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1.先生になる人

畑無中学は名前とは裏腹に田んぼの真ん中にあった。

いわゆる田舎の中学校だった。

校舎も木造づくりでこのままでは流石にダメだろうと作り変えの議論がようやく始まったところだ。


月野はじめは畑無中学の一年生だった。

担任教師の専門は国語でいまどき木刀を持ち歩くような人だった。

クラスをまとめるために、いや生徒と距離を縮めるためにだったか。

その担当教師、日下部はクラスの全員と交換日記をしていた。

そしてある日、はじめは日下部に職員室に呼ばれた。

はたして何か悪いことでもしただろうか。

覚えのないはじめはいぶかり、ドキドキしながら職員室に向かった。

職員室というのはどうにも敷居が高い。

できれば入りたくない場所だった。

好き好んでそこに自ら出入りしている女子生徒もいたがはじめにはその気持ちは理解できなかった。

用意しておいた小さな勇気を振り絞ってはじめは職員室に入った。


日下部ははじめを見るなり「いやあお前の文章は面白いなあ」と言った。

交換日記の事を言っているようだった。

普通の事を書いているだけのつもりだったのだが何が日下部の気に入ったのだろう。

「あんまり面白いから友人にもつい見せちまってなあ」

勝手に人の文章を見せるとはどういう了見だろう。

そんな気もしなくはないがそれを言う勇気が足りなかった。

「でな、その友人が言うんだよ。私が教えてみたいってさ。だもんでな、お前行ってみないか?」

はじめは固まった。

何を言っているんだろう。

「いや俺が言うのもなんだけど割と有名な奴なんだ。奴ってのもあれか。女だしな」

日下部は机の上の書類の山から一冊の本を引っ張り出した。

「ほらこれの作者だ。名前は聞いたことあるんじゃないかな」

その本は「あんたの日記」と書かれた書籍だった。

作者名は「とも」と書かれている。


「いえ、知らないです」

はじめは職員室に入ってきて以来はじめて口を開いた。

「そうなのか?ネットじゃ結構有名みたいなんだけどな。まあ知らないってこともあるか。とにかく一度会ってみてくれないか?」


特に興味があったわけではないが、断る理由もなかったのではじめはその作家と会うことになった。

隣町の駅の近くに新しく建設されたタワーマンション。

その高層階に住んでいるらしい。

名前は黄河美咲。

その日は土曜日だった。

はじめはいつもと同じ時間に起きていつもと同じ時間に家を出た。

午前中にきてほしいという事だった。

だから特に考えもなくそういう事にした。


「君がはじめ君か。はじめまして、黄河美咲です」

作家というからメガネをかけたオタク的な中年女性を想像していたはじめはあっけにとられた。

出迎えてくれたのは高身長ですらりとしたモデルのようなスタイルの女性だった。

メガネはかけておらず髪の毛は肩までのストレートヘア。

動くたびに天使の輪がうねうねと移動するようなさらさらした髪だった。


「あ、あの。僕は何をすればいいんでしょうか?」

「そんなにかたくならないで。まずは座ってちょうだい。飲み物は何がいいかしら?」

タワーマンションの高層階というだけですでに緊張の真っただ中だったが、予想外にきれいな女性だったことで一層の緊張を強いられたはじめだった。

美咲はハーブティーの入ったカップをはじめの前に置いた。

「お口にあうかわからないけれど。よかったらクッキーもどうぞ」

口の中がからからだった。

はじめがハーブティーに口をつけて思わず「あちっ」と言うと美咲はくすりと笑った。


「なんと聞いてきたかわからないけれど、私はあなたの文章にとても興味を持ったの」

美咲ははじめをじっと見つめてそう言った。

はじめはじっと見られた事などなかったので顔を赤らめてうつむいてしまった。


「思ったのよ。あなたもゼロの文章を紡げる人ではないかと」

ゼロ?

はじめが説いたげに顔をあげると美咲は首を振った。

「いえ、今のは忘れて。あなたはもっと文章が上手くなるわ。わたしが教えればね」


どこか遠いところで他人事を聞いているようだった。

気が付いたときははじめは次回の約束をしてマンションを後にしていた。


「宿題があるの。いえ、学校じゃないんだから宿題なんて嫌よね。そう課題と言おうかしら。次回までにやってきてほしいことがあるわ」

美咲はそう言った。

「最初の課題。題目は小学生。小学校でもいいわ。舞台がでもいいし主人公がでもいい。この題目でひとつの物語を書いてきて。そうね、二週間でどうかしら?二週間後の土曜日。また同じくらいの時間にきてもらえるかしら?」


帰り道を歩きながら、もしかして大変な約束をしてしまったのかもしれないと思ってはじめはおののいた。

自分の流されやすさをたしなめた。

同時にきつくなったら先生に言ってやめさせてもらおうとも思った。

でも同時に何か得体のしれない期待感と言ったものもわいていた。

なぜだかどうしようもなくワクワクしている自分がいたのである。



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