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23. 恐れていた事態


 ――――どうして、ここに?

 いや、そんなことよりも今の状況を何とかしないと。


 シリルくんは睨み付けてこそないけど、警戒心のこもった瞳でクリストファーさんを見つめていて、彼もそれに返している。

 気が付けば、夕飯時だというのに周囲には人の気配も感じられなくなっていて、この状況の異質さを際立たせていた。

 空気が張り詰める中、何かここを切り抜ける糸口はないかと考えを巡らせながらわたしは、努めて明るい口調で切り出した。


「お疲れさまです。クリストファーさんも今帰りですか? わたしたちも帰るところで。……あ、この子は親戚の子のシリルくんです。今わたしの家で預かってて」


 不自然なところはなかったはず。

 けれどクリストファーさんはわたしの紹介に小さく首を横に振ると、憐憫の情を込めた視線をわたしに向けてきた。


「カティ、その子は悪魔だ」

「っ……、まさか! 彼は親戚の子で、悪魔なんかじゃ――――!」

「君には親戚はいないだろう? 念の為に君が育った施設にも確認したが、そんな子供はいなかった」

「だからって彼が悪魔だって証拠は…………」

「カティ、残念だけど僕には分かるんだ。その子供からは悪魔特有の魔力が溢れている」

「そんな……」

「ミーンソー卿が断ってきた件について、何か理由があってのことだろうと思って調べてみたが、()()痕跡が見当たらなかった。不自然な程にね。それも悪魔が介入したというなら納得がいく。……違うかい?」


 クリストファーさんの問いに、シリルくんは黙ったまま。

 それが答えだというように、クリストファーさんは頭を振った。


「カティ、こっちにおいで。そこにいては危険だ」

「っ、い、いやです! 離れません!!」


 クリストファーさんはシリルくんを祓う気だ。

 実体を持った悪魔が祓われると、体を失ったエネルギーの消費から酷いと消滅してしまうと聞く。

 シリルくんを殺させてなるものかと庇うように前に出たわたしに、一瞬、クリストファーさんが悲しげに顔を歪めた。


「……カティ」


 そんな驚いたような、呆気にとられたようなシリルくんの声が聞こえたと同時に、わたしの背中に何か冷たい液体が飛んできた。

 急いで振り返ると、濡れた体を抱くようにして苦しみ出したシリルくんと、その向こう側に何の表情も持たないアリアナ先輩の姿があった。


「聖、水……? シリルくん大丈夫!?」


 聖水が掛けられたことに気付いてすぐに服で拭う。

 けれど聖水が付着した皮膚は赤黒く爛れ、肉が焼ける臭いが辺りに満ちていく。

 もう一度聖水を掛けようと腕を上げたアリアナ先輩を止めたのは、ジーナさんだ。

 彼女の後ろからボブ室長やそして他のエクソシストの人たちが現れてわたしたちを囲うようにして様子を伺う。

 シリルくんを警戒する人、嫌悪感を露わにしてわたしを見つめる人……中でもボブ室長の今にも泣き出しそうな表情が心に刺さる。


「カティ。どうして悪魔なんかの味方をしているの?」

「アリ、アナ先輩…………」

「どうして? どうして私たちを裏切ったの? ねえ、どうして?」

「君が裏切っていただなんて信じられん! 何か理由があるんだろう!?」

「くっ……!」


 アリアナ先輩が無表情のまま問い掛ける。何度も、何度も。

 なんだか、前に見たことがあるような、まるでこうなることが分かっていたような不思議な感覚がわたしを襲う。

 アリアナ先輩たちの意識がわたしに向いたのを察したシリルくんが反撃しようと魔力を込めるけれど、今度はクリストファーさんが唱えた詠唱によって妨害されてしまう。

 個々の力では及ばない他のエクソシストの人たちは、各々が数種類ある悪魔を弱らせる詠唱を口にし、少しずつだけど着々とシリルくんの魔力を奪っていく。

 シリルくんとクリストファーさん、個人としてどちらが強いかは分からないが、数で訴えてきた彼らに正に今シリルくんが押されているのは明白だ。

 このままでは時間の問題。

 

 ――――絶体絶命。

 

 そんな言葉が脳裏をよぎったその時。

 わたしの耳に、くすくすと笑う男の声が届いた。

 その声はとても小さく、押し殺したものだったけれど、通り中、少なくともここにいる全員に聞こえているようだった。

 どこから、誰が、とこちらを警戒しながらも困惑する彼らが、一人、また一人と意識を失っていく。


 気付けば、わたしたち意外に立っているのはクリストファーさんとアリアナ先輩、そしてジーナさんだけになっていた。



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