3.語り部たちの集い
美咲は原稿用紙から顔をあげ、「ずいぶんブラックなラストなのね」と言った。
「すいません。書いてるうちにそうなっちゃって」
はじめは頭を掻きながら言い訳めいたことを口にした。
「そう。書いてるうちに勝手にそうなっちゃったわけね」
皮肉にも聞こえるセリフを言ってから美咲はしばし沈黙した。
そしてこう言った。
「私が教えている子はあなたをいれて7人。中には私より年上もいるから子ではないかもしれないけれど」
そう言うや美咲は机上から車のキーをつまみあげ、「ついてきて」と言った。
二人でエレベーターに乗り、階下に下る。
エレベーターは地下2階まで下って止まった。
美咲がキーのボタンを押すと、真っ赤なポルシェがキュウキュウと音で答えた。
その後の記憶がはじめの中で飛んでいる。
飛ばし屋というのを聞いたことがあるが、まさか作家の美咲がそうであるとは思ってもみなかったのだ。
「なんかまだ体がふわふわします」
はじめは焦点の定まらない目でそう言った。
「何事もなれよ」
美咲は大したことではないというようにそう言い、エレベーターのボタンを押した。
二人は都内のとある高層ホテルのフロントにいた。
17階で降りる。
「ここよ」
美咲に促されて入室した部屋に6人の男女が立っていた。
「紹介するわ。月野はじめ君よ。7人目の仲間」
美咲の紹介に言葉を発するものはおらず、みな興味もなさそうにはじめを一瞥しただけだった。
「相変わらず不愛想なのね。将来入賞してインタビューされたりしたら困るんじゃないの?」
「みんな急な呼び出しに戸惑っているんですよ。前触れもなしですからね」
最年長と思われる男性が口を開いた。
「あら、さすが年長者。前触れがないのはいつものことじゃない。何事もなれよ」
「年長者というのは余計では?個人情報の漏洩ですよ」
「年長者と言っただけで年は言ってないじゃない。そういう細かいことを言うと女の子に嫌われるわよ、木田君」
木田と呼ばれた男は肩をすくめて見せた。
「あなたたちの自己紹介はもうすんでるの?」
「すんでるもなにも、まだ顔を合わせてから10分も経ってませんよ」
また木田が答えた。
「気が利かないわね。まあいいわ。今日集まったのはみんな私の教え子よ」
木田以外の6人がお互いを不審げに見合った。
「弟子よ、弟子」
「あの、なんで突然みんなを集めたんですか?」
長身で気の強そうな顔立ちの女性が発言した。
「弟子のお披露目と言ったら納得するかしら。しないわね。まあお披露目のつもりはないしね」
美咲はモデル歩きで全員の前に移動した。
「これから私たちがめざすものを共有するために集まってもらったの」
美咲は全員を見渡すようにそう言った。
「私は小説を書いているときにまるで自分で書いているんじゃなくて書かされていると感じる瞬間があるわ。それはあなた方にもあるんじゃないかしら」
何人かがうなずいた。
「私は最新作を書きながらあることを思ったの。このままだとこの世界は終わってしまう。終わらせないためには何かに気が付き、実行しなければならない」
「私はある仮説をたてたの。私、いえ私たちはあるところから物語を受信してそれを自動書記している。あるところにはこの世のすべての物語があって、そこからの受信をいつでも好きなようにできるようになれば必要なことがわかるのではないか」
「それがゼロのいる世界ですか」
木田が言った。
「そう、ゼロというのは木田君の書いている小説からの引用よ。いずれあなた方にはお互いの小説を共有してもらう。そして私が知りたい情報を小説という形で提供してもらいたいの」
6人がお互いの顔を見て呆然としている。
「美咲さん、そんな説明では誰も理解できませんよ」
木田が美咲の話をさえぎり、やれやれというように首を振った。
「あらそう。相変わらず嫌な感じね。じゃあ代わりに木田君が説明して頂戴」
「それは構いませんが、先に一つだけ言っておきたいことがあります。みんな年長者という言葉で僕を相当な年寄りだと思ったかもしれないが、僕は美咲さんより2つ上なだけだからね」
「それ重要なのかしら?」
「今後にとって重要ですよ」
木田はそう言って咳払いすると改めて話し始めた。
「僕はみんなの書いた小説を読んだことはない。でもたぶんみんなある要素を持った小説を書いているんだと想像している。それはおそらく未来の話であり、ディストピアな世界であり、救世主が望まれるような混とんとした世界の物語ではないだろうか。そしておそらくみんなは書きながらほとんど無意識の状態になって結末へと至っている」
木田は一度話をやめてみんなを見た。
「僕の書いた小説の話をしよう。僕の小説ではゼロという一人の人物が世界のために物語を集め続けている。世界はその物語によって構成されており、ゼロがいなければ世界は存在しない。ゼロは世界を存在させ続けるために物語を書き続け、そして物語を収集し続けている。世界観としてはアカシックレコードが近い。アカシックレコードには過去・現在・未来のすべてが記録されている。そこにアクセスできれば未来を知ることができる。誰もがアカシックレコードにアクセスできると言われているが現実には誰もがアクセスはできていない。ではどうすればアクセスできるのか。僕は、たぶん美咲さんもだが、物語を書こうとする意識がアクセスを可能にすると思っている」
「最初に言っておきたいの」
美咲が木田を遮って言った。木田がわずかに顔をしかめる。
「このままでいけば早晩世界は滅びる。私は滅びない未来を迎えるための情報を手に入れたい。そしてその情報を使って世界に働きかけたい」
「あの」
はじめがおそるおそる発言した。
「僕は小説の書き方を教えてもらうために美咲さんのところに行ったんですが、他のみなさんもそうなんでしょうか?」
「そうよ。私が先生に会ったのは去年の夏ごろ。あ、私は火裏まどか。携帯ショップの店員をしながらウェブで小説を書いているんだけど、先生からメールをもらったの」
長身の女性が言った。
「あ、俺は金城まこと。沖縄生まれだけど東京の大学に通ってる。文芸サークルに入ってるんだけど、先輩の紹介で美咲さんに会ったのが半年前かな」
「わ、私は水野祥子。高校生です。埼玉県在住です。SNSのサークルで小説を書いていたら美咲さんから連絡がきました。2か月ぐらい前の事です」
「あたしは日高えみ。会社員で事務の仕事をしています。小説は趣味で書いていて、ブログで発信してたら黄河さんから連絡が来ました。1か月前頃です」
「俺は土屋浩平。フリーターです。小説公募にだしてたら黄河さんから連絡がきました。半月くらい前です」
「なんだか急に自己紹介になったな。俺は木田、木田まさし。脱サラして今は実家の手伝いをしながら小説家のまねごとをしている」
「あの、実は私たちは美咲さんのさっきおっしゃったことを知っていました。1週間前くらいに女の子だけで飲もうってことになって。そこで美咲さんから聞いたんです。スピリチュアルな話ですねってみんなで話してました」
水野祥子がおそるおそるといった感じで言った。
「なんだよ、みんな初対面だと思ってたら違ったのか。なんか俺ばかみたいじゃん」
木田がふてくされたようにそう言った。
「あら、本当の事言うとちょっとずつみんなに話してはいたのよ。まったく話してなかったのははじめ君ぐらいよ」
言われたはじめは目を白黒させていた。
「すごく驚いています。驚いて見えないのはさっきの車の運転でまだ心臓がドキドキしてるからだと思います」
「かっこよかったでしょ?」
美咲がはじめに片目をつぶって見せた。
「美咲さんはスピード狂だからな」
木田がそう言うと美咲に睨まれた。
「まあともかくも今日は親睦を深めてもらうつもりだったのよ」
美咲がぱちんと指を鳴らすとどこからともなくスタッフがわいてきてあっという間に食事の支度がされた。
「立食パーティーだけど気楽にしてねみなさん」
美咲はそう言って個別に話しかけ始めた。
いつの間にかパーティーの様相を呈していた。
「災難だったね。はじめ君」
木田がはじめのとなりに来て言った。
「あの運転をはじめて経験した人間は誰でも恐怖ってのがどんなものか知ることになるんだ」
しみじみと言った。
「乗ったことあるんですか?」
はじめが聞くと、「ああずいぶん前にね。それ以来乗ったことはないけどね」
木田は思い出して身震いしているようだった。
「はじめ君はどんな小説を書いているの?」
水野祥子が聞いてきた。
7人の中では一番はじめに年齢が近い。
「あ、書いているっていうか。書き始めたばっかりというか」
「へえそうなんだ。今度読ませてよ」
「いいですけど、水野さんのも読ませてください」
「いいよ。はじめ君はどこに住んでるの?」
30分くらいが過ぎて場がそれなりに盛り上がってきたころ、美咲がパンパンと手をたたいた。
「それじゃみなさん。これからのスケジュールをお話しします。まずはこれから2週間でそれぞれ短編を書いていただきます。内容は自由です。ただし二つだけ規則があります。一つは物語の中に私を登場させてください。どんな形でもいいです。もう一つは物語の中の私に世界を救うにはどうすればいいのかを教えてあげてください」
場がざわっとした。
「世界を救うってことは破綻することが前提の物語ってことだね」
木田が腕を組んでうんうんとうなずくように言った。
「あ、あの物語の中の先生は人間でなくても構わないですか?」
水野祥子が聞くと、美咲は笑いながら「いったい何にされるのか楽しみだわ」と答えた。
そして1時間のちにみんなは解散した。
はじめは再びポルシェの助手席に乗ることになった。
他にどうしようもなかったからである。
「まあ頑張れよ」
木田がはじめの耳にそうささやいて去っていった。
頑張れと言われてもどうしようもないこともある。
はじめは半笑いで美咲を見た。
「あらはじめ君楽しそうね。じゃあ今度また乗せてあげるわね」
はじめの手のひらは汗でじっとりしていたがそれを知っているのははじめだけだった。