イタコ
ここは青森県下北半島に存在する恐山。
山の中腹には無数の風車と地蔵が静かに佇んでいるのであるが。
その更に奥へ向かうと、曼殊沙華と首無し菊に囲まれた奇妙なスペースに、老婆が一人、座り込んでいることに気付くであろう。
彼女こそが、この山最高のイタコなのだ。
イタコとは自身の体に魂を憑依させる術を持つ巫女の事を言う。
そして今日もまた、一人の男が、そんな彼女に会いにやって来た。
「名前をばしかへでけさまい」
老婆の問いに、男が答える。
「……タカシと言います」
「降ろす人をばしかへでけさまい」
「……私の両親を、お願いします」
「わがっだ、まんずは父っちゃがらだ」
イタコは数珠やイラタカをジャラシャラ鳴らした後、言葉を続ける。
『んあ?
タガシよぉ、こごは、どごだあ?
夕ごはんば食っぢぇあったのに、なんでこったらほにおるんだ?』
「……ぷっ。
あ、あの、父さん?
いつの間に東北弁をマスターしたんですか?」
『は?
おめは何ば言ってらんだ?』
男は、何だか愉快そうに笑っている。
とても亡くなった方との久しぶりの出会いに心を震わせているようには見えない。
「あ、じゃあ次、母でお願いします」
『あ、あれ?
タガシ!?
大変だよぉ、父っちゃが食事中に急に倒れで』
「ふふふ、アハハハハッ!
ああ、面白かった。
もう良いですよ、有り難う御座いました」
男は笑いながら指定された料金を、老婆の隣に立っている侍従のような女性に渡した。
「……なんなんですか貴方は。
イタコの力を信じてもいないくせにこの山に来たんですか?
非常に失礼ですよ?」
「ああ、すみません。
私はイタコのコールドリーディングの力やカウンセリング能力なんかは信じていますよ?
降霊なんて言う馬鹿げたものは、信じるつもりもありませんが」
「……貴方ねえ……!」
男は笑みを絶やさずに言葉を紡ぐ。
「私の両親は東北弁を喋ることは出来ませんでした」
「そ、それは、イタコの体を通して話すからであって……」
「更に言うと。
二人とも、まだ生きてます」
「……!
あ、貴方……!」
言葉もない侍従であったが。
「悪いごどばしたなあ」
二人の会話に、イタコの老婆が静かに呟いた。
「悪いことをした、とは?」
男の言葉に、老婆は説明をして、謝罪した。
「……あんまりいづぐ力が強ぇがら、地縛霊と思っぢぇあったって、無理矢理にそごがら引っ剥がしちまったよぉ。
そうか……。
生きぢぇあったか。
……悪いごどばしたなあ」