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もらとりある  作者: 酒多 狂吉
2/7

そのに

 高校野球ではベストエイトが出そろった頃、現実問題として、もうそろそろ預金の残高が底を尽きかけていました。残金一〇万円。先生、結構あるじゃないか、なんて思ってもらっては困ります。月々きっちりと収入があるならば、この一〇万という数字は心強いものにもなりましょうけれど、当方は絶賛ヒキニート中でしたから、経済力ゼロの全財産となれば、一〇万なんてのは、なんの拠り処にも成り得ぬ甚だ頼りない数字で、こちらの不安をじりじりと煽ってくるだけで、これならいっそ素寒貧のほうが諦めがつくというもので、畢竟、そうか、ならばすっかり使い果たしてやれ、とヤケッパチを起こすに至ったのです。

 それで私は女漁りに出かけました。先生の時代にはガールズハントとか呼ばれていたであろうあれです。と云っても、近頃の女漁りはそんな無骨じゃないんですよ。まず飲み屋に出掛ける、店の中でいちばん安いハイボールを二、三杯ひっかけて好い気分になる(私はほんとうはアルコオルに弱いのです)、同じように好い気分になっている女を見つける、トイレへゆくついでにその子のゐるほうへフラフラ、座ってる彼女にバンッと身体を当てる。「どうも、すみません」なんて云い、先方がこちらへ振り返ったら「かわいらしい顔をしていますね」と。すると「あなたほどじゃないよ」と向こうは云うんです。そりゃそうです。ロングヘアの前髪パッツンの男に話しかけられたらば、女は決まってそう返すようにできてるんですから。

 で、その日もその日でちょうど好い具合の女がその場で調達できて、私は憩っていました。勿論はじめのうちは世間話をします。素性の知らぬ相手ですから、しぜんと当たり障りのない話題になります。けれど、お互いにアルコオルが廻ってきたら、これまたしぜんに饒舌にもなってゆき、恋人の有無だとか、仕事の種類だとか、なんやかやと訊かれ、私はほとんどならず者ではありますが、それでも魂は正直にできているようなのでむやみやたらに嘘を吐けませんから、こういう折、「彼女を作る気もないし仕事もしていない」だとか「貯金を使い果たしたくて飲みにきてるんです」とそっくりそのまま事実を伝えるようにしていました。

 ここで六割くらいの女はサーッと酔いが冷め、勘定を済ませ、颯爽と店を出、そうして二度と関わることがなくなるのですけど、このときの女は残りの四割に属しているタイプらしく、私の体たらくぶりを聞いても、へぇ、だとか、そうなんだ、だのと云ってべつだん気にする様子もありませんでした。


 そうして私たちはその日にねんごろになったんです。私の実家に連れ込んで、ゴムが手元になかったものですから避妊もせず、そのまま。

 私のなかで長い間とぐろを巻いていた精虫たちの一切合切を彼女に吐き出しました。


 それは久方ぶりの排出だったんですが、なにか以前と違う感じがして、もっと若いときの、単純で絶対的なあのけらくではなくて、安心と云うのか、落ち着くと云うのか、とかくそんな風に感ぜられたのを覚えています。

 女の乳房がどうとか、女体の神秘だとか、そういうものはちッとも感じなくて、むしろ衣服を脱ぎされば皆おんなじことだ、男も女も肉塊だ、というような悟りじみた考えがチラついたりし、感覚的に興奮を覚えることも終始なく、では、ただ単に精虫を吐き出せばよかったかと云えばそうでもないようで(その後、何度か自慰に勤しみましたがかの安堵感は得られませんでした)やはり肉体に排出したかったらしく、それが女であるほうが好ましいらしく、となるとこれが女体の神秘と云って云えなくもないようですが、肉塊だと思えばやはりあれは肉塊なのです。

 強いて云うなら、悶えた彼女がチラと見せた処理の行き届いていない腋の下が、私は好きでした。


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