20話。バフ・マスター、最強の剣技を継承する
僕の屋敷内にある剣の道場に、ティファとリディアと一緒に入った。
ティファが円形の巨大水晶に手を触れて、起動コマンドとなる呪文を唱える。
すると水晶に、剣を振るう父上の姿が映し出された。
これは映像を記録し、再生する魔法だ。
「アベルよ。よく見ておくが良い」
今は亡き父上が、鋭い呼気と共に上段斬りを放つ。
空間さえ切り裂くようなすさまじい剣速に、僕は息を飲んだ。基本的な技だというのに、その迫力に圧倒される。
「これが大陸最強と謳われた父上の剣か!」
僕は剣聖イブから剣の腕を褒められたが、あれは8000オーバーの筋力と、5000オーバーの敏捷性に物を言わせた力技だ。
これからリディアを守っていくには、ちゃんとした剣術を身に着けなくてならない。
「はい。まずは見ようみまねで良いですから、シグルド様の動きを再現してみてください。
おかしなところがありましたら、私がそのつど指摘します」
「アベル、がんばってね!」
リディアから声援が飛ぶ。
剣を握った僕は、繰り返し繰り返し、上段斬りを放った。
水晶に映る映像を見ながら、なるべく父上の動きと同じになるように意識する。
熱を持った身体から湯気が立ち上り、大粒の汗が床を濡らす。
今までバフ・マスターの力を使うと行動が制限されて剣が振れなかったが、スキルが進化してその制限がなくなった。
スキルを使いつつ、剣術の修行ができることは素直に嬉しかった。
「アベル様、ちょっと違います。もっと脇を締めて、顎を引いてください。全身の力を剣先に伝える感覚を意識なさってください」
ティファが僕の動作におかしいところを発見すると、指摘してくれる。
彼女は実際に自分でも剣を振るったり、僕の腕を取って動かしたりして、具体的に教えてくれた。
ティファは父上の弟子なだけあって、教え方が上手だった。
最強の師匠と最高のコーチ。究極とも言える訓練環境だった。
「少し休憩されなくても大丈夫ですか? かれこれ、2時間近く素振りをされてますが……?」
時が経つのも忘れて没頭していると、ティファが休憩を勧めてきた。
「うん? そういえば、意外と疲れていないな……」
「体力の能力値が、5543になったって聞いたけど、そのおかけじゃないかしら? スゴイ体力ね!」
おおよそ2000回近く素振りをしたが、息が乱れていなかった。
1.5キロの重量の剣が、羽根のように軽く感じる。
まだまだ、いけそうだ。
「僕は他人よりずっと遅れているからな。今日は最低でも5000回は、素振りをしたいと思う!」
「ご立派ですが、根を詰めすぎるのは良くありません。休息も修行には必要です。いったん休憩にしましょう」
「そうか……」
僕は手を止めて剣を収める。
過酷なだけの訓練に意味は無いが、ティファの持論だった。
「お疲れ様です。汗をお拭きしますね」
ティファがタオルで、僕の頭をごしごし拭いてくれる。
これは気持ち良いな。
「アベル! はい、これ。疲労回復効果のあるポーション(回復薬)よ」
リディアがポーションの瓶を取り出して、僕に渡してくれた。
口に含むと、甘さの中に絶妙な酸味が効いていた。しかも氷の魔法を使ったのか、冷えていて、火照った身体に心地よい。
「あなたのために、はちみつと潰したイチゴを入れて、飲みやすくしたの。どう、おいしい?」
「す、すげぇー、うまいよっ!」
「よかった! まだまだ、たくさんあるから、どんどん飲んでね」
リディアが鞄から次の瓶を取り出してくれる。どうやら僕のために、たくさんポーションを用意してくれていたらしい。
その心遣いにジーンと来た。
「だいぶ疲れたみたいだから、膝枕してあげるね? さっ、横になって」
リディアが床に女の子座りすると、僕を手招きした。
……はあ!?
僕の目は、彼女のスカートからはみ出た眩しすぎる太ももに釘付けになる。
「ぶっ! いや、それはちょっと……」
「王女殿下、は、はしたないですよ!」
「はしたないって何が? アベルを癒やしてあげるだけよ? ほら、ヒーリングマッサージもしてあげるから。早く来て」
リディアはキョトンとしている。
その手には、回復魔法の優しい輝きが宿っていた。
回復魔法をかけながら、マッサージしてくれるようだ。
疲れた身体には抜群に効くだろうが……
「えっと、僕の身体。汗でビッショリなんだけど……?」
「いいから、いいから」
リディアはまったく気にした様子がない。
ええい。もう、どうにでもなれ。
僕はリディアに近づくと、意を決して頭を彼女の膝の上に乗せた。
心地よい弾力とぬくもりが伝わってくる。
少女の息づかいを間近で感じて、心臓がバクバクした。
「それじゃ、酷使した肩と腕を重点的にマッサージしてあげるね」
リディアが僕の肩を揉みほぐす。
負荷のかかった筋肉が癒やされ、疲労が芯から抜けていく。
「どう? 気持ちイイ? 元気が出てくるでしょう?」
「げ、元気が出過ぎでヤバイ……」
「お、王女殿下! 私も多少は回復魔法の心得があります。アベル様の膝枕とマッサージは、私が代わりに行います!」
ティファがなぜか慌てまくっている。
「はぁ? アベルを癒すのは婚約者である私の務めよ」
「いいえ! アベル様の体調管理は、副団長である私の仕事です!」
ティファは僕の頭を無理矢理つかむと、自分の膝の上に乗せた。
うげっ。痛い。
だけど、ティファの膝枕も心地良いな。
「ちょっとティファ! アベルが嫌がっているでしょ? 回復魔法なら聖女の私が誰よりも得意なんだから、任せておいてよ」
今度はリディアが、僕の頭をティファから強引に引き剥がして、自分の膝の上に置いた。
「いや、ちょっと痛いんだけど」
「王女殿下にこのようなことをさせる訳には参りません。それに、はしたないですよ!」
さらにティファが、僕を自分の元に奪い返す。
うげっ。
「はしたないって言うなら、あなたも同じでしょ!?」
「私はアベル様と一緒に育った仲です。いわば家族なのですから、はしたなくありません!」
「家族って言うなら、私は婚約者よ!」
「つまり、まだ結婚してないということでは、ありませんか!?」
ふたりの美少女は、僕を奪い合いながら口論している。
「おい。これじゃ休憩にならないだろ! いい加減にしてくれ」
「それじゃ、アベル。どちらに膝枕して欲しいか選んでちょうだい。当然、私よね!?」
「い、いいえ。私ですよね。アベル様!?」
リディアもティファもムキになっているようだ。
僕は全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
これはどちらを選んでも、ロクなことにならなそうな予感がする。
「いや、リディアとティファのお陰で、もうすっかり元気になったな!」
僕は飛び上がって、剣の素振りを強引に再開した。
「ノルマ5000回を目指して、がんばるか!」
ワザとらしい僕の態度に、ふたりの美少女がジト目を向けて来る。
とにかく誤魔化すべく、剣を振り続けた。
まったく、このふたりはどうしてしまったのだか……
修行を終えた僕は、風呂に入ってさっぱりした。
そして正装に着替えて、ふたりと共に王城で開かれる祝勝会へと向かった。
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