16. 乾杯
「カティくん! こっちだこっち!」
少し長引いた仕事を終わらせてお店に向かうと、ボブ室長がわたしを見付けて手招きしてくれた。
わたしが最後だったらしく、座った瞬間お茶の入ったグラスを渡されて乾杯の音頭を取られる。
慌てて来たからあまりよく見れてなかったけど、席に座って見る限り、結構いいお値段のしそうなお店だ。コース料理を頼んでいるらしく、それぞれの前に前菜が置かれていた。大皿から取り分ける形じゃないことに少しほっとする。上司と食べる大皿料理ほど、満足に食べられないものはない。
メンバーはボブ室長とクリストファーさん、アリアナ先輩とあと一人よく知らない女性。前にアリアナ先輩と話していたのを見たことがあるから、先輩の友達なのかもしれない。
音頭が取られて各々が飲み始める中、わたしは何を飲もうかとメニュー表を眺めた。
「飲みやすいのはこれかな。僕のおすすめとしてはこっちかこっちだけど」
「じゃあ、これにします」
右隣に座ったクリストファーさんが勧めてくれたカクテルを選ぶと、すぐにそれを注文してくれた。こういう気遣い、さすがだ。わたしも見習わねば。
すぐに運ばれていたのは、上から下へ向かってピンクから赤にグラデーションしているものだった。ちょこんとさくらんぼが入っていて洒落ている。
クリストファーさんがなんでこんな可愛らしいお酒を知っているのかはさて置き、目で見ても楽しめるそれにゆっくり顔を近づけると甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
一口含むと、匂いと同じく甘いーーけれども爽やかな後味。
「あ、美味しい」
「君の口に合ったみたいでよかった」
「ちょっと、クリス~。口説いてないでそろそろあたしのこと紹介してよ」
わたしの正面に座った女性がクリストファーさんにじとっとした視線を向ける。
クリストファーさんは「口説いているわけじゃないんだけどな」と苦笑しながら、紹介してくれた。
「カティ、彼女はジーナ。僕たちと同じエクソシストで、アリアナくんの教育係に当たった人だよ。よく他の地区を手伝いに行っていて教会にいることは少ないんだけど、今日はたまたまこっちにいてどうしても来たいって言って聞かなくてね」
改めてジーナさんを見ると、にっこりと笑ってひらひらと手を振ってくれた。高い部分で一つに括られた癖のある髪があちこち跳ねていて、彼女が動くたびに揺れて面白い。
見るからに活発そうな雰囲気な女性だ。
間違えても露出の多い胸元へは視線を向けられない。彼女の隣に座るボブ室長がさっきから何度かチラ見しているのを、ジーナさんは気にした風もなく受け流している。
「ま、そゆこと。よろしく。このタラシに何かされたらジーナお姉さんに言いな。二度と使えないようにしてやるから」
「え? はぁ、じゃあそのときはよろしくお願いします」
「ちょっ、カティ!?」
何を使えなくするのかよく分からないけど、ニュアンス的に懲らしめてくれるってことだろうから頷いておくと、ジーナさんがにやりと笑ってクリストファーさんを見た。
クリストファーさん焦ってるから、過去にジーナさんに何かされたことがあるのかもしれない。
「ジーナちゃんは俺たち世代のマドンナ的存在だったんだぞ!? 今日は一緒に飲めて光栄だなぁ!」
「そりゃあ、ジーナさんお綺麗ですし……あれ?」
向かい合って座るアリアナ先輩に話を聞いてもらっていたボブ室長が緩みきった顔で会話に入ってきた。
優しく穏やかなアリアナ先輩と方向性は違っても、ジーナさんは間違いなく美人。そりゃマドンナ的な存在になるだろうと頷きかけて、ふと引っかかった。
「俺たち世代って……」
「こう見えてジーナちゃんは俺と一つしか――――ぐっ」
「やだなぁ、ボブ室長。頬っぺにソースが着いてますよー? おっちょこちょいなんだからぁ。ね、カティちゃん?」
「はっはい!!」
意味深なウインクに思わず頷く。目が、笑っていない。
ついでにさっきからボブ室長がすっごく痛がってるから、机の下で何か恐ろしいことが起こっているんだと思う。
この場合、女性の年齢に触れるというタブーを犯したボブ室長が悪い。悪気はなかったとしても情状酌量の余地はない。
ジーナさんがお姉さんというならお姉さんなのだ。それ以上でも以外でもない。
わたしは「ごめんなさいね、悪い人ではないのだけれど」と小さく謝ってきたアリアナ先輩に何度も頷くと、ちらっと向かい側を見た。
ボブ室長は痛がりながらもどこか嬉しそうで何よりだった。