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40話。【バランSIDE】バラン団長、完全な裏切り者になる

 薄暗い地下の独房にバランは入れられた。

 ネズミが這い回るような不衛生な場所である。


「くそぅ、くそぅ! この俺が……っ!」


 牢獄でバランは拳を握りしめて、リディア王女への怒りを滾らせていた。

 この俺をハメたあの小娘の仕打ちは、絶対に許すことができない。

 

「捕まえて、顔の形が変わるほど殴りつけてやる!」


 妄想の中で、バランはリディアに悪魔のような暴力を振るって、憂さを晴らす。

 元はと言えば、すべてバランの自業自得なのだが、彼は自らを省みることなどなかった。


「殺してやる。いや、ただ殺すだけではあきたらん。アベルともども、この世の地獄をたっぷり味あわせてやるぞ!」


 もはや王家への忠誠心など微塵もなく。

 バランは、ひたすら王女への憎悪を燃やしていた。


「バラン殿。面会の使者です」


 牢番がやって来て告げる。


「やっと来たか。遅い!」


 バランは実家のオースティン侯爵家に、牢獄に酒を届けるように使者を出していた。


 本来なら絶対に許されないことだが、バランの権力を持ってすれば、この程度の脱法行為はたやすい。


 やがて姿を見せた美しい少女メイドは、極上の酒瓶を手に掲げ持っていた。

 

「牢番、お前は席を外せ。女、酌をしろ」


 牢番に金貨を投げてやると、彼はそそくさと姿を消した。

 とにかく酒でも飲まなければ今夜は眠れそうにない。


 明日以降は侯爵家の力を借りて、なんとかここから出る算段をするつもりだが……

 国王と王女をあそこまで怒らせては、さすがに望みは薄かった。


「クスッ。だいぶお困りみたいね。バラン・オースティン様」


「なんだとッ!? メイドの分際で!」


 メイドが冷笑したのを見て、バランは激怒した。

 しかし、銀髪の少女メイドは、なんら動じることなく優雅に一礼する。その所作には犯しがたい気品があった。


「はじめまして。私はフォルガナの王女アンジェラと申します。会えて光栄よ」


 衝撃的な自己紹介だった。

 本来、やって来るハズだったメイドと入れ替わったらしい。


「フォルガナの王女だと? バカな、フォルガナの王女がなぜ間諜スパイの真似事など……」


 アンジェラの暗躍については知っていたが……

 フォルガナの王女がこんな危険を犯して自ら動くなど、到底、信じられなかった。


「王女と言っても、私の序列は低いのよ。今回のアーデルハイド攻略で手柄を立てなくてはならない立場なの。で、どうかしら? 私と手を組んでくださらない? あなた、このままでは一生、牢獄暮らし。悪ければ打首になる立場じゃなくて?」


 その申し出にバランは驚愕する。

 それはつまり、本物の反逆者となるということだ。


「あなたの実家、オースティン侯爵家はすでにあなたを切り捨てる判断をしたわ。反逆者を身内に抱えては、侯爵家も立ち行きませんものね。

 本来、ここにやって来るハズだったメイドは、酒に毒を入れていたの。

 あなたには早々に死んでもらわないと困るみたいよ」


「まさか、父上が俺を……?」


 憐れみを浮かべるアンジェラに、バランは動揺する。

 侯爵家から見捨てられては、もはやバランの行く末は死しかない。


「かわいそう。ずっと今まで、ブラックナイツの団長として、この国に貢献してきたのに。もう誰からも必要とされないなんて」


「くぅうううっ……! それで俺にどうしろと?」


 もはや、アーデルハイド王国に未練はなかった。

 アンジェラの申し出を受け入れ、フォルガナでやり直すより他に、バランの生きる道は無い。


「話が早くて助かるわ。策と力を授けるから。その通りに動いてくれれば、大丈夫よ」


「貴様らに寝返るのは良いが、ひとつ条件がある。リディアは殺さず、俺の奴隷にして飼いたい! あの小娘にはこの先、一生、生き地獄を味あわせてやる。どうだ?」


「……良いわよ」


 アンジェラは花の綻ぶような笑顔で快諾した。


「ありがたい。俺は今後、アンジェラ王女殿下の騎士として、剣を振るおう」

 

 バランはアンジェラの手を取り、その甲に口付けをしようとした。騎士の姫君に対する忠誠の誓いである。


 アンジェラが慌てたように、手を引いて逃げた。


「あ、あなたを私の正式な騎士とするかは、今後の働きによるわ。まずは手柄を立てなさい。話はそれからよ」


 

 王宮の外に出たアンジェラは、バランに掴まれた手をハンカチで念入りに拭った。


「気持ち悪い男に触れられてしまったわ。気持ち悪い、気持ち悪い……っ」


 バランがアンデッドに転生すれば、アンジェラに絶対服従する存在になる。

 口約束などいくらしてやっても構わなかった。


 それにしても、主家の姫君を奴隷にしたいなどと、バランはおよそ騎士の風上にも置けない男だった。

 無能なだけでなく、品性まで下劣とは救いようがない。


 あんなヤツは本来ならお友達アンデッドになど、したくない。まして騎士として、側に置くなど。


「信じられないくらいバカな人。私の騎士があなたなんかに務まると思っているなんて……」


 黒衣の騎士シグルドが、アンジェラの影より出現する。

 最高の騎士を知ってしまった今となっては、他の有象無象では我慢できなかった。


「まあ、バカにはバカなりの使い道があるわよね。せいぜい、私の役に立って死ぬといいわ」


 アンジェラは吐き捨てる。

 バランなど、欲しい物を手に入れるための捨て駒に過ぎなかった。


 シグルドに加えて、もうひとり。

 やがてアベルを自分の騎士に加えることができると思うと、ゾクゾクするような興奮を覚える。


「こんな気持ちになるなんて、はしたないかしら?」


 独りごちて、アンジェラは闇の中に消えていった。

お読みいただきありがとうございます。

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