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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
六章『緋眼の王』
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093. いつかの五人


 ビヨンに体を抱えられ、口元に小瓶を押し当てられて回復薬を飲む。

 その様はなんだか介護というか赤子の面倒を見られているようで気恥ずかしかった。

 抵抗しようにもかつてない力で体を抑えつけられていて、どうしようもない。

 

「いいから飲んで!」

「いや、けど、」

「いいから!」

「むぐっ!?」


 あまり他人に見られたくない有様で回復に勤しむこと数分後。

 よっぽど上等な品だったらしい薬品の効果で、体を起こし、口を利けるぐらいには調子が戻った。

 

 拳を握り、開く。

 戦いの役には立ちそうになかったが、動かすだけなら十分だろう。

 

「師匠が用意してくれたポーションなんだよ。効き目バッチリだったね」

「イルミナが? ……っ! そうだ、あの人は!」

「その話をするのよ。そのまま座ってなさい。立ち上がったらブッ飛ばすわよ」

「……はい」


 アーデルロールが革靴の底で石を蹴り飛ばし、わたしの前で仁王立ちをする。

 腕組みをし、見下ろすその視線は槍のように鋭く、物理的な力があるのならわたしは間違いなく串刺しにされている。

 

「まずひとつ。あんたの村は残念だけど無くなったわ。

 ……悪いわね。〝ウル〟はあたしたちの転移の軌跡を辿ってきたに違いないわ」

「……過ぎたことだよ。

 あっさり流せはしないけど、取り戻せないことなのは分かってる」

 

 視界の端でコルネリウスが不満そうな顔をしたのが見えた。

 話しかけたいのは山々だが、その前には状況確認をするべきだろう。

 

「ところでここは?」

「無名の山の山腹。イルミナ・クラドリンが結界を張って行ったわ。

 村の生き残り……というか大部分は逃げ延びてる。

 ビヨンの両親にコールの母親。それと、あんたの母親と妹もね」


 アーデルロールは父のことに触れなかった。

 気遣いか、それとも彼女自身が言いあぐねたのか。


「……良かった。ありがとう。母さんとミリアが無事で良かった」

「っ……」


 視線を落としたのが何よりの答えだった。

 わたしが最後に見た父は、息子であるわたしを庇い、片腕を斬り飛ばされた姿だ。

 重症を負った父はどうなったのだろう?

 その消息は知れず、想像をすることしか出来ない。

 

「ふたつめ。

<リムルの村>ごと〝ウル〟は消えたわ。

 ギュスターヴが四方八方を見て回っているけど、どこにも気配の残滓は無し。

 まるで存在自体が消えてしまったみたい、って言ってたわね」


「村ごと消えた?」

「おう。村があった場所は……何つうか……」


 コルネリウスが頭をばりばりと掻き、どう説明したものかと考えあぐねている。

 

「何もかもが無くなったんだ。

 火事で燃え落ちた家の跡も、お前の家があった丘も、何にも無い。

 ただの原っぱになってる。

 ここに村があった、なんて言われても絶対に信じられないぜ」

「……? 原っぱ?」


 友の話す言葉の意味がよく分からなかった。

 何もかもが消えてなくなっているとはどういう事だ?

 わたしはつい一瞬前まであの場に居た。

 火に飲まれ、崩れ落ち、思い出と共に失われたフォンクラッドの家の前に居たのだ。

 

 足元をすくわれるような感覚の中、不意にわたしの中に不安が芽生えた。

 

 村に居たわたしがここにどうして居るのか?

 きっとイルミナだろう。直前の記憶、交わした言葉から彼女が魔法でここへと飛ばしたのは想像がつく。

 

 だが、彼女はどうなった?

 コルネリウスがかぶりを振る。

 

「どこにも見当たらなかった、ってギュスターヴのおっさんは言ってたぜ。

 破壊の痕跡は何も無し。ただ緑が生い茂り、手つかずの自然があるばかりだってよ」

「――その通りだ」


 のそり、と木々の間から大男が姿を現した。

 幅広の体に2メートル半は優にある背丈。

 ギュスターヴ・ウルリックだ。

 彼の顏は控えめに言っても明るいものではなく、どころかあちこちに傷が走っていた。革鎧は無残に裂け、むき出しの腹部や背中には痛々しい生傷が見えている。

 

「恐らくイルミナは〝ウル〟の野郎ごとどこかへ転移したんだろう。

 自殺行為だが……あの場じゃああれしか無かった。

 イルミナの覚悟を無駄にしちゃならねえ。

 オレらも行動に移ろう。ユリウス、動けるな?」

「はい。歩くだけ、なら……なんとか」


 力の入らない膝に手を添え、力を借りずに立ち上がる。

 ビヨンが心配げな目線を送るが片手で制止した。

 

 ここは自分ひとりで立たなければならない。

 身を起こせない者がこれから先を歩めるはずがないからだ。

 

「復帰まではオレが面倒を見る。

 アルル、これからの行動を教えてやってくれ」


 荷を担いだギュスターヴがアーデルロールに言葉を放る。

 彼女は唇を引き結ぶと一度うなずき、わたしを見た。


「いい、ユリウス? これからあたしは精王の地を巡る旅に出る。

 東南に位置するこのリブルス大陸だけじゃない、

 北のイリル、南のドーベルガント、西のローレリアまで全てを回るわ。

……どんな困難が待っているかは分からない。どれかけかかるかも分からない。

 それでもあたしはやらなきゃならない。

 復活した〝霧の大魔〟を倒すには、〝聖剣〟に輝きを取り戻さなければいけないの。

 ガリアン王の血を引く者として……あたしは、必ず成し遂げるわ。

 ユリウス、この旅にはあなたが必要なの。お願い。……力を貸して」


 答えなんて、とっくに決まっていた。

 いつの頃からか? それはきっと、泉で騎士の誓いを立てたあの日からだ。

 言葉とともに差し出されたアーデルロールの手をわたしは取る。

 青い瞳と紅蓮の瞳が交差し、

 

「僕は君の剣だ。これからはいつだって横に居るよ」

「――いい返事ね。期待しとくわよっ!」


 なんて。アーデルロールは少しだけはにかみ、すぐにいつもの調子に戻った。

 快活で天真爛漫。こちらの方がよっぽど『らしい』と思うのはわたしの趣味かな?

 不穏な視線と気配を背中に感じ、振り返るとコルネリウスが咳払いをしていた。

 

「ンン。そろそろいいか? その旅は俺もくっついてくからな」

「何でさ?」

「ひでえな!? 故郷を焼かれた恨みとか、色々あるっつーか、なんだ……」

「コールくんは置いてかないで欲しいんだって。うちもだけどさ。

 一緒に行かせてよ! お願いっ、足は引っ張らないから!

 家事炊事、雑用まで何でもするよ。力仕事はコールくんだけど、お願い!」

 

 頼む! と、ビヨンとコルネリウスの二人がぺこりと頭を下げた。

 横に立つアーデルロールの様子をちらとうがかうと、彼女は思案顔だった。

 

 文字通りに世界を巡るこの旅がどれだけ危険かは未知数だ。

 そんな道に友人をつきあわせるか、否か。

 口元に拳をあて、悩ましげに眉をひそめるアーデルロール。

 その肩にギュスターヴはそっと手を添えた。

 

「友人を危険に晒したくない気持ちは分かるぜ。

 けど、こいつらだってその辺りは覚悟をしてのことだろうよ。

 なあ! ノッポに嬢ちゃん! 遊びじゃないのは分かってんだろうな!」


「おうっ! 勿論だ!」

「どこまでもお供します!」


 ギュスターヴが怒号を張る。

 二人は背筋を正し、真っ直ぐにこちらを見据え、折れない心を主張した。

 そんな反応を見て大男が声をあげて笑う。こいつぁいい、と一言をつけ、

 

「だってよ。こいつら付き合う気満々だぜ?

 お前がイヤだと言っても世界(ルヴェリア)の果てだってついてくるぞ」

「……むううう……」

「二人は頼りになるよ。アルル、皆で行こう。

 三人より五人の方がきっと心強い」


 オレンジ色の瞳がじろりとわたしを見る。

 その視線は微妙に非難の色を帯びていた。


「ユリウス……あんたねえ……。

 はあ……っ! 仕方ないわね!

 コール! ビヨン! 本っ当に遊びじゃないんだからね!

 雪山の上だったり遺跡の奥で帰りたい、なんて言っても戻れないわよ!」


 両手をぐっと突き出し、親指を立てながらにコルネリウスが笑う。

 本当に分かっているのかと問いただしたくなる楽観的な顔だ。


「おうとも。大冒険たあ、大いに結構だ。

 旅の厳しさはお前よりも知ってるつもりだぜ、アルル?」

「あんですってえ……!?

 次に先輩面したら、あらゆる雑用を押し付けてやるからね!」

「おいそりゃフェアじゃねえだろ!」

「うるさい!」


 取っ組み合いを始めた二人を見ながらにわたしは肩を竦めた。

 ふと上を見上げるとギュスターヴがにやけた顏をしているのが目に入った。

 何が面白いのか? わたしの視線はそんな質問の意味を含んでいたらしく、

 

「まるでフレデリックたちと旅に出た日みてえだな。

 やれやれ、二百歳を超えてまたチビのお守りかよ。

 オレの人生ってのは他人の面倒を見てばっかりだな、ったく」

「ご面倒をお掛けします」

「いやいいんだ。キライじゃねえし、性に合ってる。

 合わされちまった、と言った方がいいかもな? ガアッハッハッ!」

 

 小盾のように大きな手がわたしの頭を押さえ、

 適当な調子でぐしゃぐしゃとかきまわした。

 何だろうと思うと、ギュスターヴの薄灰色の瞳がわたしを真っ直ぐに見据えていて、

 

「――お前が瞳を宿したのは偶然じゃねえはずだ。

 オレは運命ってもんを信じていてな。あらゆるモンには因果がある。

 お前がアルルと出会い、今この場に立つのは定められていたに違いねえ」


「運命、ですか……。僕はあまり信じない方なのですが……」

「悪くないぜ? いい出会いも悪い出会いも、

 全ては運命の導きだと思うと急にロマンっぽくなって実に良いもんだ」

「何だ。そういう俗っぽい話ですか?」

「冗談さ。長い付き合いになる。これから頼むぜ、ユリウス」

「ええ。〝王狼〟と旅が出来るなんて光栄です」


 種族違いにも思える巨大な手をわたしは握った。

 そんな時、不意にフレデリックの姿を想像した。

 若き日。<ミストフォール>へと向かう父もまた、ギュスターヴとこうして手を握ったのだろうか? そう思うと胸の内側が不思議と熱くなる思いだった。

 

………………

…………

……


「……ユリウス。行くのね」

「お兄ちゃんまで居なくなるのは……嫌だなあ……」


 旅立ちの直前。

 挨拶をしておけ、とギュスターヴが連れてきたのは母と妹、そしてレオニダス王の三人だった。

 

 母は焦げ付いたローブを着用しており、顏には疲労の色が見てとれた。

 妹の目の周りはすっかり赤らみ、どうやら泣き疲れたようだ。

 父と兄が戦地に立ち、まるきり連絡が無かったのを思えば申し訳ない気持ちになる。

 

「母さん、ミリア。ごめんよ。それでも行かなきゃいけないんだ」

「どうしてもなの?」

「ああ。どうしてもなんだ。ごめんね、ミリア」


 妹がその小さな手でわたしのシャツの袖をぎゅっと握る。

 指先は震えていて、恐れと不安が現われている。

 

 こうした時に安心できるような言葉を言えない兄ですまないと思う。

 わたしに出来るのは妹の頭に手を乗せ、優しく撫でることだけだった。

 

 指先で栗色の前髪をかきあげてやった。

 涙の粒を目の端に浮かべた妹と視線が合う。

 

「全部終わったら必ず帰るよ。それに旅先からでも毎回手紙を送る。

 ミリア、絵葉書が好きだろ? 世界中を回るから、色んな街の写真を添えるよ」

「そんなの……そんなの要らないよ!」

「あっ、ミリア」

「全くもう。ユリウスが珍しく『お兄ちゃん』をしたのに、あんたはダメね、ミリア」


 母の後ろに隠れたミリアが声を震わせる。

 

「だって。帰ってきてすぐなのにもう出て行っちゃうなんて……嫌だよ」


 そこを突かれると非常に心苦しい。

 わたしはしどろもどろになり、助けを得ようと背後のコルネリウスを振り返った。

 あろうことか彼は本を手に取り、こちらを気にしていない素振りをしていた。

 この野郎! 本が逆さになっているのはバレているんだからな!

 

「母さんたちは連邦首都を目指すわ。

 あそこは昔住んでいたし、知人も多いからね」

「そこまではどうやって行くの?」

「ルヴェルタリア騎士の方々が護衛してくださるそうよ。

 母さんたちの心配はしないで平気。あんたは自分の身と、仲間を第一に考えなさい」

「分かった。……なんだか先輩冒険者のアドバイスを受けているみたいだ」

「そりゃそうでしょう、がっ!」


 笑顔とともに母がわたしの腕を平手で張る。

 

「こっちの方が昔っから冒険者してたんだからね!

 仲間を信じれば必ず自分に帰ってくるわよ。頑張んなさい、ユリウス。

 旅の途中で<ウィンドパリス>に寄ることがあれば顏を見せてね。

 場所は……首相に聞けばすぐ分かるわよ」

「うん。その、父さんは……」

「生きてるわよ」

「え?」


 返答の速さにわたしは驚いた。

 この時には気付けなかったが、母は自分の不安を拭うような口振りだった。

 言葉は普段よりもずっと早口で、口調に落ち着きがない。


「フレッドが簡単にくたばるタマかっていうの。

 案外どこかで目を覚まして、適当に流れつつ、<ウィンドパリス>を目指すに違いないわ。あたしが好きになった男は無敵なのよ。絶対死なない。あんたもよ、ユリウス」


 わたしはうつむき、少しだけ口元を微笑ませた。

 恥ずかしくもあり、嬉しくもある奇妙な気持ちだ。

 

「最高のお墨付きをもらったな。

 最後までやってくるよ。ありがとう、母さん」

 

 結局、ミリアは最後まで母の背中から出てこなかった。

 行ってくるよ、と声だけは掛けたが聞こえているのかどうなのか。

 

 アーデルロールはレオニダス王と二言三言を交わし、王の手から〝聖剣〟を受け取ると重々しくうなずいた。

 そうして緋色の瞳がわたしを見る。

 

「いつでもいいわよ」

「僕は準備完了だ。出れるよ」


 後ろではビヨンとコルネリウスが最後の荷物チェック。

 と言っても、村が吹き飛んだことで愛用の旅の荷は大半が失われたのだが。

 

「水筒と食糧はちゃんと持った? コールくん。お母さんに挨拶は?」

「姉貴かよ、お前は。全部済んだよ。バッチリオーケーだ」


 わたしたちそれぞれが互いを見る。

 これからは命を預け、信頼を置く一蓮托生の仲間となる。


「――さあ、行くわよ」


 アーデルロールが瞳を輝かせ、自信に満ちた声で言う。

 

「これからよろしくお願いします」

 

 うなずくビヨン。

 今日はやけに強気な顔だ。


「相棒の横が俺の居る場所だ。頼んだぜ」

「頼りにしてるよ、コール。

……じゃあ、行こうか、皆」


 頭上の空は青く晴れ渡り、どこまでも見通せるようだった。

 それぞれが胸に不安と期待、恐れを抱きつつ一歩を踏む。

 

 十五歳の日。

 わたしの人生における転換期となる旅立ちの朝のことだった。

 


第一部第六章『緋眼の王』了

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