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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
五章『古き緑』
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068 万魔の書庫


 登り階段前でメルウェンとアギルの二人がわたしたちを待ち受けていた。遠目では針金のように細っこい男と、炎のともったロウソクが並んでいるように見えてどうにもおかしかった。この並びは……絵になるようでならないな。

 

「よう、生きてて何より」メルウェンが例によって手をひらつかせて言う。

「霧に見初められたみてえだな。調子はどうだよ、黒髪」


 アギルの身なりは最初に出会った時よりも随分とよれていて、戦いを終えたばかりの緊張が抜けきらない気配が残っていた。わたしは彼の『しかしこの黒髪、どっかで確かに見たことあるんだがなあ』といった、あからさまな探りの視線を極力意識しないようにし、


「問題ありません。……と言いたいのですが、盾と剣の二つを霧の中で失いました。当分役立たずです、申し訳ない」


 わたしの返答にアギルが考え込んだ。豊かなあごひげに指を埋めて唸っている。

 

「そりゃあ一大事だな」

「一大事です」

「ま、気にすんな」

「えーと……?」

「さすが幸運の男、ツイてやがんな。戦闘の心配はどうやらもうしなくて良さそうだぜ。なんせ次はおそらく出口じゃねえかって話だ。ガァハハ! 目ん玉丸くしやがって、期待通りの反応をしてくれるな。驚かせ甲斐があるってもんだ」

「ロウソクのおっさんよ、喋くるんなら椅子に座ってしようぜ。腰が痛くってしょうがねえ……上にゃあ風呂もベッドも何でもある。さ、行くぞ」

 

 言うとひょいひょいと軽快な調子でメルウェンが階段を登りはじめ、わたしたちは彼の丸まった猫背を追った。

 例によってやたらに長い階段を登ること三分ばかり。

 段差の尽きた踊り場には、星の模様が描かれた群青色の扉があり、勝手知ったる我が家へ帰るかのようにメルウェンが扉を押し開いた。

 

………………

…………

……

 

 どこぞの屋内庭園に迷い込んだのかと目を疑った。

 部屋は王城のエントランスのように広く、頭上にはドーム型の天井――それも夜空が描かれている。何かしらの図を表しているのだろうか? 黄色の筋がアーチを描き、群青の夜空を幾重にも横切っていた。


「動いてる」


 ビヨンが天井画を指で示した。頭上の夜空をよくよく見てみると、夜空に描かれた星々がちらりちらりと瞬き、黒と藍の溶け合う空の中を雲がゆったりと泳いでいるのが分かった。天体の模倣。驚くべき技術だった。現代では決して再現できない、古代の叡智が産んだ芸術がここにはある。

 

 壁面からは滝が音を立てて流れ落ち、床面に刻まれた溝に沿って流れる川水が水路を形成している。

 これまでに見てきた木々らが二階部分に生え並び、人工の空間に棲む野鳥たちが室内を自由に飛んでいくのが見えた。「まるで森だな」と言葉をこぼさずにはいられない。

 

 一際に幅の広い川の中には足場になりそうな石がいくつかあり、少年のころのようにひょいと跳んで渡ると円形の島――部屋の内装をこう表現するのは奇妙だが――へと辿り着いた。

 

 島の中央には大きな机が置かれていて、木目の浮く厚ぼったい天板の上にはハードカバーの書物が山と積まれてある。

 なんだか幼い記憶がちくちくと刺激される光景である。書と書の下敷きになっている黄ばんだ羊皮紙――書きかけだ。見慣れない文字は古代の言葉だろう――や、棘の生えた肉厚の植物が目についた。

 

 どうやら部屋の中心部らしい島に立ち、全体をぐるりと見回すと無数の書棚が置かれていることに気が付いた。それらは二階にまでも及び、木の根にまとわりつかれた棚もいくつかある。

 



「遅かったな」


 多く並ぶ書棚のひとつの陰から浅黒い肌の女がするりと姿を現した。横髪から覗く長い耳。銀色の髪のかぶさった真っ青な瞳――シエール・ビターだった。

 

「どうも。さっきぶりです、シエールさん」

「ああ……ん?」


 放った挨拶を聞いた彼女が怪訝な顔をし、その足をぴたりと止める。

 

「寝惚けたか? 二十日ぶりのはずだろう」

「お……すみません、ええと」しまったな。どう訂正しようか。「……そうでした。昼寝が過ぎたかもしれません」


 苦しいな、と冷や汗をかきそうになる。だが彼女は涼しい顏をわたしへ向け、


「今後はきっちり寝てきっちり起きるといい。しかし……驚かないのだな?」

「会うだろうという予感がありましたので。塔の障害をものともしない女傑が居ると聞いては、どうしてもあなたを連想します」


 すると彼女は口元に微笑みを浮かべ、小首をかしげた。

 

「ふっ、〝女傑〟か……メルウェンッ! 弟弟子に何を吹き込んだ?」

「何にも」無数の椅子のひとつに腰掛け、ナイフの手入れをしながらにメルウェンが言う。「あんたが拳の一発で二十頭ばかりの馬を一度に仕留めたり、通路を曲がるのが面倒だと、レンガの壁を紙みてえに蹴りやぶって進んだり。なんて諸々のことは話しちゃいねえですよ」


 驚きに目を見開いた。拳の一発で魔物の群れを吹き飛ばしたと? そんなまさか。酒で酩酊した時に勢いで飛び出したたわ言としか思えない。

 違いますよね? そう口にするつもりで視線を向けると当のシエールは満更でもない顏をしていて、周りの冒険者らは腕を組んでは「ありゃ見物だったよな」とうなずいている。

 

「……マジか」コルネリウス、絶句。

「私の武勇を讃える歌と賛辞は<ウィンドパリス>で最も優れた酒場で存分に聴かせてもらおう。今は脱出を第一に考えるべきだ。そして幸いにも私たちは出口のもうすぐそばまで来ている」


 シエールが右手で掴んでいた人形を足元に置いた。頭部分を指先でビシリと弾き、「さっさと起きろ。私を待たせるな」と冷たく言い放つ。

 手の平サイズの大きさでいて、形状は人間を模している。唯一違うのは背中に生えた鮮やかな柄の蝶の羽。


 話し掛けられた人形は突っ立ったままだ。人形相手に何を遊んでいるのだろう? エルフがボケるなんて話、聞いたこともないが――と、痺れを切らしたらしいシエールが屈みこみ、再び頭部を弾かんと指を近づけた。すると、

 

《エリシア三号、起動しました! ので! 苛めないでください!》


 気を付けの姿勢でピシリと立ち上がり、気真面目な顔つきで暴力を行使せんとする現代人を見上げて人形が言った。

 いや……これを人形と呼ぶのはどうなのだろうか。

 きびきびとした動きに、繋ぎ目の無い腕。あくびをし、ばりばりと髪を掻く仕草は人間そっくりである。


 正しく表現するのならば〝小人〟の方が正鵠を得ているだろう。

 これも古代の技術の産物ということか。部屋の内装にこの小人。技術の継承されなかった現代の衰退具合が悲しく思えてならない。


「ポンコツよ。お前に尋ねたいことがいくつかある」


 腕を組み、あごを上向けてシエールが言う。題するならば『高圧的な女』。彼女は古代技術の結晶を前にして感動を覚えなければ、さして重要視もしていないらしい。ただの情報屋程度だろうか。

 自らをエリシア三号と称した人形が小首をかしげ、シエールの言葉に応答する。

 

《何でございましょう? あなた様が六号に命じた、塔出口の創出命令でしたら、現在実行中です》

「それはありがたい。だが、用件は別だ。ところでお前は話の途中で故障したりなんぞしないだろうな?」

《自機診断――……良好。衣服の汚れを除いては問題ありません》


 言ってエリシア三号は自身の小さなドレスを手でぱっぱと払い、宙を舞ったほこりにごほごほとむせてしまう。

 

「これは?」わたしはシエールに尋ねた。これを見て好奇心を刺激されない冒険者は居ない。

「魔導人形の一種だろう。この書庫に先行をして辿り着いた私は、このポンコツに似た人形を十数体見つけた」


 指先をちっちっと振るう。


「だが殆どが死亡――機能停止していた。かろうじて動ける一機を見つけたのだが、細かいことをいくつか聞くとあからさまに不調になってな。急ぎ、塔からの出口を作るように命じておいたのだ。こいつはその後に見つけた」

「よく言うことを聞きましたね」


 人形を見ながらにわたしは言った。今度は靴下を履き直している。芸が細かすぎるな。作成者の趣味がよく分からない。

 

「駄目元さ。幸いにもこれらは素直に指示を聞いてくれた。造り手に感謝をするよ、きっと召使のつもりで造ったのかも知れんな。さて――」


 自由きままに身なりを正す人形の首根っこをシエールの手がぐいっと掴み、軽々と宙に持ち上げた。

 力強い真っ青な瞳に見据えられたエリシア三号は口元に手をあて、顏に戦慄を浮かべる。

 

《食べてもおいしくないですよ。私の体は肉で出来ていませんので、そもそも噛めません》

「無駄話はいい。質問に答えろ、この塔の所有者は誰だ?」

《塔のマスターはエルテリシア・リングレイ氏です。なお、マスターは既に亡くなっておられます》


 思いもがけずに飛び出した名前に背筋が震えあがった。隣に立つビヨンがぽつりと言う。

 

「エルテリシアって……あの〝万魔〟の……?」

《その通りです、レディ。ガリアン王が心を許した数少ない親しき友の一人です》

「ふ、〝万魔〟の名が出るとはな。これだけの書庫だ、もしやとは思ったが……どうやら大当たりを引いた。次だ。塔内に出現した霧について聞かせろ。何故霧が湧いた? 今は晴れ間のはずだが」

《外壁の劣化箇所より霧の侵入がありました》

「霧が再び出現したと?」

《検索中………………不明です。副機にて霧の出現時期についての検索にあたります》


 あご先に指を添えてシエールは考え込んだ。質問の向きを変えるのだろうか?

 気持ちは分かる。何しろ千年前の大賢者の使用人――それも大概の質問には答えられそうなほどに優秀だ――に質問をする機会などそう多くはない。よし、と呟くとシエールは再び腕を組んだ。


「今まで姿を消していたというのに、どうして今になってこの塔は現われたのだ?」

《塔への入場申請がありました。入場コード所有者からの申請です》

「そいつは何者だ?」

《履歴を確認……現在は不正コードに変更されています。本来は使用出来ないはずのコードです》

「所有者について調べろ」

《…………情報が消去されています。私の権限では情報を復旧できません》

「ポンコツめ。つまりお前はあからさまに怪しい人物を塔に招き入れたのか?」

《申し訳、も、もも、もぼぼ、も――……》


 ぷしゅり、と煙を吐いてエリシア三号は沈黙した。女エルフが人形の小さな体を揺さぶると、


《復帰中です。しばらくお待ちください、グロッキー。早急に復帰が必要な場合はガチャガチャと激しく揺すって……冗談です》などとたわ言を抜かし始めた。


 言葉に従い、実際に体を猛烈な勢いで揺さぶる呻き声をあげはじめたので非常に気味が悪かった。

 

「くそ、この調子では……しばらく駄目だな。まあいい、思いがけないことではあったが知りたいことは知れた」


 わたしは口にしようか迷った。するとコルネリウスがわたしの心の内を代弁する。

 

「何を知りたかったんだ?」一言一句たがわぬ文言だ。読心術? なんてね。


「私が長年捜している男の情報を、だ。このポンコツは塔が出現するように申請した人物が居ると言っていただろう。私はその人物をもう百年以上追っている」

「百年も……生きているんですか?」対象はエルフ族だろうか。

「ああ、生きている。情報を消された人物――それが奴だ。間違いないと私の勘が言っている」

「何者ですか?」


「遠い過去――〝霧払い〟の時代に歴史の表舞台に現れた男だ。とある罪を犯したこの男は、当時のあらゆる記録から痕跡を消されている。が、生きている以上は必ずどこかに痕跡が残るものだ。私は遺跡を巡っては深部に残る記録を探り、男の道筋を追っているのさ」


 シエールが口元を歪ませ、ニタリと不敵に笑う。冷静な彼女のイメージとは程遠い歓喜の表情だ。


「私は嬉しい。なにしろ今回ほど近づけたことはないのだから。奴はここに来ていたに違いない」

「名前も何もかもを消されてるって……そいつはよっぽどの事をしたんだな。というか千年も生きてるなんて本当かよ? 信じられないぜ」

「信じる信じないは自由だ。他人の思いなど知らん、私は私の信念に従って奴を追う。しかし――……ふ、よっぽどのこと……か」


 彼女は腕を組み、くつくつと体を揺らせて少しだけ笑い、再び上げた顏には毅然とした鋭さを浮かべていた。


「ああ、そうとも。奴がしでかしたのは殺し。それも四騎士殺し(・・・・・)だからな」



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