なんてことない日常会話。9
「えんちゃーん、おっはよ、う?」
「ロッキー、はよ」
「どったの、なんかダルそうじゃね?」
「んー、へいき」
「いやいやいや、調子悪いんなら学校なんて休んで寝とくべきじゃね? 危なくね?」
「心配してくれるのはありがたいんだけど、そこまで虚弱じゃないから」
「心配は確かにしてるんだけど、そうじゃなくて。危ないってのは、えんちゃんがダルそうにしてると儚げ美少女感がマシマシになってうっかり道を踏み外すヤローが続出しそう的な意味での危険が危ないだから」
「真顔かつ一息でなに言ってんの?」
「美少女扱いに対する反論はないの?」
「まあ………………事実だし」
「えんちゃんが、己の美少女フェイスを、認める……だと!? えっ、マジ大丈夫? 保健室連れてくる?」
「保健室連れてくるって何さ」
「本格的にヤバいんだったら、保健室まで移動するのも辛いかと思って」
「心配してくれるのはありがたいんだけど、それはなんか違う」
「えーとじゃあ、家まで送る?」
「それもいらない」
「えー、じゃあなんで美少女フェイスを認めちゃったの? かわいいって言われると辞書という鈍器を振りかざして嫌がるえんちゃんはどこ行ったの?」
「その言い方だと、僕がめっちゃ凶暴みたいじゃん。あと辞書は鈍器じゃなくて読み物です」
「初対面の俺に辞書を振りかざしてきたのは事実じゃん。あと大半の人にとって辞書は読み物ではないと思います」
「あれはロッキーが悪かったし、振り下ろしてないんだからいいじゃん」
「振り上げたその事実が問題なのです。しかしその理不尽さはいつものえんちゃんなので、ちょっとほっとしている俺がいる」
「そこで安心されると普段の僕がひどい奴みたいになるんだけど」
「美少女扱いに憤慨しないえんちゃんとか、それっくらいレアだってことだよ」
「いや、だってさあ」
「おう」
「悟ってかわいいだろ?」
「おっと、いきなりのさっちゃん。いや確かにかわいいけども。そうだな、えんちゃんが放課後の図書館が似合う文学系美少女フェイスなら、さっちゃんは放課後のグラウンドが似合うスポーティー系美少女だな」
「なんで放課後縛りなのかがちょっと気になるけど、まあそうなんだよ。僕の妹はかわいい。で、そんなかわいい悟と僕の顔はそっくりなんだよ」
「そりゃ双子だしーって、読めた。俺は読めてしまったよ。さっちゃんはかわいい、イコールさっちゃんとそっくりな自分がかわいいのはしようがないとか言うつもりだろこのシスコン!」
「否定はしない」
「それはどこにかかった肯定の言葉なの? えんちゃんがかわいいこと? シスコンなこと?」
「悟がかわいいことと、僕と悟の顔が似てることかな」
「さっちゃんを挟まないと美少女フェイスは認めたくないのね。でもまあ、現実を見られるようになってきたってことだよね! その調子でいつか自分は美少女フェイスなんだって自覚してね!」
「いや僕の成長期はこれからだから。将来的にどう見ても男にしか見えない男の中の男になる予定だから」
「いやー、えんちゃんは背が伸びたとしても、男の中の男にはなれないタイプだと思うなー」
「贅沢は言わない。美少女に見えなくなれば、それでいい」
「えんちゃんが遠い目をしている……ごめんね、そこまで追い詰められていたなんて……!」
「そこまででもない」
「知ってた」
「要するに、悟が男顔で悩むくらいなら僕が女顔で悩んでる方がまだマシかなって」
「誰にとって?」
「僕にとって」
「歪みないね、えんちゃん。でもさー、さっちゃんは男顔だったとしても爽やかイケメン系女子だと思うなー。ヅカ的な感じでさ、女の子にきゃーきゃー言われちゃったりすんの」
「今とあんまり変わらなくない?」
「確かに。さっちゃんのファンクラブとかもうあるっぽいしな」
「は?」
「うわ、こっわ。『は』の一文字にこれだけ恐怖覚えたの初めてだわ俺」
「詳しく」
「だからこわいって。安心してくれ、会員は後輩の女の子ばっかりらしいから」
「なんだ」
「一瞬でいつものダルダルえんちゃんに」
「今ので目が覚めた」
「今まで寝てたんかーい」
「四割くらい」
「マジか。え、待って待って」
「何?」
「えんちゃん、結局ダルそうな理由を聞いてなかったんだけど、そこ教えてもらっていい?」
「昨日、読むつもりのなかった本をうっかり読破しちゃってさあ」
「ただの寝不足じゃん! いつもの自業自得じゃん!」
「だから平気って言ったじゃん」
「ひどいわ、あたしは本当に心配してたのよ!」
「それについてはありがとう」
「くっ、そこでごめんじゃなくありがとうをチョイスする辺り、分かってるじゃないの! 良いってことよ!」
「ロッキー」
「何かなえんちゃん!」
「言葉遣いは統一した方がいいよ」
「冷静!」