答えるチャンスだと思った。
口を開きかけたその瞬間、馬のいななきが外から響き気を取られる。思わず窓の外に顔を向けると、父も窓の外へと近寄った。
「いいとこだったのにぃ.......全く、誰だい」
ざわざわとした人の気配に、ミラとアネスも窓際に行く。そしてそこから見えたのは、きらびやかな馬車と側に立つ茶色の髪の毛を輝かせる男の姿。それは――。
「ジョスバッカー……? どうして」
アネスの元婚約者であり、王都で浮気を見せつけたジョスバッカーだった。