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4.日高えみの小説

その時、私は居酒屋にいた。

学生時代のバイト先で知り合った知人から連絡があったのだ。

最初に知り合ったのが桐原修二で、彼は理工系大学で数学を専攻していた。

そのせいか理屈っぽいところが気になったが、時々昼食を一緒に食べているうちにそう悪い人でもないのだと思うようになった。

というのも桐原と食事をするときはきまって彼の付き合い始めた彼女の話になるのだけれど、昨日こんなことがあったけれどまずかったかな等といつも気に病んでいたからだ。

正直に言えば私からすればどうでもいい話ばかりだったが、適当にあいづちをうっていても気にしない桐原が一緒にいても苦にならない男だと思えるようになっていたのだ。

そういうわけでだんだんと付き合いが長くなり、今ここにこうしてきている。

もう一人は桐原が同じバイト先で知り合った木戸浩一で、彼も理工系大学に在籍していたらしかった。

桐原と大学は違うようだが、なぜか桐原と木戸は馬が合うようだった。

専攻は化学だと聞いたことがある気がするが違うかもしれない。

聞いたけれど忘れてしまった。

つまりあまり興味がなかったから。

私は消えていくビールの泡を舌で追いかけていた。

目の前では桐原と木戸が政治談議で盛り上がっている。

私は興味がないので気持ちがビールの泡に向いていたのだ。

「だから今のままじゃ世の中おかしくなるばっかりなんだよ」

「なら選挙に行って投票すりゃいいだけだろ」

「俺が行ったとこでどうにもなんないんだよ。投票率知ってるかよ。こないだの衆議院選挙なんか23%だぞ。しかもその23%のほとんどは組織票ときてる。きっと宗教票と経団連関係なんだよ。選挙やる前から結果が決まってるなんてやるせないだろ」

「ならどうしろってんだよ」

「だからさあ、お前も選挙に行って投票しろってんだよ。だけどあれだ。与党には入れるなよ。23%以外の人間が与党以外に大量に票を入れてはじめて本当の選挙になるんだ」

「わかったよ、桐原。お前もう酔ってるんじゃないか?見ろよ、ゆりえちゃんがつまんながってるじゃないか」

「そうだよ、大場。お前は選挙行ったのかよ」

突然矛先が自分に向いて驚いて泡を吹いてしまった。

「え?選挙っていつの話?たぶん行ったんじゃないかな」

「お前は今の世の中をどう思ってるわけさ」

やばい、矛先が完全にこっちに向いた。木戸め、わざとやったな。

「あー、あれ、そう言えば今日はあと二人来るんじゃなかったっけ?」

「そうそう。俺の友人でね。職場の女の子も連れてくるっていうから二人」

「木戸君の友人っていつの友達なの?」

「うーん、大学時代。会うのは俺も久しぶりかな」

「へー、そうなんだ」

やばい、興味がないから会話があんまり続かない。

「そいつって俺も会ったことあったっけ?」

よし、桐原がのってきた。

「あるよ。前に会ったじゃん」

「前?」

「なんだよ、忘れたのかよ。記憶力ねえなあ」

「うるさいよ」

私は矛先が変わったので鶏肉をほおばった。

「こんばんわ」

そこに2人がやってきた。

「あ、こいつ大学時代の友人で雲野。その隣は・・・。誰?」

「あー、木戸の大学の同期で雲野神輝と言います。こっちは職場の同僚で黄河さんです」

「はじめまして、黄河美咲と言います。今日は突然お邪魔してすみません」

「何?二人は付き合ってるわけ?」

「付き合ってないよ。お前が女の人呼んで来いって言ったから無理に来てもらったんじゃないか」

「そんなこと言ったっけか。まあいいじゃないか。美咲さんも座ってください」

私の事はいつの間にか「ちゃん」付で呼んでいたが、黄河さんはまだ「さん」なんだ。

私は妙なことが気になった。

「えー、と。雲野君だっけ?そう、そう思い出したよ。先週会ったんじゃんか。木戸、嘘つくなよ。何が久しぶりなんだよ」

木戸は嘘つき。

私は頭の中で付箋を貼り付けた。

「いや、まあ細かいことは気にするなよ。ねえ、黄河さんは仕事は何をしてるんですか?」

「私は・・。雲野君と同じですけど、聞いてないんですか?」

「あ、いや俺は知ってますけど。ほら、ゆりえちゃんが知らないから」

やっぱり「ちゃん」付なんだ。しかも話をふってくるし。

そう思ったけれど私は初対面の黄河美咲に笑顔を向けた。

第一印象は大事だし、ここでは二人だけの女子だ。

「はじめまして、美咲さん。大場ゆりえと申します。この人たちとはバイトが一緒だったんですよ。あ、雲野君は今日はじめて会ったんですけど」

「そうなんですか。面白い組み合わせですね。あたし混ざっちゃってもいいのかしら?」

「何言ってんすか。黄河さん酒が飲めればどこでも行くって言ってたじゃないすか」

雲野はおしゃべり。空気を読まない。

私はまた頭の中に付箋を貼り付けた。

「そりゃあ言ったけどさ。雲野君、空気読んでよ。あたしだって最初はおしとやかな女性と思われたいじゃない?」

「あ、すいません」

雲野があわてて頭を下げた。

尻にひかれているんだろうか。おしゃべりで空気を読まないけれど素直な奴だ。

「ねえ、大場さん。あたしもゆりえさんて呼んでいいかしら。あたしのことも美咲って呼んでちょうだい」

げ。いきなり距離を詰めてくる人だ。ちょっと苦手かも。私は内心舌打ちしたけれど、顔は笑顔のままで話を合わせることにした。

どうせ次に会うかどうかもわからないしね。

「えー。うれしいです。じゃあ美咲さん、雲野さんとは普段どんな話をしてるんですか?」

私は興味がないのに聞いていた。正直に言えば答えなんかどうでもいい。

「普段?普段ねー。どんな話してるんだっけ?」

「なんですか。黄河さんが聞かれてるのに俺にふってどうすんですか。つっても普段・・。普段会話なんてないですよね」

「ないよねー」

「会話ないけど飲みには誘う間柄なんですね?」

私は笑顔で会話を続ける。

「そうねー。飲めれば行くって感じかしらね」

「じゃあ雲野君と二人きりでもあるんですか?」

「えー?あるよねえ?」

「ああ、そういえばありますね」

「へー、二人でどんな話してるんですか?」

「うーん、いろいろかなあ。この子さ、素直でしょ?なんか疲れなくていいんだよね」

今この子って言った。雲野、この子呼ばわりされた。

これは絶対カップルじゃないでしょ。いじったらダメなやつ?

「付き合ってみようかなとかならないんですか?」

木戸いったー。なんでそこで突っ込む?

「んー。ならないね?へん?へんかなあ」

「ほらほらそんなの別にいいじゃんか。木戸だって黄河さんが気になるなら普通にそう言えばいいだろ」

いやいや気になって言ったわけじゃないと思うけど。

「ああ、でもそう言えば輝ちゃんとは結構不思議系の話するよねー」

輝ちゃん?今輝ちゃんって言った?なんなのこの人?不思議系ってあんたが不思議でしょ。

「不思議系ってこの間の話ですか?」

「そうそう。この間のあれよお」

「なんですかこの間のあれって?」

木戸めー、食いつき早いよ。

「ねえ、この世界がさあ。もうすぐ終わっちゃうって言ったら信じる?」

「それって戦争の話じゃないの?中国が攻めてきて日本が戦わざるを得なくなるってさ」

黙っていた桐原がいきなり復活した。なんで?何に反応したの?

「やっぱさあ、政治が悪いから世界も終わっちゃうよ。そういう話でしょ?」

「うーん。そうかなあ。そうかもしれないよねえ」

なんなの、この女。妙に語尾を伸ばすのやめてくんない。馬鹿なの?

「ねえ、あなたはどう思う?」

私はその時の黄河美咲の目を見て思った。この女は私に会いに来たんだ。

私にこの問いをするために来たんだ。

なんの根拠もなくなぜかその時の私はそう思った。

なぜなら彼女の私を見る目があまりにも真剣だったから。

「世界は終わる。どうしようもなく突然に終わる。戦争のせいかもしれない。あるいは天変地異かもしれない。もしくはエイリアンが攻めてくるのかも。でもそれが確かだとしたら、どうやったらそれを防げるのかしら?」

私の心臓は急に早鐘を打ち出す。

今まで誰にも言ったことがない、私だけの秘密。

私は予知夢を見る。

私は数日前にこの世の終わりの夢を見た。

それ以前にも似たような夢は見ていた。

でも数日前のは完全に終わっていた。どうすることもできないくらいに終わっていた。

あれを止めることなんて多分できない。

「理由もわからず突然終わっちゃったら防ぎようがないですよ。でももしかしたら防ぐ方法はあるのかもしれないとは思うんですよね」

「輝ちゃんは未来が見えるんだもんね」

私はギクッとする。未来が見える?

「見えるっていうか、時々ですよ。夢で見るんです。なんていうか明晰夢ってやつ?その中で救世主みたいな誰かがでてくるのを見た気がするんですよね」

救世主。

いるのだろうかそんな人。

「いや、俺思うんですよ。例えば俺みたいとかもしくは俺以上に未来が見える人ってたぶんいっぱいいるんですよ。で、なかにはその救世主がはっきり見えてる人もいるんじゃないかなあって」

「多元宇宙じゃないの?それ?もしもって可能性が無限に広がっていたらそりゃ中には救われる世界だってあるかもしれない」

桐原が熱弁し始めた。なんで?ってああそうだった。この人たちみんな理系の人だった。

「ねえ、どうかしら?もし世界が救われるとしたらそれはなんでだと思う?」

やっぱりこの人は私に聞いている。私を見ている。

「わからないですよ。でも・・」

私は笑ってごまかそうとした。でもできなかった。黄河美咲の目がそれを許してくれなかった。

だから私は言った。

「さっき雲野君が言ってたじゃないですか。他にもいろんな力を持った人たちがいるかもって。本当にそうなら、その人たちが集まったら。その人たちがもしも万が一協力し合ったなら、世界は変わるかも・・・」

黄河美咲は視線を外してかすかに笑った。

「ありがとう。そうね」

そう言った顔はまだ何か言いたそうだった。けれど彼女は話題を変えて場を盛り上げた。

私は確信した。彼女もそうなのだ。そしてこの出会いは必然なのだ。

その後私たちはこの話題に触れることはなかった。

でも私は知っている。また近い日に会うことになることを。

そしてたぶん私は知っていた。黄河美咲に会うことを。

私は疲れて眠りにつく。

私は夢を見るだろう。こんなに夢を見るのが楽しみだったことはない。

なぜなら世界を救うためのヒントを夢で探そうと決めたからなのだ。






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