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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
五章『古き緑』
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062 生き残りたち


 信用のおけないスカウトの男、メルウェン・リーナーと最後に会ったのは……今日の日中――異常な時流の外界を見たあとでは、時間を正確に把握出来ている自信があまり無い――のことだ。

 

 日中の森林でわたしと彼は剣を突きつけ合い、最後には拳で互いの顏を殴り潰すという、北の猛者や海賊が言うところでは『男らしく』、紳士淑女は『野蛮この上ない』と称するに違いないであろう大立ち回りを演じた。

 

 並走するメルウェンの顏には殴打の痣は無い。不思議に思ったところで、彼は回復魔法の心得があったことに気が付いた。


 一方で彼の身なりは相当に汚れていた。手入れが行き届き、良い色艶をしていた革鎧には泥汚れがべたりとこびり付き、関節を保護するために着込んだアンダーアーマーは破れている箇所があった。

 その上、背負った矢筒に収まっている矢は随分と少なく、万全の本数の半分も無い。弓を扱う人間にしてはこの数は心許なかった。


 こちらよりも随分と先行して塔へ足を踏み入れていたとはいえ、たかが一日そこらでここまで消費するものだろうか、とわたしは訝しんだ。

 どうにも素直に飲み下せない事実ではあったが、メルウェン・リーナーという男が手練れの冒険者であることは疑いない。

 仲間に頼ることをしない一匹狼。故にフォローは無く、あらゆるミスは全て自身の身に降りかかる。

 

 なればこそ、彼は万事を慎重に進めるに違いない。

 いかに未知の遺跡といえども出会った脅威に片っ端から弓矢を放ち、浪費するような真似はしないはずだ。

 すると彼と目が合った。相変わらずの糸目だったが、確かな視線を感じた。瞳に込めた感情を悟らせないメルウェンのこの目は好きになれない。

 

「お前らも登ってくるんだろうとは思っちゃあいたが、まさかここまで生き残るとはな。他の奴と賭けでもしときゃあ良かったぜ。損したな」

「期待のルーキーと褒められましたので。そちらは相変わらず一人ですか? 友達居ないんですか?」


 ビヨンが小さな声で「ユーリくんが辛辣だ……」とショックを受けたような声をあげたのが聞こえた。一方でメルウェンは三日月形の口を愉快そうに歪めた。彼にしてみれば、か弱い格下が虚勢を張っているようなものだろうか? なんだか腹が立つ。


「出来る男はソロで十分なんだよ。なんてカッコつけてえところだが、今回は道連れが居るんだわ。確かひい、ふう、みい……」とぼけた顏で指を折り曲げ数え、「ありゃ何人だったかな。実を言うと三以上が数えられねえんだよ」

「! 分かるぜその気持ち!」


 長き流浪の末、ようやく自分と似通う男と巡り合えた。そんなとびきりの喜びを言葉に乗せて、コルネリウスがメルウェンを見た。

 コール! 真に受けてどうするんだ!

 この時ばかりは我が友が残念でならなかった。仲間を憐れむのはどうかと考えたが抑えようもない。

 

「冗談に決まってんだろ、ノッポ。そんな人間が一人で冒険者やれるわけないだろうが」

「やれる!」即答である。

「……そうかよ」


 からかいが趣味であるような男、メルウェン・リーナーがコルネリウスから顔を逸らした。彼の純粋でいて眩い笑顔が気の毒になったのかも知れない。

 

「そのジョークは今度聞かせてくれ。こっちは十八人の大所帯だ。今はこの四十二階で詰まっててな、どうにも階段が見つからねえ上に――」

「え?」


 おかしなことを言う。

 わたしの拳があごに入った時に彼の脳がどうにかしたのだろうか。


「あの……今なんて言いました?」

「あん? だからこっちは十八人で行動してんだよ。待て、今さっき三人くたばったから十五人だな」

「違う、そこじゃない。階層のことです。ここは塔の三階のはずでは?」


 メルウェンの走る速度が徐々に落ち、最後には立ち止まり、何とも頭の可哀想な男を見る哀れみの感情を顏に浮かべてわたしを向いた。「あー……あのな」と呟き、さらに一拍を置いて、

 

「塔に生えてたキノコでも食ったか? いつの時代かも分からねえ物を確かめもせずに口に入れるとは根性あるな。流石フレデリックのせがれだ。くたばる前にレポートを残して後世に貢献するのをオススメするぜ」

「食べてませんよ。茶化さないでください」

「……ここは間違いなく四十二階だ。一階一階しっかり記録をつけてる。間違いねえよ」


 食い物に当たってなけりゃの話だがな。自分の冗談で彼は勝手に笑い、その後でさらに恐ろしいことを言う。


「ついでに言やあ、今日で突入してから二十日目。そうだろ?」


 コルネリウスが両手を上向けて肩を竦める。『信じらんねえ』のジェスチャー。

 後ろに脅威が居ない状況であれば、わたしはその場に座り込み、自分の眉根やこめかみを揉みほぐしたい気分だった。何だか視界がクラクラとする。

 

「ね、ねえ。ユーリくん……」

「頭がどうにかなったと思うかも知れませんが、その、僕たちは塔に入ってまだ……一日目です」




 わたしの言葉を聞くやに、メルウェンは口元を手で覆って俯き、独り言をぽつぽつと口にし始めた。「マジか……? 知らねえ内に魔力の干渉領域に入り込んでたのか? だが俺が知覚出来ないってのは……」

 

 声を掛けたが反応は無かったが足取りはしっかりしていた。曲がるべき箇所らしい道を曲がり、一定の速度で移動し続けている。どこを目指しているのかは知らないが、わたしたちは彼について歩くだけだ。

 

「さっきの騎士、どう思う」


 右手の具合を確かめていたコルネリウスが言った。

 

「あんな怪物とやり合うのは久しぶりだった。正直焦ったぜ、相棒が盾で割り込まなけりゃあ一発貰ってたに違いねえ」

「回避主体は限界があるよ。革鎧は止めたらどうかな」

「この仕事が終わって入る金次第だな。ちゃんと考えてるって、じとっと見るなよ。で、あの野郎は追ってくると思うか?」


 わたしは自然とメルウェンの背負う黒い太矢に視線をやっていた。「あの人の足止めはどういう理屈か、効果があったみたいだけれど撃破を出来たわけじゃない。いずれ追ってくるよ。今のうちに逃げ切れるなら一番いいんだけれど……」

 

 この足はどこを目指しているのだろうか。わたしたちを先導する手練れの冒険者は自問に耽ったっきり一言もこちらへ話し掛けてはこず、粛々と自己の記憶に従って歩み続けている。

 

「この人信用出来るの?」ビヨンがわたしの袖を引き、耳元でぽそりと言った。

「出来ない」即答。

「ばっさり言い過ぎだろ。あのおっさん相手だとやけに刺々しいな」

「ビヨンに剣を向けるような奴は気に入らない」

「ああ、そういう……。なるほどなあ、ほお」

「何よ? とんでもないアホ面してうちを見ないでよ」

「いやあ。なあ相棒、剣を向けられてたのが俺だったら?」


 コルネリウスだったら、わたしはどうしてた……? 想像する。

 一、彼は殺気を感じて飛び起きる。

 二、手首を殴りつけて剣から身を離す。

 三、殴打二発目。顏、いや、腹かな。

 四、背中の槍を抜いて戦いに発展する。

 五、まあどうにか勝利するだろう。

 

「――助けないかな」

「何でだよ!? 俺のことは好きじゃないってのか!?」

「えっ、どうして好き嫌いの話になったの」

「いや……いい……」




「公園じゃねえんだからキーキー騒ぐなよ。おら、着いたぞヒヨコども」


 言ってメルウェンが立ち止まったのは滝の前であった。塔の中に森林が広がるような遺跡なのだ。滝があろうと山があろうと今更驚きはしない。

 

「滝行でもすんのか?」わたしの友は満更でもない様子だった。

「いやいや……なあ、こいつ本気で言ってないよな?」


 肩を竦めて返事とした。薄笑いが呆れたものを見る顏に変わり、


「まあいいや。ついてこい」


 そうして彼は滝へと真っ直ぐに歩いていき、水流の中に姿を消した。

 半信半疑だが行くしかあるまい。滝に身をくぐらせ、ずぶ濡れになりながらに先の見えない道を数歩歩く。すると滝の轟音がぴたりと止んだ。

 

 

 

 講堂ほどもある大きな広間にわたしたちは出た。

 驚くべきことに空には爽快な青色をした空が広がっていた。雲を背景にして鳥の群れが飛んでいく。本物だろうか? 当然の疑問だったが確かめる術はない。

 

 広間には簡素な野営地が設営されていた。ぱっと目に入った人数は十人と少し。メルウェンが行動を共にしているというグループで間違いなさそうだ。

 彼らは火をいくつか起こして休息を取っているようだった。ある者は木の根を枕にして寝入り、ある者は剣を丹念に研いでいる。


 やはりというべきか、わたしたちの登場は彼らの注意を引いた。条件反射だろうか、とっさに剣に触れる者も居たがメルウェンの『仕舞え』というジェスチャーを目にすると静かに得物を収めた。

 

「戻ったかメルウェン。そいつらは?」


 男がひとり、靴音を賑やかに立てて近寄ってくる。年頃は三十後半。うねる髪とあごに蓄えた髭は燃え盛る炎のように赤く、まるで山火事が人の身を得たかのような男だ。

 メルウェンは彼に恭しく一礼し――あからさまにわざとらしく。道化の衣装が似合いそうだ――、

 

「彼らはこの恐ろしき塔をたったの三人でここまで軽々と(・・・)登ってきた手練れの冒険者だ。頼りになるぜ」


 赤毛の男は目を丸くし、これ以上無いとばかりに驚いた顏をした。「あれだけの道を三人で来たってのか? とんでもねえ強運だな坊主共」

 なんだか落ち着かない。彼らはもう二十日に渡ってこの〝夕見の塔〟を攻略しているという話だが、わたしたちにとってはまだ丸一日も経過していないのだ。

 その上、登った階数はたったの三つ。

 赤毛の男の賛辞に良心がちくちくと痛んだ。

 

「老いも若いも関係なく、俺たちは手練れを歓迎するぜ。なにせ六十人も居たのが、死にに死んで今じゃあもうたったの十八人だ。よろしく頼むぜ、坊主」

 

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