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我が常駐宿“燕の巣”に若干ふらつきつつ到着。少し飲み過ぎたみたいだ。
「お?今日はいつになくご機嫌だね~いい事でもあったのかい?」
「あ、女将さん。起きてたの?」
「いつもなら帰って来る時間にまだ来てなかったね~。
旦那を先に寝かせて待ってたんだよ。ほい!」
「おととと。悪いね。
……冒険者なんて不規則な仕事なんだから、そんなに気い使わなくてもいいのに」
「そんな不規則な仕事で、ほぼ毎日8時前後に帰って来るあんたもどうかと思うけどねぇ」
「残業は嫌なんで、ね?」
「わかったよ、じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
宿屋の肝っ玉女将に疲労回復薬“女将特製チョコアンパン”をもらって部屋へ直行。
やっぱり疲労回復には甘い物が1番!(どこの女子だよ、おまえは)
フラフラしながらも2階の指定の部屋、20号室へ。
「ただいまっと……」
まずは疲労回復の……生活魔法“活性”別名【ユンケル】を自分にかける。
…………
マジで回復した(HP1&MP1)……
効果はリフレッシュ。実際には体力と魔力を微量に回復する程度。本当に生活魔法って便利……
…………
いや~本当に魔法覚えんだな~自分。とりあえずベッドにダ~イブ。
「ふう、ではチョコパンで完全回復しますか……」
ベッドに座り直し、今日の出来事を振り返る。
チョコアンパンをムシャムシャしながら、改めて思い浮かべる……魔法を覚えた。
魔法を使えた。
魔法を使えた。
魔法を使えた。
魔法……
あかーん、ニヤニヤが止まらな~い。
このままだと、またニヘラニヘラしながら飲んでしまいそうだ……
ご飯だけ食べて帰って来るつもりが気が付いたら「生エールジョッキで!」と叫んでたからな……お酒、強くないのに……
それにしてもマジ、ナノエリク効くな……二日酔い予防にピッタリじゃね?本来は日常の作業のもうひと踏ん張り的な魔法らしいけど。
……ついでだから復習しよう。
“点火”
机の蝋燭に火が点いた。
“貯留”
カップに水がたまった。口の中のチョコアンパンを喉へと流し込む。
美味い。
“清浄”
服と体がきれいなった……今日は風呂カットでいいな。
“涼風”
うん、涼しくなった。 東北出身の自分には、ここの気候は暖か過ぎる。これで快適に過ごせる。
後は……解体用ナイフを出して……
“硬化”
刃零れ防止。
強度が上がる……らしい。実感はイマイチ無い。
“保護”
こちらは錆止め。服やカバンに掛ければ防水にもなる……らしい。
またしても実感無し。
こんなもんかな?実際には簡易釜戸を作る魔法なんかもあるが、室内だし、明日もあるから、また今度にしよう。
うん!眠い!
さすがに疲れた!
興奮してハシャギ過ぎたようだ。
アルコールも適度に抜けたっぽいから、今日はぐっすり寝れそうだ……
~…~…
おはようございます。
いつもなら完全二日酔いコースの飲みっぷりだったのに、目覚めスッキリ!
「ん~~!よし!早速、今日はダンジョンに潜りますか~」
夜明け直後の宿の食堂へと降りて行くと、ここのオーナー(女将さんの旦那さん)が厨房にいた。
今日はオーナーが早番らしい。
「おはよう。朝食いいかな?」
「おう、今日は早いな。また、ダンジョンに潜るのかい?」
「そ。いつもと違って調査も予定してるから早めに出ようと思って」
「ん?それだと今日は帰って来ないのか?」
「ん~、帰ってはきたいけど……たぶん、そうなるかな?」
「じゃあ、かみさんに伝えとくよ。ほれ、飯だ」
「サンキュー」
まだ準備が整ってないのに、スープにスクランブルエッグ、厚めのベーコン、そして……ご飯。
そう。米。
お米があるんですよ!
これがあるから、この宿選んだと言っても過言でもない。
こっちのごはん、大抵はパン食(固いヤツ)なんだけど、僕みたいな漂流者の影響で米(ご飯)を提供してくれる所もちらほらある。
特に港町は田舎なのにご飯、ハンバーガー、カレー等“明らかに”漂流者が伝えたでしょ?ってメニューがある。
それも、かなり忠実に再現(ハンバーガーはアメリカン、カレーは本場インドの)していて、食文化だけは地球と大差ない。
「うん。いつ食べてもここのご飯は最高!ごちそうさま!お代置いとくね!」
「おう、気を付けてな!」
「サンキュ!」
宿を出る。
現在の時刻午前6時、宿から暁の迷宮へは1時間ぐらい。
荷物になるから採取等の依頼は後回し、一気に最下層まで突っ切る。
と、言っても全5階層だから、最短距離で移動すれば5時間(戦闘含む)。
採取(戦闘含む)も5時間ぐらいで行けそうだから……
調査が1・2時間で終われば今日中に帰れる……って、無理でしょう~
てか、見付かるまで探すよ?
5階層は安全地帯もあるから、2回位キャンプする覚悟で来てるし……
~…~…
暁の迷宮、5階層。
ボス部屋の前と、ボスを倒した後のボス部屋が安全地帯になっている。
勿論、ソロでボスに挑む程無謀ではないので、ボス部屋前にベースを張り、ここを拠点に隠し部屋を探す。
丁度お昼位の時間なので、軽く食事をしてから探して……
探して……
探す……
探……
目の前に地図に無い、部屋の入り口があるのは気のせい?
隠し部屋だよ?
隠す気ある?
……怪しさ満点、そりゃ~誰も入らない訳だ。
いくら初心者向けダンジョンとはいえ、最下層でボス部屋まである階層に、こんなアカラサマな現れ方したら誰も入らんわ!
だってこの辺徘徊してる冒険者、みんな中級以上よ?
……どんだけ愚痴ったって状況は変わらない訳だし、入りますよ?
入ればいいんでしょ?入れば。
……入りたくねぇ~。
ついさっきまで壁だった所におもむろに出現した扉。せめてモンスターボックスじゃない事を祈り、いざ!!
スーーっと開いた扉の向こうには……剣(?)いや、杖が一本浮いているのみ……
帰っていいかな?
『やっと会えましたよ~ずっと待ってたのに調べて貰えないから、目の前に現れちゃいましたよ~』
……うん、帰ろう。幻聴と幽霊の幻覚が見えるくらい疲れて(決して憑かれてない!)いるようだ。
回れ右して入り口へ戻る。
案の定、扉は閉まります。
「はぁ……」
『話を聞いてください!』
まだ、幻聴が聞こえます。いやね?自分が10代で厨二全開だったら迷う事なく手に取ったよ?
でもさぁ、10年だよ?10年。右も左もわからない異国(異世界?)の地で10年、何の能力も無しに化け物相手にお金を稼ぐ日々を送ってみなさいよ!
無理でしょ!危険度MAXよ!これ!
杖の横に居る(ように見える)幽霊に近付く……
振りをして、回れ右してダッシュ!剣に“硬化”と“保護”を何重にもかけ、扉に叩きつける!
ガキーーン!
木製の扉からあり得ない金属音が鳴り響く。
「……はぁ……。」
『……どうして逃げようとするんですか?』
「どうしても何も……怪しいでしょ、どう見たって……」
『え?』
気付いてないんかーい!