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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
六章『緋眼の王』
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077 師弟


 ひとりでに下る螺旋階段に身を任せ、わたしはじっと押し黙ったままでいた。前後には護衛の騎士が居たが、彼らも口を引き結んだっきり何も語らない。

 普段なら息の詰まりを感じていただろうが、今のわたしにとってこの沈黙は都合が良かった。

 フラメル首相らとの会話で得た情報を整理し、考えをまとめる時間が必要だ。

 

 まずは今後どう動くかを考えよう。

 塔の外へと出たらば、その足で宿屋へと向かい、コルネリウスとビヨンの二人を連れて依頼の報酬を受け取り、時間をたっぷりと割いて、世界に何が起こったか……そして、これからの事を話そうと決めていた。


 そして明日にはアーデルロールと共に、<ウィンドパリス>を後にする。

 行き先はとっくに決まっている。

 わたしの故郷――<リムルの村>だ。

 

………………

…………

……


「我々に残された手はひとつ。〝聖剣〟と十三の精霊王との契りを新たにし、剣に神殺しの力を取り戻した上で〝霧の大魔(メルザ)〟を討つ」


 十数分前の話だ。

 イルミナが導き出したという結論を聞き、場に居合わせた皆が内容を吟味した。

 凶悪な魔物や龍の類であれば、討伐や封印といった様々な手段があるが、相手が神々の一柱だとすれば話がまるで違う。

 どういった手段が通じるのかも分からず、そもそも滅ぼせるような存在なのかさえ疑問だ。


 新たな対抗策は浮かびもしない。ならば、かつて〝霧払い〟が実行し、打倒に成功した手段を踏襲するのは当然の考えだろう。

 だが……これには問題がある。疑問を口にしたのはフラメル首相だった。


「しかし同条件で大魔との戦いに臨んだレオニダス王は敗北したではないか。

〝聖剣〟を万全の状態に戻したとして、ふたたび挑むのは無謀ではないか?」


「当然の疑問だな。だが、これ以上の……どころか他の手は考えられない。

 何せ相手は神の一柱。条理に則った方法での討滅は不可能だと私は考える。

 他の神々が力を貸すか、あるいは〝霧払い〟が再び現われでもするのなら別だがな。無いものに期待をしても仕方ないだろう? 私からの話は以上だ。ありがとう」

 

 そうしてイルミナは再びソファに深々と腰掛け、乾いた唇を潤すようにして紅茶を口に運ぶ。

 わたしはその様を見ながら今しがた聞いた話を頭の内で反芻(はんすう)し、〝五神教〟の信徒が聞けば卒倒をしそうな話だな、と思ってしまった。

 何せ神殺しについて議論を交わしたのだ。相手は忌避される悪神だが、神は神。人が神を殺す手段を論じるなど、罰当たりこの上ない。

 

「なるほど。君の話には納得をした。大魔の正体についても信じるとしよう」


 口元に指先をあて、目を細めながらにシエールが言った。


「〝聖剣〟が力を失ったのは大きな痛手だと。当初、私はそう考えたのだが……今は違う。これは私の予想に過ぎない。そう、ただの推測だが……」

「構わん。聞かせてくれ」

「レオニダス王は自身では大魔に勝てぬと悟り、何かしらの効果を狙って〝聖剣〟を解放したのかも知れん。そしてそれは彼の狙いの通りに〝霧の大魔〟に影響を及ぼしたのではないか?

 あれだけの男だ。考えも無しに祖王より継がれてきた力を解き放つとは私には思えない」

「どうしてそう考えたのだ?」


 問われ、シエールは窓を見た。

 おぞましい空に目を奪われがちになるが、眼下には都市の街並みが広がり、その先には大平原と豊かな森、そして山々がある。

 空を除けば、視界に映る世界はいつもと同じようにしか見えなかった。霧と魔物との争いはあるが、世界は常にそうして回ってきた。それがルヴェリアだったのだ。

 シエールも――彼女もまた、そう思ったのだろう。


「何故なら、世界がまだ本来の姿を保っているからだ。

 誰もが知る伝承、〝霧と聖剣〟を思い出して欲しい。

 伝承が正しいのであれば、世に再び現われた大魔は自身が産む霧ですぐさまに世界を飲んだはず。


 だが今はどうだ? 世界は私の知る姿のままだ。

 私は……王を信じる。彼が苦境と敗北の中にわずかな光を見出し、万人を救うため、そして希望を未来につなげるための最善手を打ったのだと――そう、信じるよ」




 時計が秒を刻み、イルミナはもう何も語らず、アーデルロールは沈思をしたままとなった。これ以上の話は出ないだろう。そうわたしが考えた時、フラメル首相がこちらをじっと見据え、


「ユリウス・フォンクラッド。君にたっての頼みがある」


 頼み……というよりは指示や命令に用いるような硬い声音だ。

 彼はわたしが育った土地の頂点に立つ男。その言葉に異議を唱えるつもりは毛頭無い。


「何なりと命じ下さい」

「アーデルロール姫殿下を連れて大平原を南下し、故郷へ戻りたまえ。

 我が国の英雄と北の王らが姫を待っている。

 そこで話がどう転ぶかは……すまんが見当がつかないな。

 そこより先はレオニダス王の言葉と指針に従うと良いだろう。連邦領内での君の行動は、私の権限が及ぶ限りにおいて大目に見よう」


「分かりました。必ず遂げます」

「良い返事だ。おや……? 何やら既視感が……」


 彼はほんの数秒だけ思案顔をし、答えを見つけたようで少し微笑み、次には元の事務的な硬い表情へ戻った。


「まあ良い。して、いつ発つかね?」

「今すぐよ」


 アーデルロールがおもむろに口を開いた。

 自身が今すぐ行くと決めたら必ず実行する、と鉄の意思を秘めた声。

 言うやに彼女は立ち上がったが、足元はおぼつかず、足に力が入らないのか崩れそうになる体を支えるので精一杯の様子だ。


「お気持ちは分かります、姫殿下。しかしその体では無茶というもの。

 出立は明日にするとしましょう。南大正門の前に最高の馬と車を用意しておきます。ユリウス、連邦領内での自由を獲得する書簡はその時に使者から手渡そう。よろしく頼むぞ」

「はっ。必ずや」


 机の片隅に置いていた鈴をフラメルが鳴らし、すぐさまに背広を着込んだ男が現われた。彼は連れていた女騎士に指示を出し、それを受けた騎士がアーデルロールに駆け寄った。

 

「彼女はまだ万全ではないようだ。今日一日はマールウィンドが彼女を介抱をしよう……と思うのだが。どうだね、ユリウス? そう怖い顔をせずとも何もしやしないよ」

「し、失礼しました。そういうつもりでは……」

「はっは。構わんさ。では話を終えるとしよう。わざわざ済まなかったね」

「いえ、問題ありません」


 隣室へと連れ出される間際、アーデルロールはわたしを見て、

 

「……その、世話になったわね。ありがとう。挨拶は明日、ちゃんとするわ」

「ああ。また明日ね」

「ぷっ……あはは! 五年振りだってのに。あんたはほんと……ふふ、いいわ。また明日ね、ユリウス。馬車の前で会いましょう」


 そうしてアーデルロールは退室した。

 わたしもいつまでも残っているわけにはいかない。荷を担ぎ、踵を返すその前にせめてシラエアには挨拶をしておこうと思った。

 塔でどう戦ったかも報告した方がいいのだろうか。

 

 だが振り返った先の彼女は別の人物に意識を向けていた。それも意外なことに、やや嬉しそうな顔をして。


「お師匠様」

「シラエアか。改まってどうした?」


 その相手とはなんとシエール・ビターだった。

 驚いたことにシラエアは彼女へ向けて、静かに頭を下げた。

 

 なんて事だ。鬼婆と言い表しても決して過言ではない〝東の剣聖〟が他人へ頭を下げるなどと。

 明日は雪が降るかも知れない。ビヨンに雨具を出して貰わねば。

 

 ついでに言えば驚いたのはわたしのみならず、場に居合わせたフラメル・カストロとその側近らしい背広の男もだった。

 シラエアは頭をゆっくりと上げ、立派な姿を見せようと胸を張りつつ言う。

 

「今回は不肖の弟子である私などの頼みをお引き受け下さり、感謝の念を禁じ得ません。それも急な連絡であったというのに……」

「いや、いいんだ。お前の弟子だというのならば、私の弟子とも言えるからな。気にすることはない」

「弟子? 師匠? 一体なんの話をしているんですか? 僕とシラエアさんなら師弟の関係ですが……どうにも向ける視線の対象がズレているような」


 口を挟まずにはいられなかった。

 シエールは目を少し見開き、それから呆れ顔を浮かべ。腰に手をやりつつ、やれやれといった調子で言った。


「参ったな。シラエア・クラースマン。お前、彼に話していなかったのか?」


 シラエアはバツが悪そうな顔だ。事情を説明したくない。そんな空気を発露していたが、散々せっつかれるとようやく口をきいた。


「……この方はあたしの剣の師なんだよ。〝迅閃流〟の三代目当主、シエール・ビターが彼女だ」

「嘘でしょう」

「馬鹿たれ。ここでウソ言ってどうすんだい」


 前触れもなく拳がくり出され、回避する間もなく腹に打ち込まれていた。

 二人は悶絶するわたしなど見えぬようで会話を続ける。


「塔の依頼が貼りだされる前日のことだ。『失う訳にはいかない男を守って欲しい』と直に頼まれてな。私に頼みごとをしてこなかった愛弟子が頭を下げ、そう言って来たのだぞ? 私はそれを無下に出来るような冷血な人間ではない」

「面目ない……」


 あの鬼の老婆がすまなそうな顔をしている。

 繰り返すが信じられない表情だ。今ここに撮影する手段があれば、永遠に手元に残し、弱みとして握っておきたい。


「いや良いんだ。元より私も塔に用があった。そうして十分な実入りを得たからな、気にするな。しかしシラエアよ。お前――」

「はい」

「実に少女らしい顏を出来るのだな? 私に奇跡を起こす力があるのならば、お前を十八の少女に戻してやりたいよ」

「それは流石に生き疲れてしまいますよ、師匠」


 シエールの冗談に対してその弟子は驚かず、ただ力無さそうに肩を下げて笑うだけだった。

 と、視線を感じた。顏を向けずとも分かる、イルミナ・クラドリンだ。


……やっぱりだ。

 彼女は仲睦まじい二人の剣士とわたしを交互に見やり、

 

「……ユリウス。お前、ああいう風に私を慕えないのか?」


 予想通り。返す言葉はとっくに用意してある。


「無理です」

「言い値を払うから」

「無理です」

「くそぅ、この冷血漢め……」

「すがるような顏をしても無理です」


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