19. 弱気な朝
いつも家を出るより早い時刻、わたしは教会へ向かっていた。
まだ空が完全に明るくなる前の時間。
灯りがついている家がまばらな中、商家の人達が慌ただしく商品を運び込んでいる。
その音に起こされたのか、隣家のおばちゃんがあくびをしながら家から出て来て花壇に水を撒いていた。
いつもはバタバタしていて気付かない風景。澄んだ空気が鼻の奥をつんとついて、わたしは思わず足を止めた。
「……カティ?」
「あ……おはようございます、カイルさん」
にゅっと横から覗き込まれて、驚きながらも咄嗟に笑みを浮かべた。
「おはよう。……何かあった?」
けれどやっぱり上手く笑えてなかったらしい。困ったような表情のカイルさんに見つめられて、わたしはそっと浮かべていた笑みを消すと頭を振った。
「いえ……なんだか不思議な感じがして」
「不思議?」
「いつも暮らしているこの街が、なんだか違う街みたいに見えて」
わたし一人街からいなくなったとしても、きっと誰も気付かない。
わたしが貴族の養子になったとして、多少は噂になるかもしれないけれど、きっと、きっと次の日には忘れられている。
そしたら、全部元通りに――――
漠然とした疎外感に、わたしは視線を落とす。
朝一番のランド課長とクリストファーさんの話に参加して、それから解決策を探そうと昨夜シリルくんと決めた。
普段ならこんなに気にしないことを考えるなんて、これから起こる話し合いに弱気になってしまっているのかもしれない。
急に黙り込んだわたしを、カイルさんは何を思ったのか突然ぎゅっと抱き締めてきた。
びっくりして身をよじるけど、意外と力が込められていて抜け出せない。
「ちょっ、カイルさん!?」
「君が悩んでいるときに俺はこんなことしか出来なくて、ほんと情けなくなるよ」
上から降ってきたのはとても小さな声だったけど、その声色には苦渋が滲んでいてわたしはまるで心臓を握られるような気持ちになった。
わたしが息を呑むのが分かったのか、カイルさんは背中に回した腕の力を抜くと、そのまま一定のリズムで背中を優しく叩いてきた。
まるで幼子にするようなそれに、わたしの体から次第に力が抜けていく。
「君が頑張ってるのは知ってるよ。けどあんまり無理しないで」
「っ、カイル、さん……?」
「大丈夫だよ、カティ。大丈夫」
「……ふ、ぅえ……っ」
気付けば自然と涙が溢れてきて、そんな顔を見られたくないわたしはしがみつくようにカイルさんの胸へ顔を埋めた。
だから、気が付かなかった。
まだ朝早いとはいえここが道の真ん中で、それを見ていた人がいたことに。