21. 心の準備
「ただいま〜」
「おかえり。……なんかまたあの人来てるんだけど」
なんとかジーナさんの誤解を解いて家に帰ると、出迎えてくれたシリルくんがしかめっ面で部屋の奥を指差した。
それに気付いたカイルさんが笑顔でひらひらと手を振って応える。
……シリルくんにはわたしがいないときに誰も家に入れないように言って聞かせないといけないかもしれない。例えそれが何度も家に来ているカイルさんでも。というか別の日ならまだしも今日はやめてもらいたかった。まだ心の準備が出来ていない。
途端に顔を曇らせたわたしに、シリルくんが首を傾げる。
「カティ? どうしたの、追い出す?」
「や、待って、今落ち着くから。…………大丈夫」
日頃の鬱憤が晴らせると目が輝き出したシリルくんを止めて、深呼吸をする。
いい子すぎてこの頃忘れがちだけどシリルくんはれっきとした悪魔で、多分わたしが頼めば一般人のカイルさんを追い出すことなんて造作もないことなんだと思う。
普通の人間みたいに振る舞うように言ったことを守ってくれて、いつも何も知らないカイルさんには煮え湯を飲まされているみたいだし、今度何か埋め合わせしよう。
「おいシリル~、追い出すなんて酷いなぁ」
案を却下したことで口を尖らせてしまったシリルくんの頭を撫でて慰めていると、いつの間にか傍に来ていたカイルさんがシリルくんを奪って頭をガシガシと掻き回した。
シリルくんが凄い嫌そうな顔をしている。ごめんよ、シリルくん。この埋め合わせは必ず。
「おかえり、カティ。今日は遅かったんだね」
「あ、はい。……ただいま、です」
カイルさんに顔を合わせ辛くて遅くなったとは言えず曖昧に返事を返すけど、カイルさんは全く気にした素振りもなくシリルくんに構い倒している。
まるで今朝のことなんて何もなかったかのような態度に、ほっと胸を撫で下ろした。
わたしがエクソシストだって知ったときのこともそうだけど、カイルさんの人の触れられたくないところにはちゃんと触らないでくれるの凄く助かる。
買って来た食材の入った袋を台所まで運んで晩御飯の準備に入る。
閉店間際だからかお店のおじさんが安くしてくれて、今日はいつもよりランクが高いお肉を買ってみた。遅い時間に行かないと気付かなかったから、その点だけはよかったかもしれない。
「あ、今日カツレツ? 俺の分もよろしくー」
「はいはい。……ふふ」
いつも通りな会話に、自然と返事が出来た自分につい笑ってしまう。
あれだけ気にしていたのは何だったんだろう。
一人で笑うわたしに二人は首を傾げるけれど、一日に二つの悩みの種が解決したわたしはすっかり気が抜けてしまって、なかなか笑い止むことが出来ずにいた。
「上機嫌だね。胸のつっかえが取れたみたいでよかった。今朝みたいに俺に縋って泣いてくれるのも嬉しかったけど、やっぱり君には笑顔が似合う」
「ぴゃ!?」
「……は? 何それ」
カイルさんの空気を読まない言葉に、あっさり笑いが止まる。むしろ喉が引き攣って変な声が出てしまった。
当の本人はニヤニヤと意地の悪い顔をしていて、分かっていてこの話をしたんだと思う。
前言撤回。カイルさんは人の気持ちを抉る性格の悪い人だった。
初耳なシリルくんが怪訝な表情でカイルさんを問い詰めるけれど、カイルさんは「子供にはまだ早い」とか何とか言って相手にしていない。
一気に気分が下降したわたしは黙々と調理を再開した。




