24話。バフ・マスター。王女から今夜のことはきっと一生忘れないと言われる
ダンスホールでは楽曲に合わせて、貴族たちが優雅にダンスを始めた。
テーブルの上には、豪華な料理が並べられ、食欲をそそる香りを放っている。
本当はお腹が空いていたのだけど、僕を包囲した貴族や姫君たちが、ひっきりなしに話しかけてくるので、料理を手に取っている暇がない。
「アベル様、どうぞ」
ティファが食べやすい大きさに千切ったパンを持って来てくれる。
「おおっ、腹ペコだったんだ。助かる!」
「……いえ」
パンを一口で食べると、リディアが腕を絡めて来た。
「アベル、一緒にワルツを踊りましょう」
「喜んでと言いたいところなんだけど……ダンスは苦手なんだよな。バフ・マスターのスキルを鍛えるのに必死で、ダンスの練習とか、ぜんぜんして来なかったから」
「大丈夫よ。私に合わせて」
リディアが僕の手を引いて、ダンスホールに連れ出した。
衆目の中、僕たちはステップを踏む。
宮廷楽士たちが、テンポの良い曲を奏で出す。僕はぎこちないながらも、リディアにリードしてもらって踊った。
「みんなから祝福されて、あなたとダンスを踊れて最高の一夜ね! きっと今夜のこと、私、一生忘れないわ」
僕もまるで夢の中にいるような心地だった。
「一大事! 一大事でございます!」
会場の扉が開いて、血相を変えた兵士たちが転がり込んできた。
ただならぬ様子に楽曲の演奏が止まる。
「何ごとか、騒々しい」
国王陛下が立ち上がって尋ねた。
「はっ! そ、それが……」
「こんばんわ。アーデルハイド王国の紳士淑女の皆さま方。突然の訪問の無礼をお許しください」
兵士の背後から現れたのは、黒いドレスを着た15歳ほどのあまりに美麗で可憐な少女だった。
「私は魔法王国フォルガナの王女アンジェラと申します。
リディア王女殿下のご婚約に際して、一言、お祝いを申し上げにまかりこしましたわ」
アンジェラは、スカートの裾を摘んで優雅に一礼する。
実に堂々とした態度だった。
「フォルガナの王女だと!?」
会場の空気が凍りつく。
驚いたことにアンジェラは、供の者を誰も連れていなかった。
「アベル! あ、あの娘の言っていることは本当よ。去年の親善の場で会ったことがあるの!」
リディアが目を丸くした。
どうやら、本当にフォルガナの王女らしい。ただの愉快犯ではないようだ。
フォルガナの王女というからには、相当な魔法の使い手なのだろう。
アンジェラの勝ち気な瞳は、この敵地からたったひとりでも生還できるという自信に満ちていた。
あるいは祝いの使者なら、殺されることはないと考えているのか?
どちらにしても、敵国の王女が、先触れも無くこの場に現れるとは、何か企てがあるに違いない。
「ティファ!」
「はっ!」
僕はティファを伴って、アンジェラの前に歩み出た。
その際に、会場内を見回して、この場の全員に全ステータス10倍バフをかける。
「なんとっ! もしや、こ、これが【バフ・マスター】の力か!?」
貴族たちから驚愕の声が上がった。湧き上がった力に戸惑っているようだ。
アンジェラの狙いとして、もっとも考えられることは、国王陛下や、この場に集まった国の重鎮たちの命を奪うことだ。
【バフ・マスター】の力で、彼らのステータスを引き上げれば、魔法で皆殺しにされることはないハズだ。
「お目にかかれて光栄よ。あなたがリディア王女の婚約者。いまやアーデルハイドの英雄と誉れ高き、アベル様ね。
ドラゴンとリッチ。厄災級の魔物2体を、歯牙にもかけずに滅ぼしてしまうなんて素敵だわ。それくらいじゃないと、私の相手は務まらないものね」
アンジェラが手を差し出してくる。
「まずは一曲、踊ってくださらない?」
「ダンスの申し込みはありがたいけど。
フォルガナの王女というなら、その前に聞かせて欲しい。リディアの命を狙ったり、【不死者の暴走】を引き起こしたのは、フォルガナの仕業なのか?」
僕はアンジェラを睨みつける。
もし少しでもおかしな動きをしたら、剣を抜くつもりだった。
下手にためらえば、この場の大勢が犠牲になるだろう。
アンジェラはクスッと微笑んだ。
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