069 書庫の休息
「ねえ、やっぱり止めましょうよ。持ち主は亡くなっているといっても、勝手に持っていくのは良くないですって」
「おいおいまさかの優等生ちゃんかよ。ユリウス、依頼人の陰気女から何て言われたか忘れたか? 『塔の中から遺跡の品々を回収しろ。質・量に応じて色はつける』だぞ?」
「でもこれは、さすがに……。それよりもシエールさんが口にしていた四騎士殺しが何なのか話しません?」
「おれらで話してどうすんだよ? 悪いが〝四騎士〟を殺せるようなバケモノ、それも千年前の人間なんざ思いつかねえし、動機も分から……いや、武勇を誇りたいやつにゃいいのかもな。まあいい! ほら、お前も小銭稼ぎしようぜ。金は無いと困るが多い分には嬉しい。だろ?」
金の球体やカエルの剥製、鳥の模型に流体のペン。その他正体不明の小さな品々がずらりと並んだ棚の前に屈みこみながらメルウェンが言った。にやにやとした顔つきはそのままに、両手を忙しなく動かしては小物をしげしげと観察している。
「それはそうですけれど……だからといって……」
「ったく、優等生だと損するからな、お前」
薄笑いの顏で振り返り、黒革のグローブの指先をわたしに突きつけた。
「この世は声がデカくてガメつい上に面の皮がブ厚いヤツがのし上がるんだよ。世の真理だ、覚えとけ」
「そうだぜ相棒。散らばってるコインやら何やら持ってくだけでしばらく金に困らないんだぞ!? カバンに空きがあるんならじゃんじゃん詰めろ!」
メルウェンに倣い、遺跡物を手当たり次第に引っ掴んでいたコルネリウスが顏をあげた。彼には鑑定眼なんてものは備わっておらず、『形状が格好いい』だとか『光ってて貴重そう』なんてものを荷物入れに放り込んでいた。
幼いころによく目にした、遊びの誘いの笑顔にそっくりではあったが、今回は要するに墓荒らしの誘いである。わたしは首を横に振って返事とした。
「ほれ見ろ。この金髪アホノッポの方が物分りがいいじゃねえか」
「へへ、ありがとよ」
「フレデリックがお前の頃なんざもうすごかったんだぜ? 目についた宝は根こそぎ持ち出してたんだからな。例えばリディアと二人で手持ちの宝を全身にくくりつけて――」
「いや~~~~~いやいやいや止めましょうよ、その話は。またあらぬ罪を僕が被る気がしてならないんですよ本当に」
「分かった、分かったよ」
悪かったな、とメルウェンが一拍置いて、
「……しかし金持ちの屋敷に夜襲を仕掛けた時は見物だったな。口が暇だから話していいか?」
「勘弁してください!」
エリシア三号と名乗る魔導人形が休止状態から復帰するやに、シエールは人形の小さな体を鷲掴みにし、「私はこいつと話がある」と言うと自分以外の人間を追い払った。
書庫の中心である島には主の居ない机に腰を掛けたシエールの姿だけがあり、彼女はエリシア三号と熱心に言葉を交わしている。時にメモを取り、時に熟考をする彼女はどこまでも真剣だ。
別段につけ加えることでもないが、彼女の動作はいちいち瀟洒で優雅である。
「ついてこいよ、ユリウス。小銭稼ぎってもんを教えてやる」
メルウェンにそう声を掛けられたのは、どう時間を潰したものかと三人で意見を交わしている時のことだった。
「ええと……」
警戒は勿論あった。一度は刃を交えた相手をそう易々と信用するわけがなく、そもそも最初の出会いからこのメルウェン・リーナーという男には怪しさしかなかったのだ。
だが今は爪先の白い部分程度の信頼は置いている。聞けばわたしが霧に迷った時、もっとも熱を上げて捜索をしたのは彼だというではないか。
同じ剣の師――……共にシラエア・クラースマンの門弟であり、歳の離れた弟弟子のわたしが気にかかったのかどうなのか。
仔細は知らないが、本当に少しぐらいならば……今回ぐらいは信用してもいいかな、なんて。
「血迷ったことを考えた自分を殴りたい」
わたしはとある扉に背を預け、かつての英雄が遺した品々をせっせとカバンに詰め込むコルネリウスとメルウェン、その他有象無象の冒険者たちの背中をじっとりとした目つきで眺めていた。
彼らの気持ちは分かるのだ。遺跡に赴き、これは高く売れそうだという宝物を見つけたら、どうにか回収をして現金に換えようとするだろう。
帰り道の足取りは軽くなり、頭には金とその使い道の想像が渡り鳥の群れがごとくに意識の大空をびゅうびゅうと飛び回る。
しかし――、
「相手は初代の〝四騎士〟のエルテリシアだからなあ……墓を荒らすようで気が引けるというか、恐れ多いというか……」
「バチなんざ当たりゃしねえよ。おれなんざもう百は墓を荒らしてるぜ」
「それ、もう呪われてますよ」
わたしを除く男たちが目を金の色に変えてせっせと手を動かしているが、その中にビヨンの姿は無い。彼女は汗を流すために浴室へ赴いている。
この書庫には生活に必要な設備が一通り揃っており、浴室はそのひとつだ。
他には寝室にトイレにキッチン、それとだだっ広い物置が一、二、三。
こうしている今もわたしの背中では水音が聞こえてくる。
『浴室へ続くこの扉を誰も通さないように命を賭けて守ってね』、とはビヨンから下された命である。
しかし……色気が無いな、と内心でつぶやいた。
これが美女――たとえばシエールや、いつかの酒場で目にした豊かな肉体の女店員――であれば、こうして扉越しに聞こえてくる水の音のひとつひとつに緊張と想像からの少々の喜びがあったのだろうが、何しろ相手は幼少より見知ったビヨン・オルトーだ。
川水に頭から突っ込んで全身ずぶ濡れになったり、夜更け過ぎまで机に向かった挙句によだれを垂らして寝落ちをしたり。何度も寝顔と朝の挨拶を交わした幼馴染。そんな相手に今更特別な感情は浮かびはしない。
必死に彼女を探していた時には、心配があんまりに酷くてどうにかなりそうだったが合流した今では安心だけがあった。あるいは居心地の良さ。いつもと同じだ。
精々頭に浮かぶのは『そういえばビヨンは長風呂だったな』ぐらいの気持ちで――、
「っぎゃあああああ!? ブエッ、ちょっ、ひぎゃいいい!」
「なんだ!?」
驚きのあまりに思わず前のめりにつんのめった。
辺りの墓荒らしども(コルネリウスを含む)も一攫千金をたぐり寄せる手を思わず止めて、わたしが背にしている扉に視線を向けた。
「おい、今の何だ?」
「――ビヨンの声だ」
間違いない。甲高い悲鳴はなおも続く。
「誰かあああ! 誰か来て! すごいの居る! 飛んでる、飛んでる! あ、落ちた。今だ。服、服! とにかく来て!」
「今行く! っ!?」
ドアノブに手をかけ、勢いに任せていざ開かんと決意をした途端、何者かの手がわたしの手をぐっと押さえて制した。
金色の髪に精悍な顔立ちの男――コルネリウスがいつになく真剣な顔でわたしを見ている。
「コール!? 早く行かなきゃ。何かあったらどうすんの!?」
「待て、相棒。いや……ユリウス・フォンクラッドよ。俺の話を聞いていけ」
「何でこんな時に真面目な調子なのさ!? この墓荒らし!」
責めたつもりだがコルネリウスは動じない。むしろ賛辞とばかりに、満更でもない笑みを口元に浮かべた。この野郎。これからはトレジャーハンターを中心に活動する、なんてぬかさないだろうな。
「いいか、ユリウス。その扉を開けたら最後、お前は男としての階段を一つ……いや、三つは駆け上がることになる」
「意味がわからない」
「バカ野郎! この朴念仁! お前には分かってるはずだろ!? その扉の向こうには女が居るんだぞ!? 相手はちんちくりんのしょぼくれビヨンだが、女は女だ。ひとっ風呂を浴びてる女の前に男が飛び込んだら、それはもうお前、男としてのレベルアップなんだよ!」
そうだそうだ、と周囲の男衆が感無量の面持ちでうなずいている。
何なんだこれは……。
「アホ言ってないで早く助けてよ!」
湯気を越え、扉をすり抜けてビヨンの叫びが耳に届いた。耳が良いのかコルネリウスの声が大きいのか。
「よく分からないけど、ビヨンがああ言ってるから僕は行くね」
「あ、おい。素の返しかよ。つまんねえな」
「あいつにゃロマンってもんが足らねえな……」
………………
…………
……
浴室はもわりとした湯気で満ちていた。両目を手で覆い、空いた片手で壁に触れながらどうにか進む。
「ビヨン?」
「ユーリくん! ありがとう、目を開けたままだったら迷わず目を潰してたよ!」
「怖すぎる。それでどうしたの?」
「実を言えば浴室に人形が居て……もう動いてないけど、浴室に自分以外の生き物が居るって落ち着かないから持って帰ってくれると嬉しい」
やれやれ、召使いかな。わたしは「分かったよ」と短く返し、彼女の言葉による誘導に従ってゆっくりと歩を進めた。
「右に二歩、前に五歩。あ、行き過ぎだよ。少し後ろに……そうそう。そこでしゃがんで」
「はいはい」
つまさきが何かを弾いた。それから強烈な羽音。耳のすぐそばで虫が飛び回る音に似ていて思わず顔が渋くなる。
「動いたああああ! それ! それ持って早く出て!」
ばしゃりばしゃりと叫ぶ仲間の命に応え、わたしは『妹の面倒を見ていた時もこんなことがあったな』などと思いながらに自由に動かせる片手でそれを掴んだ。
柔らかい棒状の何か。人形の足かな?
羽音は相変わらずびいびいと鳴っている。回収したのならばとっとと脱出だ。
「じゃ、お邪魔しました」
「ありがとね、命の恩人だよもう」
「いやいや。それは大袈裟だね」
彼女に背を向けるとわたしは目を開いて、手で掴んだままの人形を見た。
水をぶっかけられてまずい状態に陥ったのか、白目を剥いたままに気絶――魔導人形もするのだろうか――しながらも羽だけはせわしなく動かしている。
「……なんか気持ち悪いな」
………………
…………
……
「で、どうだった!?」
浴室を出るなり、メルウェンとコルネリウスに数人の男が期待の眼差しでわたしを見た。もしや壁に耳を押し当てて音を探っていやしないだろうな。
「鼻の下を伸ばさないでください、あからさまな犯罪変態顏ですよ。どうって別に……人形が居ただけでした」
「そっちじゃねえよ!? もっとあんだろ、男女のイベントが!」
意味が分からない。わたしは気絶したままの人形を指揮棒代わりに振り回し、
「ほらほら、早く小銭稼ぎに戻ってください盗人さん達。ここに近付いたら駄目ですからね」
と、前触れもなく部屋全体の明かりが変色した。
温かな暖色は警戒の真っ赤な色へと切り替わり、続けざまに怪鳥の鳴き声よりもけたたましいビイビイといった甲高い音が部屋内に反響し始めた。
全員が身構え、何事が起こったのかと緊張が走った。
そして姿なき声が告げる。
『ルヴェルタリア古王国内での大規模な霧の噴出を検知。危機的状況です』、と。
作者の晴間です。
これまで二、三日間隔での更新ペースで投稿を続けてきましたが、
茹でるとウマい甲殻類どもを根こそぎ食らわんと旗を掲げて遠征に出るため、次回更新は少々遅れます。(恐らく年を跨ぐかと・・・すみません)




