06. 意外といい子
アリアナ先輩が優しく微笑んでくれている。
二人の間には、質の良い皿に盛られた美味しそうなフルコース料理。
――ああ、今日はお祝いか。
ぼんやりとそんなことを考えていたわたしに、アリアナ先輩が笑顔で温かいスープを勧めてきた。
スプーンを手に取りその黄金色の液体を掬う。
……掬う。
……あれ?
何度試してもスプーンから零れ落ちてしまうそれにやきもきする。
前を見ると、アリアナ先輩が美味しそうにスープを味わっていて、それが更にわたしを急かした。
「なんでなの……ああっ」
勢い余って振るった腕が当たり、グラスが倒れた。
テーブルから滴り落ちた炭酸水が絨毯に染み、淡いグレーから濃い色へと色を変えた。
床に向けていた視線を上げると、今までにこにこしていたアリアナ先輩が何の表情も乗せずにこちらを見つめていた。
「カティ、何故貴方は****なのかしら」
「せ、先輩……?」
何を言われたかは分からないけれど、何か良くないことだってことは分かる。
わたしが戸惑っている間も、アリアナ先輩は何かを呟き続けていて、不意にその瞳から涙が溢れた。
無表情のまま涙を流すその姿はいつものアリアナ先輩とはかけ離れていて、恐怖すら感じる。
「――どうして……どうしてなのかしら…………可哀想なカティ」
その言葉がはっきりと聞き取れた瞬間、わたしは悲鳴を上げて飛び起きていた。
キッチンの方からカチャカチャ物音が聞こえる。
泥棒? なんてまだはっきりしない頭に思い浮かんだけど、寝惚けた目を擦ってよく見るとシリルくんの後ろ姿が見えて警戒を解いた。
昨日の記憶が途中までしか思い出せないけど、どうやらベッド周りを片付けようとしてそのまま眠ってしまったみたいだ。
掛け布団が掛かってたから、もしかしたらシリルくんが掛けてくれたのかもしれない。
「――あ、おはよう、カティ」
「おはよう」
「紅茶でいい? パンとスープにしたんだけど」
「え、あ……うん」
顔を洗いに行こうと立ち上がると、気配に気付いたシリルくんが振り向いた。
テーブルの上には二人分の朝食が用意されていて、思わず感心する。
いい子だ。昨日のお風呂といい、これといい……めっちゃいい子。
「シリルくんって本当に悪魔なの?」
「そうだけど?」
ですよねー。
向かい合って朝食を食べながら聞くとあっさり返事が返って来て、何かの間違いなんじゃないか、なんて淡い期待は敢え無く崩れ去った。
いい子すぎて本当に悪魔なのか不安になったんだもん。いや、いい子に越したことないんだけどさ。
「悪魔って皆シリルくんみたいに落ち着いてるの? わたし、祓われる瞬間しか知らないから暴れてる印象が強くて」
「うーん、個体差があるからね。僕はクラムの中にいたときに人間についていろいろ学んだけど、下級のになると言葉も通じなかったりするしね」
「そうなの?」
「うん。……もしかして他の悪魔とも話し合いで解決、とか考えてるならダメだよ。油断したら殺されるからね」
「え、うん。分かった」
わたしの返事に満足気に頷いたシリルくん。
もしかして今、心配してくれた、んだよね……?
本来祓うべき悪魔に諭されるエクソシストなんて前代未聞だろうけど、大人しく従っておく。命は大事だ。
「そういえば、シリルくん昨日どこで寝たの?」
「ベッドだけど?」
「え……一緒に?」
「うん。一緒に」
……なんということでしょう。
あれだけ警戒していて一緒のベッドでぐっすりって、何してんだわたし。
言葉に詰まったわたしに少し不機嫌になったシリルくんが「何もしてないから」と呟いた。
「……シリルくんさ、本っ当に何もする気ないんだよね?」
「うん」
「…………分かった。信用する」
念を押した言葉にも真剣な顔で頷いたシリルくんに、わたしも腹を決めることにした。
シリルくんは悪魔だけど、優しくて家事ができて敵の心配までしてくれる――変わった悪魔なんだ。
「そんじゃ、この後買い物行こっか。服とかいろいろ必要でしょ?」
「え?」
「シリルくんの着替えとかないし。ベッドだって買わないと」
「いや、僕はカティと一緒でも」
「だめだめ。わたしのベッドは一人用なの!」
「はぁい」
一緒に寝るのを拒否したら少しむくれていたけど、心なしか嬉しそうだ。やっぱり毎日同じ服は嫌だったんだね。
それにしても結構大きな出費だよね、これ。
最近忙しくてお金使ってなかったし、それだけは不幸中の幸いかな。