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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
五章『古き緑』
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063 金は眩しく、死は暗し


「塔に侵入したのは百五十人以上。だがこの四十二階まで来れたのはたったの十八人だ」


 わたしたちをキャンプへと招き入れると赤髪の男は自らをアギルと名乗り、ひげを撫でつけながらに自分たちの冒険を語り始めた。


「塔の一階に踏み込んだ冒険者は俺も含めて、ほとんどが徹底的にフロアを漁った。古い壺に埃の積もった本。壁のレンガをくり抜いてカバンに詰め込んでる奴も居たな。

 なにせベイカーのイカレはこのガラクタを高値で引きとると言ってたからな、そりゃ持てるだけ持つだろう。手当たり次第に、ってやつよ。

 

 だが――塔には出口が無かった。

 全員が宝をカバンに詰め込むのに必死で、退路なんざ気にしてなかったんだな。いや、そもそも入った時点で失われていたのかも知れねえが。


 帰り道の代わりに見つかったのは三つの登り階段だった。

 特に取り決めたわけじゃあなかったが、ここに入り込んだ冒険者はおおまかに三グループに分かれて塔を登り始めた。

 その内出れるだろう、なんて考えてな。

 

……様子がおかしくなり始めたのは十階からだ。

 塔の中だってのに草原が広がり、時には湖のほとり、しまいにゃ高山、竜の巣よ。

 分かりやすく言やあ……そうだな、世界の名所カレンダーってのがあんだろ? あれの中に入り込んだ気分だったぜ。

 正直言うと塔に入っちまったのは間違いだとうんざりした。ガラにもなく軽率なことをしたってな。

 

 次なる異常は二十階から現れ始めた魔法人形の群れだ。

 遺跡で力尽きてる個体は何度も目にしてきたが、まさか未だに動いてる人形……どころかグループが居るとはよ! ウィリアンダール魔術院のインテリに売りつけりゃあ、豪邸のひとつは軽々と建つだろうとすぐさま計算したね。

 が、まあとても持ち帰れるような状況じゃなかったんだが! ハハ!」

 

「――魔法人形? 魔力によって命を吹き込まれたゴーレムですか?」


 語る合間、アギルが喉を潤した隙にわたしは問いかけた。

 

「そうとも。時に迷宮の番人、またある時は宝物の守護者……職務に忠実だが、俺たちにとっちゃ面倒この上ねえ野郎のご同類よ」


 ゴーレム、か。それには遭遇していないな。

 どころかわたしたちは自分たち以外の生物――自然・人工に関わらず――とは、これまで一度も出会わずにここまで来た。一階で見た半死人はあえてカウントをしない。

 アギルは口がよく回る男のようで、段々と身振り手振りを交えて語るようになった。段々と一人劇の様相を呈してきたな。

 

「例によって魔法人形どもは俺たちを見た途端に襲い掛かってきやがった。

 布張りの体と木製の両腕に車輪の足。ぱっと見は出来損ないかと思うぐらいにしょぼくれていたが、とんでもねえ。実際はケツまくって逃げたくなるような暴力の塊だった。

 奴ら、杖みてえに細っこい棒きれの腕で鉄の胸当てやらヘルムを簡単にひしゃげさせるんだぞ?

『石や金属製じゃねえゴーレムなんざ雑魚に違いねえ』と。見てくれで判断した間抜けから次々に死んでいったよ。

 

 こっちもみすみす殺されるわけにゃあいかず、攻撃を仕掛けたんだが、連中はいくら潰そうとも次から次へと湧いてきやがる。

 うんざりした俺たちは指針変更。

 脱兎の勢いでフロアを走っては階段を探し、ひたすらに上を目指してきた。

 途中には岩が転がってきやがるふざけた階に、無数の扉が広がる階。食糧庫みてえなのもあったな。


 途中、一階で別れたっきりだった同業者と合流したことで俺たちは六十人の大所帯に膨らんだ。

 これなら魔法人形どもを殲滅しながらに登ることが出来るだろうってな。少なくとも俺は希望を感じちまった。


 が――、バケモノが現われやがったのはその時だ。

 

 そいつ(・・・)が姿を見せたのは三十階から。

 大の大人二人分はありそうなドデカい馬とそれを駆る骸骨騎士。

 馬の四肢とたてがみには青い炎が灯ってやがってよ。普通じゃねえのは一目で分かった」


「魔物ですか?」

「どうやらそうらしい。霧の探知機(ミストベル)があんなにやかましく鳴ったのは久しぶりに聞いたぜ、畜生。

 だが肝心の霧はどこにも見当たらねえ。追加の魔物が出てこねえのは幸運だが、これがどうにもキナ臭くてよ。目下警戒中だ。

 あん? 怪物の名前? さあな、知らねえよ。俺たちは『バケモノ』だとか『馬野郎』とだけ呼んでる。

 

――で、馬野郎との最初の接触で二十人が殺された。


 それ以降、奴は予兆も無く現われては俺たちを追い回す。潰し、刺し、斬っては手に掛けていく。


 当然応戦はした。が、あの野郎……殺しても殺しても現われやがる!

 馬の首を刎ねようが骸骨騎士を粉みじんにしようが、一階登れば平気なツラして戦線復帰だ。


 冗談じゃねえよ。野郎の不死身性を認めた後はまたもや逃げの一手だ。

 この塔がどこまで続くんだかは知らねえが、脱出さえしちまえばこっちのもんだからな。

 

 そうして俺たちは魔法人形と馬野郎の二つの死神から逃げ、この四十二階まで登ってきたってわけだ。

 野郎がこっちを殺し尽くすか、残り十八人の俺らが逃げ切るか。分の悪い勝負だが、ここは命を張るヤマってもんだ。だろ?」

 

 アギルは熊のように毛深い顏にニカリと笑顔を浮かべて言った。

 人の生き死にをゲームか何かのように捉えているような男だな。これまでの道のりを語っている最中もそうだったが、アギルは物事を語る上で何度かおどけた仕草をしてみせていた。


 この塔から本気で脱出をしたいのか、それとも心のどこかでは白旗を挙げていて、芽生えてしまった諦めが投げやりな態度となって節々に現れているのか。

 

 壁に背を預け、腕を組みながらじっと黙っていたメルウェンが唐突に口をきいた。声は鋭く、アギルの言葉を先制する矢のようだ。

 

「アギル、悪い報せがある。今はそっから三人減って十五人になっちまったぜ」

「レビンたちがくたばったのか?」

「ああ」


 メルウェンは両手を合わせ、天に居るであろう五人の神々を仰ぐ〝五神教〟の祈りをおどけた調子で真似、

 

「レビンとそのお仲間二名の魂は勇気と忠節の英雄神、ブランダリア様の御許へと旅立った。やりやがったのは騎士。どうやらバケモノのお仲間らしい」

「騎士だと? 新手か」

「いかにも」メルウェンは空想の剣を手元で数回振り回し、「野郎、どこぞの団から逃げ出したようなボロい見た目をしていやがるが、ありゃどう見ても只者じゃねえな。レビン達も素人じゃなかったが、一切抵抗できずに殺されたようだ。哀れな男。〝踏み倒し〟のレビンもこれで終わりってわけだ」


 アギルは俯いたかと思うと、おもむろに水の注がれたマグを持ち上げて「レビンに」と言うと一息に中身をあおった。


「レビンの偵察には随分助けられた。あいつを欠いたってのは痛手だな……」

 

 何やら場にじんわりとした気まずさが立ちこみ始め、どうにもいたたまれなくなったわたしは「こちらの辿ったルートですが……」と口を開くと、これまでの道をアギルへと語った。

 と言ってもたった三階を登っただけだが。胸を張り、他人に誇れるような大冒険は何も無い。


 しかしてアギルの驚きは大きいものだった。疲れた目をぎょろりと見開き、髪は炎と揺れてしきりにあご髭を撫でている。

 

「にわかには信じられねえ話だが……」


 たじろいだ顏をしてそう言うのも無理ないことだと思い、語り終えた頃にはわたしは口にするべきではなかった、と後悔をした。

 自分たちが多くの犠牲を出しながら二十日間に渡って前進し、ようやく辿り着いた場所に年若い連中が涼しい顏をして現われたら良い気持ちはしない。

 その上にそいつらはデタラメなショートカットをしているのだ。自分たちの苦労はなんだったのか、と苛立ち、怒りを覚えてもおかしくはなかった。


 だがこの男――アギルは力なく笑うだけだった。

 

「そんなこともあるんだろ。何せイカれた遺跡だからな」


 投げやりに言うとまた笑い、「前向きな話をするとすっか」と立ち上がりざまに手の平を打った。


「今は待機中でな。俺たちは新しい階層に到達するとまずキャンプを張り、手練れのスカウトに偵察に出てもらうことにしている。一人はそこのメルウェン」


 よう、と手を掲げ、薄笑いをこちらに向ける男が視界に映った。


「それとちらっと話に出たレビン。こいつはくたばっちまったから除外だ。最後に一人……未だに名乗らねえが、とんでもなく腕が立つ女傑が居る」

「女傑?」興味をそそられ、わたしは言った。

「ダークエルフの女でな、とにかく腕が立つんだ。そこらの剣豪なんぞあっという間に畳んじまうぜありゃあ。マジな話、彼女が居なけりゃあ俺たちは序盤でくたばってたに違いねえ」


 ダークエルフの女。わたしの脳裏にシエール・ビターの眉目秀麗なる姿がふわりと浮かぶ。

 が、そもそもダークエルフどころかエルフの知り合いなどシエール一人しかわたしにはおらず、あの凛とした姿を思い描くのは当然かな。

 彼女も塔に入ったという話だったが、どこに居るのだろうか。容易く死ぬような人物には思えないが……。


「ただ――」アギルが遠い目をして、口髭の中でつぶやいた。「あの顏、どうにもどこかで見たような気がしてならねえんだよ。ありゃどこだったかな……」


 この流れ。

 何やら嫌な予感がする。


「そういやお前、ユリウスっつったっけか? お前のそのボケッとしているようで、どことなく調子に乗った顏にも見覚えが――」

「まずい」


『そうだ、思い出した! フレデリック、フレデリックじゃねえか!』

 脳裏にそんな呼び声がありありと聞こえてきた。

 悲しいかな、まさか幻聴まで聞こえるようになってしまうとは。心の傷は随分深いらしい。塔を出れたらメンタルケアを受けるか、自然の中でしばらく寝転がって一切を忘れよう。


 わたしは無意識に拳を握り、アギルが次に放る言葉に備えた。

 手汗を感じる。

 観察力に優れた目がアギルの口元と頬の動きを捉えている。

 

 そ、う、だ。

 ああ、またこれか……。

 

「おっさん! ちょっと聞きてえことがあるんだが!?」


 何者かが唐突に声を張った。コルネリウスだ。


「っ~……デケエ声出しやがって。何だよ?」

「ええとな、何だっけか。ビヨン?」

「うちに振っても知らないよ!」

「あ、あ~。そうだ! この塔のこーぞー? について話があってな。ええと、まじゅつたいけい……やら、せいたいけい、についてのな……俺なりの意見を……」

「コールくんそんなの分かるのブエッ」


 コルネリウスが『余計な事言うな!』と口をパクつかせ、ビヨンの帽子のつばをおもむろに掴み、思い切りにずり下ろした。

 視界を失ったビヨンが両手を振り回してどこかへと歩いて去っていく。そういえば額に載った眼鏡に気付かない人もああなるよな、なんて、彼女の背中を見ながらに思った。

 

 

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