思わぬ有用性
ピットとは鳥のような魔獣の一種だ。大きさは小さな豚程度で、鳥に似ているがその足は獣に近く空は飛ばない。その代わりに素早く、鋭いくちばしは簡単に肉を食い破る猛獣だ。そしてやはり目は赤い。
その赤い目が輝きを失い、十匹ほど地面になぎ払われる。それをやったのはアネスだが、激しい戦闘に細かい怪我を負ってしまい、体力も限界で地面に膝を突く。
「さすが、っ、アンダルフォン家」
群れの残りは今、アンダルフォン親子が『狩り』をしている。
護身用の短剣ではなく長剣を扱うミラを、アネスは綺麗だと思った。舞踏会のような作られた華やかさではなく、彼女自身が作り上げてきた内面からの美しさを感じた。
「お父様っ、そっち一匹!」
「はいは~いい」
五十はいただろうピットの群れの殆どは、手慣れた連携を見せるアンダルフォン親子によってあっという間に鎮圧された。王都の騎士団が総出だったら、これだけの素早さで大きな怪我一つなく倒せただろうか。
女性でなかったらミラは恐らく優秀な騎士になれただろう。いや例え騎士でなくとも、ここまで己を磨き上げられる存在ということに違いはない。
「身体には毒があるから、食べられるのは足の下側だけ。もったいないわよね」
動けないでいるアネスとは違い、元気なミラは父親と共に大きな穴を掘る。そしてその中に足を切り落としたピットを放り込んだ。
「ちょ、ちょっとまてミラ」
慌ててアネスは声をかけた。
「わかるよ。もっと食べられそうなのは。でも無理なのよねピットは。残りは埋めて土に戻すしかないのよ」
「違うそうじゃないっ」
まるで食いしん坊だと言われているようで、アネスは思わず声を荒げた。冷静沈着と呼ばれたアネスは、ミラと出会ってからずっとペースを崩されている。だがそれが不思議と嫌な気持ちではなかった。
きょとんとするアンダルフォン親子の前に進み、一匹のピットを掴んだ。
「ピットの尾羽は今、貴族たちの間で流行っている。帽子や襟の装飾に使っているんだ。高値で取引されていると聞くぞ」
「え? その辺にいる魔物の羽が?」
ピットの尾羽は虹色に輝いている。だがピットの血は落ちないため、討伐時に血で汚れると無価値だ。ところが二人が狩ったピットは最低限の手数で討ち取っているため、尾羽は見事な輝きを失っていない。
隣国で流行し始めたピットの尾羽は、今はこの国でも流行っているが、いかんせん流通量が少なく羨望の的だと言われている。尾羽の数が富裕層の証だと言われている事を、この一家が知ったらどうなるだろう。
「その尾羽一枚で、金貨一枚以上の価値があるぞ」
「ひえっ……」
今までそれを捨ててきたと思うと恐ろしい。ミラは大袈裟に震えながら、地面に転がったピットの土をパタパタと払った。
「それに魔獣の核は取らないのか? 心臓の辺りにある、黒い塊だ」
「あ、ああ、あれかぁ。火を付けると燃料になるけど、臭いからねぇ。固いだけで使い道が少ないから、取るだけこっちのお腹が減っちゃうんだよねぇ」
子爵が石ころにも劣るような言い方をするせいで、アネスは思わずこめかみを押さえた。彼らは貧しいというが、それは情報が入ってこないせいだ。
「子爵、魔獣の核は磨くと宝石になります。燃やすなんてとんでもない」
「え、えええ?」
アネスは二匹のピットの胴体を切り裂くと、心臓の裏側にある真っ黒な核を取り出した。それを二つぶつけると片方が割れ、その内側から半透明の桃色が現われた。
「綺麗……」
思わずミラが声を上げた。アネスはアンダルフォン子爵に向き直った。
「宝石加工師にやらせたら、もっと綺麗なカットが作れます。魔獣のランクや生育で色も強度も変わるため、強い魔獣の核ほど高値が付きます。ピットくらいなら……そうですね」
ミラが見守るなか、アネスがその父親の耳元でそっと数字を伝えた。
「……そんなにかい? 本当に? 今まで捨ててきたガラクタなのに?」
「恐らく。この核の有用性が発見されたのはこの十年だと聞きます。恐らく子爵が王都にいた頃には広まっておらず、ご存じなかったのも無理はないかと」
ちなみにさっきの数字は一匹分です、と伝えると子爵はガッツポーズをして飛び上がった。
「凄い、凄いねアネス! 君はこの領地の恩人だよぉ! ミラにようやく、おなかいっぱい食べさせてあげられる! 本もたくさん買ってあげられるよぉ!」
くるくると踊らんばかりに喜ぶ父親を見て、ミラは涙を浮かべて微笑んだ。
美しく着飾っている訳でもなければ、華やかな顔立ちでもないミラだ。だが今この瞬間、アネスは彼女の笑顔から目を離すことができなかった。
「ありがとうアネス。本当にアネスは、我家の恩人だわ。私ができることならなんでもするから、遠慮なくなんでも言って」
そうしてミラは薄い胸をドンと叩く。
魔獣を退治したのは殆どミラたち親子であり、自分はあまり戦力にはならなかった。知っている情報を伝えただけで、なにかを成し遂げたわけではない。そう伝えようとしたアネスだったが。
「じゃあ」
スッと跪き、ミラの手を取った。
「お前の婚約者候補にしてくれ」
自然とそんな台詞が飛び出した。
自分で言い放った言葉なのに、それがストンとアネスの心に落ちた。きっと最初からミラに好意を持っていたのだ。空腹に腹を鳴らしていた時や、婚約者に振られて気丈に振る舞っていた時、共に旅をしている間にも、どんどんミラへの気持ちは増していた。
今この瞬間まで、それはあくまで友情だと思っていたアネスだった。だがなんでも願いを叶えてくれるなら、ミラの笑顔をずっと側で見ていたいと思ったのだ。
「へ、へぁ?」
顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせるミラの手の甲にキスを落とす。
「今は候補でいい。お前が俺と結婚してもいいと思ったらその時は婚約者にしてくれ」
「え、ええええ?」
思ってもいなかった申し出にミラは困惑し、その父親である子爵は小さく拍手をし、アネスは全てを開き直ったような、勝ち誇ったような笑みを浮かべたのだった。