敗北の理由
「依頼人の品はこちらです!」
重厚な音楽が鳴り響き舞台が暗転すると、スポットライトの下に美しい日本刀が姿を現した。
『刀の名は、風一文字。
依頼人曰く、鎌倉時代の名工、則宗により作成された最高の一振りだと言う。
刃渡り2尺6寸5分、反りは7分を実現。
刀身材質は砂型鋳造硬質合金が使用され、当時としては珍しく……』
続くナレーションを聞き流しながら、番組の司会が依頼人に質問する。
「自信のほどは?」
「脾基家に伝わる家宝ですから。
絶対に本物です!」
依頼人はその刀の価値を4割ほど信じながら、そう答えた。
「評価額は……本物と信じて、1000万!」
「いやいや、本物なら桁があと5つか6つは違いますよ、お父さん!」
関西弁の司会が、中途半端な男性の評価額に突っ込みを入れると、会場は爆笑の渦に包まれる。
しかし、何しろ則宗の作品と言えば、当時ですら国宝級。
敢えて値段を付けると、兆という単位も全くの冗談と言うわけではなかった。
静かにいつものドラムロールが始まる。
依頼人が唾を飲み込むと。
司会者が、軽快な口振りで、声を上げた。
「それでは則宗作・風一文字のお値段は?
オープン・ザ・プライス!」
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べべべんっ!
時は戦国、群雄割拠のこの時代!
国が国を滅ぼすご時世でも。
男の夢と言うのは、日の本一の強者、であったという!
いつの時代でも、男ってのは、変わらず阿呆なのだ!
べべべんっ!
ここはとある端の島。
戦場で待ちたるは撫切流師範代、撫切黄禍!
一方、浜へ辿り着きし船上の君子は脾基流師範代、脾基蒼玉斎その人であった!
睨み合う両名!
「今こそ、この菊一文字にて、貴様とのしがらみを断ち切る時よ!」
彼方撫切は声を上げる。
「それは此方の台詞というもの。
貴殿に、風一文字の切れ味を体で教えてやろう!」
此方脾基も負けてはおられぬ。
さてもさても!
今世最強と言われた好敵手の二人の戦いが、此処に幕を開けるのであった!
べべべんっ!
静かに向き合う両名。
はてさて、勝敗の行方は?
撫切黄禍と菊一文字が勝利を物にするのか?
はたまた、脾基蒼玉斎と風一文字がその本領を発揮するのか?
ふと、そこに。
突風に揺れた菊の花の一輪の。
花弁の一つが風に舞い。
地面に今、ぽとりと落ちた!
べべべんっ!
や。
や。
ややや!
いつの間にやら両名はお互いの位置を変え。
向き合っていたはずの体は、今やお互い背を向けている!
刀も既に抜き放たれ。
一方の刀には、おびただしい血糊が付着していた!
べべべんっ!
ゆらり、と揺らいだのは脾基蒼玉斎!
まろび出る自身の大腸の上に、無惨にも倒れ混んだのであった!
今際の際で、脾基が叫ぶ!
「……な、何故だ……!
剣術の力も、刀の性能も……互角であった、はず……なのに……!」
そう彼は、敗北の理由を知ることはなく、静かに歴史の波に消えていったのであった!
べべべんっ!
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『イチ、ジュー、ヒャク、セン、マン!』
「ご、ごまんえ~ん!?」
悲しく響く司会の声。
苦笑いする依頼人に、鑑定人が楽しそうに笑いかけた。
「菊一文字の偽者です。
当時から価値のあった菊一文字には、多くのレプリカが存在しました。
これもその一つでしょう。
それにしても、風一文字……いやあ、聞いたこともありませんね(笑)。
まあ、ただ、歴史的価値はありますので。
大切にしていただければなあ、と、思います」