02. 祓魔、失敗
一件目の任務は難なく終わった。
悪魔が憑いていた男性は拘束されていたし、憑いていた悪魔も低級だったから。
アリアナ先輩が悪魔を弱らせた後に少しだけだけど、わたしも一緒に詠唱させてもらえて、不本意だけど少し興奮した。
「カティが手伝ってくれたおかげで楽に倒せたわ」なんて、お世辞だって分かっていても嬉しいものは嬉しい。
二件目の現場まで移動したわたし達は、依頼者の御宅の前で最終チェックを行っていた。
一件目は悪魔が憑いているって確証があったけど、今回は違うらしい。
悪魔退治で面倒くさいのは、その擬態能力にある。
上位の悪魔になれば人間という依代がなくても人の形がとれるらしいけど、ほとんどの悪魔が人間に憑り付いて生活している。
その目的はそれぞれ違うみたいだけど、共通するのは関係した人間を破滅へと導くこと。……らしい。
アリアナ先輩につい最近教えてもらったばかりだから詳しくは知らないけど。
優しくて天使なアリアナ先輩だけど、悪魔に対しては並々ならぬ恨みがあるみたいで、悪魔のことが絡むと過激な性格になる。
過去に何があったのか軽々しく聞いちゃダメだと思って聞けてないけど、よっぽどのことなんだと思う。
……とにかく、今回の任務は依頼者の息子が悪魔に憑りつかれていないかどうかの調査。
確証がない分、慎重にしないといけないからわたしの出番はなさそうだ。
「いい? 調査中は、対象のクラムくんと依頼者の母親を一緒にしないこと。念のため、子供部屋に入ったら結界を張るわ。私が詠唱するから、その間クラムくんに異変がないかしっかり見張ってて」
「はい!」
依頼者宅に入ってから、手筈通りに行動した。
念を入れてアリアナ先輩が二種類詠唱してみたけど、クラムくんに異変はない。
聞きなれない詠唱を聞いてきょとんとするクラムくんに、アリアナ先輩が安堵の息を吐いた。
「――問題、なさそうね。私は母親に説明してくるから、カティはここに居て」
「分かりました」
結界を解除して部屋を出て行ったアリアナ先輩。
クラムくんも大人しくしてくれているし、今のうちに聞いたばかりの詠唱を復習しようと小さく口を動かした。
「――我は主のお力を借り……真の姿を現せ。えっと……汝は――って、うわああああぁあ!! せんぱぁい!!!」
突然ぶるぶると痙攣し始めたクラムくんに、急いでアリアナ先輩を呼ぶ。
祓うための詠唱を唱えてみるけれど、突然のことで口が回らない。
「うっわああああ! 先輩! 早くっ……助けてくださぁい!!」
いくら呼んでもアリアナ先輩は来てくれず、むしろ部屋の外からは物音ひとつ聞こえない。
この状況は異常だ。
クラムくんの母親に説明すると言ってもそんなに離れた場所じゃないのに、こんなに呼んでも来てくれないということは、アリアナ先輩の方でも何か起こっているんじゃないか。
「せ、せんぱぁい……っ!!」
焦げ茶色の髪を激しく振り乱しながら徐々にこちらに近寄ってくる彼に、わたしはもう涙目。
とりあえず部屋から出て、扉を押さえて閉じ込めておくことにした。
扉で隔てて視界に入らない分、気持ち的に楽だと思ってのことだったけど、何故か途中までしか閉まらない。
「なんでっ、どうして閉まらな、――ひっ!? う……あぁ……」
焦る気持ちのまま、なんとか扉を閉めようと奮闘するわたしの前に、クラムくんの顔がぬっと現れた。
びっくりして扉から手を放した隙に、扉が全開にされる。
いつの間にか体の揺れは治まっていて、何の感情も乗せていない茶色い瞳と目が合ってしまった。
「い、やっ……来ないでっ!!」
「? ナンデ?」
「えっ!? いや、怖いから……」
「コワイノ?」
「そりゃあ、もちろん……」
まさか話しかけられるとは思ってなくて、しどろもどろになったわたしを不思議そうに見つめてくる。
「コワイノカ……」って、ちょっとショック受けてるみたいに見えるけど、これ何かの作戦?
「あ、あなた悪魔よね!? もしかしてクラム君のお母さんも――!?」
「ハハオヤ? チガウケド、ナンデ?」
「アリアナ先輩が戻って来ないから……」
クラムくんの母親も悪魔に憑かれていて、アリアナ先輩が捕まっているんじゃ、なんて考えてみたけど違うらしい。
意外と素直なクラムくんに憑いた悪魔は、少し考える素振りを見せると合点がいったようでポンッと手を叩いた。
「サッキノオンナカ。ネカセタ。コレカラコロス」
「だっダメダメ!! 殺しちゃダメ!」
「ダメ? ナゼ?」
「何故って……とにかく殺しちゃダメだからっ!」
「ワカッタ」
こくんと小さく頷いたクラムくんに、ひとまずホッとする。
眠らされてはいるみたいだけどアリアナ先輩も生きているし、何故かわたしに襲ってくる様子もないし、これはこのまま先輩連れて撤退して、他のエクソシスト連れて出直して来た方がいいかもしれない。
むしろそれしかない! と頭の中で一人作戦会議が終わったわたしは、無表情のままわたしを見つめるクラムくんに向かい合う。
「クラムくん。わたし達、この後用事があるからまた明日、遊びに来るね」
「ダメ。アト、ボク、シリル」
「ええっ……えっと、シリル、くん? また明日、絶対来るから」
「ボクモ、ツイテイク」
「なっ!?」
クラムくん、もといシリルくんを何とか納得させようと色々と提案してみるが、全く引いてくれない。
シリルくんもシリルくんで、わたしがなかなか頷かないことに業を煮やしているみたいだ。
「ボク、オマエニツイテイク。コレゼッタイ。コトワッタラ、アノオンナ、コロス」
「ええっ!?」
ついに脅しにかかってきて頭を抱える。
こうなったら、シリルくんを本部まで連れて行って倒してもらうって手で……。
「……分かった。一緒に行こう」
「ヤッタ」
片言で喜ぶ声が聞こえたと思えば、次の瞬間どさりと倒れ込む。
そしてその前に立つ、黒髪黒目の少年――ってまさか!
「シ、シリル、くん……?」
「そう。僕のこと話したら殺すから」
にやりと笑ったシリルくんに、わたしは小さく悲鳴を上げた。