群馬県太田市(7市/792市)
群馬県太田市
市のデータ
関東地方
人口 221,331人
面積 175.54㎢
人口密度 1,261人/㎢
市の木 マツ、モクセイ、カエデ、イチョウ
市の花 キク、サルビア、ツツジ、シュンラン
誕生 1940年4月1日 新田郡太田町が周辺町村と合併し誕生
群馬県 1市/12市
市の名産
・モロヘイヤ
・スイカ
・やまといも・
・スバル最中
観光
・太田天神山古墳(東日本最大の前方後円墳)
・新田荘遺跡(長楽寺・世良田東照宮など)
・新田金山城跡(日本100名城)
・ジャパンスネークセンター
騎士星的考察
日本の市考察第7回目の今回は群馬県太田市です。群馬県で3番目に人口が多い市です。とはいえ、4番目の人口の伊勢崎市とほぼ同じなので双子都市とでも言うべきでしょうか。群馬県は人口がばらついています。県庁所在地の前橋市と最大の人口を誇る高崎市の二大都市が有名ですが、太田市と伊勢崎市の二大都市もいい組み合わせだと思います。
私は、太田市には何度も行っています。
太田市と言えば、有名なのは自動車会社SUBARUの工場があるということでしょうか。太田駅のすぐ近くにあるSUBARUの工場地区はSUBARU町と言います。太田市や隣の大泉町は外国人が多い地域で有名です。SUBARUの工場のすぐ近くには東日本最大の前方後円墳である太田天神山古墳があります。古代群馬は上毛野氏という大豪族がいたため大和政権内でもかなり大きな力を持っていました。
それから、町の中心から見える金山という山には新田金山城があります。新田金山城は岩松氏ならびに横瀬(由良)氏の居城です。岩松氏は、足利氏と新田氏両家の血を継いでおり新田本家が滅亡後は新田氏本家として扱われる名門です。戦国時代には家臣の由良氏に乗っ取られてしまいますが、新田義貞を輩出している新田氏を後世までつなぎます。
また、先ほどから言っている新田氏はこの太田市にあった新田荘が名前の由来です。旧尾島町などがメインです。新田義重がこの地に入り新田氏が始まりました。世良田東照宮や長楽寺がある世良田地区は、世良田義季・頼氏という人物が影響力を持っていた地域です。新田氏の分家ですが、一時期新田本家が没落していた時期に鎌倉幕府の御家人として中央政界で活躍していました。世良田頼氏はのちに二月騒動という事件で失脚しますが、この世良田氏に注目したのがあの徳川家康です。彼らの末裔だと主張し征夷大将軍に就任します。そのため、世良田は徳川家ゆかりの地とされています。まあ、世良田義季の子は、頼氏と徳河頼有なのでこの徳河から徳川になります。
話がだいぶそれました。私が大学で研究していたのがこのあたりの話だったので長くなってしまいました。
新田氏の遺跡、日本100名城の新田金山城、古代の太田天神山古墳、現代ではSUBARUの工場。歴史と工場がある市です。
群馬県の中でも工業生産額が多い市です。
SUBARUの車に乗っている人や歴史に興味がある人はぜひ来てください。
そんなこんなで第7回目の今回は終了とします。
利用したことのある駅
・東武伊勢崎線 太田駅
利用したことのある高速道路のIC
北関東自動車道 太田桐生IC
参考
・Wikipedia『太田市』
・太田市 公式HP