世界最強のキンキンキン! とくと見よ
この作品はフィクションです。
実在の個人、団体、作品等は無関係です。
また、特定の個人、団体、作品等に対して、
何かしらの意図があるわけではございません。
あくまで一つのエンタメとしてお楽しみください。
ちょうど男がモンスターを倒した時だった。
「ん? 新しいスキルか」
その男――ジョンは珍しいなと思いつつ、自身のステータスのスキル欄を確認する。
モンスターを倒すと稀にスキルを獲得する。それは冒険者の常識である。
ジョンとしても久々の新スキルだ。
はやる気持ちをそのままに、ジョンはスキル名を読み上げる。
「【キンキンキン】か。……聞いた事ねぇな」
ジョンは街へ戻ると、冒険者ギルドの酒場に来ていた。
「悪いがそんなスキルは初耳だな」
「トムさんでも知らねぇのか」
自身の獲得した珍しいスキルも、ベテランのトムなら知っていると考えたからだ。
だが、ジョンの当ては外れたようだ。
「スキルならよ。ほれ、使ってみれば分かるんじゃないのか」
「それが、全く発動しないんでさ」
「モンスター相手にもか?」
「ああ。帰りがけにモンスターや木で試したが、てんでダメで――」
スキルは条件さえ整えば発動できる。
ステータスではスキルの詳細が分からないため、実際に使って確かめるなんて事もよくある話だ。
ジョンも色々試してみたが、残念ながら【キンキンキン】は一度も発動しなかった。
「お手上げだ。もうスキル名から想像するしかないな」
トムは降参だ、と言わんばかりのポーズを取る。
「そうは言ってもよ。キンキンキンだけじゃ何も分かんねぇぞ」
「確かに。それが分かれば苦労はせんか」
「キンキンキンで何か浮かぶなら、そいつは神か預言者だぜ」
「ああそうだな。そうに違いない」
そう言って二人の男は笑いあった。
キンキンキンだけでは、何かを想像する事など不可能であった。
商店が建ち並ぶ表通りを、一人の男があてもなく歩いていた。
「どっかにヒントでも転がってねぇかな」
発動できない謎のスキルがあるせいか、どうにも落ち着かないジョンである。
「ん?」
ふと立ち止まったジョンの耳に、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が届けられる。
それを聞いたジョンは胸に妙な昂ぶりを感じ、何ともなしに音のする方へと歩いていく。
ジョンが音に釣られてたどり着いたのは、鍛冶屋の作業場だった。
ジョンは少し悩んだ末に、熱がこもらないよう開けられたドアから中を覗く。
作業台では立派な髭を貯えた男が、熱した金属を槌で叩いている。
奥には剣や鎧も置いてあるようだ。
それらは冒険者のジョンにとって、武器屋で見かける馴染み深いものである。
「へえ」
そんな剣の成り立ちを始めて見たジョンは、思わず声をあげてしまう。
見事な髭の男が作業を止めて顔を上げ、ジョンに気づいた。
「冒険者か? 店なら表の方へまわってくれ」
「いや、違うんだ」
訝しげな顔をする男に対して、ジョンは事情を説明する。
「――それで、ここに着いたのさ。もしかすると【キンキンキン】は生産系のスキルかもしれない」
戦闘以外に役立つスキルも数多くあり、モノ作りで便利なものは生産系スキルと呼ばれている。
自然と鍛冶屋に引き寄せられた事から、ジョンは自分の新しいスキルが生産系ではないかと考えていた。
いずれにせよ。人は物珍しいスキルと聞いて、興味を惹かれずにはいられないのである。
鍛冶屋の男も例に漏れず、多少なりともジョンに協力する姿勢を見せていた。
「ここにあるくず鉄なら、好きに使ってもらって構わん」
そう言って男が並べたのは鎧の破片や折れた剣、歪んだ金属棒などのガラクタだ。
「助かるぜ」
くず鉄を前にしてから、ジョンは得も言われぬ期待感を抱いている。
どうやら当たりを引いたようだな、とジョンは独り言ちた。
「よし、行くぞ。【キンキンキン】」
見事にスキルが発動し、ジョンの体が勝手に動き始める。
キンキンキンキンキンキン――。
あまりにも早いその動きは、二人の男の目では追うことができなかった。
折れた剣が作業台から弾き出され、回転しつつ床へ落ちる。
その音が作業場に響き、呆然としていた二人にようやく時間が戻ってくる。
「なんだよ、これ」
いつの間にか手に持っていた自分の剣を見ながら、ジョンが震えた声を出す。
自身のスキルの結果であるが、ジョンは理解が追いついていない。
一方の鍛冶屋の男はもう少し冷静であった。
当事者ではないというのも大きいのであろう。
男が用意したくず鉄の中で、折れた剣だけがスキルの影響を受けた事に気づく。
「どうやら剣にだけ反応したようだな」
それを聞いてジョンも作業台の上を確認する。
剣以外は全く動いていないようだ。
「言われてみれば妙だな。スキルは発動したってのに、効果がさっぱり分からん。」
鍛冶屋の後でトムと検証を重ねたジョンは、概ね【キンキンキン】の事を理解していた。
【キンキンキン】は、生産系スキルではなかった。
自分の剣で目標の剣を攻撃し続けるスキルであったのだ。
その早さはスキルを使用しているジョンでも目で追えない程である。
発動中のキンキンキンという剣同士がぶつかる音だけが、ジョンの知覚できる唯一のものだ。
そして攻撃先の剣が床に落ちると、剣を叩き落した判定なのかスキルが終了する。
剣は人間が持っていなくても、床に置いてある剣以外なら発動できる。
もっとも、剣を床に落とせない状況だと三分経つまで終わらないので、気軽に発動するのは危険だ。
一見実用性がありそうなスキルだが、ジョンはあまり使えないと判断していた。
第一に冒険者であるジョンが普段相手にするモンスターは、立派な剣なんて持っていないからだ。
対人戦闘は傭兵か騎士か、それに準ずる者の仕事である。
しがない冒険者のジョンが対人で戦う際は、余程切羽詰まった状況であろう。
そして、第二に実戦では相手の剣を落とした所であまり意味がないからである。
【キンキンキン】は剣を無力化するだけで、相手に一切ダメージを与えないので、剣以外の攻撃手段を持たれていたら終わりである。
回りくどい事をせずシンプルな攻撃スキルの方がマシだったな、というのがジョンの正直な感想だ。
そもそもキンキンキンと剣同士がぶつかるのは、本来身体を狙った剣の攻撃を剣で受けるからである。
相手が知覚できないレベルの素早い攻撃であれば、相手の剣を避けて身体に当てる方が手っ取り早いのだ。
【キンキンキン】のようにわざわざ剣を狙って攻撃する事の無意味さが分かるだろうか。
キンキンキンキンキンキン――。
スキル発動中に響く甲高い音。
これもジョンにとっては、どこか哀愁を感じてしまう音になった。
結局ジョンは検証以降一度も【キンキンキン】を使う事がなく、一介の冒険者として過ごしていた。
ある日ジョンが冒険者ギルドを訪れると、興奮を抑えきれない様子のトムに呼び止められた。
「ジョン。これを見ろ。お前さんにぴったりだぞ」
そう言ってトムが指で示した先を見ると、掲示板に見慣れない大きさの紙が貼ってあった。
「これはなんだ?」
ジョンには何と書いてあるか分からなかった。
この国の識字率はあまり高くなく、冒険者に至っては推して知るべしである。
チップを払えば代読して貰えるため、大抵の冒険者はそもそも文字を覚える気がない。
「そういや字は読めないんだったな。これは剣術大会の告知だ」
「剣術大会? 俺が出ても勝てねぇだろ」
「ここをよく見ろ、って読めないのか。」
トムは先ほどから落ち着かない様子だ。
自覚があったのか、一息ついたトムが告げる。
「この大会はな、試合中に自分の剣を落としたら負けになるんだ。」
「それと俺に何の関係が――。そういう事か」
ジョンはここでようやく【キンキンキン】の存在を思い出した。
「ジョンの例のスキルは凄腕の冒険者でも見えなかっただろ。剣術大会でも十分通用するはずだ」
「違いねぇ。その大会、詳しく聞かせてくれ」
剣術大会は王都で開催される。
ジョンの住む街からは距離があり、乗り合い馬車で行くにしても金のかかる旅だった。
だが、剣術大会で優勝すればしばらく遊んで暮らせるだけの大金が手に入るのだ。
優勝を狙うジョンにとって、出費は大したものではなかった。
既にエントリーを済ませ、初戦を待つばかりである。
剣術大会のルールはそこまで難しいものではない。
剣術大会の名の通り攻撃手段は剣のみ。
寸止めを基本とし、その攻撃が審判によって有効になれば勝利である。
殺傷行為は禁止。剣を落としたり場外へ出たりしたら敗北になる。
試合前の棄権や試合中の降参は自由だ。
剣を落としたら敗北というおまけのようなルールが、ジョンを後押ししている。
ジョンは自分の勝利を確信し、思わず笑みがこぼれてしまっている。
迎えた初戦。
相手は格上の冒険者だが、ジョンには関係なかった。
ただ【キンキンキン】を発動する。
キンキンキンキンキンキン――。
たったそれだけで、あっという間に相手の剣を叩き落す。
ジョンの勝利だ。あっけなかった。
観客も何が起きたか分からず動揺している。
キンキンキンキンキンキン――。
ジョンはその後も順調に勝ち上がっていった。
キンキンキンキンキンキン――。
どこかの流派の師範代も近衛騎士も、ジョンの――【キンキンキン】の前では等しく無力だった。
キンキンキンキンキンキン――。
どこか虚しさを覚える音が会場に響き渡るだけである。
そして迎えた決勝戦。
相手は現剣聖の一番弟子であり、次期剣聖の筆頭候補とされている。
剣の才能も技術もジョンとは比べ物にならない。
しかし剣を叩き落す、その一点だけであればジョンが上回る。
実戦では負けていただろうが、ルールのある剣術大会ではジョンの勝利は揺るがないだろう。
審判の合図によって、試合が始まる。
相手は無名のまま勝ち上がったジョンを警戒し、様子を伺っているようだ。
俺も偉くなったもんだな、とジョンは思う。
そして、観客を意識しながらジョンは宣言する。
「世界最強のキンキンキン! とくと見よ」
キンキンキンキンキンキン――。
読了ありがとうございます。
思い付きでつい書いてしまいました。
申し訳ございません。
お楽しみいただけていれば、幸いです。