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もらとりある  作者: 酒多 狂吉
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そのさん

 とかく、そのときに私は満たされ、じぶんが満たされているというのもまざまざと自覚して、それから、異性交流が活発になりました。いや、活発になるように行動していったんです、自ら。

 先生がいま何を思っているのか分かります。恐らく、前髪パッツンのロン毛男が、そんなにモテるだろうか?ということでしょう。

 そりゃね、短髪をグロスなんかで撫で付けている正統派の爽やかなイケメン連中には適いっこありませんけど、あれらはほかっといたって女が寄ってきますから私とは何処までも毛色が違っていますけど、先生、私だってよくよく見てみれば、これはなかなかの色男だと思いますよ。色物枠には違いありませんが、向こうから寄ってこないまでもこちらから歩み寄れば、ちょッくら話でも聞いてみようかな、なんて気にさせるのは、それくらいは、一応、できるんです。


 そのIちゃんとはメアドを交換して(名をアイナだとかアイカだとか云った気がするので仮にIちゃんとしておきます)、偶に連絡して、偶に抱き合ったりしていました。

 私は恋人が慾しいのじゃありませんでしたし、彼女も彼女で別にカレシがゐたのかどうか、とかく、そういうヤヤコシイ入り込んだ話にはなりませんでした。都合が良いと云えばそれまでですが、心安いと云えばこれまたその通りで、事実、私は毎度彼女に排出しては健全な落ち着きを取り戻し、それでやっと人間としてギリギリやれていたような気がします。

 ところが、やはり私も男で、と云うか、男のしからしむるところとでも云うか、次第に、どうにも、彼女だけでは足りなくなったんです。彼女は全体的には痩せぎすで胸だけ取って付けたみたいに豊満で、女には羨ましがられそうなそんな体型でしたけど、何度も交わっているとそれにも飽きが来、違うものも漁ってみたくなりました。男に生まれて了った限り、生涯を通して向き合わねばならぬ甚だ情けない願望です。これに抗うにはそれ相当の抑止力が必要で、まあ、それが結婚だの子どもだのの所謂家庭と云うやつかもしれませんけど、生憎持ち合わせがありませんし、持ち合わせる気もないので仕様がないわけですが、けれど先生、今日日ではこれは私に限った話でもないようです。何処もかしこも余裕がなく(むろん私ほどではないですけど)、子どもを拵える暇もないまま適齢期を過ごし、ようやっと余暇ができたという頃には庭も種も使い物にならず、またいまさらガンバル気も起きず、そのままあの世行きなんてのも珍しくありませんし、私の数少ない友人知人もそんな塩梅らしく、結婚まではこぎつけても子どものあるやつは一人もゐませんね。

 けれど不思議なもので、中学時代にヤンキーやら不良やらと呼ばれていた人等はポコポコ生んでいるようで(フェイスブックやらインスタやらで否応無しにかれ等の情報が這入ってくるのです)、心にも経済的にもよほどの余裕があるのか、はたまた動物的なのか、当時はかれ等こそ路頭に迷うタイプだろうと確信していましたが、実にたくましく、またかしこく立ち回っているところを見ると、あれはあれで生物的にはずいぶん優等生のようですね。と、皮肉っぽく云ってはみますが、その実、そうして有意義に暮らしているらしい彼等をSNS上で見かけるたび、どうにもひがみっぽくできているらしい私は身悶えするほどの妬ましさに襲われるのが常でした。


 で、落第生の私もいっちょまえにやることはやったんです。いいえ、やることだけをやりました。尻から太ももが大根みたく立派なバタ臭い感じの女子大生、出るところが出て凹むところも出ている、ボン、ボン、ボンのハムみたいなフリーター、干し柿みたいな乳の鶏ガラみたいな人妻、ETCETERA。

 この世には実に多種多様の体型があって、その多様性をつまみ食いする度に落ち着きました。けれど、Iちゃんとはじめてしたときのかの安堵とはすこし違っているようで、これは、さまざまな立場のさまざまの体型のさまざまな服を着た女も、一糸まとわぬ姿になればただの女で、ただの人間で、つまりは私とおなじで、という種の落ち着きでした。これはIちゃんの処理の甘い腋の下を垣間見た瞬間のあの好感にも似た感覚なのでした。

 私はこの頃から精虫を排出すること自体への熱意は鳴りを潜め、もっといろいろな女を隈無く食い漁ってみたいという貪慾が沸いていました。

 それからの私はそれまでにも増して精力的に街へ出、飲み屋へ行き、食わず嫌いせず、手当たり次第に食べました。ウマイのもあればマズイのもありましたが、マズイなかにもウマイがあると信じ、辛抱してなんでも頂戴しました。そんなに頑張っても、畢竟私が御相手できたのはたかだか一〇数人くらいのもので、これには自ら嘲笑せずにおられませんでしたが、それ以上数をこなすのも難しい状況がやってきて了いました。

 一ツには体力の問題でした。二〇代前半だったとは云え、汗を流すのに快感も美学も感じない質でスポーツからは縁遠い道を歩んできた為、手持ちの体力には自信も蓄えもなく、二で割れば虚弱体質ぎみである無頼漢の私には、あの全身運動を際限なく繰り返すのは無茶だったようです。もう一ツには貯蓄が尽きたんです。あの一〇万です。幾ら安酒を置いている店でも、こうも足しげく通っていたんでは私の財力は長く保たず、見事に、アッと云う間に、蒸発するように無くなりました。

 そこで不図〝当初の目的はこれだった〟と思い出したのですが、金というのはすっかり無くなって了うとやはり言い知れぬ心細さがあり、じぶんと云う個体がことさら惨じめに思われて来、そうすると無性に誰かに精虫を吐き出したくなるのでした。そうでなくとも約一ヶ月の習慣がありますから、次から次へと精虫が生み出されているらしく、それらが狭いふぐりの中でほんとうの居場所を求めてグツグツ煮え返り、のたうち回っているようでした。


 私は考えました。アルコオルとニコチンとヤニとでどち黒くなった脳細胞をフル稼働させて。そうして出た案は、それはやっぱりどち黒いものでした。つまり、やはり、ウマイほうを残してマズイほうは極力切り捨てようと云うことでした。女の人たちをふるいにかけたんです。そりゃあ、皆と各人各様に仕合せに付き合ってゆけたら文句なしでしたけど、体力も金も無けりゃそんなことできません。何事にも限りがあるようです。

 無論、切り捨てられたほうはプライドが許さなかったり私に本気で入れ籠んでいたりしたようで「最低!」だの「死ねよ!」だのと手酷く罵られましたが、心を痛め乍らも必死にそれらを振り払って逃げ、好物ばかりのユートピアを夢想し、着々と準備を進めました。人間あれもこれもと慾張っては不可ない。いま手許にあるもので辛抱して、尚且つ要らぬと思しきものは潔く捨て、残りのほんとうに好きなものだけを愛でたり磨き上げたり強固にしたりして生活する。断捨離の精神は解らないがプチ断捨離だとでも思えばなにやら高尚なかんじで未練も起こらない、それどころか却って身の回りがすッきりして好いんだ。そう信じて己の好みやら性格やらも慮ったうえで厳しく査定しては捨て、査定しては捨て、だけを入念にやったのでした。


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