25. 利用
どういう原理か分からないけど、動きを止めたクリストファーさんを一瞥して、カイルさんはわたしを振り返った。
「これで落ち着いて話が出来る。そうだなぁ……まず、俺はシリルの兄。そこまではいいかな?」
「そ、それじゃあカイルさんも悪魔っ……!?」
「そういうことになるね」
なんてことだ。
わたしは気付かない間に二人の悪魔に囲まれて生活していたことになる。
言われてみれば、シリルくんのカイルさんに対する態度だとか辻褄が合う部分はあったけど、誰彼構わず悪魔かどうか試すこともなかったから気付かないのも無理はない。というかそう思いたい。
愕然とするわたしに、カイルさんが「騙しててごめんね」と謝ってくれたけど、口元が微かに上がっていて本当に悪いと思っているどうかは定かじゃない。
「ついでにもう一つ明かすなら、例の貴族のやつも俺。上手くやったと思ったんだけどなぁ」
「もしかして、あの後……?」
「そ。カティがあまりにも悩んでたみたいだからちょっとね」
わたしが少しむっとしたのを察したのかカイルさんはまた形だけの謝罪を口にする。
けれど次の瞬間には、子供がとっておきの玩具を見つけたようないい笑顔でこちらを見ていて、思わずたじろいだ。
「けどね、カティ。騙していたのはこいつらも一緒――むしろもっと悪質なくらい」
「どういうこと?」
「どうしてシリルが君のところへ行ったかはもう聞いた?」
「まだ、なにも……」
そういえば前にシリルくんに聞いたときには「興味本位」とだけ答えられて、その時はシリルくんのことが怖かったから言及しなかったんだった。考えてみたら興味本位で近付くよりは、何か理由があると言われた方が納得出来る。
「こいつら」と言って指されたクリストファーさんはバツが悪そうに視線を逸らしているし、ただのお隣さんだと思って接していたカイルさんは悪魔だったし、これでシリルくんにも騙されていただなんて判明したら正直かなり落ち込む。
何も知らないと首を振るわたしに満足したのかカイルさんは笑みを深める。
「カティはね、俺たち悪魔が好む匂いをしてるんだ。フェロモンっていうのかな。猫にはマタタビが効くように、悪魔は君に魅了される」
「魅了…………」
これまで大してモテたことなんてなかったわたしが、実は悪魔を魅了する匂いを持っていただなんて知って複雑な感情になる。
何とも言えない表情を浮かべていたらしく、シリルくんがぎゅっと手を握って励まそうとしてくれた。
「それをこいつらは利用しているんだ」
「利用って、どういうこと?」
「君をエクソシストにしたのもそれが理由だよ。囮にすることで隠れている悪魔を暴くために。……アパートの隣と下の部屋に教会の人間を住ませて、常に監視下に置くことでね」
「隣……ってあの夫婦!? 引越したんじゃなかったの!?」
「彼らならまだあの部屋にいるよ。今頃いつも通り教会に報告しているんじゃないかな。”問題なし”って」
カイルさんがにやりと笑う。
悪魔のカイルさんとエクソシストの夫婦――といっても今となっては本当の夫婦かは分からないけれど――が仲良く同居しているとは考え難いし、カイルさんのことだから今回みたいに特殊な力を使って操っているんだと思う。
階下の人については会ったことがないから全く分からないけど、健康面でも精神面でもあまりいい状況だとは思えそうにない。
思わず口元を引き攣らせるわたしをカイルさんが正面から見つめて、今までで一番の、そしてどこか安らかな笑顔を見せた。
「無知で愚かで哀れなカティ――――好きだよ。俺と一緒においで」
「え……?」
「最初は愚弟にちょっかい出すだけのつもりだったんだけどね。カティといたら面白いし、安らかな気持ちになることに気付いたんだ」
「一緒にって、魔界にってこと?」
「それでもいいけど、君は悪魔に人気だからね。屋敷からなかなか外に出してやれないだろう。違う街に行ってゆっくり過ごすのもいいと思う。確か休みが欲しいって言ってたよね。金はあるから無理に働く必要はないよ。もしそれでも働きたくなったら、今度は信用出来る場所で働けばいい」
カイルさんの提案に少し考える。
確かに、魔界に行くとなったら敷居は高いけれど、違う街で暮らすのはいいかもしれない。
……その、「好き」の返事についてはまだ何とも言えないけど、一緒に暮らしてみて考えるのもありかも。そう思い至ったわたしが口を開こうとしたとき、苦しげなクリストファーさんの声がそれを遮った。




