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6.土屋浩平の小説(後編)

「あら久しぶりね」

その女性は北村三郎を見て笑顔でそう言った。

「そうだね。もう5年以上かな」

「何言ってるの。高校卒業以来だからもう10数年ぶりよ。三郎君変わらないね」

「そうかな。そうかもしれないね。小川さんも変わりないよね」

「あら、変わりないってどういう意味かしら?」

「いや、相変わらず奇麗だなって」

「ま、三郎君てば東京に行ってお世辞を覚えてきたのね」

「まさか」

「それで今日はどうしたの?」

「うん。実は人を探しているんだ」

「人探し?そう言えば割と前に同じことを聞いてきた人がいたような気がするわ」

「ああ、たぶん同業者だよ」

「同業者・・。三郎君て何屋さんになったんだったかしら?」

「探偵だよ」

三郎はそう言って名刺入れから一枚の名刺を取り出した。

「へえ、そうなんだ。探偵かあ。なんかイメージと違うなあ」

「どんなイメージだったの?」

「うーん。なんかもの静かな感じだったからねえ。役所の人とか?あ、それあたしか」

小川知子はそう言って笑った。


三郎は松本区役所に来ていた。

黄河博士も数か月前にこの区役所を訪れている。そしてそれを最後に行方不明となった。


「黄河さんねえ・・。って前に来た人にも個人情報だから教えられないって答えたんだけどね」

「だよね。まあしょうがないね」

三郎が肩をすくめて立ち上がりかけると知子が服の裾をつかんで引き留めた。

「簡単にあきらめるのね。それじゃあ出世はできないわよ」

「いや、でも君に迷惑はかけられないし」

「そう言いながらここに来たのよね。しかもあたしを名指しして」

三郎は苦笑した。

「いやせっかくきたしなんか会いたくなってね」

「よくあたしがここにいるってわかったわね」

「え?いやまあ同窓生の名簿とか?」

「そんなのあったかしら?」

知子が疑り深げに三郎を見ると、三郎は気まずそうに目線を外した。

「まあいいわ。5時で終わるから待ってて。プライベートでお酒が入ったら口が軽くなるなんてこともあるかもよ」

「ありがとう。恩にきるよ」

「まだ何も恩はきせていないけどね」

知子は笑いながら仕事場の席に戻っていった。

三郎が出ていくときに軽く手を振ってくれた。


「知り合いだったの?兄さん」

区役所の外に待っていた翔が三郎に聞いた。

「うん。高校の同級生さ」

「ふうん」

「なんだよ」

「好きだったんじゃないの?その人のこと」

翔がにやにやした目つきで三郎を見た。

「好きだったよ。告白なんてとてもできなかったけどね」

翔は肩透かしを食ったようにがっかりした。

「なあんだ。すぐに言っちゃうなんてつまんないよ」

「大人をからかうもんじゃないよ。仕事の一環てのも事実だからね」

「はいはい。じゃあ5時まで時間つぶさなきゃいけないってことか・・」

「僕は周辺の聞き込みで時間をつぶすから翔は先にホテルにチェックインしといてくれるかな?」

「え?僕も一緒に行くんじゃないの?だって僕は助手でしょ?」

翔は不満たらたらの体で文句を言った。

「あ、それとも何かい?やっぱり兄さんはその小川さんて人と二人だけで会いたいから僕は邪魔だってことかい?」

「うん、まあそうだね」

翔は頭をかかえた。

「なんだよ、ちょっとは言い訳しろよ。でもいいよ。わかったよ」

「翔」

「何?」

「気をつけろよ。僕が帰るまで部屋にいるんだ」

三郎は急に真顔になってそう言った。

「平気だよ。あのへんな感じも今は全然しないし」


翔はホテルに向かい、三郎は黄河美咲から渡された資料を基に最後の足取りの裏どりを進めていった。

「一番最後はホテルか・・」

三郎はそう呟いて時計を見た。

「5時か」


三郎は区役所前で知子と顔を合わせると、目を細めてほほ笑んだ。

「私服いいね」

知子は照れたように笑って「何、それ」と言った。

「よくいくお店があるの。そこでいいかしら?」

知子が先導してくれた。

先に長い間長野を離れていたせいで土地勘がないと伝えてあった。


割烹料理「小人の庭」


「妙な名前の店だね」

三郎は看板を見ながら思わずつぶやいていた。

「おばさんの店なのよ」

知子はかつて知ったるというようにさっさと店に入っていった。

「いらっしゃい。あら、知子」

「おばさんこんばんわ。奥の席いいかしら?」

「なんだい、デートかい?デートならこんな店じゃなくてもっといい店においきよ」

「ここよりいいお店なんて知らないわよ。それにここを気に入らない人なんてあたしはお断りだわ」

「あらあら、この子ったらうれしいことを言ってくれちゃって」


奥の席は若干薄暗く、なんとなくカップル席のような雰囲気があった。

「三郎君飲めるんだっけ?」

「強くはないけどね。あと日本酒は飲めない」

「あたしもそう。というかあたしはほとんど飲めないの。雰囲気だけかな」

「飲まないで雰囲気を味わうのは難しいでしょ?」

「そうでもないよ。あたし結構飲み会の雰囲気とかは好きなんだ」

「へえ。ちょっと意外だね」

「そうかな。ああ、でも三郎君と二人きりでこんなに話すのも初めてかもしれないものね」

「そうだったかな。僕の記憶では結構話していたんだけど」

「ずいぶん昔だものね。いろいろあったよね。色々あったから記憶も薄れてきたわ」

「いろいろ・・」

「聞きたい?」

「聞きたいようなそうでもないような」

「優柔不断な感じは変わんないんだ」

知子はははっと笑った。

「黄河さんの話だよね」

「いきなりかい?」

「先に言っとかないと忘れちゃうもん」


「あの人のことはなぜか記憶によく残っているの。なんでってちょっと変だったから」

「変?」

「一人でいるのに誰かと話をしているみたいな感じだった」

「独り言が多かったってこと?」

「ううん。違う。あれは独り言じゃないと思う。だっておびえていたもの」

「おびえてる?」

「そう。何か、本当はやりたくないことを誰かにやらされている・・みたいな感じ」

「それで・・。黄河さんは何をしにきたの?」

「戸籍謄本を取りに来たの。自分の先祖のルーツを追っているとかなんとか・・」

「先祖のルーツ?」

「戸籍って引っ越しとかしてる場合は引っ越し前の役所に行かないとそれ以前の戸籍がわからないからね」

「それはそうだろうけど・・。なんでだろう。相続がらみかな」

「娘さんのため・・とか言ってたと思う」

「娘のため・・。誰かに脅されて娘のために戸籍を取りに来る・・か」

「脅されてるってのはあたしの想像よ。本当にただの独り言だったのかもしれないし。でも・・」

「でも?」

「そんなことをしても次元連続体は破壊できないとか言っていたのよね」

「次元連続体・・」

「変でしょ?」

知子はくすくすと笑った。

「三郎君こういう話好きだったもんね」

「え?」

「会うといつもそんな話をしていた」

知子はふいに遠くを見る目をした。


数時間後。

知子は顔を真っ赤にして三郎にかかえられていた。

「大丈夫ですか?そんなに飲んだようには見えなかったけど」

「だからあ。あたしお酒弱いのよ」

「お水買ってきます」

三郎は知子をベンチに腰掛けさせて販売機へ走った。

その刹那、三郎は殺気を感じた。

瞬間、三郎は前転した。

三郎のいた場所に何かが刺さった。

気配は三つ。

見えない何かと三郎は格闘になった。

「さぶちゃん。何踊ってるのよお」

遠くで知子が叫んでいた。

三郎は危機に落ちると守護霊と意識を交代させることができる。

その守護霊は三郎からすると老人のそれであり、三郎は彼を「爺」と呼んでいた。

そしてその「爺」は格闘の達人だった。


見えない何かを追い払った三郎は意識を戻し、知子の元に戻った。

「さぶちゃん、今戦ってたんでしょ」

三郎はびくっとした。

「いや、踊ってたんだよ。僕も酔っぱらってるんだな」

「嘘。だってずっと前からそうだもん。いつも危ない時はあたしを助けてくれていた。あたしは知っているのよ」

「何を?」

「あたしも見えるのよ。普通の人には見えないものが。あたしにも見えるの」

そう言って知子は三郎に抱きついた。

「いきなりいなくなって。いきなりなんでもない顔して来るなんて」

知子は三郎の胸をこぶしで叩いた。

「バカ、バカ、バカ。三郎のバカ」

三郎は悲しそうな目でそれを見つめ、知子を抱きしめた。

「ごめん。ごめんよ。僕は・・。僕はおかしいのは僕だけだと思っていた。こんな僕に誰かを巻き込んじゃいけないって思っていたんだ」


「黄河さんは・・。巻き込まれたのね」

「黄河さんだけじゃない。おそらく僕の弟も、翔も巻き込まれている」

「翔君?」

「次元連続体と言ったね。爺が・・。僕の守護霊が言っているんだ。何者かが、並行世界の誰かがこの世界を壊そうとしている。時間の流れを壊そうとしているんだ」

「時間の流れ?」

「おそらく誰かにとって都合の悪いことが起こる。いや起こった後かもしれない。未来人もしくは並行世界の誰か。その誰かにとって都合のいい世界にするために干渉してきたんだ」

「そんなことできるの?」

「わからない。世界はバランスでできている。どこかを崩せばどこかが歪んでまたバランスしていると考えられる。でも・・」

「そのバランスを壊そうとしている誰かがいる?」

「もしそんなことが起こったらたぶん世界は終わる」

「終わらせちゃいけない・・って、さぶちゃんヒーローみたいなこと言うのね」

「こんなヒーローはいないよ」

「ううん。さぶちゃんはずっとあたしのヒーローだったよ」

「ありがとう。小川さん。僕は行かなきゃいけない。もしかすると今度ばかりは僕も戻ってこれないかもしれない」

「弱気なのね」

「弱気かもしれない。世界が終わるかもと思ったときにはじめて自分がやり残したことに気が付くなんて」

「やり残したこと?」

「小川さん、僕は君が好きだ。ずっと前から好きだった」

知子は笑った。

「それがやり残したことなの?そんなのずっと前から知っていたわよ」

「本当に?」

「ううん。本当はそうだったらいいなって思っていただけ」

「小川さん、僕を待っていて欲しいんだ。君が待っていてくれると思ったら、僕はもしかしたら・・」

「待ってるよ。だってずっと待ってた。もう少し待っていても同じだもの。でもね・・」

知子は涙ぐみ、「もうそんなには待てないよ。おばあちゃんになっちゃもの」

三郎は知子にキスした。

静かな時間が流れた。


三郎がホテルに到着し部屋のドアを開けると、そこは空間が歪んでいた。

上も下もない。

気が付くと開けたはずのドアもなくなっていた。

「平衡感覚がおかしくなるな」

三郎は独り言を言った。

同時に翔のことを思い出した。

「翔!!」

歪んだ空間に叫び声がこだました。

「これはまずいな」

爺が三郎の頭でつぶやいた。

「何が起こっているんだ、爺?」

「お前さんの弟は特異点になっとる。どこか別の世界ではお前さんの弟は宇宙飛行士になってるようだの。その宇宙飛行士に何者かが接触した。この現象はそれが原因じゃ」

「翔はどこにいるんだ?連れ去られたのか?!」

「連れ去られてはおらん。たぶん移動させられたのはわしらじゃ」

「ということはここは異世界?」

「その入り口か、はたまた分岐点か」


「にいさあああん」

声が聞こえた。

かなり遠くの方から聞こえる。

「これは・・」

三郎は眉をひそめた。

「お前さんを認識しとるようじゃな。別の世界の自分が接触してきたせいで力が覚醒しとるんじゃろ」

「翔!!どこだ!!」

「僕はここだ。ここだよおお」

「爺、僕にはわからない。まるで夢の中で聞いている声みたいだ」

「当たらずとも遠からずじゃ。翔はすぐ隣にいると思うんじゃ。信じきれ」

「そんなこと言っても・・」

「ええい。代われ、わしがやる」

意識が変わり、その瞬間三郎は部屋の中にいた。


「どうしたの兄さん?部屋に入ってくるなり動かなくなっちゃって。石になったのかと思って心配したよ」

「翔、無事か?」

「無事かっておかしかったのは兄さんの方だよ」

「そうか。翔、言ってなかったけど、このホテルは行方不明になった黄河博士が最後にいた場所なんだ」

「ええ?!なにそれ!先に言っといてよ」

「いや、ごめん。とにかく無事だったならいいんだ。ご飯でも食べに行こうか?」

「え?兄さんは食べてきたんでしょ?初恋の人と」

「いやそんなに食べてないから・・」

「ふうん、話に夢中で食べてる暇がなかったんだね。それとも胸がいっぱいでおなかが勘違いした?」

「お前は本当に大人をからかうな」

「大人って言うか兄さんだけだよ」


部屋を出た二人の前にホログラムのような人影が立ちふさがった。

「早く逃げるんだ。こっちに来ちゃいけない」

三郎はその影を見て叫んだ。

「あなたは・・黄河博士!!」

「ええ?」

翔が驚いてのけぞった。

「もうすぐ世界が消える。私のせいだ。私の実験のせいで世界が消えるのだ。別の世界の私が・・たぶんあれは私なのだ・・。止めに来たが間に合わなかった。実験は終わっていたのだ」

「終わっていた?」

三郎は眉をひそめた。

「そんなはずはない。博士が失踪したのは実験開始前だ。あなたは黄河博士の姿をしているが黄河博士ではないな?」


ホログラムがゆらりとゆらめき、実体化した。

「忠告したぞ。他の連中にもだ。好奇心は身を亡ぼすぞ」

実体化したそれは黄河博士の姿でそう言った。

「お前は誰だ?本物の黄河博士はどこにいるんだ?」

三郎が詰問すると、黄河博士の姿をした男は「俺も黄河博士だよ。お前らの知っている黄河博士ではないかもしれないがね」と言って笑った。

「僕らの知っている黄河博士ではないとするとどこの世界の黄河博士だと言うんだ?」

「ふうん、話が早いな。俺はお前らの世界で言うパラレルワールドの黄河博士なのさ。同一人物は同じ世界に二人存在できない。だからもう一人の俺はもう一つの世界に行ってもらっているというわけだ」

「なんで別の世界のあなたがこっちの世界に干渉するんだ。関係ないじゃないか」

「関係なくないのさ。世界は次元を超えて干渉しあっているのだ」

「それが真実でもあなたほど強引ではないんじゃないか?」

「お前さんからは複数の気配を感じる。お前さんは複数で一人なんだろう?特殊なお前さんならわかる話じゃないのかね?」

「わからないよ。いや、自分勝手にわかるということならばこうも言える。僕にはもう一度会いたい人がいる。だからこの世界を壊されるわけにはいかないんだ」

「ほう。わがままだな」

「あなたほどじゃない」

「なら消えろ!」

黄河博士から黒い影がいくつもとびでて襲ってきた。

三郎は意識交代し、戦闘モードになった。

「もう一人か」

「僕だっているぞ」

そう言って翔が飛び出してきた。

翔のパンチが黄河博士にあたる。

黄河博士が光を放って消えた。

「特異点!お前は・・。お前は俺を・・。なんてことだ・・!」


「大体わかったよ」

三郎が静かに語り始めた。

目の前には牛肉のステーキがこうばしい香りを発している。

「つまりこういうことさ。別世界の黄河博士が自分の世界を存続させるためにこの世界と取って代わろうとしていた。ようするに滅びていく自分の世界の代わりにこの世界を滅ぼそうとしていたってわけだ。ところが別の世界のお前がそれを阻止する役目を持ってこちらに干渉してきた。だから妙な力を持ってしまった」

翔が肉にかぶりつきながら言う。

「なんだかご都合主義な話だね。でも助かったからいいか」

「そうさ。とにもかくにもこの肉は美味しいよ」

「それで兄さんはこれからどうするの?」

「どうするって依頼主に報告して残金を受け取るさ」

「え?でも本当の黄河博士は行方不明のままじゃない?」

「別の世界の黄河博士が吹き飛んだんだ。こっちの世界に戻ってきているはずさ」

「じゃあその人見つけてからじゃないと残金は受け取れないんじゃない?」

「まあそうかな」

「そうだよ。僕は助手だから付き合うよ」

「いやお前はもう問題が解決したわけだしもう帰った方がいいんじゃないか?」

翔はとたんににやにやし始めた。

「兄さんは告白した相手に会いに行かないといけないもんね」

三郎は初めて狼狽した。

「何言ってる?っていうかなんで知ってる?」

「僕、なんか超能力みたいのがついちゃったみたいなんだ。なんか・・わかっちゃうんだよ。いろいろとね」

「いろいろ?」

「邪魔はしないよ。それに僕をこのまま助手にしといた方が何かと便利でしょ?ああ、でもまだ学生だから当面はアルバイト探偵かな」

「勝手なことを言うな」

「いいじゃないの。兄さんだって勝手なことを言って結果うまくいったんだし」

三郎はため息をついた。

「勝手にしろ」

そういいながら頭の中では知子のことばかり考えていた。


ああ、そういえば黄河さんに途中経過を報告しないと・・。

でも何ていえばいいんだろう。

まあなんとかなるか。

小川さんもいるし翔もいるし。

三人よれば・・。

なんだっけ?










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